映画監督デビュー作『グレイテスト・ショーマン』(2017)が世界的ヒットとなったマイケル・グレイシー監督の新作『BETTER MAN/ベター・マン』が3月28日(金)全国ロードショーとなる。イギリスポップ界のスーパースター、ロビー・ウィリアムスの波瀾万丈な人生をミュージカル・エンターテインメントとして描いた本作。グレイシー監督とロビー・ウィリアムスの交流から生まれた「ロビーをサルのキャラクターとして描く」という奇想天外なアイデアが、世界トップレベルのVFXカンパニー「Wētā FX」によって見事に実現。第97回アカデミー賞 視覚効果賞にノミネートされた。日本公開を記念して、ロビーの衣装モデル制作を手がけたWētā FXのVFXシニアモデラー・宮澤芳里氏へのインタビューをお届けしよう。
Wētā FXチームは、本作の衣装部門と協力して250ものサルとして描かれるロビー・ウィリアムスの衣装モデルを作成した。本作の衣装デザインを手がけたカッピ・アイルランド/Cappi Irelandは、膨大な資料や実在する衣装を基に衣装イラストを描き、そこから物理的なデザインと3Dベースのデジタルデザインがシームレスにつながるように細部を詰めていったという。そしてWētā FXチームは実際の衣装と同じような動きや質感をデジタルで表現。汗が浮き上がる表現などにも対応したWorking closely with the 'Better Man' costume department, our crew digitally replicated each of Robbie’s 250 costumes throughout the film. These mirrored fabric textures, movements and lighting, assisting in creating overall believability #WetaFX #VFX #BetterManMovie pic.twitter.com/5vq8jY8OBK
— Wētā FX (@WetaFXofficial) January 18, 2025
SFファンタジーではなく、実在のポップスターの半生をミュージカル・エンターテインメントとして描く
『BETTER MAN/ベター・マン』のVFX制作をリードしたWētā FX。プレスリリースによると、2年半を費やして1,980ものVFXショットを手がけたという。その中心となるのが、主人公ロビー・ウィリアムスをサルのキャラクターとして描くというもの。
『ロード・オブ・ザ・リング』シリーズや『アバター』シリーズをはじめ、写実性とファンタジー性を高次元で融合させたキャラクター描写に定評あるWētā FXだが、このプロジェクトでは新たなチャレンジが求められたようだ。なぜならSFファンタジーではなく、実在のポップスターの半生をミュージカル・エンターテインメントとして成立させる必要があったからだ。
ロビー・ウィリアムスが実際に着た衣装を、サルのキャラクター用としてリアルに表現
今回インタビューに応じてくれた宮澤芳里氏は、2005年にWētā FXへ入社。ピーター・ジャクソン監督の『キング・コング』(2005)を皮切りに、『アバター』(2009)、『ホビット』3部作(2012、2013、2014)、『アリータ:バトル・エンジェル』(2019)、『アバター:ウェイ・オブ・ウォーター』(2022)など、数多くの著名なプロジェクトに携わってきた。
現在、VFXシニアモデラーでとして活躍する宮澤氏は本プロジェクトでは全部で250に達したという主人公ロビーの衣装モデルの制作に携わった。

VFXシニアツアー(Wētā FX)
——宮澤さんは2005年にWētā FX(当時はWeta Digital)へ入社されたそうですね。それ以前はどのようなキャリアを?
VFXシニアモデラー・宮澤芳里(以下、宮澤):
デジタルハリウッド(現デジタルハリウッドアカデミー)で3DCGを1年学んだ後、渡米しました。LAの小さなプロダクションでMV案件のVFX作業を5年ほど手がけていましたが、知り合いのプロデューサーの方からWeta Digitalが規模を拡大中で採用を強化していると教えてもらいエントリーしたところ、無事に入社することができました。
——デジタルアーティストを志した動機を教えてください。
宮澤:
学生時代に『ジュラシック・パーク』(1993)を観たことが大きいですね。コンピュター・グラフィックスで描かれた恐竜がまるで本物のようでCGに興味をもちました。
元々ものづくりが好きだったので、これからはコンピューターを使ってものづくりをすれば、もっと世界が開けるかなと思いCGを学び始めたのです。

——現在は、VFXシニアモデラーとしてご活躍中とのことですが、主な業務内容を教えてください。
宮澤:
実写VFX向けのモデル制作を担当する部署でモデラーとして活動しています。入社した当初からモデラーとしてキャリアを重ねてきましたが、この10年ぐらいは衣装モデルの制作を専門に手がけています。
——衣装モデルを専門で10年とは、Wētā FXが大規模なことを実感します。主に使われているDCCツールを教えてください。
宮澤:
Wētā FXではまずMarvelous Designerでパターンを作成します。そして、Mayaを使ってディテールなどを調整して完成させるというのが通常のながれです。複雑な形状のサーフェイスやスカルプトにZBrushを使うこともありますね。

——『BETTER MAN/ベター・マン』では、どのような衣装を担当されましたか?
宮澤:
本当に多くの衣装が登場するので色々なものを作りました。私がメインで担当したものだと、主人公ロビーが少年時代に演劇のシーンで着ているパイレーツの衣装があります。ほかにもステージ衣装として出てくる甲冑や天使の羽を模した造形など、ちょっと変わったコスチュームを手がけました。
——このプロジェクトには、いつ頃から参加されましたか?
宮澤:
私はプロダクションが始まった少し後から参加しましたが、最後までモデルの調整作業などを担当していました。
当初はヒーローモデルをイチから作成するのが中心でしたが、ショットワークが進むにつれて、このパンツにはあのジャケットとネクタイを組み合わせる。さらに、別のシーン向けにネクタイを外した状態やネクタイピンを付けた状態などのバリエーションをつくるといった作業が増えましたね。1人で担当することも多かったです。
——バリエーションの中には、同じステージ衣装に対して汗がにじんだ表現を加えるといったものも含まれますか?
宮澤:
そうですね。時代や場所など様々なシーンが登場するので、1つのヒーローモデルを5つのシーンで使い回せるようにテクスチャやシェーダを変えることもあれば、「このシーンでは、ズボンからシャツがはみ出ているという設定なので調整してほしい」といったアニメーション部門からのリクエストに応じて調整するという作業が数多く発生しました。
見せ場のひとつ、ロンドンのリージェント・ストリートのダンスシーン(楽曲『Rock DJ』)のブレイクダウン。衣装モデルも細かな調整が求められたことが窺える。世界初の試みだという、ストリートを完全に封鎖して500人の観衆役エキストラを動員するという大規模の撮影となったが、当初の撮影日にエリザベス女王が逝去するというアクシデントに見舞われ延期することになった。そこで、リスケされた日にちまでの期間を使い、Wētā FXは撮影部や振付師らと協力してプリビズを作成。再集合した監督とスタッフたちはその映像を分析、編集し、実写とCGがより複雑に絡み合うプランへとブラッシュアップしたというFilmed on-location at London’s Regent Street and in Melbourne, the ambitious oner shot in Better Man was brought to life with 5 digital costume changes, 5,334 frames and 500 dancers over 4 evenings#WētāFX #VFX #BetterManMovie pic.twitter.com/TZyrLwqmxk
— Wētā FX (@WetaFXofficial) January 29, 2025
——Wētā FXでは、ショットワークに入ってからもこうしたモデル修正は日常的に行われているのですか?
宮澤:
プロジェクトやスーパーバイザーの方針にも依りますが、より良い表現に仕上げる上ではどうしても必要になりますね。
——このプロジェクトで特に大変だった衣装を教えてください。
宮澤:
作品をご覧になった方には大変さが伝わりづらいと思いますが(苦笑)、赤色のアディダスのジャージに苦労しました。
諸事情から別のモデルを作り替えるかたちで対応する必要があったのですが、元のモデルと袖の形状が根本的に異なるため、アニメーションへ対応させる上でパターンの余計な部分をカットする必要がありました。
その修正を行う際も、テクスチャやシェーダに影響を及ばないようにする必要もあったりと、色々な工夫をしました。

——ロビー・ウィリアムス本人が着ていた衣装を再現するのと同時に、サルのキャラクター用に仕上げる必要があったと思います。リアルな人間とサルでは、骨格など似て非なる部分がありましたか?
宮澤:
当初に心配していたのは、サルの体毛と衣装モデルが干渉することでした。ですが、衣装は身体から3〜4ミリ空けて作成するので大丈夫でしたね。アニメーション作業の際も、余計な毛はハイドすることで問題なく対応できたみたいです。
人間とのちがいでは、首元と胸周りが大分異なります。その辺りは気をつけながら作成しました。今回のサルの方が、首が太くてなで肩です。胸板もかなり厚いので、人間なら自然に入るはずのシワが見えないこともよくあったので、自然なシワが入るようにパターンを調整しました。
ただ、こうした調整は『アバター』のナヴィ族や『アリータ:バトル・エンジェル』のヒロインとかにも共通するものです。このプロジェクトだから特に苦労したというわけではありません。

——最後に、CGWORLD読者に向けてアドバイスをいただけますか?
宮澤:
具体的なアドバイスではありませんが(苦笑)、CGも色々な分野があるので自分が好きなことを、自分の中で一番上手くできると思うものに取り組むことが結果的に、上達への近道かもしれません。
好きだからやっていて楽しいでしょうし、長く続けられるはずです。好きな分野へ進むとそのうちに花が開くと思いますよ。
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INTERVIEW & TEXT_NUMAKURA Arihito