六本木にある東京ミッドタウン・ホールにて2022年7月30日(土)~8月28日(日)の30日間開催された『グラブル』初の体験型アート展『GRANBLUE FANTASY×NAKED, INC. グラブルミュージアム 蒼の追想』(以下、『蒼の追想』)。プロジェクションマッピングを駆使した展示や、MX4Dミニシアターでの新規CGムービー上映など他に類をみない規模での開催となった本ミュージアムは、どのようなビジョンで制作されたのか。前編の現地レポートを踏まえ、後編ではCygamesとネイキッドを中心とする制作関係者に企画やコンテンツ制作の裏側を聞いた。
イベント概要
『GRANBLUE FANTASY×NAKED, INC. グラブルミュージアム 蒼の追想』
開催日時:2022年7月30日(土)〜8月28日(日)
場所:東京ミッドタウン・ホール
INTERVIEWEE
株式会社Cygames
踊場英佑氏(グランブルーファンタジーアシスタントプロデューサー/グラブルリアルイベントチーム総監督)
間宮小百合氏(グラブルリアルイベントチーム)
丸山雅之氏(サウンド部マネージャー )
クリエイティブカンパニー ネイキッド
神崎 沙耶香氏(プロデューサー)
山王堂 史恵氏(ディレクター)
株式会社HASH
三木康平氏(「000」特別シアター CGプロデューサー)
「スペシャルショー」のタッグが実現させた体験型アート展
『蒼の追想』の企画の発端は2019年12月に遡る。『グラブル』の開発元である株式会社Cygames(以下、Cygames)と、『NAKED FLOWERS』をはじめとしてプロジェクションマッピングや様々な演出を駆使したイベントを手がけるクリエイティブカンパニー ネイキッド(以下、ネイキッド)。この2社が初めて手を組んだのは、リアルイベント『グラブルフェス2019』のメインステージで展開された「グラブルフェス スペシャルショー 蒼の軌跡」(以下、「蒼の軌跡」)だった。
「蒼の軌跡」は、『グラブル』のメインクエストやシナリオイベントなどのストーリーを、映像と音楽、さらに『グラブル』のキャラクターを演じる「オフィシャルキャスト」たちの熱演など、様々な舞台演出でふり返るショーコンテンツ。なかでも巨大透過スクリーンなどを用いた映像演出とステージ造作(ぞうさく)、さらには実際の演者の演技にプロジェクションマッピングを組み合わせた多彩で立体感のある演出は類を見ないものとして、2019年の初開催以来、毎年『グラブルフェス』では大きな反響を呼ぶコンテンツとなっている。
CGWORLD(以下、CGW):今回の『蒼の追想』の展示はどのようなねらいで企画されたものでしょうか?
Cygames グラブルリアルイベントチーム・間宮小百合氏(以下、間宮):ネイキッドさんと共に『グラブルフェス』のスペシャルショー『蒼の軌跡』を2019年からずっと手がけてまいりまして、ステージ上で「魅せる」ものから、世界観を「体感できる」コンテンツへ発展させ、「グラブルの世界観・シナリオを現実世界に再現する」という試みをさらに拡張していこうという思いから立ち上がった企画です。
CGW:『蒼の追想』の開催までの経緯を具体的に教えていただけますか?
Cygames グラブルリアルイベントチーム総監督・踊場英佑氏(以下、踊場):当初の企画は2020年3月から進み、2020年内の開催を目標としていました。ですが、新型コロナウィルス拡大の影響があり、その度に開催を見送らざるを得ませんでした。その間、さらに魅力的なコンテンツの見せ方を模索したり、『グラブル』ゲーム本編の進行と足並みを揃えるなど、企画のブラッシュアップをくり返し、ようやく2022年7月の開催に漕ぎ着けたかたちになります。
CGW:『蒼の追想』では『グラブル』の世界観やストーリーを体感できましたが、どのような意図で組み立てられたものでしょうか?
間宮:今回、単なる展示会ではなく、それぞれのキャラクターやイベントシナリオのテーマごとに異なる演出を楽しめるテーマパークのような、五感を使って楽しむミュージアムを目指しました。
まず構成としましては、「プロローグ」で、ルリアノートの造作にしかけを施し、お客様がノートの中、つまり『グラブル』のシナリオの世界観の中に入り込む、という体験から展示がスタートします。その後も、目と耳で音と映像の演出が味わえるプロジェクションマッピングや、実際に自分の手で映像に触れてアクションが起きる、というインタラクティブ性のあるコンテンツや香りを用いた演出があります。
間宮:そして展示の最後にはMX4Dを用いたシアターがあり、そこにいたるまでの導入演出やシナリオなど、様々な演出で『グラブル』の世界観を楽しめるように『蒼の追想』のプロジェクトチーム全員で知恵を絞り、限界まで工夫を凝らしました。
広大なホールに12のエリアを緻密に設計・演出
CGW:ミュージアムの各エリア制作はどのように進められましたか?
ネイキッド プロデューサー・神崎沙耶香氏(以下、神崎):会場の東京ミッドタウン・ホール(1,300平米)のなかに展示エリアが12あります。まずは、それぞれの場でどのような演出・造作にしていくかのラフ案を制作しました。それを基に図面化し、映像を投影する対象(空間/造作)のシミュレーション用CGモデルを作成しました。
神崎:そして、そのCGモデルに対してプロジェクタの設置位置をUnreal Engine上でシミュレーションし、プロジェクタの使用台数を決定します。これは制作する映像の解像度に繋がります。その後、Cinema 4Dで制作したCGモデルを基に、映像制作をする上でのテンプレートをAfter Effectsで作成し、テンプレートに合わせた映像制作を行います。
CGW:プロジェクションのシミュレーションにCGモデルを使用されたんですね。
神崎:はい。加えて、CGモデルを組めばVR上でモデル内を歩き回ることができます。これにより制作陣の間でイメージの共有を図り、現場でのパース感を考慮しながら設計を進めることができました。
ネイキッド ディレクター・山王堂史恵氏(以下、山王堂):どのエリアもプロジェクタ設置位置の調整は何度もやり取りを重ねて細かく行なってきましたが、特に「追想:空の旅と仲間達 -Sky of Phantagrande-」は、ページ造作の吊り位置、照明位置、プロジェクタ位置がとてもシビアでしたので、UEでのシミュレーションは必須でした。見せたいものとそれを実現させるために、それぞれの視点から様々な調整をし合って綿密なシミュレーションのもと、このかたちに仕上がりました。
機神・セスラカ
CGW:他にシミュレーションが重要だったエリアはどこでしょうか?
山王堂:どのエリアにもそれぞれ注力していますが、見どころとしては「追想:空と月」エリアですね。機神・セスラカが展示されている場所は最も広いエリアであるため、来場者に“没入感”を感じてもらえるように演出するのが非常に難しかったです。
照明と映像でセスラカの見せ方を拡張するように演出し、さらに壁面にインタラクティブな体験を入れることで、来場者の空間への参加感をつくり、“没入感”を出せるように工夫しました。大きな破片がセスラカの方から入口側へ飛び散るときに床に出る影など、現場に入った後に映像で追加した演出もあります。映像、照明、インタラクション、特効の全ての要素が連動するため、TouchDesignerを使用し、映像の補正、再生プログラム、インタラクションプログラムを組んでいます。
CGW:セスラカの巨大像は実物でもスゴい迫力ですね。
山王堂:セスラカの模型を制作いただいている途中、制作工場さんを訪問し途中経過を確認させていただいたのですが、とても迫力ある模型に仕上げられていて、大きさもかなりあることを実感しました。そこで、この大きさに負けないように、演出をより派手に組み直していきました。
間宮:実は動くロボットとして操作もできるようにセスラカは制作を始めていました。そのため従来のイラストだけではなく動き方や可動範囲も一からデザインを起こしています。
間宮:半導体の獲得が難しくなった関係で間に合いませんでしたが、実は内部は動かせる機構がまだ残っているのでどこかでそこも完成させたいと思っています。とはいえ模型の状態でもひとつひとつのパーツの形状や金属らしい質感、さらには目にあたる部分や背中、尾の発光など本当に細かな箇所にいたるまで、ゲームに登場したそのままの迫力と存在感を再現できたと思っています。
山王堂:セスラカの映像演出の制作時に注力したポイントとしては、プロジェクションに加えて、照明、インタラクション、特効など、様々な演出要素を共存させることでした。プロジェクタの光と照明の光は互いを打ち消し合ってしまうため、それぞれで見せ場をつくることが課題でした。
間宮:精巧な美術造作による再現をメインとする作戦室から、巨大セスラカとプロジェクションによる演出で圧倒的な迫力、没入感をテーマにした月のエリア、その後のヤチマとレイベリィのエリアではこれまでの思い出をエモーショナルに感じていただけるような演出にするなど、『空と月』エリアだけでも様々な見せ方を行なっています。それぞれのシナリオの特徴を引き出すような演出表現や、会場全体を回ったときに様々な感情をもって楽しんでいただけるよう、構成にも工夫を凝らしています。
山王堂:ゲームの開発チームからはシナリオや数百点に及ぶイラスト・設定画などを提供していただきまして、それが展示・設計に活かされています。セスラカについても、イラストチームから提供されたデザイン画を基に造形が進められました。
「000」特別シアター
ドラマとライド感のメリハリを意識した映像制作
CGW:セスラカに並ぶ見どころといえばやはり終盤の「000」特別シアターかと思いますが、こちらの制作はどのように進められましたか?
踊場:「どうして空は蒼いのか」シリーズは『グラブル』を代表する周年イベントのひとつです。そのため見に来てくださる方の期待を超える方法というのを考え続けたエリアでした。
CGW:「カナンの神殿」エリアは圧巻でしたね。
間宮:「カナンの神殿」は「どうして空は蒼いのか」シリーズ通して重要な場所であること、また4DX映像というコンテンツ上どうしても待機場所が必要なこともあり、長時間いても退屈しない神秘的な空間というのを目指しました。ステンドグラスもそうですし各所に配置されている植物は花言葉にも意味をこめて配置をしています。また、壁面や柱のデザイン、照明の射し方、部屋の匂いにもこだわっています。
CGW:ステンドグラスは本物だったんでしょうか?
踊場:実はあれは本物ではなく特殊な加工をしたアクリルを数枚重ね合わせて作ったものです。もともとステンドグラスをちゃんと作りたかったんですが、期間的にもサイズ的にもあのレベルのステンドグラスは作れず……最初はもっとチープなステンドグラス風のアクリル板でした。
間宮:何かが足りないと思い、休日にステンドグラス体験に行って「アクリルに特殊なシートを貼ったらいいんじゃないか」「実際のステンドグラスでは透明なガラスと不透明なガラスを組み合わせている。それをアクリルの印刷方法の工夫で表現できないか」などの気付きを得たんですが、それでも上手くいかず……。何枚も試しているうちに重ねてみたら奥行きができるぞと気付いたんです。そこから重ねる枚数を試行錯誤したり、下から見上げる関係でそのまま重ねるとどうしても絵がずれて見えてしまうので角度を付けたりと、いろんな試行錯誤をして本物に見えるようにしていきました。
CGW:4DXのスクリーンはかなり特殊でしたが、どのようなしくみなのでしょうか。
HASH 「000」特別シアター CGプロデューサー・三木康平氏(以下、三木):プロジェクタで映像をミラーに反射させるかたちでスクリーンに映し出しています。もともと航空機のパイロットの方の練習用のシステムを紹介いただき、それを改造してつくったものになります。どうしても没入感を出したかったのでいろんな機材を試しました。
CGW:特殊なスクリーンに対して、映像制作で大変だったところは何でしょうか?
三木:球状スクリーンでのライド前提なので、なるべくセンターで画を捉える必要があったり、キャラクターもアップで寄ると端の絵が機構上伸びてしまう現象があったので、本番までにテスト投影をくり返しながら綿密にシミュレーションする必要がありました。
全体の構成については、セリフをきちんと聞かせるドラマメインの箇所と、アトラクションとしてのライド感を担保する箇所のメリハリを意識しました。コンテの構成段階からCGチームの意見も採り入れていただき、体験としての価値を最大化するため、密にディスカッションしながら進めていきました。
CGW:そのキャラクターモデルを作る上での工夫はどんなところにありましたか?
三木:完全なセル調だとライドとしての没入感が少ないことも想定されたので、顔周りは2Dのイラストベースのキャラクターの良さを活かしつつ、背景やキャラクターの武器・装具はセミリアル調のルックでバランスをとりながら調整しました。元々のイラストの良さを3Dで再現することは難易度が高く、特にキャラクターモデルは何度も確認・修正をくり返して今のルックに到達しました。
CGW:映像演出においてはどんな要望がありましたか?
三木:全般的にケレン味のある画づくりが求められました。監修のなかで、「派手に格好良く、コントラストの高い画づくりを」との要望があり、エフェクト+コンポジットで露出の変化を多く加えています。一方でエフェクトが派手になってくると、画面光量が飽和してエフェクト自体が視認しづらくなってくるので、そのバランスを取ることに苦労しました。
CGW:エフェクトについての工夫を教えて下さい。
三木:背景依存の環境フォグや、煙などの物理エフェクトはリアル寄りのルックを意識しています。原作にある必殺技やエフェクト攻撃などのルックはキャラクターのルックに馴染むよう調整しました。全体的にエフェクトが絡むカットが多かったのと、必殺技エフェクトなど原作にある表現を3D空間で置き換えたときにどのような見え方になるか、想像で補完しながらルックを開発する必要があったので苦労しました。
CGW:コンポジットにおいてはどんなことを意識されましたか?
三木:映像としての完成度の高さも追求しつつ、ライド動画になったときの没入感やスクリーンにプロジェクションした際、最も良く見える色味を検証しながら進める必要がありました。PCのモニタで見た色味や彩度と、現地のスクリーンで見たときの色味や彩度が異なるので、最終的には現地で最適な見た目になるようギリギリまで調整をくり返しました。ライド時の酔いも計算に入れ、あえてCHを馴染ませずに視線誘導できるよう調整しています。
CGW:ライティングについてはいかがでしょう?
三木:Cygamesさんと一緒に、どのようなライティングがそのキャラクターにとって格好良いのか、キャラクター性をより引き出し、そのキャラクターを愛するファンの皆様に喜んでいただけるか……ということを研究し、ギリギリまでトライ&エラーをくり返しました。ライティングの設計をする際には、自然に物語に没入できるよう、善の側にいるサンダルフォンはできるだけ順光気味に、悪の側にいるルシファーは逆光気味になるように設計をしました。こうした基本設計を考慮した上でイマジナリーラインが崩れないよう、ライティングのバランスを取りつつ、カットによってはキャラクターの格好良さを優先し、多少のウソを許容したライティングを施していきました。
臨場感を底上げするサラウンドサウンド
CGW:音響制作の方はどのように進められましたか?
Cygames サウンド部マネージャー・丸山雅之氏(以下、丸山):今回の球状スクリーンは「WV Sphere 5.2」という映像システムを使用しました。ただ、このシステム自体は音声規格を内包していないため、使用サウンドプロセッサ、スピーカー数についての取り決めがなく、システムの選定からCygames社内サウンドチームで進めることとなりました。視界を覆い奥行きを感じさせる球状スクリーンで、前面全てが覆われていて音が透過しない素材となるため、会話の音声を担うセンタースピーカーの配置が物理的にできない問題が発生してしまいました。
CGW:どのように解決されたのでしょうか?
丸山:Astro Spatial Audio社のSARA IIというシステムを使いました。スピーカー配置をしていく中での試行錯誤をくり返した後、現場で実際の音を確認しながらスピーカーの増設等をお願いすることで、無事画面のセンターから聞こえる音声を違和感なく実現できたことは大変良かったです。
CGW:本作ならではの特別な演出としてはどんなものがありますか?
丸山:今回のチャレンジとして、事前に会場のIR(インパルス・レスポンス)を採取し残響特性を取り込んだことが挙げられます。空を飛ぶのがメインのコンテンツではあるのですが、フォーリー(環境効果音)をフローに組み込む等、細かなディテールを作り上げる挑戦を行い、上手く機能させることができました。
CGW:「000」特別シアターのサウンド制作を振り返っていかがでしたか?
丸山:短時間のコンテンツながらも、多人数での専用編成チームで取り組み、サウンドデザインだけでも複数のチームで組みパートごとにボールを渡していくフローを構築し、ポストプロダクション的な体制で挑みました。それぞれの能力が十分発揮できた上、スムーズな進行を行なうことができました。これまでの『グラブルフェス』で行なっていた『グランサイファーライド』での知見も取り込みつつ、最終的な上映機材へのマルチチャンネルのプリントまで、短期間かつクオリティ高く取り組むことに苦戦しながらも上手く達成できたと思っています。
制作チームの妥協なき情熱がユーザーを『グラブル』世界に没入させるしかけを生み出し、大盛況で幕を閉じた『グラブルミュージアム 蒼の追想』。東京での30日間という限られた期間でクローズしてしまうにはあまりに惜しく、今後のさらなる展開を願ってやまない。
TEXT_日詰明嘉 / Akiyoshi Hizume
EDIT_小村仁美 / Hitomi Komura
PHOTO_蟹 由香 / Yuka Kani