2021年に配信されたNetflixシリーズ『イカゲーム』のVFXを担い、アメリカのエミー賞において、アジア初となる視覚効果賞を受賞したGulliver Studios。韓国のVFXクオリティを世界に知らしめた実力派スタジオの成り立ちとは?
INFORMATION
Gulliver Studios(ガリバースタジオ)
2019年に設立された韓国のVFXスタジオ。VFX制作幹事として参加したNetflixオリジナルシリーズ『イカゲーム』にて、アジア初となるエミー賞特殊視覚効果賞を受賞。プリプロダクションからポストプロダクションまでをトータルでカバーし、XR・デジタルヒューマン・バーチャルプロダクションなどの先端分野にも力を注いでいる。
gullivervfx.com
『イカゲーム』(오징어 게임/Squid Game)
2021年にNetflixシリーズとして独占配信された、Siren Pictures Inc.制作による韓国発のドラマシリーズ。"人生一発逆転"できるほどの高額賞金をかけた命がけのサバイバルゲームをVFXをふんだんに使って描く。Netflixシリーズ『イカゲーム』シーズン2が2024年12月26日(木)世界独占配信。
Gulliver Studios設立と韓国VFX市場の状況
――まずはGulliver Studiosの成り立ちからお聞かせください。
チョン・ジェフン氏(以下、ジェフン):設立は2019年5月になります。
カン・ムンジョン氏(以下、ムンジョン):経緯としては、今の親会社であるCJeSエンターテインメント(現・CJeS Studios。以下、CJeS)と相談してスタジオ設立を決めました。最近ではだいぶ良くなりましたが、以前は韓国のCG業界は労働環境が悪く、残業がすごく多くて単価もあまり高くなかったので、大変な部分が多かったんです。私たちが望む作品をつくって、作業している方に大変な思いをさせるよりも楽しく働けるような環境と雰囲気をつくりたい、そんな思いで設立しました。
ジェフン:CJeSは、俳優とK-POPアイドルの事業に加え、映画制作とドラマ制作も行なっています。ペク・チャンジュン代表と私たちが、これからスケールが大きくなっていくであろう韓国の映画やドラマを制作する上でお互いにWin-Winな関係を築き、その影響力を高めようというのが設立の趣旨でした。ペク代表が労働者の劣悪な環境まで考慮してくれて、とにかく良い会社をつくりたいという思いが強かったですね。
――どんな作品をつくるかということよりも、システム的な部分が大きかったのですね。
ジェフン:はい。ただ、設立して6年くらい経ちますが、当初の目論見からするとまだまだ途上段階です。作品を制作する中で実際に実現できたこともあれば、実現できなかったこともあります。それでも『梟-フクロウ-』(The Night Owl、2022)という作品ではCJeSとの相乗効果があって上手くいきましたし、アークメディアという会社と共同制作した『カジノ』(Big Bet、2022)という作品も興行的に成功しました。今は映像制作の状況としては冷え込んでいる部分もありますが、これからもそういう方向で成長していく予定です。
――去年も今年も、韓国のVFX市場が大変だったという話を聞きましたが、その影響はありましたか?
ムンジョン:これは韓国だけでなく、世界的に影響していることなのでもう少し時間が必要なのかなと思います。コロナで市場が凍りついてしまったので、延期された作品が世界的に押している状況です。それが解消されれば、新しくまた案件が入ってくるのですが、多分来年まではこの状況が続くのではないかと予測しています。
ジェフン:一方で、コロナ自体がパラダイムを大きく変えたところもあります。映画の場合は、コロナ禍前に企画され、VFXを多く用いた大作がたくさん制作されたのですが、それを劇場で公開するのに限界があったと思います。投資的にもBP(ベーシスポイント)を越えられないプロジェクトがたくさんあって、市場が凍りついていたので。
ただ、そうした背景がありつつも『パミョ』(Exhuma、2024)や『ソウルの春』(12.12: The Day、2023)のように興行的に上手くいった作品も出たので、パラダイムが変わったとしても上手くいくものは上手くいくということは実証されたわけです。だから希望は捨てずにいます。
――これまで制作されてきた作品の中で、ターニングポイントとなった作品は何でしょうか?
ジェフン:もちろん『イカゲーム』(오징어 게임/Squid Game、2021)ですね。当社で最初に参加した作品が『コレクターズ ~ソウルに眠る宝刀を盗み出せ~』(Collectors、2022)という映画だったのですが、実はコロナ禍であまり興行成績が良くなかったんです。その次に入った大きなタイトルが『イカゲーム』でした。
ムンジョン:私たちは映画、TVドラマ、OTT(Over The Top)で様々な作品をやっていますが、私も一番大きな転換点となったのは『イカゲーム』だと思います。韓国CGがここ数年ですごく成長して世界的な評価もかなり上がってきたと思っていたのですが、『イカゲーム』を通じて世界的に韓国CGの実力を評価されることになりました。
――まさに韓国のVFX産業全体のターニングポイントでもありましたね。
『イカゲーム』メイキング①:「だるまさんがころんだ」ゲーム場
適切な規模を維持して他社との共栄を目指す
――現在Gulliver Studiosのスタッフ数の規模はどれくらいなのでしょうか?
ジェフン:今は80人くらいですね。『イカゲーム』シーズン1のときは100人くらいでした。
ムンジョン:これからも私たちは、すごく規模を大きくしていくつもりはありません。人が増えすぎると、みんながやるべきことも増えるし、それらを管理するのも大変ですからね。私たちがやってみた結果、110人くらいが一番適度だと思ったので、これからも多分そのくらいの規模でやっていくのではないかと思います。
ジェフン:いろんな会社があるので、共存共栄しながら一緒に進めていけるような構造にしたいと思っているんです。
ムンジョン:多くのショットを受託しても、社内では核となるショットを中心に担当して、そのほかのショットはパートナーと一緒に作業すれば問題ありません。なので、そのくらいの規模感を考えていますね。
――チーム構成はどうなっていますか?
ムンジョン:まず最初に各種スーパーバイザー(SV)のグループがあります。それから画を技術的に解いてくれるCGSVグループ。それから全体のスケジュールを管理してくれるマネジメントチーム、そのほかにR&D部門があったり、TDの人たち、機材の面倒を見るSEチームがあります。
制作本部の場合は、これも一般的なのですが、モデリング、テクスチャ、ルックデヴをするアセット部門が集まっています。以前はモデリング部門別、テクスチャ別、ルックデヴ別、ヘア別のように分かれていたんですが、他社と少しちがう点といえば、私たちはそれが全部ひとつにまとまっていることです。あとはリギング、アニメーション、マット、合成、マッチムーブチームに加え、モーショングラフィックスを専門に行うモーションチームもあります。
――複数のプロジェクトを同時進行するときは、プロジェクトごとに分けていますか?
ムンジョン:チームによって少し特色があるのですが、人数が少ないチームなどの場合は、同時に進行しています。人数が多いチーム、特に合成チームなどの場合は、プロジェクトごとにチームを分けます。プロジェクトチームで作業して、スケジュールが終わったらまた移るなど、細かく管理しています。
ジェフン:ただ僕らは一度にたくさんの作品を進めることはあまりないです。作品のクオリティの問題もありますし、スケジュール管理はすごくしっかりしています。だからといって、1つの作品だけにこの人数を引きずってはそれぞれが大変なので、大きな作品を1つ2つくらい同時に進めるか、小さな作品2つに大きな作品1つくらいで、それ以上はもたないようにしています。
『イカゲーム』メイキング②:豚貯金箱
――では、Gulliver Studiosの強みや得意なことは何ですか?
ムンジョン:私たちがメインでやる作品もありますが、時にはスケジュール的に他の会社と共同作業することもあります。私たちは3DやVFXに強いので、難易度が高い仕事をいただくことが多いですね。そういう依頼が多いということは、難しいショットを安心して任せられる、と見ていただけているんだと思います。
ジェフン:最近はツールも発展して、平均的なベースの技術力もかなりレベルが上がっています。だけどそれをどのようにマネジメントして、作品にどれだけ溶け込むように各カットのクオリティを調整し、最終的なアウトプットがその作品に合うように"ミザンセーヌ"を引っ張っていけるかどうかがすごく大事です。
ムンジョン:全ての部署と連携して、最終的なアウトプットが出るコンポジットにいくまで、実は多くのチームのリーダーやCGSVの方々と話し合いを重ねています。そうすると、いろいろな段階で最終的なアウトプットに最善を尽くせるようになるんです。実際の仕事では、制作期間内にとにかく安く早く大量に処理しなければならないことも多いですよね。でも、われわれは他のスタジオよりもそのあたりに配慮しているので、信頼して任せていただいているのかなと思います。
――制作に入る前の段階からディスカッションをする過程で、かなり時間をかけているんですか?
ジェフン:全員集まって話し合ってみても実はそれぞれ考え方が異なるので、全ての作品でそうやって時間をかけると言ったら嘘になりますね。基本的に当社のアーティストやSVは、「作品においてCGが主役にならないようにしよう」というモットーがあります。作品の全体的なシナリオを見据えて、撮影・美術・照明、これら全てが作品のシナリオに合わせて表現されてこそ、良い作品が生まれると思うんです。
それはCGもそうですし、音楽や衣装もそうです。そういうものが一体にならないといけないので、作品に「なぜこのショットが必要なのか」を意識する必要があります。例えば、 絵を上手く描けるアーティストが1人いるとします。でも、その人の1枚が上手くても再生されるシークエンスで合わないと、上手いとは言えません。すごく単純なことなんですけれど、作品に対する姿勢が大事なんです。
『イカゲーム』メイキング③:迷路階段
VFX需要の向上から変革されたワークフロー
――実際の制作の進め方もお聞きしたいです。VFXを前提とした撮影にどのように関わっているのかなど、ワークフローも含めて教えていただけますか?
ジェフン:私が業界に入ってから20年ちょっと経ちますが、韓国では昔はCGの割合が少なかったこともあり、CGチームは撮影現場に入っても後ろで立っているだけでした。プリプロの段階で呼ばれることもなかったですね。でも今はロマンスコメディのようなジャンルでもCGが多く絡むので、プリプロ段階からかなり密接に参加します。特にVFXSVは、美術や撮影と一緒にコンテの段階から一緒に入ります。
例えば、『イカゲーム』ではセットでつくれるものに限界がありました。美術監督や撮影監督はCGでできることについて完全には理解していないので、ひとつひとつの空間に対するものをデザインする上で、こちらからソリューションを提示する必要があります。そのため、プリビズからデザイン的な提案をするなど、全ての工程に関わるようにしています。
ムンジョン:撮影が始まる前から、コンセプトや多くの部分をVFX会社・監督・制作会社が話し合います。撮影前にプリビズなどを行い、撮影が終わってから本格的に作業を始めるのですが、通常は撮影前にアセット制作を行います。モデル、テクスチャ、ルックデヴを先行して行い、撮影プレートが届いたらショットワークを始めます。準備されたアセットを使って、マッチムーブしたりアニメーション作業をしたり、必要に応じてマット作業も行います。その後ライティングを行い、最後にコンポジットへと進みます。
『イカゲーム』メイキング④:綱引きゲーム場
――なにか特別なパイプラインを敷いていますか?
ムンジョン:私たちは基本的に独自のパイプラインを構築しています。他の会社とも大枠のパイプラインは似ていますが、パイプラインというのは結局のところ約束事なんです。ファイルの命名規則やディレクトリ構造のルール、どのような伝達プロセスを経るかといったことは、すでに内製ツールによって自動化してあります。ほかにも、データのイン&アウトのための独自のツールはたくさんありますね。
――メインで使用されているツールにはどのようなものがありますか?
ムンジョン:アーティストが使うソフトウェアとしては、アセットチームではモデリングはMudboxやZBrushなども使いますが、Mayaがメインになっています。テクスチャ作業はMari、Substance 3D Painterが多いです。あと、エフェクトはHoudini、コンポジットにはNukeを使用しています。そのほか、インハウスのTDチームがあるので、そこで内製ツールを作成して使っています。
ワークフローと使用ツール
――ゲームエンジンや、他のツールのテストはされていますか?
ムンジョン:プリビズとしてはUnreal Engineを少し活用していますが、VFX作業にはゲームエンジンはまだ合わないと感じています。将来に向けて注視はしているものの、機能や品質にまだ満足できないので使っていません。その代わり、新しい技術としてAIをフォローアップしています。まだAIツールを100%活用するには不十分ですが、部分的に活用できるところがあるので。
ドラマ『カジノ』では、実際にチェ・ミンシクさんの若い頃の顔の作成にAIを活用しました。ショット数が多かったので効率化のために初めて導入し、カイスト(韓国科学技術院)博士と協力して一緒に実際にコードを組んで取り組んでみました。その結果も踏まえると、フェイシャルを完全にAIに置き換えるのはまだ難しいですね。
ジェフン:VFXSVは監督にコンセプトを提案したりするときに様々な試案をもって方向性を提案しますが、そうした部分ではAIを活用しています。プロンプトでアイデア的なものはいくらでも引き出せますからね。 私がAIに感じたのは、これはただ絵が上手な子がコンピュータの中に入っているんだな、という印象です。もちろん、アーティストは自分の仕事がなくなるかもしれないと考えるかもしれませんが、逆にAIを上手く活用して自分の感覚的な部分を育てていけば、もっと良い未来が見えてくるのではないかと感じています。
ムンジョン:AIの成長スピードが指数関数的に速すぎて、北米やヨーロッパではもうその本格的な活用がスタートしています。われわれもフォーカスを当てないわけにはいきません。でも、私が見る未来は、じゃあAIがアーティストに取って代わるかというと、そうは思わないんです。一方でVFX作業は労働集約的な時間との戦いで、単価も人的工数によるところが大きいので、AIを使う部分はそれらをたくさん解消してくれることを期待しています。
『イカゲーム』メイキング⑤:飛び石渡りゲーム
エミー賞受賞による、韓国VFXの認知度の向上
――韓国のVFX業界についてもお聞きしたいのですが、『イカゲーム』でエミー賞の視覚効果賞を受賞した後、韓国のVFX業界の反応はどうでしたか?
ジェフン:僕は、よくわかりません(笑)
ムンジョン:他の会社はさておき、私たちとしては大きな衝撃を受けました。アメリカに長くいたのでアメリカの市場をよく知っているのですが、アカデミーという組織自体がすごく保守的なので、なかなか新しいものを認めないんです。彼らも韓国にずっと注目してくれていたのですが、受賞するのはすごく難しいとわかっていたし、まったく期待していませんでした。受賞したときはもちろん達成感もありましたが、衝撃を受けたという気持ちの方が大きいです。
自分も含め、これまでは多くの韓国人が「私たちより海外の方が上手だろう」という認識をもっていました。ですが、「隣で一緒に働いていた人が世界で賞を獲っている。私たちもやればできるんだ」と、韓国全体で自信をもてるようになったし、そのこれまでの努力が認められたんじゃないかと思います。だから、『イカゲーム』が私たちだけでなく、韓国CG・VFX業界でこれまでがんばってきたアーティストに大きな勇気を与えるきっかけになったと思います。
エミー賞における視覚効果賞の受賞
ジェフン:賞というもの自体、もらえたら嬉しいものですからね。実際、僕らが賞をもらったからといって、僕らが変わるわけではありません。世間の反応はよくわかりませんが、そういうある種の達成感、「僕たちにもできるんだ」という業界のポジティブなマインドにつながったのであれば、すごく良かったと思います。
――韓国のCGが急速に成長したことも、かなり影響していると思います。過去にレベルがちがう海外のCGを見て育った韓国のクリエイターの方々も、海外がもっとレベルが高いという固定観念をもち続けていましたが、がんばってきた結果、ある程度肩を並べるところまできたということを改めて確認する機会になったのではないでしょうか。現在、韓国のVFX業界が抱えている課題があるとしたら、どのようなものがあると思いますか?
ジェフン:アメリカのような国でも、業界が苦しくなると潰れる会社もたくさんありますが、基本的にアメリカは組合が非常に強力で、VFXの単価や様々なものが保証されています。実は韓国にも組合があるのですが、有名無実というか、その機能をあまり発揮できていません。何か国家的に技術的な成果があったときに、税制上の優遇措置があるとか、いろいろな助けがあればいいなと思います。難しい仕事である分、それに見合うだけの報酬があればよいのですが、そういう部分はまだ海外よりかなり水準が低いと思います。
――文化的な、システム的な基盤がもう少し整ってほしいということですね。それでも何か改善は少しずつ進んでいますか?
ムンジョン:以前は競争が激しかったのですが、最近はもうすでに多くの会社がひとりでやるのではなく、一緒に協力しようという雰囲気が多く醸成されているので、どんどん良くなっていくと思います。
――最後に、Gulliver Studiosの今後の目標や挑戦したいことはありますか?
ジェフン:いつか映画でアカデミー賞に挑戦したいです。私たちは総合エンターテインメント会社なので、シナリオ開発段階から担当して、VFX技術的にも興行的にも評価されるような作品をつくり、また世界中の人たちを驚かせられたら良いですね。
スタジオツアー①豪華なロビー
スタジオツアー②リフレッシュスペース
スタジオツアー③シアタールーム
INFORMATION
月刊『CGWORLD +digitalvideo』vol.317(2025年1月号)
特集:韓国CGの今
定価:1,540円(税込)
判型:A4ワイド
総ページ数:112
発売日:2024年12月10日
TEXT_渡邊英樹/Hideki Watanabe
EDIT_藤井紀明/Noriaki Fujii(CGWORLD)、李 承眞/Seungjin Lee(CGWORLD)
PHOTO_Daehwan Kim(young in agency)