7月28日~8月1日、アメリカ・デンバーで世界最大級のCGの祭典SIGGRAPH 2024が開催された。数あるプログラムの中でも注目度の高い、Electronic Theater(エレクトロニック・シアター)で上映された21作品について、今年度の傾向を交えながら紹介する。
世界中から集まった選りすぐりのCG作品を一挙上映、エレクトロニック・シアター今年の傾向は?
SIGGRAPHの数あるプログラムの中でも外せないのが、このエレクトロニック・シアターだ。ここでは世界中から応募された膨大な数の作品から、審査員によって選び抜かれた作品が一挙に上映される。全世界のVFX・ゲーム・アニメーション分野における「1年間のハイライト」が楽しめる場でもあるのだ。
このエレクトロニック・シアターは、アカデミー賞でお馴染み米国映画芸術科学アカデミー(AMPAS)より「アカデミー賞 短編アニメーション部門 ノミネート作品の選考対象となるフィルム・フェスティバルの1つ」として認可されており、1999年以降、このエレクトロニック・シアターで上映された数々の作品が、アカデミー賞の短編アニメーション部門でノミネート、もしくは受賞している。
国別、ジャンル別に入選作品を比較
まず今年のエレクトロニック・シアターの傾向を、筆者独自の視点から解析してみることにしよう。
主催者によれば今年は世界中から300本近い応募があり、その中から審査により21作品が選定された。昨年の上映本数22本で、例年よりも数は少ない。全体の上映時間は1時間27分であった。
では今年の入選作品を国別に見てみよう。折しも記事執筆の際はパリオリンピックが開催されており、各国の獲得メダル一覧のようにも見える(笑)。
- 国名
作品数 ※()内は昨年
- アメリカ
11(11)
- フランス
6(5)
- 日本
1(0)
- イギリス
1(0)
- ドイツ
1(2)
- オランダ
1(1)
今年はアメリカからの入選が11作と、昨年同様に第1位である。次いでフランスからは4本が入選している。そして今年は嬉しいことに、日本から2年ぶりに1作が入選していた。
入選作品をジャンル別に比較してみると、今年の傾向が見てとれる。
- ジャンル
作品数 ※()内は昨年
- 短編アニメーション(学生作品)
10(8)
- 短編アニメーション
4(1)
- サイエンティフィック・ビジュアライゼーション
3(3)
- 短編アニメーション(リアルタイム)
1(2)
- コマーシャル
1(3)
- ハリウッド映画VFX
1(2)
- ゲーム・シネマティック/トレイラー
1(2)
- 長編アニメーション
0(1)
エレクトロニック・シアターは、冒頭でも紹介したようにアカデミー賞 短編アニメーション部門の選考対象となるため、短編アニメーション作品の比率が多い。今年は、昨年の11本より4本多い15本の短編が上映された。うち学生作品が10本と大半を占め、しかもフランスの学生が多い。
学生作品は相変わらずSIGGRAPH常連校からのものが目立つが、今回は日本のデジタルハリウッド大学が入るという快挙を成し遂げた。昨年の短編作品はコミカルな作品が中心だったが、今年はテーマが印象的な作品が目立ったのも特色と言えるだろう。
ハリウッド映画のVFXリールからの入選は1本のみ。これは少ない! VFX屋の筆者としては、もっとたくさんのVFX作品のリールを見たかった。ILM、WētāFX、SPI、そしてDNEGなどの大手VFXベンダーが見応えあるリールを見せてくれそうなものであるが、そもそもエントリーしていなかったのか、または選定されなかったのか……。
昨年はTVコマーシャルの入選が3本であったが、今年は1本のみ。こちらも少ない。長編アニメーションは、昨年は1作が入選していたが、今年は0。過去1年間にたくさんの長編アニメーション映画が公開されているにも関わらず、寂しい。
ゲームエンジンによるリアルタイムの短編は、昨年と同じ1本。しかし、これは短編アニメーション作品であり、ゲームのリアルタイム映像が1つも入選していなかったことは意外である。サイエンティフィック・ビジュアライゼーションは、昨年と同じ3本であった。
……以上を鑑みると、今年のエレクトロニック・シアターのラインナップは、少々アンバランスであった。しかしながら、見応えのある短編作品も多く、全体としては、それなりに満足感を得ることのできる内容だったと思う。
さて、ここからは筆者の私見であるが、毎年の入選作品のラインナップは、審査員の所属先や、エレクトロニック・シアターの冠スポンサーの有無、そしてスポンサーなどが多少なりとも影響しているように感じている。
今年は冠スポンサーはなくスポンサーは、Derivative / Adobe / Girraphic / VFXnow / Xencelabs / Pixar's RenderManと、ソフトとハードベンダーが中心である。
また、今年の審査員の所属先は、次の通り。Mattel TV Studios / Blizzard Entertainment / Method Studios / Georgia Institute of Technology / University of Utah / Rocky Mountain College of Art and Design / ARES Corporation, NASA Goddard Space Flight Center / Hornet / Electronic Arts / Rockstar Games / BamBamFX
結果、CM・VFX・長編アニメーション作品が少な目の選定結果に繋がった……という可能性もある「かも」しれない。
最優秀作品ほか、特別賞4作品
エレクトロニック・シアターには特別賞が設けられている。特別賞は、最優秀作品に贈られる「Best in Show Award」、審査委員特別賞の「Jury's Choice Award」、優れた学生作品に贈られる「Best Student Project Award」、そして観客のオンライン投票によって選出される「Audience Choice Award」だ。
Best in Show Award/最優秀作品
『The Art of Weightlessness』
Jury's Choice Award/審査委員特別賞
『Patterns』
Best Student Project Award/最優秀学生作品賞
『After Grandpa』
Audience Choice Award/オンライン投票賞
『LUKI & the Lights』
現地では上映中にハプニングも……?
筆者はスケジュールの関係でデンバーには行かず、LAからのバーチャル視察で鑑賞したのだが、上映リストに入っている短編のうち3本が視聴できなかったため、主催者に確認してみた。その回答によると、該当の3作品は著作権の都合でバーチャル鑑賞では配信できなかったという。
また信頼できる情報筋によると、火曜日の夜、デンバーのエレクトロニック・シアターでは、なんらかの技術的問題が発生し、一部の作品が15FPS程の再生速度で上映されるというハプニングがあったそうだ。
上映された全21作品を紹介
ここからは、今年のエレクトロニック・シアターの上映作品を、筆者のコメントを添えて紹介していこう。
文中では、上映された映像のリンクを可能な限り紹介しているが、映像が公開されていない作品については、類似したクリップのリンク、もしくは関連リンクを紹介している。リンクは2024年8月現在のものである。日数が経過すると、リンク切れが発生する可能性もあるのでご了承を。
『Patterns』Alex Glawion(ドイツ)【審査委員特別賞】
毎日の電車通勤中、周囲から聞こえる押しつけがましい騒音の集中砲火に見舞われながら、ヘッドフォンを装着することにより、ネガティブな灰色の世界→カラフルでポジティブな世界へと思考を維持しようと奮闘する模様を描く。今年の審査員特別賞『Jury's Choice Award』を受賞した作品である。
patterns-film.com
『Origami』金森 慧 デジタルハリウッド大学(日本)
折り紙をモチーフにストーリーは展開していく。視覚的に素晴らしいだけではなく、音楽も繊細で効果的だ。シノプシスには、次のように記されている。「折り紙は、一枚の紙を折ることによってつくられる立体的な彫刻です。切断や接着は必要ありません。どの折り紙も、一度広げると元の状態に戻ることができます。この概念は、生命が土から生まれ、サイクルの終わりに土に戻ることに似ています」。
www.dhw.co.jp/df2024/prize06
『Spark: Milky Way Evolution』California Academy of Sciences(アメリカ)
サンフランシスコにあるカリフォルニア科学アカデミーによる、サイエンティフィック・ビジュアライゼーションで、プラネタリウム ショー『Spark: The Universe in Us』から。
このプラネタリウム ショーでは、観測データと計算データの組み合わせによって、天の川の3Dモデルを旅するイマーシブ体験が味わえるという。天体物理学シミュレーションによって、銀河の進化を「時計の針」に例え、太陽系を形成した原子の起源を解明するというストーリー。制作にはHouini 19.5が使用されている。
www.calacademy.org/exhibits/spark-the-universe-in-us
『Wondermom』Ecole MoPA(フランス)
SIGGRAPH常連校、フランスのEcole MoPAの学生作品。子育てに奮闘する母親が、夜泣きや育児疲れに悩みつつも、母親の心情と愛情を描いた作品。最後に、「子育てに奮闘中の全てママへ Thank You」のメッセージが。
www.ecole-mopa.fr/en/3-d-animation-movies-achievement/animation-movie-wondermom
『True Detective: Night Country』Cinesite VFX and Animation(イギリス)
HBOのドラマシリーズ『True Detective: Night Country』のオープニング・シーケンスから。ほぼ全てがCGIで構成され、キーフレームおよび筋肉シミュレーションを駆使したカリブーの動き、リアルな雪の結晶、そしてシロクマの表現などを含む、今年唯一のVFXメイキングリールである。
warnerbros.co.jp/kaidora/detail.php?title_id=59532
『The Sun is Bad』Savannah College of Art and Design(アメリカ)
ハリウッドのVFX現場に優れた人材を輩出し続けているSavannah College of Art and Designの学生作品である。
80年代後半の香港を舞台に、真夏の暑さに辟易した女の子が、オモチャや身近のあらゆる物を使って「宿敵」である太陽に果敢に戦いを挑み、溶ける街を守ろうと奮闘するというコメディ。手描き風のタッチが良い味を出している。
『Cuisine Exchange』Hornet Animations(アメリカ)
昨年も同じシリーズのCMが入選しており好評を博していたが、アメリカのスーパーマーケット・チェーンKrogerのクリスマス・シーズンのキャンペーン・コマーシャル。ホストファミリーと交換留学生の親睦を描いた、心温まるほのぼのストーリーである。アニメーションはHornet Animationsが担当している。筆者おススメの1本。
『After Grandpa』Ecole MoPA(フランス)【最優秀学生作品賞】
フランスのEcole MoPAの学生作品で、今年の最優秀学生作品賞『Best Student Project Award』に輝いた作品である。昆虫に夢中な少年ルー君に、亡くなったばかりのおじいちゃんの幽霊が何処へ行くにもついてきて……というお話。作者の、亡きお祖父様への想いを綴った作品である。
dl.acm.org/doi/pdf/10.1145/3641230.3652581
『The War Within Announce Cinematic | World of Warcraft』Blizzard Entertainment(アメリカ)
ハイクオリティなゲーム・シネマティックで定評のあるBlizzard Entertainmentの作品。今作は、また一段とフォトリアリスティックな仕上がりで、文句なしの“Next Level”完成度となっている。
worldofwarcraft.blizzard.com/en-us
『Cycle』Ecole MoPA(フランス)
フランスのEcole MoPAの学生作品の2本目。パステルカラーの植物に囲まれた草原、白い繭のような家で暮らす少女・ネスト。ある日、不思議な光が差し込み外に出ると、空から謎の女神さまが現れ、いろいろあってさぁ大変(あまり解説になってませんが)……という幻想的な話である。
『Dandelion』Ringling College of Art and Design(アメリカ)
SIGGRAPH常連校、アメリカのRingling College of Art and Designの学生作品。ディストピアの世界、ある日、鉱山で働く石炭燃焼ロボットが、これまで見たことのなかったタンポポを発見。舞い上がったタンポポの綿毛を追いかけるロボットだが、ストーリーは思わぬ展開に……。
『Doptelet Mechanism of Action』iso-form LLC(アメリカ)
今年2本目のサイエンティフィック・ビジュアライゼーションで、医療系アニメーションを専門とするスタジオiso-form LLCの作品。自己免疫疾患である免疫性血小板減少症 (ITP) の治療法を視覚的に分かりやすく紹介している。
『The Art of Weightlessness』Carnegie Mellon University(アメリカ)【最優秀作品賞】
カスタムメイドの松葉杖を駆使した独特のパフォーマンスで知られるアーティスト兼パフォーマー、ビル シャノン(Bill Shannon)の半生をCGIの効果的な活用で描いた短編アニメーション・ドキュメンタリーで、今年の最優秀作品賞を受賞した作品である。
幼少の頃、生まれつきの股関節の変性疾患を患っていたビルは、松葉杖を活用したダンスやスケートボードで自分を表現する新しい技法を開発、その経緯が描かれた斬新な作品である。CGIの使われ方が斬新で、筆者オススメの1本。
www.etc.cmu.edu/blog/etc-faculty-animated-short-wins-award
『Wing It!』Blender Studio(オランダ)
スペースシャトルを開発する堅気のネコのエンジニア。そこにパイロット志望者のイヌが乱入。制御不能となったスペースシャトル内で、2人とも空中に放り出されてしまい、さぁ大変(また説明になってませんが……)という2.5Dの画風のドタバタ・コメディである。
特筆すべきはエンドロールで、この作品でBlenderをどのように使用したか、というワークフローをとても効果的にプレゼンしたメイキング・クリップが入っており、Blenderの今後の可能性を感じさせる構成になっている。
studio.blender.org/films/wing-it
『Atmospheric Carbon Dioxide Tagged by Source』NASA Scientific Visualization Studio(アメリカ)
今年2本目のサイエンティフィック・ビジュアライゼーションで、地球規模の気候変動を引き起こす温室効果ガス、二酸化炭素の動きを視覚化。
現在、人類が排出する二酸化炭素は、地球の陸地と海洋の炭素吸収源によって「吸収」が行われている。NASAは高度な技術を駆使し、地球の大気中に存在する二酸化炭素を、発生源と吸収源の両面、そして互いの影響についての研究を続けている。
『Remembrance』Isaac Gazmararian(アメリカ)
ジョージア州にある私立大エモリー大学の学生、Isaac Gazmararianによる作品である。
木彫りの人形のようなルックが印象的な作品。アルツハイマー病を患う老婦人にピアノ演奏のカセットテープを聴かせると、幼少時代の光景が蘇り……というストーリーである。作者が、亡きお祖母さまに捧げた作品。
isaacgaz.com
『Goodbye my World』École MoPA(フランス)
今年複数作品が入選しているフランスのÉcole MoPAから、3本目の学生作品である。
「刺身マスター」というお店で働く男。お魚の着ぐるみを着たまま休憩していたら、お店が爆発。空からの飛来物により、世界が終焉を迎えようとしている中、混乱の街を越え謎の塔に到達しようとする、というストーリー。
『LUKi & the Lights』Big Grin Productions(アメリカ)【オンライン投票賞】
サンフランシスコにあるBig Grin Productionsの作品で、今年のエレクトロニック・シアターで観た一連の作品の中では、様々な意味で、筆者にとってベストの作品であった。また、観客のオンライン投票によって選出される「Audience Choice Award」に輝いた作品である。
パステル調の色彩で物語はスタート。人生を最大限に生きることで知られる魅力的で明るいロボットLUKiが登場、オープニングからとても良い感じのアニメーションが展開する。コマ落ちの手法を活かした動きも心地良い。
主人公のロボットLUKiは生命力と光に満ち、友達がいて、サッカーをするのが大好き。ある日、サッカーをしている最中に、右手がうまく動かないことに気がついた。ロボット病院で検査を受けると、医師からALSという病気であることを伝えられる……という、大変シリアスなストーリーであった。
この作品は、ALSと診断された父親(35)が、自らが経験していることを「幼い子供たちに、わかりやすく、楽しく、思いやりのある方法で説明する方法」として作成したアニメーション作品だそう。
アニメーションを制作したBig Grin Productionを始め、多くの人がLUKi & the Lightsの制作に協力した。関係者全員でLUKi & the Lightsをつくり、この作品を通じて、誰もが彼の物語を共有できるようになった。この映画は、ALS協会による制作費支援とパートナーシップを受け、無事に完成させることができたのだという。アニメーション制作にはUnreal Engineが使用された。IMDBでは8月現在、9.7の高評価を得ている。
この作品がもつ、美しいアニメーションの映像とは裏腹に、何とも考えさせられるストーリーであった。
globalneuroycare.org/luki-the-lights
下記の3作品は、前述のようにバーチャル視聴によるエレクトロニック・シアターでは視聴できなかった作品である。そのため筆者は本編部分を未鑑賞であるが、SIGGRAPHから提供されている情報を基に、概要を紹介していく。
『Atomic Chicken』École des Nouvelles Images(フランス)
フランスのアニメーション・スクールÉcole des Nouvelles Imagesの学生作品。原子力発電所のふもとに設置された鶏小屋で、まるで漫画のような突然変異によって、日常生活が一変! というストーリー。
『Papa Bouteille』École des Nouvelles Images(フランス)
同じく、フランスのÉcole des Nouvelles Imagesの学生作品。8歳の子供の日常生活での視点を通して、父親のアルコール依存症が伝わってくる作品である。
『WAR IS OVER! Inspired by the Music of John & Yoko』ElectroLeague(アメリカ)
LAにあるアニメーション・スタジオElectroLeagueが、ジョン・レノンとオノ・ヨーコの音楽にインスパイアされて制作したアニメーション作品。今年の第96回アカデミー賞では、短編アニメーション賞を受賞している。
以上、今年上映された全21作品を駆け足で紹介したが、いかがだったろうか。このレポートで、エレクトロニック・シアターの楽しさや雰囲気を、少しでも感じ取ってもらえれば幸いである。
TEXT&PHOTO_鍋 潤太郎 / Juntaro Nabe
EDIT_小村仁美 / Hitomi Komura(CGWORLD)、山田桃子 / Momoko Yamada