2022年11月7日(月)~11日(金)に、CGアーティストのためのカンファレンス「CGWORLD 2022 クリエイティブカンファレンス」が開催された。

各セッションから、今回は映像制作チームVeAbleによる「VFXで韓国のミュージックビデオに追い付け! 映像チーム『VeAble』の挑戦」の模様をお送りする。VeAbleはK-POPの映像演出に憧れをもつメンバーが集結した映像クリエイティブ集団だ。今回は佐藤ノア氏『LADYBUG』のMVのメイキングを通じて、VFXを活用したMVづくりの実態と、今後のVeAbleの展望について語ってくれた。

記事の目次

    関連記事

    モデリングブロスが伝授する、Substance 3D Painterを活用した背景モデルをリアルに見せるテクスチャ作成術~CGWCC 2022(1)

    ヘキサドライブが『VOIDCRISIS』で挑戦! UE4を用いたロボットを格好良く魅せるシェーダ開発とアニメーション〜CGWCC 2022(2)

    あの海洋堂もデジタル造形がメインに! どうやってアナログからデジタルに移行したのか? 1年に渡る取り組みを語る~CGWCC 2022(3)

    イベント概要

    CGWORLD 2022 クリエイティブカンファレンス

    開催日:2022年11月7日(月)〜11日(金)
    ※最終日はハイブリッド開催
    会場:ベルサール九段
    懇親会:11月11日(金) 19:30-21:30
    時間:15:30~21:00
    ※Day1のみ16:50スタート
    参加費:無料 ※事前登録制
    参加対象:
    CG制作に関わる業界に従事している方
    業界を目指している学生
    その他CG業界に興味のある方

    https://cgworld.jp/special/cgwcc2022/

    3DCGだからこそできるビジュアルを重視したMV制作

    登壇者は映像ディレクター・VFXアーティストの涌井 嶺氏、映像ディレクターのMONA(黒岡萌奈)氏、映像ディレクター・プロデューサーの史耕氏

    VeAbleはK-POPのMVが大好きという3氏が、VFXで演出の幅を広げて少しでも韓国のMVに追いつきたいと立ち上げた映像制作チームである。ちなみに涌井氏は昨年、自身がドラムを務めるバンド「THE SIXTH LIE」のMV『Everything Lost』を制作したことで話題になったのも記憶に新しい。

    涌井 嶺氏

    映像ディレクター/VFXアーティスト

    MONA(黒岡萌奈)氏

    映像ディレクター

    史耕氏

    映像ディレクター/プロデューサー

    今回、解説してくれたのはモデルや歌手として活躍している佐藤ノア氏『LADYBUG』のMVのメイキングだ。本作はVeAbleが初めて手がけたMVで、グリーンバックのみでの撮影ながらVFXを駆使することで10種類近くの背景セットの中で撮影したかのような演出がなされた力作だ。

    佐藤ノア『LADYBUG』(Official Video)

    MONA氏は「監督として参加させていただきました。メインで担当したのは企画や構成、細かい美術のイメージやオンライン・オフライン編集、グレーディングです。涌井さんには背景やCG・VFXに関わるところを担当してもらいましたが、撮影の前に全て美術が揃っていました」と切り出した。

    さらにMONA氏は「撮影としては10時間。普通のMVに比べるとスムーズに終わった印象があます。グリーンバックなので美術の転換やライティングなどに大幅な変更はありませんでした。オフライン期間は1週間で、涌井さんとDiscordでPremiereの編集画面をシェアして細かいところを見ていきました。コンテにはなかった演出なども追加しました」と続けた。

    このMVの演出意図は曲名の「LADYBUG」が「テントウムシ」であることに起因しているという。昆虫のバグとコンピュータの不具合を意味するバグの両方から着想を得ており、MONA氏は「ノアさんが小さなテントウムシに噛まれたことをきっかけとして現実世界がバグり、実際にはありえない展開が次々に起こる」というコンセプトを決めたと話す。

    さらに、「ビジュアルコンセプトは3DCGだからこそできるものが前提でした」とMONA氏。「巨大なチェス駒やトランプ、溶けたアイスは実際に制作すると予算が膨らみすぎるし、撮影も1日で撮りきるのは難しい。これは3DCGだからこそできた夢のセットです」と自信をのぞかせる。「何らかのリファレンスを涌井さんに渡したら、コンテに描き込む前に背景CGが上がってきた」とのことで、「それを見ながら何をコンテに入れたらいいのか、どんな演出ができるのかを考えました」。結果、普通とは少々異なる制作方法を採ることになったようだ。

    涌井氏は「ところどころオブジェクトがめり込んでいたりしてても、バグだからいいかなって(笑)」とMONA氏の話に応じた。コンセプトに関しては「結構オブジェクトが共通していたので、1つめのセットが完成してからは、他のセットを制作するのもスムーズでした。背景や壁の色を変えたりとか、オブジェクトの場所を変えたりして対応することもありましたが、世界観が一貫しているのでやりやすかったです」とふり返った。

    スタジオ内のようなライティングの3DCGによる背景セット

    続いて、涌井氏はBlenderのファイルを開いた。「レンダービューはこんな感じです。スタジオで制作したような空にしたかったので、ライトがドーム内で反射しているようにしました。あえて3DCGだからできるところにふり切らずに、バーチャルスタジオでライティングしたような雰囲気にしたんです。同じ業界の人から『ここだけスタジオなんだ』って言われたときは嬉しかったです」と、ほくそ笑んだ。

    背景セットは9つ制作(1つ当たり半日、計1週間ほどで制作)。涌井氏は「撮影前にチームで共有できるようにしたら、撮影部がセットやワークはこのくらいとイメージできて、照明部もライトの位置が決まっているので、こんな感じでというのが伝わりやすかったです。環境もとらなくて、CG側に照明を合わせてもらいました。演者も完成形をイメージして動きやすく、スタイリストも背景の色がわかっているので合う衣装を決めやすいかったようです」と、利点を挙げた。

    NOMA氏は「撮影に関しては実写のMVと変わらず、インサートカットはFIXで撮ることが多かったです。ダンスカットに関しては普通によくあるような感じで、ジンバルワークで何度か試しました」と語る。

    涌井氏は「CG担当として、あまりいろいろと言わないようにしたい」と気をつけていたという。「VeAbleとしては、できるだけ演出の幅が広がるように活動したいので、その幅が狭まるようなことは言わないようにしたい。そのかわりトラックマーカーが見えないようなアングルには気をつけて、たくさんマーカーを貼りました。寄りになると映らなくなることもあるので、マーカーを足すこともありました」と補足した。

    さらに涌井氏は「トラッキングのときにはマーカーがあると位置合わせをしやすいので、床は特に貼っていました。あとは照明部と連携して3DCGのライティングと合わせる、キーイングしやすいようにグリーンの映り込みを減らすようにもしました」とも付け加えた。

    キーイングに関しては「エッジがパキッとしすぎていても、ボケッとしすぎていても、グリーンの映り込みがあっても困る」と涌井氏。「特に髪など、顔の周りは見られてしまうので、馴染んでいないと違和感が残ってしまう。別でマスクを制作して、エッジを調整したりしました」と明かした。

    マッチムーブのトラッキングもBlenderで行なっているとのこと。涌井氏は「結構ボケていても追ってくれるので優秀。カメラに特殊な機能が入っているわけではなく、撮影時にトラックマーカーをたくさん貼って、Blenderでカメラの位置を逆算して再現しました」と解説した。

    レンダリングはローカルで行なったそうだ。涌井氏は「計算すると1フレーム1分くらいで、90時間ほどかかったことになりますが、寝ている間やコンポジットしている間に別のPCで行なったので、それほど時間かかった感覚はありませんでした。レンダラはCyclesです。以前はEeveeを使っていたこともありましたが、Cyclesも速くなったので、シンプルだけどリアルに見せる必要があるものは、Cyclesでやった方が良くなっています」との感触を得ていた。

    コンポジットに関しては「After Effectsで行いました。『良い画に見せる』『リアルに見せる』ことを目的として、このバランスが良くなるように意識しました」と涌井氏。「普通はカラーパレットを使って色をなじませますが、今回は見た目で合わせました。あとモーションブラーやライトラップを追加して、地面に影を追加して、ディフュージョンや色収差といったレンズ効果を追加しています」といった手順になっている。

    ファイルのリンク管理は「シチュエーションごとにBlenderのファイルを分けていて、各カメラワークのファイルとリンクさせている」という。コンポジットは「シチュエーションごとに行う」、オンライン作業は「ほぼグレーディングまでに完了。デジタルズームを考慮して、CGはQHD(2560×1440)でレンダリングしました」とのこと。

    納品時はTopaz Labsの「Topaz Video Enhance AI」(※現・Topaz Video AI)で4Kにアップコンバートした。涌井氏は所感として「初めて使ってみたが、なくなっているはずのディテールが復活していた。結構キレイになったので、演者の肌修正はしていないです。その一方で、グレーディングで入れていたグレインが消えていたので、ワークフローで差し込む場所が重要」と述べた。

    終わりに涌井氏は3DCG制作部分のまとめとして「ここから先、同じセットで撮りたいと思ったら、アセットになっているのですぐ使えます。あと、『何でCGっぽく見えるのか、合成っぽく見えるのか』を考えるのが好きなので、そこを突き詰めていくのがチームとして必要になると思います」と総括した。

    VeAbleとしても涌井氏は「今後はトータルディレクション能力がほしいと考えています。CGチームではなくディレクションチームとして立ち上げたつもりなので、VFXはあくまで演出の幅を広げるための手段。K-POP好きのメンバーなので、その幅をどう使っていくか、考えたいと思う」と、今後に向けての意欲を語ってくれた。

    キーイング、カラコレ、グレーディングなどに関する質疑応答

    セッションの最後に行われた質疑応答タイムでは多くの質問が寄せられた。以下にそのうちの一部を紹介する。

    ――キーイングのとき、どうやって肌の反射のグリーンを消しているのか?

    涌井氏:After EffectsのAdvanced Spill Suppressorを使っていて、それだけでかなりグリーンが消えます。Blenderにあるキーイングのノードでも消せますが、今回はAfter Effectsだけで消しました。

    ――ほかのCGソフトと比べてBlenderの限界を感じるときはあるのか?

    涌井氏:Blenderしか使わないので、あまりほかのソフトと比較することがないのですが、限られた機能で何とかしようと思ってしまうので、限界を感じたことはない。自分が制作したい映像ができればそれでいいと思っています。

    ――グリーンバックで制作した人物をBlenderで制作した背景に映り込ませるには?

    涌井氏:人物だけのアルファ付きのプレートを置いて、カメラ位置からキーイングしたフッテージを投影しています。Cyclesだとカメラに写っている人物を消すことができるので、その状態で出力しています。ただ、今回は演者が3人で、立ち位置がほとんど変わらなかったからできたけれど、そうでない場合はまた考えないといけない。

    Blenderで制作した背景に人物を写り込ませた様子

    ――CG・VFXを使った映像のカラコレは難しい?

    涌井氏:今回、グレーディングは外部のスタジオで行ないましたが、個人的なこだわりで、3DCGのためにグレーディングを難しくしたくないとは思っています。実際に美術のセットを組んだときと同じようにグレーディングできるように心がけました。カラースペースも撮影したときのものをスタジオに渡しました。

    ――ワンカットの平均ライト数はどのくらい?

    涌井氏:カット次第ではあるが、実写のライト数と同じくらいと考えてもらえたら。カラーライトとか特殊な色をつけたい目的なら細々あって、人物を照らすライトがあって、背景を照らすライトが周囲にあってと、セットと同じ感覚で設定しています。

    ――影響を受けたK-POPのMVは?

    涌井氏:韓国のDigipediというプロダクションが好きで、影響を受けています。

    MONA氏TWICEの『Talk that Talk』など、グラフィカルな画を得意とする映像を制作する人に影響を受けているように思います。

    史耕氏:男性アイドルを手がけることが多くて、リファレンスを探っていったらK-POPにたどり着き、初めはBTSから入っていって、Stray Kidsなど、映像を含めてコンテンツにしていく意識が強いチームを楽しく見ています。

    TWICE 『Talk that Talk』 

    ――衣装をデジタルで拡張したり差し替えたりするのはアリ?

    涌井氏:最近AIで着せ替えられるような技術があるが、興味はあって演出としては面白い。グリーンバックは衣装の制約があるので、技術でクリアできるなら良いことだと思います。

    ――トンネルはカットに合わせた長さか、ループか?

    涌井氏:大きいループを制作して、その中でカメラを走らせている。どれだけ長いカットがきても対応できるようにしています。ただ、実際はその中の一部なので、使っている部分は少ないかと思う。

    ――VFXで韓国のMVに追いつくために「背景CGでコストを抑える」「シチュエーションを増やす」以外に何が重要だと思う?

    涌井氏:やはり演出力ではないか。3DCGで何でもできるからといって良いものが制作できるわけでもない。

    史耕氏:トランジションが多いので、結構プリビス作業をしているのではと感じます。通常だったらバッとシチュエーションを撮ってオフラインで良い感じにつなげますが、かなりトランジションを正確にやっているということは、それなりに事前に尺を決めて打ち込んでいる。ディレクターが事前に詰めていく時間をかなり確保しているように思います。

    TEXT & PHOTO_真狩祐志 / Yushi Makari
    EDIT_海老原朱里 / Akari Ebihara(CGWORLD)、山田桃子 / Momoko Yamada