ゲームAI研究のスペシャリストが集結する、スクウェア・エニックス AI部(※)。2022年の発足以来、シンボリックAI、機械学習(機械学習を用いた自然言語処理を含む)、プロシージャルなコンテンツ生成など、様々な分野からゲームAI技術の研究・開発に挑み続けている。
今回は、そんなAI部の技術と研究成果を余すことなく紹介する技術書「スクウェア・エニックスのAI」の発売を記念し、書籍からAI部スタッフの座談会を4回にわたって転載。若手メンバー篇では、AI部の若手メンバーを中心に、AI部の魅力や研究・開発現場のリアルな雰囲気、今後のビジョンなどについて語る座談会の様子をお届けする。
Information
スクウェア・エニックスのAI
定価:5,500円(本体5,000円+税10%)
発行・発売:株式会社 ボーンデジタル
ISBN:978-4-86246-601-3
総ページ数:336ページ
サイズ:B5正寸、オールカラー
発売日:2024年7月下旬
電子版:準備中
様々な経験が活きる、スクエニAI部
里井大輝氏(以下、里井):AIリサーチャーとして、メタAIの研究開発を担当している里井です。まずは、皆さんにこれまでの経歴と入社のきっかけについて簡単に聞いていきたいと思います。
森 友亮氏(以下、森):AIリサーチャーの森です。大学院の博士課程では、「自然言語処理で小説の執筆を支援するAIをつくれるのか」という研究に取り組んでいました。研究を進めていくうちに「クリエイターの支援」への興味がどんどん強くなり、自然言語処理のエンジニアを募集していたスクウェア・エニックスへ応募しました。
森:スクウェア・エニックスのゲームは子どものころから大好きで、何より惹かれたのが、「物語」の素晴らしさです。私が自然言語処理を研究分野に選んだのも、ゲームを通して「物語」に興味をもったことがひとつのきっかけだったと感じています。物語と知能に関する研究を突き詰めたいという思いで研究を続け、現在は自然言語処理の技術をゲームに応用するための研究開発に励んでいます。
里井:入社後は、実際に自然言語処理を活用したゲームコンテンツや技術デモの開発に取り組んでいますよね。
森:2023年4月には、1983年リリースのアドベンチャーゲーム『ポートピア連続殺人事件』を題材とした「NLP(※)アドベンチャー」の技術デモ『SQUARE ENIX AI Tech Preview: THE PORTOPIA SERIAL MURDER CASE』をリリースしました。
森:もともとアドベンチャーゲームと自然言語処理は、テキストアドベンチャーが誕生した当初から深い関わりがあるんです。ですが、それ以降、自然言語処理とゲームAIはそれぞれちがった方向に進化を遂げてきまして……。自然言語処理技術がゲームに活用されることは、めったにありませんでした。
だからこそ、近年の自然言語処理技術をゲームに導入すれば新しいゲーム体験を生み出せるのではないか、という話が持ち上がったのです。80年代に使われていたシステムを現代の自然言語処理の技術で復活させるというプロジェクトが立ち上がり、今も研究を続けています。
宋 亜成氏(以下、宋):私は中国の大学を卒業後、日本の大学院でメタAIの研究を行なっていました。もともと麻雀ゲームにおける機械学習を研究したいと考えていたのですが、大学院でメタAIに出会い、とても興味を惹かれたんです。そこから研究テーマを変え、「FPSゲームの動的難易度調整」に関する研究を始めました。
里井:動的な難易度調整というのは、FPSが得意な人も苦手な人も、ちょうどよいバランスで遊べるということですか?
宋:そうです。例えば、FPSが得意なプレイヤーに対しては生成する敵の数を増やしたり、苦手な人に対しては逆に減らしたり……。難易度をプレイヤーの命中率やヘッドショット率などのデータに基づいて調整する研究をしていました。
でも、これが本当に難しいんですよ。ゲームが進まない理由は人それぞれで、調整方法もワンパターンだと上手くいかないんです。そうした問題には別のアプローチも必要だと、気づかされました。スクウェア・ エニックス入社後もそうした課題に向き合いつつ、メタAIの開発に取り組んでいます。
里井:遠藤さんは、大学院でAIと少し毛色のちがう研究をされていたそうですね。
遠藤輝人氏(以下、遠藤):僕が大学院で研究していたのは、「人工生命」といわれる領域です。簡単に説明すると、コンピュータで人工的に生命をつくることで「生命とは何か」を理解しようとする分野ですね。その中でも僕は、進化的アルゴリズムを用いた輻輳制御アルゴリズム(※)の自動生成の研究をしていました。
遠藤:「人工生命」という分野を選んだ理由は、「コンピュータで何か新しいものを生み出す」ことに挑戦したかったからなんです。最初は機械学習を研究していましたが、正解を与えてそれに合うような出力をするよりも、収束をしない、オープンエンドな進化を目指す人工生命分野に惹かれました。
ただ、最近は大規模言語モデル(LLM)の出現、画像生成系AIのクオリティ向上などもあり、機械学習で驚くようなものもたくさん生まれています。 機械学習で新しいものをつくるというのも面白そうだなと感じるようになりました。
里井:AIは、クリエイターやアーティストをサポートするだけでなく、メタAIでコンテンツそのもののゲームデザインを生成・調整するなど、直接何かを創発することもできる。様々なアプローチができるのは、AIの面白さですよね。ちなみに、他分野の研究をしていた遠藤さんは、なぜスクウェア・エニックスに入社しようと思ったのでしょうか。
遠藤:就活直前ぐらいの時期に、自分の知識がゲーム開発に活かせるかもしれないと思ったのがきっかけですね。一般的にゲーム業界は、どんどん開発コストが上がっていたり、バグや調整不足で開発が延期になったり、そんな話をよく聞いていました。今となっては耳が痛い話ですが(笑)。そうした状況に対して、人工生命分野の研究で得た知識や経験、個人的に進めていた機械学習の勉強が、ゲーム開発支援に役立つのではと思ったんです。
スクウェア・エニックスを選んだのは、『FF XV』をプレイした経験が大きな理由です。仲間のキャラクターたちと移動中に交わす何気ない会話や、キャラクターが生きているかのように動く様子など、システムがつくりこまれていて本当に面白いと感じました。
興味の惹かれていた会社で研究をしたいと思い、入社を決意。現在は、機械学習のプロジェクトで、キャラクターアニメーションの制作を機械学習で支援する研究プロジェクトを担当しています。これからも、AI技術で開発現場の方々がゲームの面白さやクオリティの部分に集中できる環境をつくっていきたいですね。
働く人も、働き方も多様な環境
里井:ここからは、AI部に入ってから感じたことを聞いていきたいと思います。実際に入ってみて印象に残っていることはありますか?
森:学生のころから、学外の方を招いての講義でスクウェア・エニックスの技術について話を聞いたり、資料を参考にしていたりしたので、率直に「あの○○さんが本当にいる!」という興奮が大きかったです(笑)。
宋:同感ですね。メタAIを研究していたとき参考にしていた文献の著者たちと同じ部署で一緒に仕事できるなんて、今でも感激です。先輩たちからいろいろ勉強できるのは、本当に嬉しいですね。
遠藤:僕も、書籍『FINAL FANTASY XVの人工知能』を読んで「こんな面白い技術をつくっている人たちがいるんだ!」と思っていたので、書籍に載っている人たちと一緒に働いているというのはまさに驚きでした。里井さんの講演記事も読んでいたので、今でも緊張します(笑)。
里井:なんだか畏れ多いですね(笑)。部署内の雰囲気や働き方に関してはどうですか。
遠藤:何よりの特徴は、いろいろな国籍の方がいることでしょうか。日本の文化だけでなく、様々な国の文化が入り混じったマルチカルチャーな環境で働くことで、いい刺激を受けています。
宋:メンバーの考え方的にも多様性があって面白いです。その国で生まれ育ったからこそ生まれるアイデアもありますし、そういう考え方もあるんだなって感心することも多いです。日本語と英語の併用が必要なときもありますけどね。
里井:確かにAI部は多国籍ですよね。日本人同士でも考え方や視点は違いますけど、海外で生まれ育った方とは慣れ親しんだゲームが異なっているなど、文化的な違いもあって面白いです。中国出身の宋さんは、そうしたゲームへの関わり方やゲームに対する視点で違いを感じたことはありましたか?
宋:僕は小さい頃からPCゲームで遊ぶことが多かったので、家庭用ゲーム機に慣れ親しんでいる日本の皆さんとの違いは感じましたね。ちなみにスクウェア・エニックスのゲームでいうと、中国では『ドラゴンクエスト』より『FF』の方が、知名度が高いんですよ。
宋:もともとスクウェア・エニックスのゲームは、ストーリー性やキャラクターづくりが強いなぁと感じていました。特に、『FF XV』をプレイしたときは、仲間と一緒に冒険しているあの感じをつくれるのはスクウェア・エニックスしかないのではないか、と思ったほどです。
海外出身の私から見ても感じる、そうした「スクエニらしさ」、「スクエニでしか作れない」という強みは、これからも大事にしていく必要があると強く感じています。『FF XV』のように、AI技術を取り入れた新しいチャレンジをしていけるよう、これからも研究を続けていきたいと思っています。
遠藤:働き方で言うと、当社には在宅勤務制度(※1)があり、在宅勤務とオフィス勤務を併用することができます。また、ホームリーブ制度(※2)もあるので外国籍の方も働きやすいと思います。
宋:大学院に入ってからは、新型コロナウイルスの影響でなかなか国に帰れていなかったのですが、ホームリーブ制度を使って実家に帰ることができました。在宅勤務制度のおかげで出社と在宅を併用できるので、柔軟性を感じます。
遠藤:僕は、週の半分が出社、半分が在宅という割合で働くことが多いですね。入社前は「在宅で働こう!」と意気込んでいたんですけど、やはり対面のコミュニケーションが大事だと考えるようになりました。他部署の人との会話のなかで需要を探ったり、実際にゲーム開発の現場を見せてもらったり。そうして得たことが研究開発につながっていくんじゃないかなと思っています。
インプット・アウトプットをくり返し、広がる知見
里井:AI部は、研究内容を外部へ発表する機会も多いですよね。森さんは特にいたるところで成果発表をしている印象です。
森:AI部に入ったのが2022年10月だったのですが、11月にはすでに福岡で行われたカンファレンス「CEDEC+KYUSHU 2022」で発表していました。なかなかのタイムアタックでしたね(笑)。そこでは、自然言語処理をアドベンチャーゲームに活かす取り組みと、音声合成に関する取り組みを発表させていただきました。
その他にも「GDC 2023」という国際カンファレンスでアドベンチャーゲームに関する取り組みを発表したり、「CEDEC 2023」では「自然言語処理をデジタルゲームに活用するためには何を考えていかなければならないか」というテーマで講演したりしてきました。振り返ってみると、本当にいろいろな発表の機会をいただいていると思います。
里井:大学院でも学生として、研究者として発表の経験はしてきたと思うんですけれど、企業の研究者として企業開発者向けに発表していく中で、何か違いを感じたことはありますか?
森:学術的な発表の場でも「それは実社会の課題にどう応用できるんですか」というような質問はありましたし返答はしてきたんですけれど、今はゲーム開発の現場の方から「それは実際にわれわれの仕事とどう関係があるんですか」という質問をされることが多くなりましたね。だからこそ、よりリアルな現場に対する回答を準備していかなければならない、と感じています。
里井:質問をされて初めて気付くこともありますし、そうした経験が外部への発表を通して得られるのはありがたいですよね。遠藤さんと宋さんはまだAI部としての発表経験はないようですが、カンファレンスなどで他社の講演を聞く機会は多いんじゃないですか。
宋:そうですね。特に印象に残っているのは、2023年に宋さんと参加したイギリス研修です。そこで、ゲームAIに関する国際サマースクール「International Summer School on AI and Games2023」に参加しました。ゲームAI研究をリードする研究者の講演を聞いて最新技術に触れただけでなく、海外の研究者たちとコミュニケーションを取ることもでき、すごくいい経験だったと思います。
遠藤:ゲーム企業だけでなく、IT企業や研究者たちも参加されていましたよね。講演の後には、ゲーム開発の最前線で活躍する人たちと「どういった試みを行なっているのか」を話す機会もあり、本当に貴重な経験でした。参加者も様々な国から来ているので、英語でコミュニケーションしながら「どのように機械学習を研究しているか」「どんな状況があったか」などをディスカッションして……。その場でしか得られない知見もとても多かったです。
里井:宋さんは、現地でゲームをつくっていましたよね。
宋:機械学習技術を利用するゲームAIをテーマとしたハッカソンがありました。普段はメタAIをメインで研究・開発をしていますが、せっかくのハッカソンだからいっそLLMを使ってRPGをつくろうと考えました。他の国の人たちと一緒にゲームをつくるという経験はとてもよい刺激になりましたし、すごく新鮮で楽しかったです。
遠藤:あとは、「東京ゲームショウ」。ビジネスデイに参加しましたが、各社がつくっているゲームを実際にプレイして、どういうAIが実装されているのかを知る貴重な機会でもあるんですよね。
森:私も東京ゲームショウの視察の機会をもらって、自然言語処理を使っているゲームにはどういうものが出ているのかリサーチするために、ブースを回ってみたことがあります。ほかにもインディーゲームのブースで挑戦的な取り組みを知ったり…。情報収集の場でもありますし、とても勉強になったなぁと感じています。
宋:ブースの混み具合を見て、「こういうゲームが人気なのか」という感覚をつかむこともできますし、自社ブースでプレイヤーのリアルな反応を見られるのもいいですよね。
里井:そういう空気感がわかる場はなかなかないですからね。出展側にとってもすごく貴重な場だと思います。
TEXT_室井美優 / Miyu Muroi(Playce)
EDIT_小村仁美 / Hitomi Komura(CGWORLD)、高木 了 / Satoru Takagi
PHOTO_弘田 充 / Mitsuru Hirota