©Narwhal Studios

世界最大級のCGの国際コンベンションSIGGRAPH 2024が、7月28日(日)〜8月1日(木)に開催された。本稿で紹介するプロダクション・セッションでは、ハリウッド映画を中心にプロダクションの制作事例が披露され、興味深いテーマが目白押しであった。その中から「Narwhal Studiosによるバーチャル・プロダクションのケーススタディ」の内容を、要約して紹介する。

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    ルーカスフィルムからバーチャルセットのデザイン、アセット開発を受注

    プロダクション・セッション「Art Directing for ICVFX: A Look at Star Wars, Antman and the Wasp: Quantumania, and More」では、Narwhal Studiosにおけるリアルタイム・エンジンとバーチャル・プロダクションを使用したワークフローが、『スター・ウォーズ』シリーズや『アントマン&ワスプ:クアントマニア』(2023)などの作品でどう活用されたか、その事例が紹介された。

    講演者は同社のフェリックス・ジョルジ氏(Felix Jorge/CEO)と、サファリー・ソセビー氏(Safari Sosebee/Studio Art Director)。

    実際のプレゼンでは静止画や映像を見せながら解説が行われたが、本レポートでは、その模様がなるべくわかりやすいよう、補足しながら紹介していく。

    また、YouTubeのNarwhal Studiosチャンネルに、今回のSIGGRAPHでのプレゼンテーションに近い内容の動画がアップされているので、興味のある方はそちらもご覧いただきたい。

    サファリー・ソセビー氏(以下、ソセビー):Narwhal Studiosは、おもに『スター・ウォーズ』シリーズのバーチャル・プロダクションで必要なエンバイロンメントを担当しています。

    われわれは、ルーカスフィルムにおける「バーチャル・アート部門」のような位置づけの外部スタジオとして、バーチャルセットのデザイン、アセットの開発、ライティング、セットデコレーションに必要なフォトグラメトリー、およびバーチャル・ロケーションのスカウト(アセットの中から、各ショットに適した「ロケーション」を選定すること)を担当しました。

    われわれの全てのエンバイロンメントは、バーチャル・アート・デベロップメント・プロセスを経てUnreal Engineの中で構築されました。

    フェリックス・ジョルジ氏(以下、ジョルジ):(映像が流れる、上記YouTubeリンクにも該当動画が含まれている)今、お見せしている映像は、『マンダロリアン』シリーズと、『ボバ・フェット』『オビ=ワン・ケノービ』からの事例となります。私は、『マンダロリアン』シーズン1でバーチャル・プロダクションのスーパーバイザーを担当しました。

    『マンダロリアン』シーズン1は、最初は4人のチームから始め、後に15人にまで増やしました。その約2年後に担当した『オビ=ワン・ケノービ』は2チーム、16~18人で担当しています。

    ソセビー:こちら(下記画像)が、Narwhal Studiosが過去数年で担当した作品です。

    ©Narwhal Studios
    2018年

    『マンダロリアン』シーズン1

    2019年

    『マンダロリアン』シーズン2

    2020年

    『ボバ・フェット』

    2021年

    『オビ=ワン・ケノービ』

    2022年

    『マンダロリアン』シーズン3

    2022年

    『スター・ウォーズ:アソーカ』

    2023年

    『スター・ウォーズ:スケルトン・クルー』

    ソセビー:『マンダロリアン』シーズン1から最新作の『スター・ウォーズ:スケルトン・クルー』(以下、スケルトン・クルー)まで、インカメラVFXを使用しており、私は『マンダロリアン』シーズン2から『スケルトン・クルー』までバーチャル・ロケーションのスーパーバイザーを務めました。

    ▲『スター・ウォーズ:スケルトン・クルー』特報

    ジョルジ:『マンダロリアン』シーズン1には6ヵ月を費やしましたが、『スケルトン・クルー』では9~10ヵ月ほどかかっています。

    『マンダロリアン』シーズン1のときは350弱のリアルタイム・セットの構築と、アートディレクションとデザインを行いましたが、これは膨大な作業量でした。

    シーズンごとに、キー・クリエイティブたち(監督、撮影監督、プロダクション・デザイナーなど)の顔ぶれは異なります。そのため撮影監督ごとに異なるライトのセットアップを行うなどの対応が必要でした。

    また10,000枚もの静止画を作成し、撮影監督と監督、時にはプロダクション・デザイナーも交えながら、プリビズやインカメラVFXの叩き台となるバーチャル・ロケーションのスカウトを行います。この段階では、静止画だけで、まだアニメーションすらできていません。

    そして最終的に、キー・クリエイティブたちによって2,130のバーチャル・ロケーション・スカウトが選定されました。

    デジタル・セットのプリプロ

    ソセビー:われわれは、脚本やコンセプト・アートに沿って、

    ・ロケーション(宇宙、惑星の上空、船内など) 
    ・セット(渓谷、湖、建物の中など。実在セットとバーチャル・セットの両方を含む)
    ・シーン(各ショットのライト、カメラ、アセットなどをUnreal Engineで構築)

    をデザインします。キー・クリエイティブたちが求めるショットとセットの設定を、納期と予算に照らし合わせながら制作していきます。

    こちら(下記画像)は、『スター・ウォーズ:アソーカ』の丘の上でのシーンでの例ですが、このときのキー・クリエイティブの顔ぶれは、プロデューサーのジョン・ファヴロー、プロダクション・デザイナーのダグ・チャン、撮影監督のクエン・トラン、VFXスーパーバイザーのリチャード・ブルフらを中心に構成された10名ほどのチームでした。

    ©Narwhal Studios

    ジョルジ:彼らはヘッドセットをつけて3D空間を確認しながら、撮影に適したバーチャル・セットを選んだり、「このショットでは、空をもっと明るくしてほしい」などといった注文を出します。

    ソセビー:こうして、キー・クリエイティブのレビューを経て、数十枚の静止画が作成されます。これらは、プロダクション、アート部門、プリビズ、VFXのガイドラインとなります。

    デジタル・セットの建て込み手順

    デザインの段階では、プロダクション・チームとのレビューが毎日行われる。

    ©Narwhal Studios

    ステップ1:Narwhal Studios
    ・質感なしのグレー・シェーディングの3Dモデルでレイアウトをつくり、レビューを受ける
    ・アプルーブされた段階で、ルックデヴに移る

    ステップ2:Narwhal Studios
    ・ルックデヴが始まり、カラーとライトが施される
    ・ルックデヴがアプルーブされるとILMへ送られる

    ステップ3:ILM
    ・ILMにてファイナルショットが完成する

    撮影プランの立て方

    まず、テックビズ(Techvis)を準備する。

    ©Narwhal Studios 

    テックビズとは、バーチャル・プロダクションのLEDスクリーンでの撮影に向けて、下記の相互関係を確認するためのプリビズのような位置づけのものだ。

    ・カメラ位置
    ・床に置かれた実物のセット、小道具や俳優の立ち位置
    ・背景のLEDスクリーン

    「どんなレンズを使い、どこにカメラを置いて、どんな画を撮影するのか」を事前に3D空間で予習する。これにより、制作の初期段階から、簡単なショットから複雑なショットに至るまで、撮影現場の視覚化と撮影の計画を立てるのに役立った。

    ジョルジ:プリプロの段階では、背景のデジタル・セットはバーチャル・ステージでの撮影の1ヶ月前にNarwhal Studiosで構築され、カメラ位置、光の向きや影の落ち方も含めたセット・ドレッシングが「ファイナルの完成映像で求められるクオリティ」で準備されます。

    ここが、コンセプト・アートとは異なる点です。コンセプト・アートは後で変更になる場合があり、時として完成映像とは必ずしも合致しないケースもあります。しかしバーチャル・プロダクションの場合は、ファイナルで使うセットアップを、事前に完成させておく必要があるのです。

    ソセビー:撮影監督やプロダクション・デザイナーは、すでに頭の中で「どういう画にしたいのか」というアイデアが固まっていますので、それに完全にマッチするよう、Unreal Engine上で準備を進めていくのです。こうしてつくられた背景画像は、100%そのままの状態で、ファイナル映像の背景に含まれます。

    デザイン作業にはどのくらいの時間がかかるのか?

    ©Narwhal Studios

    以下は、『マンダロリアン』シーズン2のエピソード5における、キーとなるシーンでの事例。

    マンドーが着陸するシーン
    ・デザイン作業に3週間
    ・アーティスト1人

    外壁が建物で囲われたコートヤードのシーン
    ・デザイン作業に6週間
    ・アーティスト3人

    乾いた河床のシーン
    ・デザイン作業に5週間
    ・アーティスト2人

    1エピソード中、バーチャル・セットが占める割合は?

    各エピソードによって異なる。例えば、1話40分間のうち19分間がバーチャル・セットのショットの内訳は以下のとおり。

    マンドーが着陸するシーン:1分
    外壁が建物で囲われたコートヤードのシーン:2分
    乾いた河床のシーン:10分
    外壁が建物で囲われたコートヤードのシーンパート:24分
    マンドーが去っていく:3分

    エクスポート時に「見た目を同じにする」ためのワークフロー

    ソセビー:さて、今お見せしている静止画は、2018年の『マンダロリアン』シーズン1のデジタル・プロップの例で、ルーカスフィルムへワークフローの許可を得るにあたり作成したものです。

    ジョルジ:Unreal Engineでのルックデヴが終わり、それをUnreal EngineとArnoldでそれぞれレンダリングした結果を比較したものです。

    もちろん、たくさんの調整が必要とされましたが、最終的に、レンダリング結果が「ある程度同じ」になるようなワークフローが構築されました。

    ソセビー:セットの構築は、撮影用の実在セットを担当するアート部門のアートディレクターやセット・デザイナーと日々の連絡を密にしながら、進めていきます。

    『スター・ウォーズ:アソーカ』での事例では、アート部門がバーチャル・プロダクションのステージに実物大の仮セットをつくりました。岩の位置や、地面の凸凹などを板を組み合わせてラフに構築しています。これをフォトグラメトリーで3Dデータ化し、それを基にデジタル・セットを構築しました。

    これにより、ステージで収録した映像と、3D上のセットの位置関係や整合性がピタリと一致します。また、こちら(下記画像)は『スター・ウォーズ:アソーカ』で、ストーンヘンジをミニチュアで作成した例です。

    ©Narwhal Studios 

    ソセビー:優秀なミニチュア・メイカーであるジェイソン・マハキアンがつくった2~3フィート(約60~90cmほど)大のミニチュア・セットをフォトグラメトリーで3Dデータ化し、原寸大スケールに修正した上で、ZBrushでディテールを加えた後、Unreal Engineにもっていきました。

    ジョルジ:CGIは表現技法としては、まだ歴史は浅いです。しかしミニチュア制作の技法には、長い歴史があります。

    私がミニチュア・モデラーと一緒に仕事をする楽しみの1つが、ここにあります。彼らのスキルや、つくり出されるミニチュアのディテールは尋常ではなく、時としてCGIに勝ることすらあるのです。

    そのため、ミニチュア・メイカーを積極的に起用しています。

    『アントマン&ワスプ:クアントマニア』での活用事例

    ソセビー:続いて、『アントマン&ワスプ:クアントマニア』でのケーススタディを紹介します。

    ©Narwhal Studios

    ソセビー:この作品では、リアルタイム・デザイン・チームがアート部門をサポートし、レイアウト、ライティング、アセットの基本的な形状や配置の決定などに重点を置きながら、プロダクションおよびVFXの準備を進めていきました。

    量子世界の中のシークエンスでは、たくさんのカメラ移動が必要とされ、バーチャル・プロダクションがフル活用されました。

    ©Narwhal Studios

    コストを節約できる? ほかバーチャル・プロダクションについてのよくある質問

    セッションの最後には、バーチャル・プロダクションについてよく聞かれるという「人気の質問」について、その回答が紹介された。

    Q. バーチャル・プロダクションは、コストを節約できるか?
    ・「事前によく予習し、よく考えて使用すれば」コスト節約に繋がる
    ・価値をもたらさない領域に適用すると、不必要なコストとなる可能性もある

    Q. バーチャル プロダクションでハマりやすい罠とは?
    1:オーガナイズされていないアプルーブ・プロセス:設計に手間取ると、セット構築やポストプロダクションが遅れる可能性がある
    2:経験の浅いチーム:撮影チーム(カメラ+実在セット)と、デジタルチームの間に、不一致や不具合が生じる
    3:準備不足:プリプロダクションが不完全だと、プロダクションやポストプロダクションのチームへ必要な情報が正しく伝わらない恐れがある

    Q. バーチャル プロダクションを活用して、コストを削減するアイデアは?
    1:キー・クリエイティブへの支援:リアルタイム・ツールを活用し、キー・クリエイティブたちが早期にデザイン面の賢明な決断を下せるよう支援する
    2:アセット データベースの管理:チーム間やスタジオ間でアセットを再利用できるように管理しておく
    3:インカメラVFXの検討:インカメラVFXを使用するシークエンスを正しく選ぶことで、撮影コストを節約できる

    以上、駆け足での紹介となったが、今回のプレゼンテーションを行なったNarwhal Studiosの公式サイトには、様々な映像や事例が紹介されているので、本記事で興味をもった方は、ぜひご参考あれ。

    TEXT&PHOTO_鍋 潤太郎 / Juntaro Nabe
    EDIT_小村仁美 / Hitomi Komura(CGWORLD)、山田桃子 / Momoko Yamada