トンコハウス制作のNetflixシリーズ『ONI ~ 神々山のおなり』(2022年10月21日(金)配信開始/全4話/154分。以下、『ONI』)が、第50回アニー賞の6部門にノミネートされ、作品賞(Best TV/Media – Limited Series)と、プロダクションデザイン賞(Best Production Design - TV/Media)を獲得した。本記事のインタビュイーである中村俊博氏も、キャラクターアニメーション賞(Best Character Animation - TV/Media)にノミネートされるという快挙を果たした。以降では『ONI』における中村氏の役割や、そこで得られた経験を紹介する。なお、このインタビューは1月中旬にオンラインで行なっている。

記事の目次
    『ONI ~ 神々山のおなり』予告編 - Netflix
    声の出演(日本語版)
    おなり(白石涼子)、かっぱ(新井里美)、なりどん(クレイグ・ロビンソン)、校長(沢田敏子)、アマテン(上田麗奈)、風太郎(間宮康弘)、カルビン(マリナ・アイコルツ)、たぬきんた(釘宮理恵)、なま&はげ(中務貴幸)、アン・ブレラ(戸松遥)、だるまちゃん(久野美咲)、おなりの母親(沢城みゆき)、天狗(井上和彦)、にんじん(植竹香菜)

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    CGWORLD(以下、CGW):手始めに『ONI』の制作に参加することになった経緯から教えてください。


    中村俊博氏(以下、中村):堤( 大介)さんから『ONI』の話を伺ったのは4年くらい前だったと思います。いつものように2人で散歩がてらお昼ご飯を買いに出たら「鬼の物語の構想を練っていて、ドワーフさんと一緒にストップモーション(・アニメーション)をやりたいんだ」という話を堤さんがなさったんです。「ストップモーションでつくるなら、僕の仕事はないかな」と思ったのですが、「トシには助監督として入ってほしい」と言っていただき、荷が重すぎるので「少し考えさせてください」と伝えました。当時は『ダム・キーパー』の長編アニメーション映画の企画も進行中だったので、そちらが本格始動したら、『ONI』は僕にバトンタッチしたいと考えていたようです。

    中村俊博氏

    ゼネラリストとして日本で『NHKスペシャルドラマ 坂の上の雲』などのCG映像制作に携わった後、2010年に渡米し、サンフランシスコのAcademy of Art UniversityでCGアニメーションを学ぶ。在学中の2013年に、短編アニメーション映画『ダム・キーパー』にAfter Effectsアーティストとして参加。卒業後、Sony Computer Entertainment America(現・Sony Interactive Entertainment America)でのアニメーション・インターンを経て、現在はトンコハウスに所属。『ONI』ではアニメーションスーパーバイザーを務めた。トンコハウスによる中村氏の紹介動画はこちらで視聴できる。

    【オンライン講座】制作の舞台裏を大公開!『ONI』のアニメーションができるまで by 中村俊博


    開催日時:2023年3月4日(土)
    開催時間:13:00 - 16:00(予定)
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    中村:その後、堤さんが最初期に描いた「なりどん」と「おなり」の1枚絵からアイデアを膨らませて、僕が2Dアニメーションを描き起こしました。堤さんもRobert( Kondo)さんもそのテストアニメーションを気に入ってくれて、「なりどん」と「おなり」の性格が徐々に定まっていきました。

    ▲中村氏がつくった「なりどん」と「おなり」のテストアニメーションの紹介動画

    CGW:残念ながら『ダム・キーパー』の長編アニメーション映画の企画は頓挫した一方で、Netflixが『ONI』の企画にGOサインを出したという話は堤監督へのインタビューで伺いました。


    中村:そうなんです。テストアニメーションの制作後、ドワーフさんが『ONI』のパイロットアニメーションをつくってくださることになり、僕はストーリーボードを担当しました。そのときのVFXを、MEGALIS VFX(以下、MEGALIS)さんが担ってくださったんです(※)。雲や雷などのVFXのクオリティが高くて、「日本にこんなスタジオがあるのか」と驚きました。

    ※MEGALISは『ONI』のCG制作の多くを担っており、パイロットアニメーションから本編にいたるまでの制作過程は同社のWebサイト内にあるメイキングページで紹介されている。


    ▲パイロットアニメーション用に中村氏が描いたストーリーボードの一部。パイロットのストーリーボードは、堤監督、中村氏、Chris Sasaki氏の3名で制作した

    中村:パイロットアニメーションの制作後、トンコハウスが表現したいことやスケジュールなどの諸条件を改めて検討した結果、『ONI』はストップモーションではなくフルCGで制作するという方針が定まりました。それに伴い、「『ONI』のアニメーションスーパーバイザー(以下、SV)を担ってほしい」と堤さんから打診され、アニマさん、マーザ・アニメーションプラネット(以下、マーザ)さん、MEGALISさんと一緒にアニメーションをつくっていくことになりました(※)。SVを務めるのは初めての経験で、多くのことを勉強させていただきました。

    ※MEGALISのアニメーターは、主にFix(めり込みや、位置ズレなどの修正をするアニメーションの仕上げ工程)を担当した。

    CGW:ストップモーションからフルCGへの方針転換が図られたことで、アニメーションのスタイルに変更はありましたか?


    中村:堤さんはドワーフさんと一緒に仕事がしたかったようで「フルCGに移行した後も、ストップモーションのスタイルは維持したい」と語っていました。だからプリプロダクションでは、どこまでストップモーションに近づけるのかを探りました。昔のカクカクしたストップモーション作品から、ドワーフさんが手がけてきた作品、スムーズなストップモーションで名高いLAIKAの作品まで、様々なリファレンスを集めて、どんなスタイルを目指したいのかを堤さんに確認しました。昔から堤さんは宮崎 駿監督のアニメーション作品が好きなので、『ルパン三世 カリオストロの城』(1979)のレイアウト、ポージング、コマ打ちなどをCGで再現したりもしましたね。そのときの堤さんの回答は「ドワーフさんのような、ややカクカクしたスタイルにしたい」というものだったので、12fpsの4コマ打ちを基本のスタイルにしたんです。ただ、後でお話しますが、プロダクションに入ってからの紆余曲折があり、最初に決めたスタイルからどんどん離れていきました(苦笑)


    CGW:つくっていく中でスタイルが変わるというのは、ほかの取材でもたまに聞きます(笑)。12fpsの4コマ打ちということは、1秒間に3枚の画を表示するということですよね?


    中村:そうです。12fpsのフルコマだとけっこう滑らかな動きになるので、4コマ打ちを基本にして、速い動きを見せたいときは2コマ打ちにするという方針にしました。ただ、その時点ではアニメーションのスタイルを完全に確立できていたわけではなかったんです。テスト期間が短く、携わったのが僕1人だったので、十分な検証ができないままプロダクションに入っていったというのが実情です。

    ▲中村氏が、12fpsの4コマ打ちで制作したテストアニメーション。その後のショット制作のためのガイドラインとしてつくられた

    CGW:伝統的なストップモーションと同様に、あまりカメラを動かさないという方針もこの段階で決めたのでしょうか?


    中村:その点に関しては、堤さんとMEGALISさんの主導で決まりました。カメラを動かすと全フレームの背景をレンダリングしなければならないので、コストが跳ね上がるというのが大きな理由です。カメラは固定でキャラクターだけ動かすのであれば、そのショットの背景のレンダリングは1枚で済みます。12fpsを採用した理由のひとつにも、レンダリングコストの削減がありました。限られた予算の中で『ONI』を仕上げられたのは、MEGALISさんの知恵と技術があったからです。それがなかったら、堤さんは「良いものにしたい」という欲求がどんどん湧き出てくる人なので、予算もどんどん膨らんでいったと思います(笑)


    CGW:レンダリングは1枚いくらの世界ですから、カメラを動かせば動かすほど予算規模が膨らみますよね(笑)

    アニメーションのスタイルを統一しきれなかった点が、SVとしての心残り

    中村:プリプロダクションでは、Studio LibraryというMaya用のフリーツールを使って、『ONI』のアニメーションのスタイルを示す「アニメーションバイブル」もつくりました。ポーズ、動き方、表情などをいっぱい登録して、ショット担当のアニメーターが手軽に使えるようにしたんです。『ONI』のキャラクターはシンプルなデザインで、顔は特にシンプルです。ちょっと両目が離れるだけでオフモデル(意図したデザインから外れたモデル)になってしまうので、表情の登録にはすごく気を遣いました。


    CGW:「この表情はOK」「これはNG」といったルールを、アニメーションバイブルの中で明示したわけですね。


    中村:そうです。この点に関しては、堤さんもすごく気を遣っていました。例えばキャラクターが口角を上げるときには、角の部分が必ず丸くなるようにしています。作品全体を通して、尖った口角はつくらないようにしました。このあたりの表現は『あの夏のルカ』(2021)を参考にしましたね。それから『ONI』では白目がないキャラクターが多かったので、鳥の目のような不気味な印象になりがちで、目の演技がすごく難しかったです。Pixar Animation StudiosやWalt Disney Animation Studiosのアニメーションでは、目蓋を半分下げることで疲れや退屈を表現する、Half Lidded Eyesという手法を多用するのですが、白目のないキャラクターでこれをやると不気味に見えてしまうので「目は丸のままにしてください」と口酸っぱく各アニメーターにお願いしていました。例外的に目蓋を下げたショットもありましたが、ほとんどのショットで丸い目を維持しています。


    CGW:「なりどん」も「おなり」もデフォルトの顔は白目がないから、表情の演技が難しかったでしょうね。


    ▲黒目の表現に関する『ONI』のアニメーションバイブル。デフォルトの顔で白目がないキャラクターは、特に表情の演技が難しかった

    CGW:先ほど語っていた「プロダクションに入ってからの紆余曲折」について、具体的に教えていただけますか?


    中村:1話に着手した時点ではアニメーションの12の基本原則のFollow Through and Overlapping Action(あと追いの工夫)などは完全に無視して、カクカクした動きにしようと決めていたのですが、エピソードを重ねるごとに「もっとスムーズに動かしたい」という欲が出てきました。アニマさんやマーザさんのアニメーターはフルコマのアニメーションの仕事に慣れていたし、堤さんも僕も彼らがつくったスムーズな動きを見せられると「こっちの方が気持ち良いよね」と感じてしまったんです(苦笑)。やっぱり12fpsの4コマ打ちだと限界があって、僕はSVの経験がなかったので、本当に悩んだし、難しかったです。プロダクションの後半になるほど「もっとコマを落として、カクカクさせてください」というノート(指示)が増えてはいきましたが、プロダクションの後半では、堤さん自身も「もっと良いアニメーションが見たいよね」というマインドに変わっていきました。結果として、3話や4話では、よりスムーズなアニメーションのスタイルを採用することになったんです。


    CGW:そのノートがなかったら、1話と4話のアニメーションのスタイルは今以上にちがっていたわけですね。


    中村:そうだと思います。スタイルを統一しきれなかったことは、SVとしては残念な結果でした。でも、僕もひとりのアニメーターですから、ほかのアニメーターが上げてきたすごくスムーズなアニメーションに対して、「もっとカクカクさせてください」と言うのはつらかったです。


    CGW:350dpiで描かれた綺麗な画を「サイズが大きいから、72dpiにしてください」と言うようなものですよね? そんなことをしたら、丹精込めて描いたディテールが全部ふっ飛んでしまうみたいな......。


    中村:まさにそうです。そこで心を鬼にできなかったことが僕の心残りです。本来なら、どちらかのスタイルに合わせるべきだったと思います。


    CGW:その点に対して、堤監督から意見やアドバイスはありましたか?


    中村:「後半のエピソードの方が、良いアニメーションになってきたよね」と言われて、「うーん......あれ?」って思いました(笑)


    CGW:テストアニメーションの段階では、「ややカクカクしたスタイルにしたい」って言ってたのに......(笑)


    中村:先ほども言いましたが、テスト期間は3ヶ月ほどしかとれず、僕はキャラクターのデザインやリグの検証にも参加していたので、アニメーションのバリエーションを出し切れなかったんです。カクカクしたバージョンだけでなく、よりスムーズなバージョンのテストアニメーションも提案できていたら、堤さんの判断は変わったんじゃないかなと思います。


    CGW:デザインやリグの検証というのは、具体的には何をしたのですか?


    中村:『ONI』は複雑なクロスシミュレーションをする予算がなく、服の動きまで手付けするスケジュールの余裕もなかったので、プロダクションに入る前に、堤さん、キャラクターのデザイナー、モデラーたちとのやり取りを重ねて、可能な限りシンプルなデザインにしていきました。並行してリグによるキャラクターの変形具合をチェックして、ドローオーバーで理想のシェイプを伝えたりもしました。ただ、リグに関してもプロダクションに入ってからの紆余曲折がありました。当初は「シンプルなデザインのキャラクターだから、複雑なリグは必要ない」と思っていたのですが、エピソードを重ねるごとに「作画アニメのような豊かな表情をさせたい」といった欲が出てきて、リグの機能がどんどん追加されていったんです。結果として、キャラクターのリグもモデルも、最後の最後まで更新を重ねてもらいました。だから先行してレンダリングが終わった1話と、後半のエピソードとでは、使っているリグがちがうんです。僕たちのたび重なる無茶な依頼に、嫌な顔ひとつせずに黙々と応えてくれたMIQUEL( CAMPOS)さん(※)には感謝しています。彼はスーパーマンでした。

    ※mGearの開発者として知られている、キャラクター・テクニカルディレクター。詳細はこちらを参照。

    CGW:アニメーションのスタイルも、表現の幅も、プロダクションを走らせながら模索していったんですね。担当ショットのキャラクターのリグが更新されたら、アニメーター自身がリグを差し替えて調整するという運用だったのでしょうか?


    中村:そうです。そこがけっこう大変で、差し替え前のアニメーションが壊れてしまうこともありました。その手直しにも時間がかかりましたね。本当にタイトなスケジュールで、1日に3〜4秒ペースで終わらせる必要があったんです。日本のアニメーターだからなし得たことで、アメリカのアニメーターだったら全員が投げ出していたと思います。

    30〜40人規模、全員参加のアニメーションレビューを週2回ペースで実施

    CGW:アニメーションSVを担当するのは今回が初めてとのことでしたが、中村さんはトンコハウスがあるバークレー(カリフォルニア州)にいて、アニメーターの多くが日本にいたわけですよね。かなりハードルが高かったのではないですか?


    中村:高かったですね(笑)。しかも、ほぼ全員が僕よりキャリアの長い先輩アニメーターでした。「トンコハウスに所属している」というだけの理由で、長尺作品をほとんど経験していない僕がSVを担当することになったんです。『ONI』の制作ではトンコハウスがクライアントで、アニマさん、マーザさん、MEGALISさんは受託先でしたが、堤さんは「全社の立場をフラットにして、上下関係を設けない」というワークスタイルを心がけていました。それもあって、3社のSVが本当にがんばってくれて、僕が指示をしなくても彼らなりのワークフローでプロダクションを進めてくださったんです。「こうした方が良いですよ」という3社からの提案に、すごく助けられました。


    CGW:そうは言っても遠慮するのが日本人の性分だと思います。真にフラットにするために、工夫したことはありますか?


    中村:その工夫は堤さんが一番上手かったです。例えばZoomを使ったアニメーションレビューは週2回のペースで行なっていて、最初の1〜2ヶ月間は各社のアニメーションSVだけが参加していました。でも堤さんが「各ショットを担当した1人1人のアニメーターと話したい」と言ったことをきっかけに、全員が参加するようになりました。堤さんは新人にもベテランにも分け隔てなく接する人で、全員と1対1で対話して、各々のアイデアを引き出していました。だから全てのアニメーターに「自分が作品をつくっているんだ」と感じてもらえたんじゃないかなと思います。


    CGW:監督の意見をSVが聞き、自社にもち帰ってから各ショットの担当アニメーターに伝えるのがよくあるワークフローだと思います。でも、堤さんはそれを良しとしなかったんですね。全員参加になってからのアニメーションレビューの参加人数はどのくらいだったんですか?


    中村:30〜40人くらいの大所帯でした。「自分の担当ショットはもちろん、ほかのアニメーターの担当ショットのレビューも聞いてほしい」というのが堤さんの希望でした。そこからアイデアを思いつく場合もありますし、同じことを繰り替し伝える必要がないというメリットもありますからね。例えば堤さんが「このキャラクターは、こういう性格です」と説明したら、それを全員に把握してもらいたいという意図があったんです。


    CGW:各ショットのアニメーションに対する堤監督と中村さんの意見の統一は、どのタイミングで図っていたのですか?


    中村:全員参加のアニメーションレビューの前に、堤さん、Erick( Oh)さん、僕の3人で社内レビューをして、Erickさんと僕の意見を堤さんに伝えるようにしていました。


    CGW:そうやって統一した「トンコハウスさんの意見」を、ショット担当のアニメーターと、その上司であるSVに、堤さんが直接伝えていたわけですね。


    中村:はい。各社のSVも「それはこういう意味ですか?」といった感じで質問をして、ショット担当のアニメーターをフォローしてくれました。


    CGW:そこまでやっても、12fps 4コマ打ちだったはずのアニメーションのスタイルが、スムーズになってしまう事態が起きたんですね。


    中村:そうなんですよ(笑)。トンコハウスの社内レビューでも「これはスムーズすぎるよね?」と堤さんから何度も質問されました。「でも、アニメーションとしては良いんですよね......」「それならこれで良いか......」という感じで、3人の中でも正解がずっと定まりませんでした。


    CGW:アニマさんやマーザさんのSVは「これが良い!」と思って、各ショットを提出していたわけですよね?


    中村:はい。ただ、アニマさんやマーザさんのSVも「もう少しコマを落としてください」と社内のアニメーターに伝えていたそうです。それでも上がってきたものはまだまだスムーズすぎたので、各社の中でも試行錯誤があったんだと思います。CGアニメーションでコマ撮り風のスタイルを再現する試みはあまり前例がなかったので、すごく悩みました。


    CGW:正解が定まらない中で、各社のアニメーターが考えに考えて出してきたショットに対して「もっとコマを落としてください」という指示は出しづらかったでしょうね。中村さんたちの葛藤が想像できます。



    ▲プレイブラスト画像に対する中村氏のドローオーバー

    CGW:ご自分よりキャリアの長い先輩アニメーターに対して、SVとして指示を出すときに心がけたことも教えてください。


    中村:相手をリスペクトする姿勢ですね。これも堤さんから学びました。最初に良いところを褒めて、その次に直してほしいところを伝えるのが堤さんの基本姿勢です。その上で、修正内容をこと細かに指示するのではなく、相手が考えるように促すんです。例えば「キャラクターの首を右に30度回転させてください」と具体的に指示するのではなく、「右側にいるキャラクターに意識が向いているから、目線をそちらに動かしてください」と伝えて、相手がアイデアを出す余地を残します。そうすると、アニメーターはこちらが期待する以上のパフォーマンスを出してくれる場合が多かったです。もちろん、具体的な指示を好むアニメーターもいるとは思いますが、つくっていておもしろくないとも思うので、僕も堤さんの姿勢を真似るようにしていました。


    CGW:レビューの度に「宿題」を出して、次回までにアイデアを考えてきてもらうというサイクルだったのでしょうか?


    中村:そうです。でも、けっこうな確率で一発で良いものを仕上げてくれました。それだけ各社のSVががきちんと見てくれていたんだと思います。


    CGW:さすが(笑)。堤監督のディレクションを熟知していたわけですね。


    中村:堤さんの意図をどんどん理解して、それに合わせてくるんです。すごいなと思いました。


    CGW:ショットの画の上からドローオーバーで指示を出すことはありましたか?


    中村:SyncSketchを使って、ポーズの中のプッシュしてほしい部分を伝えたり、シルエットを整える指示を出したりはしました。プロダクションの初期には堤さんがドローオーバーをしていましたが、後半は僕が全て引き継ぎました。



    ▲レンダリング画像に対する中村氏のドローオーバー

    日本のCGアニメーションに対する認識が、『ONI』の制作をする中で覆された

    CGW:SVとして参加する一方で、中村さん自身もアニメーターとしてショットを担当するケースもありましたか?


    中村:はい。僕個人としてはアニメーションをやりたかったので、ショットも担当しました。


    CGW:担当ショットで、印象に残っているものや、難産だったものを教えてください。


    中村:白目のないキャラクターのショットは難産だったものが多いです。特にエモーショナルなシーンでは静かな演技が求められるので、黒目だけでどうやってキャラクターの感情を表現するか悩みました。白目がないと、黒目を細かく振動させるアイダートはできないし、黒目だけを動かして目線の方向を伝えることもできません。ただ、マーザさんのアニメーターが黒目を1ピクセルくらいの幅で動かしたショットがあって、このアイデアはすごく良かったです。


    CGW:それはアイダートとはちがうのですか?


    中村:ちがいます。常に振動させるのではなく、カクッ......カクッ......という感じで、ちょっと間隔を開けて動かしていました。例えばキャラクターの意識が左に向いているときに、左方向に1ピクセルだけ動かすというような具合です。黒目だけの場合、動かしすぎると気持ち悪くなってしまうので、視聴者が雰囲気を感じる程度の幅で動かしました。このアイデアは、アニメーションバイブルにも書いていないし、指示を出したわけでもありません。本当に、皆で『ONI』のためのアニメーションの技術をつくり上げたんだなと感じています。


    CGW:黒目だけのキャラクターで、十分に泣けるエモーショナルなシーンがつくられていたので、難しいことだと認識できていませんでした(苦笑)


    中村:アニメーターたちの技術のおかげです。『ONI』の制作を通して、大きな目のキャラクターでなくても、眉毛の形や微細な仕草でエモーショナルな表現ができることを学びました。ただ、目線の表現には常に悩まされました。特に「かっぱ」は難しかったですね。「おなり」は首があるので、頭を回転させることで見ている方向を表現できました。でも「かっぱ」は首がなかったので、どこを見ているのかを表現するためには身体ごと動かす必要がありました。


    CGW:確かに、「かっぱ」は頭と胴体が直結していて、首がないですね(笑)


    中村:1話で「おなり」が「かっぱ」に勢いよく抱きついた後、「こぼれちゃうよ」と頭の皿を見上げるショットは、なかなか上を見ている様子が表現できず、すごくテイクを重ねました。それでも、最終的にはマーザさんのアニメーターが、すごく良い演技に仕上げてくれました。

    ▲第1話で「かっぱ」が自身の頭の皿を見上げるショットの変遷。上からプリビズ、ブロッキングパス、ファイナル
    ▲「かっぱ」のショットのメイキング動画。ストーリーボード→レイアウト→アニメーション→レンダリングの過程を紹介している

    CGW:『ONI』での経験をふり返ってみて、一番勉強になったことは何ですか?


    中村:SVとしての姿勢ですね。堤さんが見せてくれた、相手をリスペクトする姿勢、相手が考えるように促す指示の出し方などが一番勉強になりました。リスキーなやり方ではありますが、リーダーとして皆の信用を得て、皆に付いてきてもらうために必要な姿勢だと思いました。一方で、もっと自分に自信を付けて、監督である堤さんを納得させられる提案や発言をするべきだったとも思っています。ストップモーションのカクカクした動きをどのくらい踏襲するのか、アニメーションのスタイルのレールはSVである僕が敷くべきでした。それに加えて、Erickさんからも多くのことを学びました。彼は突拍子もないアイデアをすごく投げてくるんです(笑)。僕は既存のリグで表現できる範囲でアイデアを練ってしまうのですが、Erickさんは「なんとかなるでしょ」という感じで、パパッと面白いアイデアを2Dの絵で描いてしまうんです。見せられた瞬間は「できるかなぁ......」と思ったのですが、最終的にはどうにかなりました。僕の限界以上の表現ができたのはErickさんのおかげです。


    CGW:私から見ると中村さんも十分に良い絵が描けるCGアニメーターですが、Erickさんはさらにすごいんでしょうか?


    中村:彼はすごいです。それから、僕は日本を離れてから10年以上が経過しているのですが、日本のCGアニメーションに対する認識は10年前のままだったんです。その認識が、『ONI』の制作をする中で覆されたことも貴重な経験でした。日本には、Pixar Animation StudiosやWalt Disney Animation Studiosのアニメーターに匹敵する、すごい人たちがいっぱいいるんです。だからこそ、日本でしかつくれない作品が続々と生み出されているんだと思うし、本当にこれからが楽しみだとも思いました。日本の作品が、もっともっと世界に出ていくことを願っています。


    CGW:インタビューの最後に、今後の抱負を聞かせてください。


    中村:今はトンコハウスに所属しつつ、Evil Eye Picturesのプロジェクトにアニメーターとして参加しています。そこではMayaでつくったアニメーションをUnreal Engineにエクスポートしてからレンダリングしており、最終的な見映えをアニメーターがリアルタイムに確認できるんです。そういう新しいワークフローやツールを積極的に勉強して、今後の制作に活かしたいと思っています。


    CGW:今後の活躍にも期待しています。貴重なお話を聞かせていただき、ありがとうございました。

    Information

    Netflixシリーズ『ONI ~ 神々山のおなり』(Netflixにて配信中)

    全4話(154分)
    原案・監督:堤 大介/脚本:岡田麿里/エグゼクティブ・プロデューサー:ロバート・コンドウ、ケーン・リー、堤 大介/プロデュース:サラ・K・サンプソン
    アニメーション制作:トンコハウス
    ©2022 Netflix
    www.netflix.com/title/81028343

    トンコハウス・堤大介の「ONI展」

    会期:2023年1月21日(土)〜2023年4月2日(日)
    場所:PLAY! MUSEUM 〒190-0014 東京都立川市緑町3-1 GREEN SPRINGS W3棟 2F
    展覧会ページ:play2020.jp/article/oni/
    トンコハウスとしては約4年ぶりとなる展覧会。トンコハウス史上過去最大規模で開催予定。アニメーション作品の『ONI ~ 神々山のおなり』を空間演出で味わう新しいエンターテインメント体験を目指しています。トンコハウスが得意とする闇と光の映像の美しさ、ときを超える骨太の物語を、映像と言葉、音や光、古美術作品を融合させたスペクタクルな展示空間で表す予定です。そのほか、トンコハウスの技術や哲学を盛り込んだ、最新3DCGアニメーションの制作過程を紹介します。

    ONI展にあつまれ!トンコハウス夢プロジェクト
    〜『ONI』を通して、アニメ―ション制作の概念を変えるきっかけをつくりたい!〜

    実施期間:2022年12月28日(水)〜2023年3月25日(土)
    ▼Makuakeプロジェクトページはこちら
    bit.ly/tonko_makuake

    INTERVIEW&TEXT_尾形美幸 / Miyuki Ogata(CGWORLD)
    文字起こし_遠藤大礎 / Hiroki Endo