今年3月に公開された相鉄・東急直通線開業記念ムービー『父と娘の風景』。父親役にオダギリジョー、娘役に山﨑天(櫻坂46)が出演し、さらに、小学生から高校卒業までの親子の2人の複雑に変化する関係を総勢50人の父娘キャストが演じている。
約2分半におよぶ映像はワンカットで撮影され、その不思議な映像演出は心温まるストーリーと相まって、大きな話題を呼んだ。6月には世界最大規模の広告祭「カンヌライオンズ国際クリエイティビティ・フェスティバル2023」での受賞も果たしている。今回はこの『父と娘の風景』制作を3DCGの面から支えたslantedに話を聞いた。
相鉄線の車両や駅を3DCGで再現、相鉄東急直通記念ムービーを縁の下から支えるCGワーク
オダギリジョー氏と山﨑 天氏(櫻坂46)が父と娘役で主演を務めた相鉄東急直通記念ムービー『父と娘の風景』は、神奈川県内を走る相鉄線と東急線が2023年3月18日から相互直通運転を開始したことを記念して制作された148秒のPR映像作品だ。小学生から大人になるまでの12年間の娘の成長のようすを、電車内での父親との距離感で描き出した。
本作の特徴は父娘の12年間の関係性の変化を1カットのカメラワークで描き出していること。それを実現するためには3DCGが不可欠だった。
監督を務めた柳沢 翔氏は過去にも、相模鉄道『100 YEARS TRAIN』(2019年)で車両を舞台にセンチメンタルな物語を描き、ポカリスエットCM『でも君が見えた』(2021年)で大胆な1カットカメラワークの映像をつくり上げてきた。
それらの映像づくりでCG制作のパートナーとなったのが本作でもCGワークを担当したslantedで、両者の信頼は厚い。CGディレクターを務めた山内 太氏は「当初は窓の外の景色だけを3DCGでつくるという想定だったので、大変な案件だとは思わなかったんです」と、企画初期のエピソードを語る。
しかし、演出や制作の検証を進めるなかで、撮影に必要となる25ブロックの車両を全て美術セットでつくることは予算的にも現実的ではないことがわかり、風景だけでなく車両と駅まで3DCGで制作することに方針転換され、slantedのワークは大幅に増大した。
制作にあたり、山内氏とスタッフは相鉄の操車場で取材を行なった。映像のなかで親子の時間経過とともに車両内部も変遷していっているため、11000系、9000系リニューアル、21000系の車両をそれぞれ3Dスキャン。これらの車両と停車する西谷駅のプラットホームをモデリングアーティストの小國智仁氏とリードCGアーティストの大塚和樹氏がつくり込んでいった。
また、大塚氏は窓外の風景の四季の移り変わりも制作している。このほかプリビズ制作にも3DCGが活用されており、映像を自然に見せるためのさまざまな演出を3DCGが縁の下で担っている。
相鉄・東急直通線開業記念ムービー『父と娘の風景』ブレイクダウン
ブレイクダウン映像(下)。完成映像はまるで実物の車両で撮影されたかのようなルックだが、実際にはグリーンバックのセットで撮影されている。一部の備品のみ美術セットで、大部分は3DCGでつくられていることがわかるだろう。オダギリ氏が降りる西谷駅や窓から見える風景も3DCGだ。
「企画当初は3DCGが必要な箇所はあまり多くなく、車両も大部分を美術セットで撮影する予定でしたが、テスト撮影などを重ねるうちに車両や駅、窓の外の風景、さらに車両内に落ちる影など、3DCGで表現する部分が増えていきました」とプロダクションマネージャーの上田篤志氏。
柳沢監督とslantedの間に強い信頼関係があったことに加え
相鉄線の車両の制作
まさに実車と見紛う車両内部のCGモデル。ちがいと言えば吊り広告の有無と、車窓の景色ぐらいしか見当たらないほどそっくりにつくられており、ライティングもナチュラルだ。
操車場では2日間かけて内部写真を隅から隅まで撮影し、3Dレーザースキャナー「Leica RTC360」、「Leica BLK360」でスキャン。小國氏が2ヵ月ほどかけて作成した。
山内氏は「取材から2週間ほどで、写真やデータをもとに大まかな形をつくり、質感を与えます。この段階で一度、柳沢監督や相鉄さんにお見せしたのですが、その時点で全員から『車両CGに一切の不安はない』と言っていただけたほど、初期段階から完成度が高かったです」と話す。
使用DCCツールはMayaとNuke、Substance Painter。レンダラはArnold。
オダギリ氏と山﨑氏が並ぶ21000系のドア付近(下画像)。他の車両のドア部分は実際のものより小さめにつくられているが、ここだけは実車と同様の幅でつくられている。椅子の端のアクリル製衝立、窓の形や吊り革、バーなどがほかの2車両との大きなちがいだ。
「世の中に完全な直線や完全な曲線は存在しません。直線のつもりで作っても、ほんの少しだけ歪んでいます。現実世界のそれをいかに3DCGでも表現することができるか。そこに気づいて作り出せたことがこの映像制作において3DCGの評判が良かった理由だと思います」(山内氏)。
車両モデリングの完成度の高さを端的に示すのは運行図の部分(下画像)。用紙がたわんでいるところに注目してほしい。杓子定規に設計図通りにモデリングをするとこの用紙は天井部に沿って貼り付いたような図になってしまう。
「実際に撮ってきた写真では、この円弧よりも上の方が少しだけ長く、たわんでいたんです。そうしたディテールを取材で発見し、モデリングで再現する。全てこうした発見と再現の積み重ねだと思います」(山内氏)。slantedがこれまで数多くの自動車のCM制作で磨き上げてきた冷静な観察眼と、細部へのこだわりがこの車両制作にも存分に発揮されている。
西谷駅の制作
駅のプラットホームも車両と同様に撮影写真をもとに3DCGで制作された。ロケハンの場所は、この度の接続で相鉄新横浜線の起点となる西谷駅。大塚氏は主に360度カメラRICOH THETAを使用し、相鉄の協力の下、乗客が少ない時間帯をねらって早朝に撮影が行われた。
駅の3DCG制作後に、当初は不要とされていたホームドアが必要になったため、反対側のホームと、オダギリ・山﨑両氏の会話交わされる場面で背景に映る場所にだけホームドアが追加された。
撮影時、電車を降りたオダギリ氏は、セットの構造上、すぐに姿が見えなくなった。しかし本来であれば、電車が進行した窓の外にホームを歩くオダギリ氏の姿が見える方が自然だ。そこで、降りたすぐの場所に3DCGで階段を設置し、整合性をとったという。
1カットで50人のキャストを撮影、3DCGを組み合わせるための試行錯誤
本作は1カットで撮影されるため、役者の演技やカメラワーク、車両の蛇行する様子など、全ての動きを事前に突き詰めておく必要があった。撮影スタジオには1秒ごとにカウントアップの音声がながれ、それに合わせて各人が動く。そのベースとなるカメラワークはプリビズでつくり込まれた。
「
1カット作品のため途中で切ることできず、最終的には1人の作業者がコマ単位での修正を手作業で行なった。従来の作品であれば撮影後の1~2週間でトラッキングが完了するが、本作の場合は2ヵ月間、完パケの5日前までレンダリングとトラッキングの確認をひたすら繰り返していたという。
トラッキングをしつつ、コンポジットも同時に進められた。slantedは実物の車両をレーザースキャンして正確な3DCGモデルを作成したが、撮影で美術部がつくったセットは演技の都合上、車両の幅を狭めていたため、3DCGもそちらにサイズをあわせて合成していった。
セットは基本的に全てがグリーンバックだが、撮影時にガイドとなるよう、5両に1両は座席やドア、吊り革などの備品や天井もつくられている。こうした実物がはさまることで、Nukeのノードもさらに複雑になったという。
セットと本番で風景が異なることによる影の調整や広告の貼り込みなど、コンポジットは最後までこだわりの作業が続いた。
車両の揺れを検証したプリビス
最初のプリビズをつくるにあたっては、柳沢監督が示した実写でのテスト映像から大塚氏がプリビズをつくり、打ち合わせ直後から撮影直前まで2ヵ月ほど何度もつくっては動きを探ることを重ねていった。特に車両が蛇行する動きを探るまでにはリテイクが多かったという。
撮影と美術に合わせた車両サイズの調整
撮影時は25ブロックの車両が用意され、これらを左右に動かすことで車両の揺れを表現。また、前述のようにその車両内は部分的に座席やドア、吊り革などの美術セットが設置された。ただ、ドアや吊り革などの備品があるのは5両に1つだけで、それ以外はグリーンバックの状態。slantedのレーザースキャナは高性能で、実物と寸分違わぬサイズの3DCGがつくられたが、これはら実施の美術の車両の幅に合わせて合成された。
マーカーの設置とトラッキング
一般的にマッチムーブをする際には、
撮影素材と3DCGのコンポジット①
下の動画は撮影した映像をオフライン編集したもの。オダギリ氏が退場してからの後半の背景は21000系の車両にする必要があるため、それまで見えていた過去の車両の背景の部分にグリーンバックの板を置いて後で合成している。
この板を置く作業もオダギリ氏にカメラが向いているわずかな時間で行なう必要があったため、撮影現場では直接映らないところにも緊張感があったという。
下の動画はグリーンバックに対して仮の車両データを配置した状態。床面に映る光はスタジオセットで焚かれた照明によるものだ。
実際の日光であればどの車両にも平行に光が当たるが、照明はセットの近くに設置するため、車両によって平行にはならない部分がある。3DCGで足すライティングは完全な平行がつくれるので両者のギャップをできるだけ減らすように心がけたという。
撮影素材と3DCGのコンポジット②
1カットで撮られているということは、データファイルも1つということ。レイヤーも多いためNukeデータも巨大になる。それに加えてガイドにするための実写が挟まるため、オールCGのファイルよりも構造が複雑になっている。
オダギリ氏の白髪をデジタルで追加
映像冒頭と最後の父親役はオダギリジョー氏。カメラがドリーアウト(前後移動)して次の父娘を映して見えなくなると、すばやく列車セットの外に出て先頭部に回り込み、12年後の父親役を再び演じる。
この間も1ショットのカメラは動き続けており、ネクタイの付け替えと白髪のウィッグを付ける10秒間しか時間が取れなかった。そのためそれ以上の白髪はポスプロで付け足しすことにし、撮影時にはトラッキング用のマーカーを頭に付けている。白髪足しはNuke XのSmart Vectorツールを使用した。
「カンヌライオンズ国際クリエイティビティ・フェスティバル2023」受賞、世界的に高い評価を得る
この作品は、6月に開催された世界最大規模の広告祭「カンヌライオンズ国際クリエイティビティ・フェスティバル2023」で「Film Craft」部門で2つの金賞と銅賞を、「Digital Craft」部門で銅賞を受賞している。
ほかにも世界中のCG・VFXメイキングを研究する著名なYouTube番組「Corridor Crew」(※ロサンゼルスに拠点を置くプロダクションスタジオ「Corridor Digital」のスタッフによるVFXトーク番組)のなかで採り上げられ(2023年7月時点で102万回再生)、1カットで撮られたことに「信じられない!」と驚愕されるなど、国内のみならず世界中で感動を呼んでいる。
従来、柳沢監督がオンライン編集にかける時間は1週間が上限だったというが、本作には2週間以上も費やした。slantedには自社内にオンライン編集室が用意されており、編集スタッフや山内氏、大塚氏らとともに籠もりきりになって質の高いものをつくろうと熱量を込めていたことが、先の結果に繋がったと言える。
山内氏は「親子の時系列を1カットで見せるアイディア自体がまず美しいですし、それを実現する演出を僕らの3DCGを使うことで表現できた。大変なプロジェクトではありましたが、やりがいもありましたし、携わったスタッフ全員で結果を出せた作品だったと思います」と、感想を話した上で、最後に「この作品は全ての要素がピタッとハマった感じがします」と総括した。
TEXT_日詰明嘉 / Akiyoshi Hidume
EDIT_山田桃子 / Momoko Yamada 、海老原朱里(CGWORLD編集部) / Akari Ebihara