2024年に設立60周年を迎える海洋堂は、国内フィギュア制作のパイオニアであり、世界トップレベルの造形師たちと共にフィギュア文化を社会に根付かせた。そんな同社の宮脇修一氏(通称:センム)は、2021年4月に宇野智浩氏(通称:宇野先生)を造形グループの番頭役として招き入れ、「全ての造形師を1年以内にデジタルへスイッチせよ!」と指示した。両氏はいつ出会い、センムはなぜ宇野先生に造形グループを任せたのか、変遷を語ってもらった。

記事の目次
    ※本記事は月刊『CGWORLD + digital video』vol.305(2024年1月号)掲載の「海洋堂 デジタル造形移行への挑戦 PART 01 インタビュー1 宮脇センム×宇野先生 全ての造形師を1年以内にデジタルへスイッチせよ!」を再編集したものです。

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    INFORMATION

    世界最大級の造形・フィギュアの祭典
    ワンダーフェスティバル2024[冬]

    今回は個人ディ―ラーブースが大幅拡大!!
    開催日:2024年2月11日(日)10時~17時
    開催場所:幕張メッセ国際展示場1~8ホール
    主催:ワンダーフェスティバル実行委員会/株式会社海洋堂
    wonfes.jp/specialsite

    北斗の拳40周年特別展示「我が造形に一片の悔い無し展」開催!

    企画名:我が造形に一片の悔い無し展
    ※ワンダーフェスティバル[冬]2024 ブース内
    日時:2024年2月11日(日)10:00~17:00
    開催場所:幕張メッセ7ホール内「北斗の拳」40周年記念・特設ブース
    ※展示作品をご覧になるには、ワンダーフェスティバル2024[冬]の入場券が必要となります。
    ※出展者様のご都合により、出展あるいは展示が取りやめとなる場合がございます。
    ©武論尊・原哲夫/コアミックス 1983
    wonfes.jp/specialsite/news/news-8606

    INTERVIEWEE

    • 宮脇修一氏
      海洋堂 取締役専務
      造形集団海洋堂代表
      ワンダーフェスティバル実行委員会代表
    • 宇野智浩氏
      海洋堂 フィギュア事業部 造形グループ
      デピュティクリエイティブゼネラルマネージャー

    フィギュア造形学科の学科長から、造形グループの番頭役にスイッチ!

    CGWORLD(以下、CGW):そもそも、センムと宇野先生はどこで出会ったんですか?

    ​​宮脇修一氏(以下、センム):僕が宇野氏に初めて会ったのは、ワンダーフェスティバル(以下、ワンフェス)のバックヤードでした。

    ​​宇野智浩氏(以下、宇野先生):ワンフェス2017[夏]でしたね。かつての僕は大阪デザイナー専門学校(2024年より専門学校 大阪デザイナー・アカデミーに校名変更)コンピュータグラフィックス学科(現、ゲーム・CG学科)で24年間教員を務めていたんですが、学内の自分の教員卓に飾ってあった大量のフィギュアやプラモケイを見た当時の校長先生に、「宇野先生はフィギュアが大好きのようなので、新設のフィギュア造形学科(現、フィギュアデザイン学科)の学科長になってください」って無茶振りをされたんです。そこからフィギュア業界の勉強を始めたのですが、海洋堂の名前はそれ以前から知っていました。僕もコンピュータグラフィックス学科の卒業生で、海洋堂 造形師の香川雅彦さんはクラスメイトだったし、BOMEさんはアニメーション学科卒業の先輩でした。昔お2人が原型を担当した『ときめきメモリアル』のフィギュアはたくさんもっていたんですよ。

    ​​センム:宇野氏は美少女のフィギュアやプラモケイが大好きな変態さんですからね(笑)

    ​​宇野先生:美少女以外にメカも大好きですよ! センムは美少女関連に興味がないので、話しているとミリタリーとの温度差を感じてビックリします(笑)。学科長就任直後は海洋堂との接点がなかったので、学生たちを連れてワンフェス2017[夏]に研修旅行へ行き、センムにご挨拶できる機会を探ったんです。会場内に運良く僕が2000年まで関わっていた高知まんが甲子園のブースがあったので、関係者の伝手でバックヤードに入らせてもらい、センムにお会いできました。そのとき自己紹介したら「変態香川の同級生か!」って言われました(笑)

    CGW:(笑)。私はその香川さんのクイーン・エメラルダスのガレージキットが大好きで、学生時代には海洋堂ホビーロビー東京に展示してある作例をよく見に行ってました。

    ​​宇野先生:センムからワンフェスへの出展を勧められたので、その後はフィギュア造形学科のブースを出すようになったんです。僕は中学・高校時代を高知県で過ごしており、現地に知り合いも多いので、「海洋堂高知の活動にも参加してほしい」と言われて、ナンコクフェスティバル(以下、ナンフェス)に出展したり、海洋堂スペースファクトリーなんこくの建設を少しだけお手伝いしたりするなど、変なオタク先生として仲良くさせていただくようになりました。

    CGW:フィギュア造形学科の学科長が、どういう経緯で海洋堂 造形グループの番頭役になったんですか?

    ​​宇野先生:学科長就任から3年が経過した頃には学生数が増え、大手企業さんへの就職も順調で、業界就職率はほぼ100%になっていました。その年度の優秀な学生のひとりを、卒業後は僕のアシスタントとして採用しようと考えていたんですが、学校の事情で難しくなってしまい、急いで就職活動をしてもらうことになったんです。その時点では海洋堂は新卒採用をしたことがなかったのですが、センムの顔が真っ先に頭に浮かんだので、「優秀な学生、要りませんか?」と無理を承知で海洋堂の本社に連れて行きました。そしたらセンムがその場で内定を出して、社内のスタッフに紹介し始めたんです。

    CGW:え? 即決すぎませんか。

    ​​センム:宇野氏がアシスタントにする予定だったんだから「優秀なのはまちがいないでしょ」って思いました。実際、造形師として今もがんばってくれています。さらに宇野氏まで転職を考えていると聞いたので、「先生を辞めるなら、海洋堂に来て、今もアナログが主流の造形師たちをデジタルにスイッチしてくれませんか? ついでにゲームやアニメなど、ちがう世界のCGのことも伝えてください」とお願いしたんです。ワンフェスに出展するディーラーや、ワンダーショウケースに選ばれる若い造形作家の多くがデジタルを使って名を上げている中で、海洋堂は造形師の高齢化が進んでいることもあってデジタル化が遅れていたんです。「これからは海洋堂もデジタルでやらんと死ぬ」と思っていたタイミングだったので、宇野氏の転職の話はちょうど良かったんです。

    ​​宇野先生:その後はちょくちょく本社に呼ばれ、海洋堂の素晴らしさや海洋堂が抱えている悩みについて聞かされるうちに洗脳されてしまい(笑)、転職を決めたんです。ただ入社直後に「全ての造形師を1年以内にデジタルへスイッチせよ!」とセンムに言われて、「マジで1年?」って頭を抱えました。50代と60代が10人以上いたし、PC操作に不慣れな人もいたので、これは厳しいと思ったんです。

    CGW:でもセンム自身はデジタルが大嫌いで、PCを使う造形師のことを「ボタン野郎!」って呼んでいたと前に宇野先生から伺いました。

    ​​宇野先生:最初に言い出したのは当時の社長で、「デジタル造形はボタンひとつで簡単にできて楽だよね」という発想からきた名言です。

    CGW:アニメや実写映像の業界でも、似たような発想をする人がたまにいるって、現場を取材していると聞きますね(実際はちがいます)。

    海洋堂本社(大阪府 門真市)

    ▲本記事のインタビューを実施した海洋堂本社
    ▲本社内の会議室壁面を埋め尽くすフィギュアやプラモケイ。圧巻の物量だが、海洋堂が世に送り出してきた造形のほんの一部にすぎない

    デジタル造形を覚えれば、まだ10年戦える

    ​​宇野先生:デジタルへのスイッチが完了した今は、「ボタン野郎!」という言葉を聞かなくなりました。でも本心では「アナログが最高だ!」と今も思ってるんじゃないでしょうか(笑)

    ​​センム:デジタル造形は重力関係ないし、卑怯なくらい素晴らしいですよ。でも「ZBrushでペイントした色は味気ないなあ!」とは思います。僕はアナログ世界の最後の城主みたいなものなので、「このアナログの塗装が味わい深いんじゃあ!」って今でも言ってます。

    ​​宇野先生:フィギュアの場合、最終的には原型やペイントマスター(PM/塗装見本)を工場へアナログ納品して量産するので、デジタル化した後も3Dプリンタで出力したパーツを磨いたり、塗装したりといったアナログ工程はなくなりません。ただ最近は、造形師がZBrush上で塗装のイメージ画像をつくり、それを参考に塗装師がPMを塗っているんです。

    ▲エアブラシや模型用塗料、うすめ液のボトル、マスキング剤などが並ぶ海洋堂本社内の塗装用ブース。ここでフィギュアのPMやプラモケイの作例などがつくられる

    CGW:宇野先生の入社以前に、山口勝久さんは自主的にデジタル造形に移行したそうですね。

    ​​宇野先生:2016年頃にZBrushを使い始めたと聞いています。松村しのぶさんも2018年頃から使い始めました。僕は2019年のナンフェスでフィギュア造形学科のブースを出した際に、松村さんから「ZBrushでの造形ってどうですか?」と質問されたことがあるんです。当時は松村さんだと知らずにデジタル造形について偉そうに解説してしまい、20分くらい話した気がします。その際に「老眼で細かい作業が厳しくなってきたけど、デジタル造形ならどこまでも拡大できる。覚えればまだ10年戦えるから、勉強しています」って語っていたんです。当時もすごく感動し、番頭役になってからあの男性は松村さんだったと知ってさらに感動しました。

    CGW:滅茶苦茶アグレッシブですね。松村さんって、還暦すぎてますよね?

    ​​宇野先生:はい。松村さんとBOMEさんは60代前半です。ちなみにセンムは66歳で、山口さんや僕は50代前半です。

    ​​センム:松村くんにとってデジタル造形はすごい福音だったんですよ。使いこなすほどに良いものが上がってくるようになったので、年をとった大谷翔平が、大谷ロボになって復活したようなものです。山口くんは別格のワンマンアーミーなので、デジタル造形もストイックに求道しています。BOMEくんは天才ではないので苦戦していますが、40年前から変わることなく、土曜も日曜も正月も本社に来てがんばっています。

    ​​宇野先生:誤解のないように補足しますが、土曜も日曜も正月も、海洋堂自体は休業日です。それでもBOMEさんは毎日いるんですよね。

    ​​センム:変態さんやからね。もともとデジタル造形をやっていた西 健斗くんが2017年、村井太郎くんが2019年に入ってきて、3Dプリンタで出力した造形をサポート材がついた状態で販売するデジタルガレージキットというのをやってみたんですが、あんまり売れませんでした。サポート材を取って磨いた原型からシリコン型をつくり、レジン(樹脂)で複製する昔ながらのレジンキャストが、ガレージキットの主流という状況が続いています。

    ​​宇野先生:2022年からはARTPLAというプラモケイシリーズの製造・販売も始めており、これは開発グループの塩入 翼さんが中心になって企画しています。

    ​​センム:館長(宮脇 修氏)も僕も創業当時からプラモケイに愛情を注いできたんですが、本格的な製造・販売に手を出したのは最近なので、プラモ業界での海洋堂は新参者です。僕は昔から「プラモケイはこうでなければ!」という大口をたたいて、志の低いプラモケイをボロカスに酷評してきました。そんな僕だからこそ生半可なものでは納得できなかったんですが、太陽の塔、エヴァンゲリオンの初号機と2号機、ガンバスターなどのARTPLAは、「模型の王様」を自称する僕が見ても「グッドです」と言える仕上がりで、幸せです。それが可能になったのはCGのおかげやね。僕より1歳年上で「模型の神様」と崇められている横山 宏さんという人がいるんです。神様なので、王様よりすごいです。横山さんや僕は1950〜1960年代にレベル、オーロラ、モノグラムなどが出したプラモケイのランナーを見ては、「こりゃすごいねぇ! うひぃ!」って喜んでいるんですが、それに劣らないものがCGと中国の金型工場の技術力のおかげでつくれるようになりました。50年後も通用するものを出せていると思います。

    海洋堂のプラモケイシリーズARTPLA

    ARTPLA 太陽の塔(原型制作:市原俊成、繪宙計畫)
    • ▲ARTPLA 動物シリーズ(造形総指揮:松村しのぶ、原型制作:松村しのぶ、谷明、村井太郎、吉良かずや、大津敦哉、水田帆南、ねんど星人(RYO))
    • ARTPLA 研究員とティラノサウルスセット(造形総指揮:松村しのぶ、原型制作:松村しのぶ、村井太郎、水田帆南、ねんど星人(RYO))

    作家性や革新性のある造形師を支えていきたい

    CGW:結果的には2021年4月からの約2年間でデジタルへのスイッチが完了したそうですが、特に大変だったことは何でしたか?

    ​​センム:宇野氏は元が先生なので、海洋堂の猛獣みたいなクセの強い造形師集団が相手でも、真面目に向き合ってくれました。中間管理職ですから、上司と部下との間で板挟みになったりもしていましたが、耐えながら働いてくれました。デジタルへのスイッチ自体も楽だったとは思いませんが、スケジュールのコントロールが一番大変そうでした。造形師たちは作家でもあるので、締切を守る、書類を書く、決められたものをつくるといったことは苦手な人が多いんです。

    ​​宇野先生:いろいろな方からお話を聞き、自分が何をすべきかを考え、造形グループの問題点を探しては解決していくことは大変でしたが、今は最高のチームになったと思っています。クセが強いというのは否定しませんが(笑)、それか海洋堂の個性だと思いますし、様々な分野で卓越したこだわりのある造形をされている、松村さん、BOMEさん、山口さんなどのレジェンド造形師の作品そのものが海洋堂イズムだとも思っています。ただし海洋堂はレジェンド造形師が長く支えすぎて、高齢化してしまいました。僕が入社するまで新卒採用をしておらず、次世代を育ててこなかったことが高齢化の原因です。僕が海洋堂に入った理由は、デジタル化だけではありません。若者を海洋堂に引き入れて、今までの海洋堂イズムを学ぶ環境をつくりながら、若者からレジェンドまでの全員で次世代のシン・海洋堂イズムを考えてもらうことにあります。造形師の皆さんには、今後はガラパゴス化しないように幅広い技術を身につけてもらい、社外の方々とたくさん技術交流をしてほしいと思っています。そのために、2021年に企画したデジタル化のための全7回の講座では、様々な考えと経験をもった3人の講師陣に来ていただきました。

    CGW:センム自身は、現在の海洋堂イズムをどのように考えていますか?

    ​​センム:僕の海洋堂イズムは毎日変わります。その日の食べ物とか、テンション次第です。

    CGW:食べ物でも変わるんですか?

    ​​センム:海洋堂イズムとはそんなもんです(笑)。ただ、僕らはイノベーターでありたいと、創業時からずっと思い続けてきました。ARTPLA エヴァンゲリオンの初号機は松村くん、2号機は吉良かずやくんの解釈が色濃く入っていて、独自の世界観を表現しています。それでもライセンサーのグラウンドワークスさんは何も言わないどころか、ほかのメーカーさんに対して「独自性を出すなら、松村さんの初号機を超えるものにしてください」とまで言ってくださっていると聞きました。設定をそのままつくることが大前提という考えが主流になっている中で、彼らの作家性や革新性が認められることは素晴らしいし、そういう力のある造形師を支えられる海洋堂であってほしいという思いはあります。

    ​​宇野先生:ワンフェスだと版権ものではないオリジナル作品も発表できるから、作家性の強い人がドンドン出てくるながれになっていますよね。

    ​​センム:ワンフェスは上海やバンコクでも開催していて、デジタル造形作家がすごい勢いで増えています。昔とちがい、造形だけやって、パーツを磨いたり、複製したり、色を塗ったりするのはほかの人に任せる分業体制が当たり前になったので、デジタル造形の力だけ磨けば成功できる世界になってきました。特に美少女をつくれれば、しっかり稼げます(笑)。僕みたいなアナログ人間は「自分の手でつくるから楽しいんじゃ!」って思いますけど、好みも楽しみ方も人それぞれでしょう。いずれにせよ造形を愛する人が増えるのは喜ばしいことです。

    ワンフェス2023[夏]

    ▲海洋堂ブースに展示された、ARTPLA 太陽の塔のランナーや作例
    ▲海洋堂ブースに展示された、ARTPLA SCULPTURE WORKS エヴァンゲリオン初号機「暴走」のランナーや作例
    ©KAIYODO
    ©カラー
    © BANDAIVISUAL・FlyingDog・GAINAX
    ©Kow Yokoyama 2023
    ©Taro Okamoto
    (2)
    ARTPLA 太陽の塔&ガンバスターメイキング

    INFORMATION

    月刊『CGWORLD +digitalvideo』vol.305(2024年1月号)

    特集:海洋堂 デジタル造形移行への挑戦
    定価:1,540円(税込)
    判型:A4ワイド
    総ページ数:112
    発売日:2023年12月8日

    詳細・ご購入はこちら

    TEXT_尾形美幸/Miyuki Ogata(CGWORLD)
    EDIT_李 承眞/Seungjin Lee(CGWORLD)
    文字起こし_大上陽一郎/Yoichiro Oue
    PHOTO_木許 一/Hajime Kimoto(スタジオ・ウォーター)