2台の冷凍機の中に保存された冷凍マグロ。どちらも解凍された後に食品用ベルトコンベアに乗って、いくつかの加工プロセスを経て鉄火巻の惣菜として出荷されていく……のだが、片方は一般的な冷凍システムであり、もう一方は「特殊冷凍」と銘打たれた「アートロックフリーザー」を採用しているため鮮度を保ち、フードロスが発生しないのだ。そんな両者のコントラストが2分30秒ほどの映像の中で、わかりやすく、そしてコミカルに描かれていく。
デイブレイク株式会社が開発した特殊冷凍機「アートロックフリーザー」の国外展示用プロモーション映像『DAYBREAK FHA-Food & Beverage 2024』(以下、DAYBREAK)は、新進気鋭のクリエイティブブテック「inbetween(インビットウィーン)」が生み出したものだ。クライアントと映像制作の実作業を担うアーティストたちがダイレクトにコミュニケーションを取り、企画段階から本制作に至るまでを少数精鋭のクリエイティブチームで完遂したという意欲作がどのように生まれたのか、主要スタッフに話を聞いた。
急速冷凍をさらに進化させた特殊冷凍機「アートロックフリーザー」の国外展示用プロモーション映像。inbetweenは、映像ディレクション・ビジュアルデザイン・制作全般を担当した
「とにかく、ぶっ飛んだ映像にしてください。」
——まずは、本作の企画の経緯から教えてください。
デイブレイク執行役員、杉浦広太氏(以下、杉浦):
デイブレイクは、食材の細胞を破壊せず、新鮮なまま冷凍し、美味しさを損なわずに解凍する「特殊冷凍テクノロジー」を武器に、食品業界の冷凍事業に向けたメーカー機能、コンサル機能、食品流通機能という3つのビジネスモデルを展開している会社になります。
2023年6月頃から海外展開に注力し始めているのですが、海外の展示会で自分たちのビジョンを端的かつ明確に伝えられる映像を作ってもらえるクリエイターを探していたところ、inbetweenさんに出会いました。
inbetween代表、アートディレクター・柳生大志氏(以下、柳生):
最初のヒアリングの際に「アートロックの優位性を、一般的な冷凍機と比較するかたちで見せたい」とお話されていたことが印象的でした。そこで、次の打ち合わせで「アートロックフリーザー」がある世界線と、ない世界線という2つの世界をパラレルに描いていくことを提案させていただいたところ、とても喜んでいただけて、このコンセプトで制作することが決まりました。
杉浦さんには当初から「とにかく、ぶっ飛んだ映像にしてください」と、言ってくださっていました。ただ、本当にぶっ飛んだ企画を提案しても社内決裁を経て次第に丸くなっていくクライアントさんも珍しくない中で、本当に最後までその姿勢を守ってくださったのが嬉しかったです。ビジュアルデザインから画づくりまで、つくり込ませていただきました。
杉浦:
最初のミーティングでプロダクトの推しポイントとして、従来方式に比べて高速に冷却できること、食材へのダメージを限りなく減らすことで鮮度を保つことができること、それによってフードロスが減らせることなどをお伝えしたのですが、その次のミーティングで提案いただいた案がこちらの希望がしっかりと反映されていて、すごく明確だったので「これは良いものになるぞ」と感じた記憶があります。
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杉浦広太/Kota Sugiura
デイブレイク 執行役員
https://www.d-break.co.jp/ -
柳生大志/Taishi Yagyu
inbetween代表、アートディレクター
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——本作では、企画からinbetweenさんが手がけられたそうですね。
inbetween COO、ディレクター・高岸 寛氏(以下、高岸):
はい。映像の企画案からデザイン、ディレクション、社内完結型のスタイルで制作させていただきました。海外の展示会で流すことが決まっていたので、そうしたイベント会場で流したときの見映えや途中から観ても気になって立ち止まって見入ってしまうようなキャッチーでインパクトのあるビジュアルを目指しました。
具体的には、日本のブランドであることの象徴として、海外の人が抱いている典型的な日本のイメージのモチーフとして、日本庭園や枯山水、畳といった和のビジュアルをベースにしつつ、そうした世界観の中を進んでいくベルトコンベアーなどのデザインを詰めていきました。フォトリアルではなく、ポップなビジュアルに仕上げているのは、キャッチーさを意識したからです。
柳生:
良いクリエイティブを創り出すにはクライアントワークでもコミュニケーションの密度の濃さが大事だと思っています。今回も、デイブレイクさんが伝えたいことを読み解きながら、咀嚼、解釈して提案することを心がけました。
——柳生さんと高岸さん、そして近藤(日明)さんの3人で制作をリードされたと思うのですが、役割分担はどのように?
柳生:
今回は、明確な役割分担はありませんでした。
強いて言えば、僕がアートディレクションやモチーフの選定を担当しつつ、プロジェクト全体を管理しました。高岸が映像ディレクションをリードしつつ、音楽の監修をしました。そして近藤が技術面の監修ですね。ですが、基本的には企画段階から3人で一緒に話し合いながら一連の作業を進めていました。
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プリプロから完成まで、Houdiniで完結させるねらいとは?
——企画はすぐに決まったそうですが、その後はどのように制作を進められたのですか?
柳生:
制作期間は、約3ヶ月でした。今年の2月にご相談をいただき、3月上旬に企画を提案。納品は4月20日頃だったので、企画に20日ほどで、その間もアセット制作は先に進めていました。残りの期間で本制作を行なった感じです。
企画が決まってから、最初に取り組んだのはできるだけ短い尺に収めることです。アートロックフリーザーの機能をひとつずつしっかり伝えようとすると4〜5分かかってしまいそうでした。
そこで、伝えたいこと、そのために効果的な演出や表現をできるだけ集約して2〜3分にまとめることで、なるべく多くの人に最後まで観てもらえるようにしつつ、初見でもすぐに理解できる内容にすることを目指しました。
高岸:
全体の構成が決まった後は、各シーンをストーリーボードに起こしていきました。アートロックフリーザーがある世界と、ない世界という、2つの世界がパラレルに進行するというコンセプトの下、演出案を具体化していきました。
音楽のニュアンスも含めて映像のながれをつくっていきたかったので、プリビズ作成と音楽の発注を同時並行で進めました。音楽は以前から交流のあったkesizumi(ケシズミ)というアーティスト名で活躍されている音楽家の方に依頼しました。
アートロックという特殊冷凍テクノロジーによって、最後は明るい世界が広がっていくという構成に決まったので、音楽もそれに合わせて「最初はアンビエントな感じで、後半に進むにつれて音の数が増えていき明るい感じで盛り上がって終わる。先進的な技術のプロモーションなので電子音も混ざった感じにしましょう」という感じでkesizumiさんに伝えました。微妙なニュアンスをkesizumiさんが上手く汲み取っていただき、今回の音楽になりました。
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典型的な和のイメージをベースに、ポップさをデザインに込める
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工場シーンのスタイルフレーム例 -
工場シーンのエンバイロンメント。スケッチやスタイルフレームを指針として、作り込まれていく。inbetweenのメンバーは、デザインから3DCGワークまでシームレスに手がけられることを強みとしている
——プリビズは、どれくらい作り込まれたのでしょうか?
高岸:
プリミティブな立方体などをざっくりと並べて各シーンを作っていきました。プリビズで詰めたかったのは、全体の構成や各シーンのテンポ感なので。
inbetweenは、普段からプリビズからHoudiniで作成しています。プリビズのカメラワークやレイアウトをダイレクトに本番用のシーンに持ち込めるし、作業効率を高めるためのプロシージャルな設定も制作初期から設計できるのがメリットですね。
柳生:
プリプロから本制作まで、3DCGについてはほぼ全ての作業をHoudiniに集約しています。このスタイルは、僕がこれまでフリーランスなどで様々なスタジオと仕事をする中で得た知見から、このスタイルが良いと思っています。今回は、OFBYFORTOKYOのTakashi Fujimotoさんとフリーランスの小原輝士くんにも参加していただきました。
inbetween CTO、テクニカルディレクター・近藤日明氏(以下、近藤):
全ての工程でHoudiniという同じツールを使っているので、データ管理やワークフローを決める上でも効率的です。CG・VFX作業では、複数のツールや環境(OSなど)が混在することによって、データ変換にトラブルが発生しがちですから。
——その意味では、プリプロの段階で近藤さんから技術面で提案されたことはありますか?
近藤:
デザインや演出については高岸たちにまかせていました。その上で、ロボットのキャラクターアニメーションについては、機械的な動きよりも人間味がある動きというか、従来の冷凍方式のラインで渋滞して慌てている感じとかを出せるように関節の動きが付けられるリグを組んだ方が良いとは意見しましたね。
この段階で構成や尺配分など、かなり綿密に設計されていたことが窺える
ロボットのデザイン変遷&ルックデヴ
情報を厳選することで、強いメッセージが込められる
——本制作で心がけたことや、苦労されたことを教えてください。
近藤:
レンダリングコストは気にしましたね。全体的に長回しのカットが多いし、食品加工の工場シーンはインテリアが多く、ライティングも密度があったので。できるだけ軽量化させるためにインスタンスを活用しました。
高岸:
工場シーンでは、2つの世界のコントラストを強調するために、従来方式のラインが混み合っている様子を描くべく、ロボットの動きやデザインに可愛らしさ、コミカルさを込めるようにしました。先ほど近藤が話した通り、人間的な関節の動きを入れて、アニメーションで慌ただしさや困っている感じが出るように工夫しました。
——それに対して、アートロックフリーザー側のラインにいるロボットの動きはスマートですよね。正常に動いていることの象徴としてロボットの頭部など光る部分は青色に光っていますし。
柳生:
そうですね。従来方式のラインは、トラブルが発生している象徴として発光部分は赤色にして両者のちがいを強調しました。
ただ、途中段階のチェックで杉浦さんから「赤色のロボットたちは、慌てているというよりも猛烈に働いてるように見えませんか?」とご指摘いただきまして、そこでラインから転げ落ちる鉄火巻きの表現を追加したり、渋滞感を強調する方向にブラッシュアップしていきました。
近藤:
渋滞感を強調したことによって、一定のスピードで流れていくレーン、上から降ってくる鉄火巻き、辺りを動き回るロボットのキャラクターアニメーションといった、シーンを構成する要素の整合性をもたせることに苦労しましたね(苦笑)
ロボット1体1体の動きにも、しっかりちがいを出したかったので、ベースアニメーションは共通にしつつ、セカンダリで個々のちがいを出すようにしました。工場シーンもワンカット長回しのため、ベルトコンベアのシミュレーションにはPOPソルバーを使って、トレイの位置、トレイ上の鉄火巻きの数、それらが静止状態かといった条件に応じて、次の動きが決まっていくように調整しました。
——何気なく見てしまいますが、実作業では様々な創意工夫が凝らされているわけですね。
高岸:
工場シーンのエンバイロンメントは、カメラから見えない部分まで作ってあるんですよ。
当初は天井部分も見える想定だったので、木組みの形状まで作り込みました。ですが、作業が無駄になったというわけではなく、Houdiniに集約することで、そうした試行錯誤もしっかり行うことができました。
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Houdiniの機能特性を活かしたショットワーク
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busy_line1:ベルトコンベアのセットアップ
anim_setup:ロボットのアニメーションのセットアップ
tube_anim:チューブから落ちてくる鉄火巻きのセットアップ
scatter_sushi:ラインから転げ落ちる鉄火巻きのギミックのセットアップ
……ベルトコンベアのシミュレーションの速度をベースに、<1>アニメーション、<2>ロボットに供給される鉄火巻き、<3>キャッチできずに床へ散らばる鉄火巻き……これらのタイミングが伝播されるように設定された
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ベルトコンベアーのシミュレーションにはPOP Solverを使用して、鉄火巻きパックが乗ったトレイの位置、トレイの上にある鉄火巻きの数、静止状態であるかどうかを解いている。ビュー上の球体オブジェクトは、ロボットが鉄火巻きを置く位置を表しており、トレイがその位置に到達すると、一定時間静止するように設定されている
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モデリングからアニメーションまでのネットワーク。アニメーションは、ベースのキーフレームを共通化した上で、セカンダリモーションのちがいによって、各ロボットの動きにバリエーションを増やしている
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Houdini内での簡易的なリグ&セットアップ
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従来方式のレーンの終端にいるロボットの脇で、チューブから落ちてきた鉄火巻きが転げ落ちて散らばる表現には、RBDシミュレーションを使用。意図したタイミングでチューブから落ちてくるアニメーションと切り替えている
必要なら、手間暇を惜しまない〜選択と集中〜
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工場シーンのエンバイロンメント。「当初は天井も見える想定で、木材で組まれた、少し和のテイストを感じる工場を作成していました」(高岸氏) -
工場シーンのエンバイロンメント(メッシュ表示)。アングルや伝わりやすさを優先していく過程で、天井を見せる必要性がなくなったそうだ
デジタルアーティスト自らが、クライアントと直接コミュニケーションを重ねることで新たな道が拓けた
——完成した作品の反響はいかがですか?
杉浦:
今年4月にシンガポールで開催された「FHA - Food & Beverage 2024」というイベントが初披露の場になりました。
ブースに設置した大型モニターで流したところ、来場者の反応がすごく良かったです。立ち止まって「(英語で)イケてるムービーだね」的に褒めてくれる人もいました。コンセプチュアルなCGアニメーションのメッセージ力を強く実感しましたね。
柳生:
嬉しいです。Inbetweenとしても、クライアントさんと密にコミュニケーションをとりながら制作をするということを実践できた案件だったので手応えがありました。
もちろん課題も残っているので、今回の経験を活かして、より良いクリエイティブを追求していきます。
高岸:
各メンバーの特性や能力を活かして一定以上のクオリティのものを作れたことは、自信にもつながったかなと思います。
近藤:
実作業を担う僕たちがクライアントさんと直接やりとりしたからこその実感ですが、週1ペースのミーティングの中で予算やスケジュールといった、制作の根幹に関わる話になっても、持ち帰って検討するのではなく、話し合いに応じてその場で決まっていったことが新鮮で、やりがいにもつながりました。
柳生:
inbetweenでは、デザインから画づくりまで、プロダクションの全体を手がけていくことを目指しているからこそ実現できたと思うので、今回のような案件を増やしていきたいです。
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inbetween(インビットウィーン)
2023年5月に創業した、クリエイティブブティック。Houdiniをメインツールとしており、CGI、VFXを駆使したデザインを得意とする。ハイエンドなテレビCMから、ミュージックビデオ、ブランドコンテンツ、インタラクティブコンテンツまで、幅広い作品を手がけている。
一過性のクリエイティブではなく、時代が変わっても色褪せない表現を探求。制作会社やクリエイティブエージェンシー、デザインスタジオの在り方を新たに定義し、より柔軟で創造的なアプローチを追求している。
https://www.inbetween.jp/
INTERVIEW & EDIT_NUMAKURA Arihito
TEXT_稲庭淳