2023年2月21日、「3D Visualizer Forum」がオンラインで開催された。今回のテーマは、「ファッション×3DCG デジタルファッションの未来を探る」。本記事では3つのセッションの中から、株式会社Apparel Play Office代表取締役の大橋めぐみ氏による「バーチャルファッション 現在地と未来」をレポートする。
大橋氏はアパレル業界歴20数年。アパレル関連企業のパタンナーとして、「ef-de」や「YVON」、「CLEAR IMPRESSION」など多数の人気アパレルブランドのパターンを担ってきた。2019 年に独立。製図・アパレル 3D モデリングをメイン事業とし、アパレル3DCGの企画・制作・教育やセミナー運営などを手掛けている。
同セミナーでは、「今後アパレル3Dモデリングを活用したい」と考えているアパレル企業や個人クリエイターに向けて、以下の4テーマについて、大橋氏の考察が語られた。
①「バーチャルファッション」なのか「バーチャルサンプル」なのか、目的によって向かう方向性が異なる
②CG出身者とアパレル出身者、どちらの人材や知識がどの程度のバランスで必要なのか?
③今後、目指すとしたら?
④アパレル3Dモデリングの現状と今後
「バーチャルファッション」か「バーチャルサンプル」か?
現状、アパレル3Dモデリングに主に用いられているのは、「クロスシミュレーションソフト」と「テキスタイルシミュレーション・スキャニング・マテリアルソフト」の2種類。
布の動きなどを再現する3DCGソフト・クロスシミュレーションソフトには、「CLO」や「Marvelous Designer」、「Vstitcher(Browzwear)」。3Dモデルをリアルな洋服に見せるためのテクスチャを作成するテキスタイルシミュレーションは、「SDS-ONE APEX」や「4Dbox」、生地をスキャニングしクロスシミュレーションソフトに取り込める「xTex」、実在しない生地を生成できる「Substance 3D Designer」が主に使われているという。
「中でもSubstanceはアパレル業界内で話題になっています。さまざまな素材データのなかでもファブリックに特に力を入れていただいているので、幅広い素材から選んで使うことができますし、『Sampler』という新しい機能で、生地のスキャニング後に簡単にノーマルマップが作成できるんです」。
次に大橋氏は、混同されやすい「バーチャルファッション」と「バーチャルサンプル」のちがいを以下の図を用いて説明した。
アパレル業界で現在行われているものとして最も近いのは「サイバーフィジカルシステム」だと大橋氏は話す。制作工程の効率化(DX化)のために、実際の洋服用に引いたパターンを3D空間で構築し、生地やパターンデータの検証を行うものだ。これがいわゆる「バーチャルサンプル」。
対して「バーチャルファッション」とは、クリエイターの表現によってWeb上で収益化されるもの(クリエイターエコノミー)やNFT(ソーシャルエコノミー)、メタバース空間でアバターが着て楽しむものが挙げられるという。
「DXとCXで分けて考えるとわかりやすいですね。アパレル業界内の業務プロセスを改善すること(DX=toB)が目的なのか、もしくはカスタマーエクスペリエンス(CX=toC)をプラスしていきたいのか。どちらに対してサービスや改善をしていきたいのかをはっきり決めないと、途中でやっている内容がぶれてしまうと思います」。
バーチャルファッションとバーチャルサンプルは目的や用途が異なるため、従来は、CG企業側とアパレル企業側が個々に事業を行うことが多かった。が、近年3Dモデリングを導入するアパレル企業が増え、上記図の「混合型」のように、CG企業側とアパレル企業側が協力してアパレル3Dモデリングを行うケースが出てきている。
両者が合同で行うメリットは、3DCGの技術・ツールの知識をもつCG企業と、ファッション素材や製品デザインの知識をもつアパレル企業の手法を効率よく取り入れられることだ。アパレル企業側がデザインを起こし、CG企業側がそれを実現するケースも増加しているという。
具体的には、デザイン→2DCADでパターンを作成→クロスシミュレーションソフトでモデリング・ライティング・レンダリング・レタッチ……という流れで3Dモデルをつくるアパレル企業側に対して、CG企業は、デザイン後すぐにモデリングに入ったり、クロスシミュレーションソフトではない3DCGツールを使用したりする。
もっとも大きなちがいは、アパレル3Dモデルを制作する「目的」だ。アパレル企業側は「実商品の販売」を目的に、「衣類に基づく制約」を守って制作することが多い。CG企業側はメタバース空間やWeb上のみでの販売や、ゲームなどのエンタメ目的で制作するケースもあるため、その場合、衣類に基づく制約を気にする必要はない。
アパレル3Dモデリングのワークフローは、現時点では、CG企業とアパレル企業、システム開発会社を含む3〜4社が合同で行うことが多い。1社のみで進めることは困難で、日本国内でも数社しかまだ例がないという。自社の得意・不得意を洗い出し、どのような企業と組むのがよいのか見極める必要がある。
新規導入時に大切なのは、目的を定めること
次に大橋氏は、新規導入時にはバーチャルファッションとバーチャルサンプルのどちらを選ぶべきなのか、「企業」と「個人クリエイター」に分けて説明した。
「企業であれば、何のアイテムを販売するのか、どのような体験にしたいのか、最終的な展開の仕方は 2D 画像でいいのか、3D で 360 度くるくる回して見られるようにしたいのか、掲載先は EC サイトなのかメタバース空間なのか......によっても変わってきます」。
個人クリエイターの場合は「社会人の方で、働きながらモデリングを勉強したいという方も多いかとは思いますが」と前置きしたうえで、おすすめのスクールをピックアップ。やりたいのが「バーチャルファッション」なら3DCGソフトの扱い方を学べるヒューマンアカデミーやデジタルハリウッド、日本工学院。
「バーチャルサンプル」なら、服飾専門学校のエスモードやバンタンデザイン研究所、文化服装学院などを挙げた。
サービス展開の例については、NFTでつくったバーチャルファッションアイテムをARで着用できるアプリ「メタドリップ(METADRIP)」や、世界的デジタルファッションイベント「メタバース・ファッションウィーク」、ボディスキャナーでオーダーシャツをつくる「Auto Tailor」、ZOZO NEXTなど3社が開発したバーチャル試着アプリ「ALTRM」の4つが紹介された。
最後は、これまでバーチャルサンプルの課題とされてきた「触覚(着心地)」についてが語られた。
「私は4年前に独立しましたが、バーチャル試着やデジタル関連のファブリックデータを出す度に皆さんおっしゃるのが、『でも結局、着心地(触り心地)がわからないよね?』ということなんです。私自身も“触覚”についてはすごく興味があったのですが、ハプティクスデバイスやハプティクススーツはそういった意味で、今後発展していくサービス展開だと思います」。
「ハプティクス」とは、人工的な振動によって実際に肌に触れている感覚を再現する最新技術だ。数年前までは、バーチャルファッションやバーチャルサンプルのデータがほとんどなかったため展開が困難だったが、現在はデータを公表する企業が増えてきた=データが溜まってきている状態。
大橋氏いわく、さまざまなデバイスの発展とデータのストックが掛け合わさり、サービスが発展するフェーズに来たのだという。
アパレル企業やクリエイターから多数の質問
質疑応答ではアパレル企業担当者や個人クリエイターと思われる視聴者から、多数の質問が寄せられた。
――CLOやMarvelous Designerは韓国のクロスシミュレーションソフトですが、海外製のソフトがほかにもあれば教えてください。
大橋氏:海外製ですと、今アパレル業界では中国の「Style3D」が話題になっています。開発速度がものすごく速く、数年前のリリース時に比べて、内容の充実度が高いです。ほかに海外の代表的なソフトとなると、おそらくですが、例えばOptitexのような海外の2DCAD開発会社さんが、連動して使えるような3DCADを開発したものが多いのではないでしょうか。
――CLOでバーチャルサンプルをつくる場合、メタバースの制約に合わせる際に、ポリゴン数を減らすのに苦労すると聞きました。他のソフトでローポリモデルをゼロからつくったほうがよいのでしょうか。
大橋氏:バーチャルサンプルありきでメタバース用にローポリ化する場合、それをもとにCLO 内でローポリにしちゃったほうが楽かなと思います。メタバース向けでデフォルメされた物が先の制作であれば、他のソフトからの方が良い場合も。
メタバース向けにデフォルメしたいのか、あまり崩さずイコールに持っていきたいのかにもよるんですけれども、前述のように「実際のサンプルに近い状態」にしたければ、やはりCLOでつくったバーチャルサンプルをローポリに落として、崩れたラインを修正するほうが、私は楽かな。
――メタバース用につくるなら、CLOよりMarvelous Designerのほうがよいでしょうか。
大橋氏:うーん、CG 業界の方なら Marvelous、アパレル業界の方なら CLO が使いやすいのではないでしょうか。というのも CLO って、「パターンを入れる」、モデリング、レンダリングまで一貫してできちゃいますし、3D モデルをつくってパターンを出すことも可能なんです。一方で、Marvelous ではモデリングをやって、次の 3DCG ソフトに持っていくパターンが結構あります。これは、ご質問いただいた方の在籍する業界による部分があるかなと思いますね。
――今後、各3DCGソフトの互換性はどのようになっていくとお考えですか? VRMのような共有フォーマットが広まっていくのでしょうか。
大橋氏:各ソフトの互換性、めっちゃ私も思います。こcれ、なかなか難しいところがあって、2DCADもDXFが互換フォーマットになるんですが、日本のタイプと海外のタイプ、どちらも各組合のルールに則ってつくられています。
互換性については日本国内だけに限らない問題なので、世界の3D関連の方々と話し合うことも必要になってくると思います。私が一番欲しいなと思うのは、3Dのモデルにパターンなどいろいろなデータを含めた、互換性のあるフォーマット(笑)。とはいえ、ファブリック関連の新しいフォーマットもつくられましたし、 VRMをはじめ、今後また増えていくと思っています。
――バーチャル空間で再現するのが難しい衣装、スタイル、布などはありますか。
大橋氏:バーチャル空間でリアルタイムにシミュレーションがかかっているか、いないかによりますね。というのも、リアルでの表現が難しい形状を「固定」できるのがある意味バーチャル空間のメリットでもありますが、シミュレーションをかけたときには結局、実世界と同じ動きになってしまうので。バーチャル空間の状態によって、難しい衣装と、問題ない衣装が存在しますかね。
――アパレルブランドは、バーチャルファッションにどの程度の品質を求めたいのでしょうか。「ZEPETO」や「VRoid WEAR」などだと、デフォルメされすぎてブランド価値的に弱い印象です。
大橋氏:アパレルブランドさんによって考え方はそれぞれだと思いますが、今回のテーマでもある「バーチャルファッション」と捉えるのか、「バーチャルサンプル」と捉えるのかが鍵になると思うんですね。それこそ「ZEPETO」や「VRoid WEAR」はアバターの世界で、バーチャルサンプルとは根本的に用途が異なるので、そもそも品質が必要じゃない場合も。
近年はハイブランドさんでも、デフォルメされたバーチャルファッションを取り入れるところもありますし、制作側と話し合ったうえで「リアル感や品質よりも、デフォルメや着せ替えで楽しんでもらいたい」という方針であれば、「(アパレル 3D モデリングをやるのは)お客さまに楽しんでもらうため」を目的にしたがいい。そうしないと、どうしても考え方や構築に差が出てしまうんですよね。
なので、今日お話しさせていただいたように、ブランドさん側も「何のために出すのか」を考えることが、やはり大切になってくると思います。
TEXT_原 由希奈 / Yukina Hara
EDIT_西原紀雅 / Norimasa Nishihara(CGWORLD)、山田桃子 / Momoko Yamada