サムザップが2022年9月に公開した『この素晴らしい世界に祝福を!ファンタスティックデイズ』のアクセルハーツ Presents「Cutie Star」公式PV。リリース2.5周年を祝うキャンペーンの一環として公開されたPVで、作中のアイドルユニットであるアクセルハーツのリア(CV:#河瀬茉希)、シエロ(CV:#礒部花凜)、エーリカ(CV:#加藤聖奈)によるライブの様子が描かれている。本作はUnityを活用し、セルアニメ調で表現されているが、2Dゲームをメインに開発を行なっているサムザップにとって、こうしたPVの制作は大きな挑戦でもあった。以下、メイキングを詳しく紹介しよう。
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ゲーム会社のサムザップが3DCGによるセルアニメ調のPV制作に挑戦
今回紹介するのはサムザップによるアクセルハーツ Presents「Cutie Star」公式PV。本作はスマートフォン向けゲーム『この素晴らしい世界に祝福を!ファンタスティックデイズ』(以下、『このファン』)の劇中に登場する踊り子ユニット・アクセルハーツが歌う「Cutie Star」という楽曲の公式PVだ。
登場する3人のキャラクターは『このファン』の登場人物で、アクセルハーツメンバーの「リア」「シエロ」「エーリカ」の3人。アイドルライブ風に演出されたこのPV自体も『このファン』の世界観の中での作品として描かれている。
サムザップはもともと2Dを主体としたゲーム開発を行なっているが、今回のこのPVに関してはUnityを活用し、3DCGで制作されている。その経緯と目的、また詳しいメイキングについてサムザップのメンバーに話を聞くことができたので、紹介していきたい。
左より、Unityエンジニア・木田敬也氏、アートディレクター・中山祐治氏、CGディレクター・坂本一史氏(以上、サムザップ)
まずはPV制作の経緯から。「サムザップの武器のひとつとして、
3DCGの技術研究を進めていきたいと考えていたところ、モチーフとして目を付けたのが、
こうして技術研究を兼ねつつ、2.5周年のキャンペーンに合わせてPVを制作する企画が決まる。
「アクセルハーツを使った映像作品を制作するというのは前提で、ゆくゆくはリアルタイムに落とし込んでいくことも考えていきたい。サムザップはゲーム会社なので、
こうした経緯から、今回の制作スタッフは、普段は別々にゲーム開発にあたっているメンバーで、本作のために集められたとのことだ。
「現在、
そのため、今回の制作メンバーの中には、3D表現は初めてというスタッフもいたという。
「いろいろな3DCGのアニメ作品を見ていると、アウトラインが綺麗に出ている。アニメの強みをサムザップに知見として貯めていくことを考えると、アウトラインは綺麗に出せるように注力した方がいいだろうと考えました。キャラシェーダを導入するにあたり、最初は『UnityChanToonShader Ver2』を試しましたが、それだと思うようなアウトラインが出ないというところでつまづいて、どうしようかと。そこで、映像作品でも使われている『Pencil+』を導入することにしました」とUnityエンジニアの木田敬也氏。
R&Dという面が強い本PVだが、結果的にはファンから大好評だったようで、「公開後、ファンの方からは『3DCGのPVだ!』と好評で、『すごいね!』というお言葉をたくさんいただきました。喜んでいただけたなら、本当にうれしいです」という中山氏。
以下、キャラクターモデルの制作に、Unityを使用したセルアニメ調の表現、ライブの演出を中心に、メイキングを解説していこう。
踊り子ユニット・アクセルハーツの3人のキャラクターモデル制作
まずはキャラクターたちのモデル制作からだが、デザインはすでにゲーム用に用意されたものがあったため、それを3DCGに落とし込んでいく作業からスタートとなる。今回はゲーム実装ではなく、あくまでPV用のモデルとして制作されているが、今後を見据えてある程度はゲームを視野に入れたモデル制作が行われた。
「3DCGに起こす上で必要になる細かいデザインなどは追加しつつ、制作しています」と話す中山氏。アニメ調で表現することを意識して、「情報過多にしない」という点がポイントだったという。
また、今後リアルタイム描画によるゲーム実装も見据えて、ポリゴン数も増やし過ぎないようにした。ただ、今回は最終的にはPVという映像作品のため、ゲームほど厳しいポリゴン制限はかけなかった。
最終的には、1体につき約10万ポリゴンほどで、「ゲーム実装だと大体3〜5万ポリゴンくらいなので、それに比べると多い」(中山氏)とのことだ。制作期間はベースとして約2ヶ月で、その後1ヶ月ほど修正期間があった。
キャラクターデザイン画
アクセルハーツのメンバーであるリア、 シエロ、エーリカのデザインについてはゲーム用に用意されていたものを活用。全員にボーダーのデザインが入っていて、統一感が演出されている。
キャラクターモデル
エーリカのキャラクターモデル。ディテールを詰め込みすぎず、なめらかなラインを描くように作成されており、破綻しにくいように仕上げられた。
アイドルらしいお揃いの衣装や表情を作るためのフェイシャル
もともと2Dとして確立しているキャラクターたちということもあり、3DCGへの落とし込みには苦労もあったという。「特に衣装などは構造的に複雑だったり、腕を上げると顔にめり込んでしまったりということもあって、デザイン上変更した点もあります」(中山氏)。
かなり力の入ったモデルに仕上がっているが、最も力を入れたのは顔まわりで、フェイシャルはもちろん、口もアニメ的表現のために位置をずらせるようにするなど、キャラクターのイメージを踏襲できるよう様々な工夫が取り入れられている。
ちなみにエーリカはアヒル口のような表現になっているのだが、そこに関しては「造形が難しいというよりは、どのタイミングでそのアヒル口ではなくなるんだろうというところが難しかったです。フレーム単位で見たときにずっとアヒル口だとおかしいところもあるので、この瞬間はちょっとアヒル口を緩めようなど、細かい調整がありました」(中山氏)。
また、シエロは衣装の袖が縦縞なのだが、「これもなかなか苦労しました。しわが寄ったときに上手くいかなくなることもあり、デザイン的にやりやすいように調整しています」(中山氏)とのことだ。ちなみに衣装の動きは、ベースとしてはシミュレーションをしており、それを元に手付けで調整を施しているとのこと。
アニメらしい表情を実現するフェイシャル設定
本作のキャラクターたちは作画アニメとほぼ変わらない印象を受けるが、そのための工夫も様々に盛り込まれている。特に口に関しては、斜め顔でアニメ風を表現するには位置を調整する必要があり、専用のコントローラで制御できるようになっている。画像は左が調整前、右が調整後。PV中の斜め顔になるカットでは、ある程度変形させてイメージを保っている。
モーフターゲットもかなり仕込まれており、表情豊かな表現が可能となっている。
Unityによるセルアニメ調のキャラクター表現
セルアニメ調の表現に関しては「UnityChanToonShader Ver2」をベースとして活用し、アウトラインに関してはPencil+を使って、ポスト処理によって表現されている。ただ、全てのラインがPencil+というわけではなく、部分的にUnityChanToonShaderによるライン描画も採用。
制作にあたっては、最終的なアウトプットが映像ということもあり、かなり細かく設定が施されており、筆者としては取材をしていて絵を描いているのに近しいセンスが要求されるレベルだと感じた。「映像作品ということもありましたので、フレーム単位で微調整しつつ、『もうちょっと薄い方がいいよね』みたいなのは部分的に対応したり、細かく調整しています」と木田氏。
こうしたきめ細やかな対応については「映像として割り切った結果、できた」(中山氏)ということで、実際にゲームとして実装を考えるとこのクオリティはなかなか難しい。だが、そこへの第一段階という意味では、今回のプロジェクトに意義がある。「2~3年後の市場に向けて研究していきたいと考えていて、今回のところはかなりフレーム単位でチェックしていっています」(中山氏)。
結果だけを見ると、さらっと見てしまうのだが、実際の技術開発的は時間がかかるもので、これら一連の設定を固めるまでには1年ほどの時間がかけられている。詳しくは同社のエンジニアブログでも紹介されているのだが、Unity上でねらい通りのアウトラインを描画するようになるまでにトライ&エラーが繰り返されてきた。
木田氏自身も本来はゲームのエンジニアであり、こういった3Dでの映像表現は初だったとのこと。「ゲームだとそんなに気にならなかった部分が、映像になるとクオリティが気になってしまって、1フレーム単位でチェックしていました。なんとか試行錯誤して、Unityでアウトラインがきれいに出せるようになったと思います」(木田氏)。
UnityChanToonShaderの設定
UnityChanToonShader Ver2のセッティング画面。いわゆるアニメの1影、2影のカラーとそれらの境界のぼかしの設定、アウトラインなどがセットアップできる。
Pencil+の設定
Pencil+の設定画面。線を美しく描画するという点では非常に優秀とのこと。なお、Pencil+はポスト処理で影を描画するため、セットアップもそれ専用だ。
Pencil+のアウトライン管理
かなり細かくオブジェクトごとにPencil+の処理が分割されている。ここまで細かく管理するとなると、単にポストエフェクトとしての処理にとどまらず、もはや絵を描くのと同様のセンスが求められるだろう。こうした細やかな処理が今回のPVのクオリティを担保している。
各オブジェクトに対して各々細かな設定をすることで、全体としてのバランスがとられているといえる。なお、画像下部の[ignore Object List]はキャラクターよりも手前に描画される可能性のあるライトシャフトがアウトライン計算に含まれないようにするための設定だ。
完成したUnityでのルック
完成したエーリカのルック。もはや作画アニメと何ら変わらないように思える。実際にPVを見るとそのクオリティの高さがわかるはずだ。
以下はアクセルハーツのメンバー3人の完成ルック。デザイン画の印象を崩すことなく、3Dキャラクターに仕上げられていることがわかる。取材を通じて、制作チームメンバーの本PV制作にかける非常にストイックな姿勢がこのクオリティを生み出していると感じられた。
シェーダによる華やかでかわいらしいエフェクト
本PVはキャラクターと楽曲がもちろん主役ではあるのだが、ステージや照明、エフェクトなども非常に力が入っている。中でもエフェクト制作で重要な役割を果たしたのが「Nova Shader」(※関連記事はこちら)だ。
Nova Shaderはサイバーエージェントのゲーム事業部が開発し、オープンソースとして一般公開されているUnity用エフェクトシェーダ。「サムザップはサイバーエージェントのグループ会社で、Nova Shaderを積極的に採用しています。パーティクルのシェーダをイチからつくるのは時間がかかることもあり、Nova Shaderを活用しました」と木田氏。
Nova Shaderの使用を始めた当初は、パーティクルに深度情報が書き込まれてなかったため、深度情報を使うようなポスト処理をかけたときに処理がかからず、パーティクルだけぼけない状態になってしまった。その際もグループ会社という強みを活かし、Nova Shaderの開発に直接相談して対応してもらい、今回のエフェクト表現を実現させたという。
パーティクルやライトを盛り込んだステージ上のエフェクト
ライトの軌跡などもシェーダによって実装されている。ライトに関しても照明の眩しさなどを表現するため、素早く輝度が上がるようシェーダ側で工夫が凝らされている。表現としてはセルアニメ調ではあるが、演出としては現実世界も意識した表現を加えているところが、臨場感と没入感が増している要因ではなかろうか。
『このファン』の世界観の中で繰り広げられるアイドルライブ
本作の演出はアートディレクターの中山氏が担当しており、絵コンテも中山氏が作成。中山氏はアイドル好きで定評があるとのことで、演出に関しては中山氏のアイデアが存分に盛り込まれている。かわいらしい演出の数々も本PVの見どころのひとつだが、作品の世界観を維持しながらアイドルライブを演出するのには様々な配慮も必要だったという。
「いろいろなエフェクトが出てきたらいいなと、構想段階から考えていたんですが、そこは版元とも密にコミュニケーションをとりながら、世界観を維持しつつ、どこまでやっていいかを話し合いました。当初はアイドルライブらしく、ステージにスクリーンを設置するというアイデアもありましたが、それだと世界観にそぐわない。最終的には作中で出てきた、記憶を映し出す魔法具をモチーフに使わせてもらい、スクリーンぽい感じの魔法具が設置されているという設定に落とし込んでいます」と中山氏。
こうした取り組みにより作中の世界観を維持しつつも、アイドルらしいライブという絶妙なバランスのPVに仕上げられた。
中山氏による絵コンテ
中山氏による絵コンテの一例。本作はいわゆる王道アイドルPVを意識した構成で、アイドルライブに対する愛を感じる。「かなりリサーチしました」(中山氏)とのことで、奇をてらうことなく王道を貫いているが、それもあってかPVを観たときに素直に受け入れられる構成となっている。
それでいて照明の輝度や、エフェクトのタイミング、また前述したアウトラインの細かい制御などがかなりつくり込まれているために、全体としてクオリティの高い映像作品に仕上げられている。これぞプロの仕事と感じさせるPVだ。
アウトラインに関する課題と得られたノウハウに対する手応え
取材の最後に、今回のPVの手ごたえと今後の課題に関して聞いたところ、「ずっとセルアニメ調の3DCGをやってきた会社ではないので、もちろんこれが最高の出来だと思っているわけではないです。ただ、2Dのゲーム会社が3Dに挑戦したというのは意味のあることだと思っています」と坂本氏。
そのうえで、技術的なとりくみとしては、今回はアウトラインにPencil+を使っているため、今後リアルタイムではどう描画するかが避けて通れない課題だと語る。今回は使わなかった背面法を模索していくのか、もしくはポスト処理でつけるアウトラインを、リアルタイムでできる実用的なものを開発していくのが今後の課題になるという。
中山氏は「今回はリアルタイムを抜きにして、映像としてつくるというのがベースにあったので、制限はかけないつくり方をしました。得られた知識がいっぱいあるので、培ってきたものを次回はリアルタイムで活かしていくというのが課題ですね。個人的には、僕は“ネクストサムザップ”という言い方をしていますが、今後は僕らが『こういう3Dのルックどうですか』と、逆提案していけるようになれればと思っています」と語る。
まだまだ最低ラインをクリアしただけ、まだまだフェーズ1にすぎないと、どこまでもストイックに語るサムザップの3氏。モバイルでのリアルタイムレンダリングを目標に、引き続きR&Dを進めるとのこと。今後の成果も同社のエンジニアブログなどで情報発信していくとのことなので、次なるフェーズ2の実績に期待したいしたい。
Information
『この素晴らしい世界に祝福を! ファンタスティックデイズ』のゲーム中のSpineによるアニメーションのメイキングをCGWORLD vol. 263にて解説しています。こちらもぜひご覧ください。
TEXT_草皆健太郎 / Kentaro Kusakai
EDIT_海老原朱里 / Akari Ebihara(CGWORLD)、山田桃子 / Momoko Yamada