『ソニック・ザ・ムービー』シリーズ3作目の『ソニック×シャドウ TOKYO MISSION』マーザ・アニメーションプラネット(以下、マーザ)はエンドクレジット中に挿入される「森の死闘」を担当。USD(Universal Scene Description)を中核に据えた新パイプラインを本格導入し、短期決戦に挑んだ。本記事では全3回構成でその舞台裏に迫る。第1回では、USDパイプラインの立ち上げと短期制作の裏側、予期せぬ仕様変更や各工程の並列進行などについて解説する。

記事の目次
    ※本記事は月刊 『CGWORLD + digital video』vol.325(2025年9月号)掲載の「USDパイプライン最前線 マーザが挑んだ"森の死闘"映画『ソニック×シャドウ TOKYO MISSION』」を再編集したものです。

    INFORMATION

    映画『ソニック×シャドウ TOKYO MISSION』

    公開:2024年12月27日
    上映時間:110分
    監督:ジェフ・ファウラー/提供:パラマウント・ピクチャーズ/協力:セガサミーグループ/制作:オリジナル・フィルム、マーザ・アニメーションプラネット、ブラー・スタジオ

    sonic-movie.jp

    「USDならではの考え方」に慣れるまでがとにかく大変だった

    ーー本作でのマーザの役割を教えてください。


    坂本知万氏(以下、坂本):マーザが担当したのは、エンドクレジットの途中で挿入される森の中のバトルシーンと、エンドクレジット後のラスト2ショットです。全体で36ショット、2分弱ほどの尺でした。大団円後の"オマケ"的な扱いではあるものの、ソニックがメタルソニックの集団に襲われ、エミーが助けに入るというシリーズの今後に関わる重要な内容でした。

    ▲映画『ソニック × シャドウ TOKYO MISSION』第1弾予告編

    柳澤英孝氏(以下、柳澤):クレジットに掲載されているだけでも、74人のスタッフが参加しています。ショット数は1作目の約70ショットに比べれば少なかったのですが、制作期間が4ヶ月ほどしかなかったため、短期間の中で人員を縦に積むような体制をとりました。

    ▲左から、Environment SV・永田浩司氏、Animation SV・坂本知万氏、Production Manager・柳澤英孝氏、Character Modeling SV・鴻巣 智氏、Compositing SV・吉沢康晴氏、Pipeline Engineer・ハン・ソヨン氏、Lighting SV・松田拓郎氏、CFX SV・森永健太氏、USD SV・安部 清氏、Production部 副部長・三田弘明氏。Lighting TD・塚本和也氏は写真非掲載

    三田弘明氏(以下、三田):制作スケジュールがタイトになった背景には、ハリウッドの脚本家や俳優組合のストライキによる撮影の遅延がありました。また、ジェフ・ファウラー監督や、ヘッドスタジオであるパラマウント・ピクチャーズ(以下、パラマウント)は本編の制作で手一杯だったこともあり、エンドクレジット後の演出確定が後ろ倒しになったという事情があります。2024年7月の制作開始時点で、すでに時間的余裕はほとんどありませんでした。


    ーー本作における、最大の挑戦は何でしたか?


    安部 清氏(以下、安部):何といってもUSDベースの新しいパイプラインを導入したことでした。それ以前にも、トンコハウスとMegalisが主導した『ONI ~ 神々山のおなり』(2022)でUSDに初めて触れた経験はあったのですが、当時は「これからUSDが普及するのでは」と思ったものの、実際には大きな進展はありませんでした。それが今回、一気に本格運用というかたちで現場に降ってきたんです。シリーズ2作目までは「支給したアセットを、各社で適宜加工して使ってね」という感じだったのが、本作からパラマウントによるアセット管理が一元化され、「このUSDアセットをそのまま使ってね」という方針に変わりました。本作の制作に先駆けて、2023年2月に『ナックルズ』(Paramount+配信のスピンオフドラマ。2024年4月公開)のアセットがUSD形式で支給され、「本編もUSDになるな」と察し、急いで社内にタスクフォースを組んで準備を進めました。結果的に、USD対応を優先せざるを得ず、本来配置すべきCG Supervisor(以下、SV)を立てることができず、私がUSD SVという、本作限りのポジションを名乗ることになりました。Lighting TDの塚本和也や、岡崎頌平さん(元マーザ所属。MegalisやWētā FXを経て現在フリーランサー)などにも助けてもらいながら、膨大なマニュアルと格闘して、なんとかかたちにできました。


    塚本和也氏(以下、塚本):海外ではUSDの導入がかなり進んでいる一方で、国内ではまだ事例も少なく、運用のノウハウが非常に乏しい状況でした。しかも、海外の大手スタジオが数年がかりで整備してきたUSDパイプラインを、私たちは1年ちょっとで実現させなきゃならない。正直、最初は「無理じゃないか」と感じたほどです。ポリフォニー・デジタルが公開している資料や、SideFXが2023年春に公開したSolaris/USD関連の公式チュートリアル動画などを参考にしながら、どうにか運用設計をしていった感じです。

    ーー具体的には、何が課題となったのですか?


    安部:まず挙げたいのは、「USDならではの考え方」に慣れるまでがとにかく大変だったことです。MayaやHoudiniでの常識が通用しないことが多くて、頭を切り替えるのに時間がかかりました。Pixarが長年かけて整備してきただけあって、USDには豊富な機能が用意されているのですが、それを「好きに使ってください」と渡されても、どう運用すればいいのか本当にわからない。本作ではソニックなどの主要キャラクターに関しては、パラマウント仕様のUSDアセットが提供されましたが、正直なところ「これが正しいんだ」と信じるしかなかった。マーザ側で用意することになったメタルソニックなどのアセットも、その仕様を踏襲して設計しました。ただし、シーン全体をどう組み立てるかはマーザ側で考える必要があったので、従来の自社パイプラインとのすり合わせも含めて、かなり頭を悩ませましたね。


    塚本:USDは「柔軟性が高い」というのがメリットなんですが、言い方を変えれば「何でもできてしまう」んですよ。そのぶん選択肢が多すぎて、自分たちのパイプラインやワークフローにとって最適な道筋を見つけるのがとても難しい。Pixarのリファレンスを見ても、実際の現場でどう応用すればいいのかはなかなか想像がつかなくて......。ネットで調べても、ピンポイントでほしい情報にはたどり着けません。結局、スタジオごとにベストプラクティスを手探りで見つけていくしかないんだろうなと感じました。今回のようにUSDを導入しながら、MayaやHoudiniベースの従来のワークフローも並行させるかたちだと、切り替えや整合性の部分でかなりの労力がかかります。あと懸念しているのは、USDに対して「便利なもの」というイメージだけが先行して、国内で魔改造されたデータが広まってしまうことですね。これは本当に運用の破綻を招く危険性がある。SolarisでUSDデータを読み込んだときにどう組み上がるのかは、事前に完璧には予想できませんし、「動いているからOK」としてしまうと、後々でトラブルになることもある。USDは奥が深いだけに、使いこなすには慎重な設計と運用が必要だと実感しました。

    マーザ担当の全36ショット

    本作でマーザが手がけたショットは全てフルCGとなっており、実写の役者や背景と合成するショットは含まれていない。シリーズ1作目では実写との合成も担当したが、今回はCGワークに集中するかたちとなった。

    ▲マーザ担当の全36ショットを表示した、Flow Production Trackingの作業画面

    各工程が並列で動けてしまうUSD環境ゆえの、アドリブの多い現場

    ーーパラマウントから提供されたアセットの詳細を教えてください。


    安部:基本的には提供アセットを活用する想定でいましたが、エミーのハンマーは、急遽マーザが制作することになったんです。当初は海外のスタジオが制作していたのですが、ジェフ監督や、本作全体のVFX SVであるゲド・ライトさんからのフィードバックを受けながら、最終的にはマーザでデザインから最終モデル制作まで一貫して対応することになりました。最初に提供されたハンマーは、かなり"攻めた"デザインで、ロケットのように飛んでいきそうな形状だったんです。ただ、ジェフ監督はやり過ぎだと感じたようで、「もっと落ち着いた方向性にしてほしい」と変更の指示が入りました。そこでマーザのArt SVの梅田年哉が中心となって、ビジュアルトーンの引き算を行いながら、ブラッシュアップしていきました。最終的なハンマーのアセットが完成して、ショットに組み込まれたのは8月頃です。想定外の対応でしたが、チーム全体で協力してなんとか間に合わせることができました。

    森永健太氏(以下、森永):完成目前のショットが突如オミットされ、演出変更に合わせてアセットをつくり直すケースもありました。代表例は、エミーのフード付きポンチョのデザイン変更です。もともとはフードを被る予定はなく、ポンチョの丈も短めだったんです。でも途中から、「顔を隠した上で、ポンチョをなびかせたい」という要望が出て、ストーリーボードも変更されました。それに合わせてフードの形状やポンチョの丈の長さを調整することになり、モデル、アニメーション、CFXの3セクションで急ピッチの修正対応が求められました。CFX側でパラメータを調整した上でシミュレーションをかけてポンチョの丈を伸ばし、仕上がったデータをモデラーが整えるといった、かなり即興的なワークフローで対応しました。仕上げたショットをジェフ監督に見せて、OKが出たときには本当にホッとしましたね。


    鴻巣 智氏(以下、鴻巣):モデル修正のために私が呼ばれたのは8月末だったんですが、ショット制作が進行中にもかかわらず、アセットが未完成というなかなか厳しい状況でした。「この段階でモデルを直すの?」って正直、驚きました(笑)。エミーのルックデヴも、その時点でまだ終わっていなかったんですよ。Solaris環境に慣れていないモデラーが多かったので、安部がマテリアルの調整をして、それを私が確認してといった、非常にアドリブの多い現場でしたね。これも、各工程が並列で動けてしまうUSD環境ならではの特性だと思います。


    安部:大手スタジオを前提としたスピード感を求めるパラマウント側と、中規模スタジオであるマーザとの間で、認識のギャップがあったのも事実です。彼らの感覚だと「このくらいのスピードでやれるでしょ?」という前提があったと思うのですが、私たちにとっては想定以上の負担でした。正直、毎日が綱渡りでしたね。

    マーザが制作した、森の死闘シーンのカラースクリプト

    本作のショット制作は、パラマウントからストーリーボードとプリビズが提供され、それを解釈した上でマーザが最適なカラースクリプトやレイアウトをジェフ監督、およびパラマウントに提案するというながれで進められた。その作業と並行して、アセットの調整も行われた。

    ▲カラースクリプト
    映画『ソニック×シャドウ TOKYO MISSION』No.2は、9月2日(火)に公開します。
    © 2024 Paramount Pictures Corporation and Sega of America, Inc. All Rights Reserved.

    INFORMATION

    月刊『CGWORLD +digitalvideo』vol.325(2025年9月号)

    特集:セガの現在地
    定価:1,540円(税込)
    判型:A4ワイド
    総ページ数:112
    発売日:2025年8月8日

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    TEXT&EDIT_尾形美幸/Miyuki Ogata(CGWORLD)
    文字起こし_遠藤大礎/Hiroki Endo
    PHOTO_弘田 充/Mitsuru Hirota