2022年10月より放送されたアニメ『チェンソーマン』。MAPPA1社のみの出資で制作され、エンディングテーマは週替わりで楽曲が採用されるなど、独自の取り組みがアニメ業界の話題をさらった注目作だ。今回はそのCGメイキングを取材。主にモデリング、アニメーション、撮影パートを中心に、全4回に分けて紹介していく。
Information
主人公・チェンソーマンほか悪魔や背景などを3DCGで表現
衝撃的な展開の数々で世間を驚かせ、“少年マンガの異端児”とも称されている人気作『チェンソーマン』。この話題作のアニメ化に名乗りを上げたのが、業界屈指の技術力をもつMAPPAだ。
CGIプロデューサー
淡輪雄介氏
これまで『進撃の巨人』や『ドロヘドロ』といった話題作のアニメ化で世を熱狂させてきたアニメ制作スタジオである。本作もまた熱狂的なファンをもつ作品だけに、映像化のハードルは高かったはずだが、MAPPAは重圧をはねのける卓越したクオリティにより社会現象を巻き起こし、2022年末、大好評のうちに最終話の放送を終えている。これはひとえに圧倒的な作画力とハイクオリティな3DCG技術が成せる技である。
「作画に寄せた3DCGにしたい」という監督からのオーダーを受けたCGチームは、作画との馴染みを意識したモデリング、カット制作を行なっていった。3DCGモデルディレクターを務めた横川和政氏は、「これまでに培ったMAPPAの様式を引き継いだモデルにしています。その上で、3Dモデルに質感を入れる新しい手法にもトライしています」と語る。
3DCGモデリングディレクター
横川和政氏
CGチームでは、チェンソーマン、サムライソードの2体のモデルはもちろん、悪魔の中でもカロリーの高いカースや幽霊の悪魔、蛇の悪魔も担当。さらに、作画参考用として、デンジ、マキマ、アキ、パワーのレイアウトモデルも作成している。
一方、3Dアニメーションを統括した3DCGアニメディレクターの奥納 基氏は「初めてご一緒する監督ということもあり、実験を重ねながら進めていきました」と話す。
3DCGアニメーションディレクター
奥納 基氏
制作の初期段階では監督が信頼を寄せている作画アニメーターにCGカットのレイアウトを依頼。動きを作画に任せる分、ルックのブラッシュアップに時間を割き、作画に馴染むルックと動きの両立を目指した。さらに、長尺のカメラマップや、本作らしい空気感を演出する撮影フィルタなど、世界観を際立たせる表現にも積極的にチャレンジしている。
撮影監督
伊藤哲平氏
こだわりのデザインを細部に宿した3Dモデル
本作のキャラクターモデル制作において特筆すべきは、やはり特効質感を入れた点だ。監督からの強い要望もあって、チェンソーマンとサムライソードの一部パーツに特殊効果を乗せている。
従来は撮影工程で乗せていた特殊効果をあらかじめ3Dモデルに組み込んでおくという、MAPPAとしては珍しい手法だ。仕上がりは作画キャラクターとも馴染む、2Dライクかつリッチな質感で、特殊効果を入れるモデルや箇所を絞ることで、より印象的に見せているとのことだ。
セットアップにもかなり力が入っている。「特に主役のチェンソーマンは、一挙手一投足の動きにこだわりがあったので、じっくり協議をしながら進めていきました」(横川氏)。
一例として、チェンソーマンの首のチェーン1本1本や、スニーカーの靴紐にまでリグが仕込まれている様子から、3Dアニメーターの要望を汲み取り、非常に細やかに設計されたことが窺える。対照的に、悪魔や背景モデルについてはこれまで培ってきた手法で制作。しっかりと質感を乗せることで、3DCGだからこそ可能なハイカロリーな表現を目指したそうだ。
基本的な制作ツールは、3ds Max 2022、Photoshop 2021、Substance 3D Painter 2021、Pencil+ 4(4.2.0)。悪魔3体はZBrush 2021で造形したという。悪魔のデザインを3DCGで再現するにあたっては、かなりハイディテールなモデル制作を要求されていたため、素直につくり込むとシーンが動かなくなってしまうことが予想された。
そのため、モデル自体はローポリゴン(メッシュ)に抑え、蛇の鱗などのディテールはディスプレイスメントを用いて表現することにしたという。
横川氏は本制作をふり返って、「作画も3DCGも、高品質に仕上げられたと思います。続編があれば、さらに良いものを届けられるように頑張っていきます」と語ってくれた。
主人公・デンジ(チェンソーマン)のモデリング
チェンソーマンの3Dモデルの変遷。
キャラクターデザイナーによる緻密なディレクション
キャラクターデザインを務めた杉山和隆氏によるチェックバック。テイク1のモデルを受けて杉山氏が作成したもの。詳細なディレクションが17枚にわたって描かれており、白黒2値化する際の線のドット数まで丁寧に指示。
横川氏は「杉山さんのこだわりが爆発していましたね(笑)。この気持ちに応えたい、できる限り良いものにしたいと思いました」と、驚きつつも気合が入ったという。杉山氏の特徴である、パキッとしたシルエットを再現するために試行錯誤を重ねたそうだ。
また、微調整ながら大きな効果をもたらしたのが歯茎の角度。テイク1では水平にしていたが、人間の歯茎にならって2~3度の傾斜をつけることで、造形のバランスが整った。
布の柔らかなシルエットをCloth Deformで表現
本作で新たに導入されたKM-3Dの3ds Max用プラグインCloth Deform 1.0は、簡易的なシミュレーションで服や皮膚の形状を再現できるツール。そもそもはサムライソードのロングコートを自然に風になびかせたいということで横川氏が導入を提案したものだ。
本作ではアクションシーンの動きが非常に速いため、揺れものツールとしての性能は確認しにくいが、シルエットが硬くなりがちな3Dモデルの形を崩すという意味では有用で、ルックに良い影響を与えている。
回転するチェンソーの刃は3Dモデルで表現
回転するチェンソーの刃は、テクスチャアニメーションを利用した方が簡単に思えるが、そうすると正面から見たときにチェンソーの厚みがなくなってしまう。そのため、3Dモデルを使って表現された。しかしその調整には大変な苦労があったという。
バトルシーンではチェンソーを振り回しながら戦うため、どの角度から見ても破綻なく、格好良い動きにするために、横川氏は杉山氏と何度もやりとりを重ねながら、刃の周りに発生する気流やワゴンホイール効果、刃の影付けなど、様々な改良を重ねたそうだ。
3Dモデルに組み込んだ特効質感
チェンソーマンの特効質感は、3Dモデルに付随するかたちで一体化。チェンソーの悪魔が歴戦の悪魔である設定を考慮して細かい傷を付けたり、ブラシのような質感を乗せた。
3段階のLODモデル
チェンソーマンのモデルは、ゲームにおけるLODモデルのように、アップショット、ミディアムショット、ロングショット用に3種類用意。見せる部分と省略する部分を丁寧に調整している。
デンジの因縁の宿敵サムライソードのモデリング
サムライソードのモデルは、チェンソーマンのモデル完成後に取りかかった。より効率良く作成するため、ラフモデル段階で、作中に登場する決めポーズをとっても破綻がないレベルまでプロポーションを詰めておいた。
デザインについてはチェンソーマンと同様、杉山氏のこだわりやメリハリのあるタッチが余すところなく反映されている。また、シワが目立つ衣装のため、シワのリアリティも徹底的に追求。設定画の指示を参考に、左右非対称にシワを刻んで自然さを表現した。
カース・蛇の悪魔・幽霊の悪魔のモデル
各種悪魔のモデリング。
ねらい通りの動きを実現させるチェンソーマンのリグ
チェンソーマンの各種リグ設定。
MAPPAの技術力を結集させ超ハイクオリティを追求した話題作『チェンソーマン』(2)アニメーション篇、に続く。
月刊CGWORLD + digital video vol.295(2023年3月号)
特集:アニメCGの現場 SPECIAL
定価:1,540円(税込)
判型:A4ワイド
総ページ数:112
発売日:2023年2月10日
TEXT _野澤 慧 / Satoshi Nozawa
EDIT_海老原朱里 / Akari Ebihara(CGWORLD)、山田桃子 / Momoko Yamada