Netflixシリーズ『ONI ~ 神々山のおなり』(以下、『ONI』)は、トンコハウスと堤 大介監督が描いた闇と光の物語だ。本作のスタッフに対して、堤監督は「この作品を、自分の夢に近づくための踏み台にしてほしい」とよく語っていたという。実際、多くのスタッフが本作を通して新たな「扉」を開き、これから開くべき「扉」へと歩き始めている。そんな『ONI』の制作過程を深掘りした『CGWORLD』vol.300の特集の中から、若き作り手たちの物語をピックアップし、全3回にわたってお届けする。

『ONI』のプロジェクトでは、マーザ・アニメーションプラネット(以下、マーザ)とアニマが制作したアニメーションデータのクリーンナップと修正を担う、Fixアニメーターと呼ばれるポジションがMegalis VFXの中に設けられた。Pixar Animation StudiosIlluminationにはあるものの、欧米でも日本でもスタンダードではないポジションが本作のアニメーション制作にどんな影響を与えたのか、Fixアニメーターを務めた井上尚大氏に聞いた。

記事の目次
    ※本記事は月刊『CGWORLD + digital video』vol.300(2023年8月号)掲載の「『ONI ~ 神々山のおなり』PART 6 12fps 4コマ打ちを基本とする、コマ撮り風のアニメーション/PART 6-04 Fixアニメーターによるデータのクリーンナップと修正」を再編集したものです。

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    Netflixシリーズ『ONI ~ 神々山のおなり』

    全4話(計154分)
    Netflixにて、世界190の国と地域、31の言語で配信中
    原案・監督: 堤 大介 
    脚本: 岡田麿里 
    制作:トンコハウス
    制作パートナー:Megalis VFX、マーザ・アニメーションプラネット、アニマ
    エグゼクティブ・プロデューサー: Robert Kondo、Kane Lee、堤 大介
    プロデュース:Sara K. Sampson
    ©2022 Netflix
    oni.tonkohouse.jp
    『ONI ~ 神々山のおなり』予告編 - Netflix

    「トンコハウスの世界 ~ダム・キーパーからONIまで~」開催中!

    日程:7月11日(火)〜2024年1月8日(月・祝)
    会場:SKIPシティ 彩の国ビジュアルプラザ 映像ミュージアム
    www.skipcity.jp/event/vm/tonkohouse

    仏米日の3人体制でアニメーションの問題を解決

    井上氏は大学卒業後にケーブルTVの運営会社でエンジニアとして約4年間勤務した後、CG映像業界への転向を志し、AnimationAid(以下、Aid)などで約1年半アニメーションを学んだ。あるときAidの担当講師だった藤原淳雄氏から若手アニメーターの募集情報を知らされた井上氏は、試しにデモリールを送ってみたという。

    「プロジェクト名は伏せての募集でしたが、"僕自身がやりたいくらいのプロジェクトです" という藤原さんの言葉を聞いて興味が湧きました。『ONI』のことはDirty Palsを通して知っていたので、詳細を聞いたときには興奮しましたね」(井上氏)。

    井上尚大氏

    アニメーター、Fixアニメーター

    Dirty Palsはトンコハウスが運営する有料のオンラインコミュニティで、同社と堤監督のものづくりや考え方に共感し、かねてから加入していた井上氏は大きな縁を感じたという。

    トンコハウスのオンラインコミュニティ「Dirty Pals」とは?
    詳細はこちら→dirtypals.tonkohouse.jp

    Megalis VFXから連絡が来るまで自分の役割がFixアニメーターだとは知らなかったが、『ONI』に関われるなら何でもやるつもりだったと井上氏はふり返った。

    「どんなポジションであれ、作品のために全力を尽くそうと思っていました。仕事に取り組む中でFixアニメーターというポジションの重要性を学べたので、とてもやりがいを感じました。ただ、どうしてもアニメーションの作業もやりたかったので、Christophe(Rodo/VFX SV)さんに何度もお願いして、トンコハウスのご厚意もあって、いくつかのショットを任せていただきました」(井上氏)。

    Fixアニメーションのチームは3人体制で、SVのPhilippe Duvin氏(アニメーション・テクニカルSV)はフランス、もうひとりのFixアニメーターはアメリカからリモートで参加していた。必然的に東京にいるライティングやコンポジットのアーティストは、アニメーションデータに関する様々な問題の解決を、時差なく対応できる井上氏に全部依頼してくることになった。

    「ピーク時にはパンクしそうになりましたが(笑)、頼られるのは嬉しいことでした。ほかのチームの作業がなるべく止まらないように、頼まれたらすぐやることを心がけました」(井上氏)。

    第1話のお弁当シーンのFix

    • ▲第1話のお弁当シーンはマーザのアニメーターが分担しており、上のショットのアニメーションは井上和行氏が担当した
    • ▲完成映像 。Fix時に「ごぼう」の風呂敷を追加し、「タコネコ」の弁当箱の位置を調整している。「神々小学校の生徒たちには個別にお弁当と風呂敷を設定してあったのですが、ショットが変わると突然なくなったり、風呂敷の色が変わったりしていることにレンダリングをした後で気づきました。そこでライティングアーティストの三好優太さんと協力して、全ショットのお弁当と風呂敷を設定し直したんです。風呂敷のオブジェクト名は共通で、インスタンス番号によって色や柄を設定できるデータ構造になっていたのですが、ショットの担当アニメーターが変わると同じ風呂敷なのにインスタンス番号が変わっている場合があって、その修正が大変でした」(井上尚大氏)
    • ▲アニメーションはShashwat Brahmbhatt氏が担当
    • ▲完成映像。Fix時に「ごぼう」、「だいこん」、「にんじん」の弁当箱や風呂敷を追加している
    • ▲アニメーションはStephane Mangin氏が担当
    • ▲完成映像。Fix時に「だいこん」、「にんじん」の弁当箱や風呂敷を追加している
    ▲プレイブラスト映像。アニメーションはJames Young氏が担当
    ▲完成映像。Fix時に「だるまちゃん」の弁当箱を追加したが、中身をつくっていなかったので蓋は閉じることにした

    『ONI』のFixを通して感じた、マインド、スキル、キャリアの目標

    堤監督、中村俊博氏(アニメーションSV)、Megalis VFXの上司や同僚との仕事を通して、お互いに尊敬し、信頼した上で心を開くことの重要性を学んだと井上氏は語った。約11ヶ月の勤務を経て2022年8月にMegalis VFXを抜けた井上氏は、その後バンクーバーに渡り、CGアニメーターになるための勉強を続けている。

    今後開きたい「扉」として、井上氏は3つの目標を挙げてくれた。

    「第1に "マインド" です。『ONI』では限られた期間内で最大限までクオリティを高めるため、自分なりにこだわって取り組みました。ときには同僚に無理を言い、レンダリング後のエラーを直してもらったこともありましたが、その修正は本当に必要なのかを冷静に見極め、取捨選択できるマインドをもつ必要があると感じています。第2に "スキル" です。一緒に働きたいと思ってもらえるアニメーターになるためには、アニメーションはもちろん、幅広い分野について学ぶ必要があります。『ONI』のFixを通して、ほかのチームのワークフローも視野に入れることの重要性を強く感じました。第3に "キャリア" です。『ONI』は、皆で話し合い、試行錯誤しながらクオリティを高めていける楽しいプロジェクトでした。今後のキャリア形成においても、そういう環境で働けるスタジオを選びたいと思うようになりました」(井上氏)。

    「風太郎」の眉のFix

    ▲第4話のクライマックスで「風太郎」がどんつこダンスに参加する直前のショットは、マーザの松田共世氏がアニメーションを担当した。上はプレイブラスト映像
    ▲レンダリング映像。レンダリング時に「風太郎」の眉の角度が変わってしまう問題が発生したため、井上氏が「風太郎」の登場ショットを片っ端から確認し、本来の角度に修正していった
    ▲眉の角度を修正した映像。「念願叶って第3話の「風太郎」のアニメーションを担当させてもらった際に、自分の担当ショットのコンポジットをShotGrid上で確認したら、「風太郎」の眉の角度が変わっていたんです。"もしや......" と思ってほかのショットも見てみたら、同じ問題が発生していました。「風太郎」の眉は、独立したオブジェクトに対してHoudini上でGroomを適用することで表現していたのですが、その追従が上手くいっていなかったんだと思います。当時はプロジェクトの終盤で、FixアニメーションのほかのチームメンバーはMegalis VFXから抜けており、ひとりだと大変でしょうという配慮から中村さんがFixを手伝ってくれていました。"これはマズイので、直せるものなら直したいです" というのが中村さんの見解でしたが、Megalis VFX内のほかのチームには余裕がなく、解決を依頼することは不可能でした。そのため「風太郎」が登場する約50ショットのデータを僕がMaya上で開き、Houdini上での追従具合から逆算して眉の角度を微調整した上でレンダリングし直してもらうという力技で乗り切りました。この問題以外にも、マーザやアニマの内製ツールでつくったデータがMegalis VFXの環境だと上手く動作せず、アニメーションが再生できないといったトラブルが起こったりもしました。一生懸命につくった動きの印象が変わっていたら、アニメーターにとっては大きなショックです。そうならないように、小まめにレンダリング結果をチェックして、アニメーションデータのパイプラインの担当者に意見を伝えるようにしていました」(井上氏)

    第3話の「風太郎」が訓練を積むショットの変遷

    ▲第3話の「風太郎」が訓練を積むショットのアニメーションは井上氏が担当した。上はストーリーリール。下目蓋を上げることで、「風太郎」の疲労と恐怖を表現している
    ▲ブロッキング1st。「Fixの仕事を通して見慣れていたものの、実際にコマ撮り風のアニメーションをつくってみると思いのほか難しく、どのコマを抜けば良いのか悩みました。ストーリーボードでは下目蓋を上げることで、「風太郎」の疲労と恐怖を表現していましたが、CGで再現したら思ったような印象になりませんでした。だからブロッキング1stでは目を見開くことで恐怖を表現してみたのですが、"「風太郎」は時間がない中で、恐怖を押し殺して必死に訓練をしています。目をもっと大きく見開いて全身で息をするような感じにしたら、内心の焦りを表現できると思います" というノートを堤監督からいただきました。堤監督のレビューは、キャラクターの内面に関することがすごく多かったです。そこに重点を置いた上で動きを考えることの大切さを実感しました」(井上氏)
    ▲Fix後のアニメーション。目と口をより大きく開くと同時に、肩の上下運動も大きくしている
    ▲完成映像
    ©2022 Netflix
    <次回>
    (3)若手ライティング&
    コンポジットアーティストの成長

    Information

    月刊『CGWORLD +digitalvideo』vol.300(2023年8月号)

    特集:『ONI ~ 神々山のおなり』
    定価:1,540円(税込)
    判型:A4ワイド
    総ページ数:112
    発売日:2023年7月10日

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    INTERVIEWER_若杉 遼/Ryo Wakasugi(CGWORLD)
    TEXT_尾形美幸/Miyuki Ogata(CGWORLD)
    EDIT_李 承眞/Seungjin Lee(CGWORLD)
    文字起こし_遠藤大礎/Hiroki Endo