高橋 悠氏は実写出身の映像ディレクターで、コロナ禍を機にBlenderによるCG制作を始めた。2021年11月にSNSやYouTube上で発表した『昭和124年 予告編』(以下、『予告編』)が話題を集め、今年度は『映像作家100人+NEWCOMER 100』(ビー・エヌ・エヌ新社)に選出されている。
現在は『昭和124年』シリーズを制作中の高橋氏と、そのチームメンバーに今後の展望を聞いた。
Information
『昭和124年』シリーズ
遠い未来、架空の東京を舞台にしたシリーズ短編映像。高橋 悠氏(映像ディレクター)を中心とした小規模チームが、主にBlenderを使って制作している。2023年8月現在『予告編』、『0.5話』をX(旧Twitter)やYouTubeなどで公開中。
twitter.com/nonbit
Interviewee
懐かしさと違和感が共存している東京の風景を表現したい
――手始めに、高橋さんが『昭和124年』シリーズの制作を始めた経緯を教えてください。
高橋 悠氏(以下、高橋):Blenderを触り始めたのは2021年頃で、コロナ禍の影響で本業の企業向け広告などの映像撮影がストップしたことがきっかけでした。YouTube上のチュートリアルなどを教材にして独学でつくってみたら、楽しくてハマってしまったんです。東京の身近な風景をロケハンして、その写真を基にモデリングをし、ほかのアセットやキャラクターを組み合わせ、架空の東京の風景をつくってはTwitter(現X)やInstagramで発表するという活動をひとりで始めました。
僕が実際に見た東京の風景をCGに起こして、架空の東京を作る #昭和124年 というプロジェクトをひっそりとはじめました。インスタにもアップしているので良かったら見てください。blenderの練習も兼ねています。#blender #b3d https://t.co/jGJg5K73sM pic.twitter.com/fkfk5g3aCF
— Yu Takahashi / 高橋 悠 (@nonbit) February 23, 2021
――具体的には、何が楽しかったのですか?
高橋:自分の思い通りの世界観をつくれることが、ただただ楽しかったんです。soejimaさんは『予告編』の発表前から反応してくださっていました。
soejima takuma氏(以下、soejima):高橋さんから「劇伴も効果音も、音楽素材サイトにロイヤリティを払って購入しています」と聞いたので、「僕に専用の劇伴をつくらせてください」と売り込みました(笑)
高橋:soejimaさんのつくる音楽は『昭和124年』の世界観に通じるものがあって、聴いていると僕の頭の中に新しい映像が浮かんでくるんです。「ぜひ一緒にやらせてください」とお願いしました。
soejima:その時点ですでに『予告編』は仕上がっていて、公開後はけっこうバズっていたので(2023年8月現在、6.2万件のいいね)、「僕に劇伴をつくらせてもらいたかったなぁ......」という思いがちょっとだけありました(笑)
高橋:あの反響は予想外でした。soejimaさんからはすでにたくさんの劇伴をいただいていて、Twitter(現X)やInstagramで公開した試作映像の中には使っているものもあります。
soejima:『予告編』を観た直後にバーッとイメージが湧いてきたので、勝手につくってお送りしました。当時は高橋さんの中で『昭和124年』の世界観が完全に定まっていなかったので、僕がイメージした世界観を劇伴というかたちで提示して、「合っているのか、ちがうのか」のフィードバックをいただきながら、書き直したり、新しい劇伴をつくっていければと思ったんです。今となっては「ちょっと古いかな」と僕自身が感じているものもあるので、高橋さんの今後のアップデートに合わせて柔軟に調整していくつもりです。
――『昭和124年』というタイトルは、インパクトがありますね。
高橋:ノスタルジーと未来の両方を連想させる言葉にしたいというねらいがあって、『昭和124年』というタイトルを考えたんです。実のところ、本作の世界観はまだ模索中の部分もありますが、懐かしさと違和感が共存している東京の風景を表現したいという思いがあります。僕は普段の映像制作の仕事でも音楽ありきで演出を考えることがすごく多いので、基本的にはsoejimaさんの音楽をそのまま活かしたいと思っています。でもストーリーを表現するとなると既存の劇伴に完全に合わせるのが難しい場合も出てくると思うので、調整をお願いすることになるかもしれません。
ノスタルジーと未来の両方を連想させる、『昭和124年』の東京の風景をつくる
――今後はどんな展開を予定していますか?
高橋:1話約2分、全8話程度のストーリーのあるシリーズ短編映像にしたいと思っています。ただし小規模チームによるチャレンジなので、すごくゆっくりとしたペースで進めていて、2022年11月にようやく『昭和124年 0.5話』(以下、『0.5話』)を公開できたところです。『0.5話』ではsoejimaさんの劇伴は使っていませんが、効果音はナカシマさんがつけてくれました。
あえて指示を待たず、面白いと思う音をつけてみる
――ナカシマさんは、どういう経緯でチームに入ったのですか?
ナカシマ ヤスヒロ氏(以下、ナカシマ):高橋さんとは仕事を通して10年ほど前から面識があったので、『予告編』の発表時から注目していたんです。僕は少し変わった経歴で、かつては映像ディレクターをやっていました。企画段階の映像に自作の曲をつけていたら、次第にサウンドだけの受注が増えていき、緩やかに作曲家、兼サウンドデザイナーにシフトしていきました。『スター・ウォーズ ロール・アウト』(2019)という日本発のオリジナル短編アニメーションシリーズで初めて音楽と音響監督を同時に担当することになり、効果音によってアニメーションの実在感を高める仕事の面白さに気づいたんです。『0.5話』が公開されたのは、僕がちょうどコラボレーション相手を探している時期だったので、「面白そう! 音をつけたい!」という思いで、久しぶりに高橋さんに声をかけました。当時は知り合いのサウンドデザイナーがインディーズのアニメーション作家をSNS上で "ナンパ" して、効果音をつける活動をしていて、「自分もチャレンジしてみたい」という思いがあったんです。
高橋:『0.5話』には当初、音楽素材サイトで購入した効果音を僕が自分でつけていました。ナカシマさんの申し出を受けて全部つけ直してもらったら、グッとユニークさが増して嬉しかったです。
ナカシマ:初めて『予告編』を観たときに「すごく強いコンセプトだ!」と思ったし、映像の情報量に圧倒されました。そこにサウンドの密度が追いついていないと思ったので、「より立体的に見える音づくりができるかも」と考えました。だから『0.5話』ではストーリーの展開に合わせて、「壊れかけの蛍光灯の音」「雑踏の環境音」「移動広告の音」「電車の通過音」「モーター音」「PCの冷却ファンの音」「磁気メディアのローディング音」などを足していきました。
#SoundDesignCollection 番外編 by ナカシマヤスヒロ
— ナカシマヤスヒロ(Yasuhiro Nakashima) (@looppark) April 12, 2023
映像クリエイターの高橋悠さん(@nonbit )の映像作品に効果音をつけてみました。Breakdownも一緒に載せてありますので、ぜひ最後までご覧ください。 面白かったらいいねとリツイートお願いします! 以下解説です。
----... pic.twitter.com/oZREP8dX4Y
――未来の東京なのに磁気メディアの効果音を入れるという発想が、『昭和124年』の世界観にフィットしているなと思います。
高橋:磁気メディアの音を入れたのはナカシマさんのアイデアです。「その設定なら、この場所ではこんな音が鳴っているんじゃないですか?」と言いながら効果音を足していくアプローチが、僕にはすごく新鮮でした。
ナカシマ:「フロッピーディスクなどの磁気メディアが高密度化しすぎて、使われ続けている世界」という設定を僕が勝手に考えて、「あえて映像に映り込んでいないものの音をつけてみてはどうでしょう?」と提案しました。USBメモリなどのシリコンメディアは音がしないじゃないですか。フロッピーディスクやビデオテープはガチャガチャという音がするので、「昭和」という言葉のイメージにもフィットします。想像力をドンドン膨らませて、「懐かしさと新しさが共存する面白い昭和の名残」を音でも表現したいと思っています。
高橋:僕が映像演出をする際には、画面の外にある光源から入ってくる光を意識します。ナカシマさんもそれに近い考え方で効果音をつけてくれるので、すごく納得するんです。
ナカシマ:「画面の外はこういう世界になっているんじゃないか?」ということを意識しながら音をつけると、空間の広がりを感じる画になると思うんです。完成前の映像に企画段階から参加できることは滅多にないので、あえて高橋さんの指示を待たず、まずは自分が面白いと思う音をつけてみて、「どうでしょうか?」と意見を聞くというフローでやっています。
――クリエイティブなコラボレーションですね。逸木さんはどのような経緯で参加したのでしょうか?
高橋:僕は映像制作の仕事をする前にWebサイト制作の仕事をしていた時代があって、そのときにご一緒していたプログラマーのひとりが逸木さんだったんです。彼は仕事と並行してずっと小説を書いていて、2016年に『虹を待つ彼女』で第36回横溝正史ミステリ大賞を受賞して小説家デビューを果たしました。その後もプログラマーの仕事と並行して小説を書き続け、2022年には『スケーターズ・ワルツ』で第75回日本推理作家協会賞(短編部門)を受賞したんです。その間、逸木さんとの交流はずっと続いていて、たまに一緒にご飯を食べたりしていました。去年あたりから僕は『昭和124年』のストーリーをひとりで考えることに限界を感じるようになっていて、「ご一緒してもらえませんか?」とお願いしたんです。
逸木 裕氏(以下、逸木):高橋さんとは2010年頃から仕事をご一緒しており、友人でもあったし、『予告編』がSNSなどで話題になる様子も横で見ていたので、ストーリーの面からサポートしたいと思いました。普段はオリジナルのストーリーを書いていますが、本作では監督である高橋さんのビジョンを聞き出して、まとめるお手伝いをさせていただくつもりです。
――逸木さんがストーリーを担うなら、ミステリー作品になるのでしょうか?
逸木:ミステリーの要素が入ってくることはないと思います(笑)。本作の場合はストーリーの起承転結よりも、映像的にインパクトのあるシーンをつくることが大事だと思っています。
――『予告編』が起点となって、多様な才能が集まっていく過程が面白いですね。
キャラクタードリブンではなく、世界観ドリブンの映像制作
高橋:今はキャラクターデザインや世界観のディテールを詰めている段階で、並行して逸木さんと一緒にストーリーのブレストもやろうと思っています。一方で純粋に画をつくること自体も楽しんでいて、「ここは絶対に使いたい」という場所だけは、ドンドンつくっています。『0.5話』のロケーションもそのひとつです。
――『0.5話』の世界観は中渋谷ガード駐輪場がベースですね。
高橋:実在する東京の風景をロケハンし、それを改変して画の中に組み込むことも『昭和124年』のコンセプトのひとつです。作中で具体的に触れなくても、視聴者に「ここは渋谷区神南の何丁目だな」と連想させるような要素は絶対に入れたいです。場所と人の記憶は密接に結びついていると僕は思っていて、例えば「何でもない学校の帰り道だけど、妙に印象に残っている」というような場所が多くの人の記憶にありますよね。誰かにとってのそういう場所をSF的な荒廃した世界として表現したら面白いんじゃないかと、ずっと思っていました。
中渋谷ガード駐輪場のロケハンと、Blenderによる『0.5話』のロケーション制作
ロケーションの制作フロー
ナカシマ:本作はキャラクタードリブンではなく、世界観ドリブンの映像制作だなと思いました。「この場所で、何らかのストーリーを展開したい」という高橋さんの創作意欲が起点になりそうだなと。
高橋:逸木さんとのシナリオ制作はそういうアプローチになると思います。映像制作に関しても、絵コンテベースでやると僕の頭の中にあるものしか表現できないので、最初にある程度までロケーションをつくり込んでからカット割りを決める、実写撮影に近いつくり方をすると思います。効率は悪いのですが、それが本作のもち味になると思うんです。
ナカシマ:高橋さんがロケハンをするときには、僕もマイク持参で同行して、環境音を収録したいです。CGや映像制作では実際の光や質感を知ることが大事ですよね。それはサウンド制作でも同様で、実際の音を知らないと、リアリティのある音をつくれない。soejimaさんや僕は「高橋さんがつくる世界観に水をあげる係」だと思うので、「このシーンの劇伴はこうじゃないですか? こんな効果音はどうですか?」というようにせっせと "水" をあげることで、『昭和124年』という世界観の開花のお手伝いをしたいと思っています。
soejima:同感です(笑)。高橋さんは遠慮しがちな性格なので、積極的に関わって、力になりたいという姿勢を示していきたいですね。
キャラクターのルックデベロップメントにStable Diffusionを活用
絶対に完成させたいし、趣味で終わらせたくない
高橋:ロケハンに行きたい場所はいっぱいあるので、ぜひ一緒に行きましょう。『昭和124年』にはもうひとつコンセプトがあって、AIが深く関係している世界を描きたいとも思っているんです。AIのことを勉強すればするほど、AIの学習や思考プロセスに興味が湧いてきて、作中に取り入れたいと思うようになりました。逸木さんはAIをテーマにした小説を複数書かれているので、その点でも心強いと思っています。
逸木:僕は映像作品にスタッフとして参加するのは初めての経験なので、まずは完成させたいですね。さしあたっては高橋さんのビジョンを引き出しつつ、アイデアを箇条書きでドンドン渡していくことになると思いますが、自分でも予想していなかったストーリーやシチュエーションがいろいろ出てくると思うので、その過程を楽しみたいです。
高橋:僕も本作は絶対に完成させたいし、趣味で終わらせたくないとも思っています。現在、僕は劇場映画制作の仕事もしていて、小規模チームで撮っているのですが、しっかりと配給されるんです。今は小規模でも良い作品をつくれる時代になっているので、同じ土俵で戦いたいという思いがあります。『昭和124年』は現在もチームメンバーを募集中で、CG映像の作り手も欲していますが、それ以上にプロデューサーを求めています。「この企画をお金に変えてやる」という気概があって、僕のお尻を叩いてくれる人を絶賛募集中です。少人数でつくることのメリットは、作り手の意図を反映させやすいことだと思います。その良さは維持しつつ完成させることと、成果を出してメンバーに還元することが僕の目標です。
『0.5話』のモブキャラと、ずっと夢を見ている男の表現
カメラワークやライティングでリアリティを高める画づくり
テクスチャを活用してアセットのディテールを確保
Information
月刊『CGWORLD +digitalvideo』vol.301(2023年9月号)
特集:2023 夏のゲームグラフィックス
定価:1,540円(税込)
判型:A4ワイド
総ページ数:112
発売日:2023年8月10日
9月16日(土)に開催されるBlenderユーザーのためのオンラインイベント「Blender Fes」に、『昭和124年』シリーズの高橋 悠氏が登壇する。
Blenderの世界へ、一緒に飛び込もう! ~Blender Fes~
開催日:2023年9月16日(土)
配信方法:オンライン
アーカイブ配信:あり(※チケット購入者限定)
cgworld.jp/special/blenderfes/vol1
TEXT_尾形美幸/Miyuki Ogata(CGWORLD)
EDIT_李 承眞/Seungjin Lee(CGWORLD)
文字起こし_遠藤大礎/Hiroki Endo