10月13日(金)に劇場公開される『大雪海のカイナ ほしのけんじゃ』。今年1〜3月に放送されていたTVシリーズ『大雪海のカイナ』と同様、ポリゴン・ピクチュアズ40周年記念作品として制作された。本作ではTVシリーズの続編として、主人公のカイナやリリハたちが水源となる「大軌道樹」へと向かう物語が描かれる。
今回は劇場公開に先駆け、特別にメイキングを3回に分けて紹介する。第2回目は、作品の表現はもちろん効率化にも大いに貢献したセットアップ、そして本作の壮大な世界観を演出する美術について解説しよう。
関連記事
劇場公開記念! 弐瓶 勉×ポリゴン・ピクチュアズ最新作となる『大雪海のカイナ ほしのけんじゃ』メイキング〜(1)プロジェクト概要篇
Information
アニメーション作業をスムーズにするセットアップ
河野 舞氏
リギングスーパーバイザー
キャラクターモデル全体のリグは、PPIのセルシェーディングの作品では標準的な仕様のもの。本作に合わせて調整したベースを各キャラクター用に改変してセットアップを進められた。リギングスーパーバイザーの河野 舞氏は「本作のリグには約1ヶ月かけました。服によって複雑さが変わってくるので、メインキャラクターは個々に調整しましたが、モブの服は似通っているものが多いので、それらは流用して進めました」と話す。
各キャラクターに対して、必要なしくみはひと通り組み込みつつも、盛り込みすぎて重たくなることがないよう配慮されている。なお、アニメーション作業中にコントローラが足りない場合には、コントローラを後付けするシステムも用意されているので、各アニメーターが適宜それを利用している。
リグ構築時に頭を悩ませるのが「相貫(そうかん、複数の立体が交わる部分)への対応」だ。本作キャラクターの衣装は、体積の大きな防寒着など、アニメーション時に相貫する可能性が非常に高いデザインが多い。シンプルな対応としては、相貫する箇所を動かせるように多数のコントローラを付けることだが、この方法はアニメーターからの評判が芳しくない。そこで、できるだけ補助骨を設け、手などを動かす際に関連する補助骨を動かして、自動的に相貫を回避するようにした。
「キャラクターの服がモコモコこしているので、補助骨がたくさん必要になりました。ただ、こうしたしくみがあると、アニメーターがショットに使える作業時間が全然ちがってきます。アニメーション作業をスムーズにするための工夫はいつも欠かせません」(河野氏)。
顔のセットアップもPPIの標準仕様で、フェイシャルターゲットはメインキャラクターに39個、モブに6個用意した。眉下にも影が追加されており、コントローラなしでフェイシャルアニメーションに沿って動くが、各スタッフが必要に応じてコントローラを追加して動かすこともある。ちなみに、ショットワーク中にシワなどが追加で必要になった場合のために、Mayaでペイントしてシワを足すしくみも用意しているとのことだ。
髪、リボン、船の旗などはストランドで制御しているため、アニメーターが自身で揺れ表現を調整できるようになっている。本劇場版で登場する新キャラクターのビョウザンはマントを装着しているが、これもストランドコントローラで操作。ただし、コントローラでの制御が難しい動きはクロスシミュレーションで対応している。
補助骨による手と服の干渉回避
ボリュームのある服がアニメーション時に相貫してしまうのを避けるため、補助骨が設けられた。
キャラクターのセットアップ
新登場のキャラクター、ビョウザンのフェイシャルリグと、建設者のリグ。
エフェクトをあらかじめアセットに組み込む
アセットとエフェクトが一体化しているもの、例えば常に雪海の泡と共に映る船などは、アセットにあらかじめエフェクトを組み込んでおく。これは『シドニアの騎士 あいつむぐほし』(2021)でも行なった仕込み。ショット単位でのエフェクトの負担を軽減して、つくり込みが必要なエフェクトにリソースを集中するねらいがある。
大自然のエネルギーを描きだす背景美術
久保季美子氏
美術監督
TVシリーズのときから劇場相当のクオリティで美術制作を行なってきた『大雪海のカイナ』だが、本劇場版では、3DCG背景の割合が多くなっている。美術チームの工程などは変わらず、原図(背景セットアップ)チームが美術に合わせて3DCG背景を組み上げていった。
美術としての方法論や考え方についてはTVシリーズと同様だが、本劇場版ではさらに巨大な自然物を描くことになり、どうやって巨大に見せていくかに注力した。美術監督の久保季美子氏は、「TVシリーズのときから、自然のもつエネルギーや躍動感のようなものを、静止している美術からも感じられるような画づくりを目指してきました」と話す。重さや迫力を引き出すため、実写写真は参考にするだけでなく、テクスチャとして貼り込むことも行われた。自然の中で観察できる模様などをディテールとして背景に組み込んでいる。「生態系のパターンや模様を取り入れるよう意識しました。作品制作前に、美術チームで撮影した写真を使って、“人間が蟻になったような情景”を想像しながら描き込んでいます」(久保氏)。
また、巨大なものをただ大きく描くだけではなく、人間の視覚認識の特徴を活かして、空気感の演出や描写の粗密感を変えた空間描画も試みた。それは、全てを緻密に描くのではなく、人が視線を向けた先をしっかり描き、周囲は描写を抑えるという描き方。「突き詰めると、昔から描いているアニメ背景の考え方に回帰するのかもしれないですね。デジタルになってからは、背景も含めて全部をしっかり描き込んでしまおうというながれもあります。それが良い場合もありますが、やはり描くべきところは描いて、周りの描写は抑えるというアニメ背景の基本はこれからも変わらないのかなと思っています」と久保氏は話す。TVシリーズと比較して、キャラクター周辺はサイズ感に合わせて特に細かく描写し、大気のながれや空気感を強調。絵画や油絵の描き方も参考にし、空間を感じさせる美術を目指した。
久保氏は本作に携わったことをこうふり返った。「ここまで大きなものを描くというのは初めての試み。とても良い経験になりました。いろいろ考えながらの制作でしたが、楽しみながら取り組むことができました」。
美術チームによる色味共有のためのカラースクリプト
美術チームでも、色味を共有するためのラフなカラースクリプトを作成。前回紹介した石橋氏を中心に用意したカラースクリプトとは用途が異なり、こちらは純粋に美術の色味を共有するためのもの。TVシリーズ制作時にカラースクリプトと美術ボードが作成されており、本劇場版では新しい場面用のカラースクリプトが新たに追加された。
自然物のディテールを活かした巨大物の描写
TVシリーズでも巨大物の描写が大きなテーマだったが、本劇場版ではより巨大な対象物を描写するために苦心した。
『大雪海のカイナ ほしのけんじゃ』メイキング〜(3)BGセットアップ&エフェクト篇に続く。
CGWORLD 2023年10月号 vol.302
特集:『ポリゴン・ピクチュアズ40周年をふり返る』
判型:A4ワイド
総ページ数:112
発売日:2023年9月10日
価格:1,540 円(税込)
TEXT_岸本ひろゆき
EDIT_海老原朱里 / Akari Ebihara(CGWORLD)、山田桃子 / Momoko Yamada