ストップモーションアニメとして幅広いファンを獲得し好評を博したTVアニメ『PUI PUI モルカー』(2021)が、オリジナル長編CGアニメーションとして装いも新たに劇場に帰ってきた。その名も『PUI PUI モルカー ザ・ムービー MOLMAX』(2024)。制作手法は変われども、「モルカーらしさ」を存分に感じさせる可愛らしさのあるキャラクターやアニメーション、ユーモアたっぷりのストーリーは、従来のファンを満足させること間違いなしの仕上がりだ。CGならではの技術を駆使して本作をつくり上げたまんきゅう監督にメイキングの様子を聞くことができた。

記事の目次

    「モルカーらしさ」を表現するための“条件”とは?

    CGWORLD(以下、CGW):まんきゅう監督は『PUI PUI モルカー』が2021年に放送された当時、どんな印象をおもちでしたか?

    まんきゅう監督(以下、まんきゅう):「ものすごい天才が現れた!」と、TVシリーズ放送当時に強い衝撃を受けました。キャラクターが面白いだけでなく、世界観も緻密に練られていて、子供向けではありながらも大人が見てもすごく楽しめる。僕自身も大好きになった作品でした。なので、劇場版の監督を担当させていただけることになったときは、「いいの?」と、本当に驚きました。

    まんきゅう

    アニメーション監督。映画『すみっコぐらし とびだす絵本とひみつのコ』(2019)、TVアニメ『ミギとダリ』(2023)、TVアニメ『アイドルマスターシャイニーカラーズ』(2024)
    x.com/mankyu55

    CGW:まんきゅう監督は『映画 すみっコぐらし とびだす絵本とひみつのコ』(2019)や『ぷちます! -プチ・アイドルマスター』(2014)など、可愛くて等身の低いキャラクターの作品を数多く手掛けられてきたので、モルカーにも通ずるものがあるのかなと思ったのですが、いかがでしょうか?

    まんきゅう:そうですね。もともと可愛いものが好きで、トータル的にキャラクターが可愛く見えるように演出するのが好きですし、自分としても得意としていると思います。今回の制作会社のモンスターエッグさんも、サンリオの『ぐでたま』のアニメをつくったチームですので、安心して現場に入っていくことができました。

    CGW:作品づくりの方針はどのように考えましたか?

    まんきゅう:「コマ撮り(ストップモーションアニメ)の完全再現」をテーマとしていました。原案・総監修でもある見里(朝希)さんがつくった設定資料や美術造形などが収録された『THE ART OF PUI PUI MOLCAR』(2022/徳間書店)というアートブックがあるのですが、それが僕らのバイブルでした。

    コマ撮りとCGではもちろん表現手法は異なりますが、劇場で映画を観たお客さんたちが「コマ撮りを観ていたような感じだったね」という印象をもってほしい。そのためにルックに限らずお話やアニメーションにおいても、モルカーらしさをCGでどのように表現していくかを検討することが最初の入口でした。

    CGW:原案の見里さんは「原案・総監修」とクレジットされていますが、どのようなリクエストやアドバイスがありましたか?

    まんきゅう:見里さんはとても穏やかな方で、リクエストといえば「モルカーらしいハチャメチャなお話にしてほしい」ということと、「実際のモルモットと同じ知能指数にしてください」ということぐらいでした。このうち、後者がとても難しい条件でした。というのも、モルモットたちは食う・寝る・遊ぶしか行動原理がないので、あの子たちの知能指数では映画としてロジカルに話を展開させるのが難しいんです(笑)。

    そこでお話の大きな転換点にだけ、少し意思がある描写をすることを許していただき、そこ以外では彼らの好きな食べ物が行動原理になるような展開をつくっていきました。

    『PUI PUI モルカー ザ・ムービー MOLMAX』公式サイト
    2024年11月29日(金)公開
    配給:TOHO NEXT/原案・総監修:見里朝希/監督:まんきゅう/副監督:小林丸/脚本:柿原優子/音響監督:小沼則義/音楽:小鷲翔太/制作:モンスターズエッグ/製作:「PUI PUI モルカー ザ・ムービー MOLMAX」製作委員会/声の出演:つむぎ(モルモット)、糸(モルモット)、相葉雅紀、大塚明夫
    molcar-movie.com
    ©見里朝希/PUI PUI モルカー製作委員会

    CGW:設定からある種の作劇上の制約が生じたんですね。

    まんきゅう:はい。ほかにはドッジのドライバーにモルカーたちのナビゲート役を担ってもらい、彼らとともに冒険するような気分を観客には味わってもらえるように組み立てています。そのとき、ドライバーが新人だと観ている方も心配になってしまいますが、キャストは大塚明夫さんです。あのダンディな声で「いくぞ!」と言われると、安心して任せられるんですよ(笑)。

    CGW:ベンチャー企業がAI化モルカーの開発をするというストーリーも、劇場版らしいスケール感がありつつ、TVシリーズにもあった社会性が込められた内容でした。AIというモチーフはどのように思いつかれたのでしょうか?

    まんきゅう:TVシリーズ自体が社会問題を上手く採り入れていたり、映画のオマージュがたくさんあるなかで、この作品にどのようなものを込めようかというディスカッションがありました。僕らも映画好きなものですから、その中にAIというモチーフが出てきました。ちょうど見里さんからいただいたアイデアの中にもAIがありましたし、モルカーらしさもある。それにクルマとAIというモチーフは実際の社会でも採用が進んでいて、とても相性が良いものだと思い、「これしかないよね」と即決でした。

    CGW:大体、いつぐらいにAIというモチーフが決まったのでしょうか?

    まんきゅう:2年ほど前になります。ひとつ懸念はこの映画を公開するときに、AIというものが社会から忘れ去られてしまっていないかどうかだったのですが、そんなことはありませんでしたね(笑)。

    CGW:むしろAIによる影響はさらに大きなものになっていますよね。先ほど、「モルカーらしい」という言葉がありましたが、まんきゅう監督が考える「モルカーらしさ」や、見里さんから受け取ったモルカーの特徴はどんなものと言えるでしょうか?

    まんきゅう:これも見里さんからのご説明であったのですが、「モルカーはクルマなんです」という言葉で、これは自分としても衝撃でした。クルマ、即ち人間が移動するために使うツールですから、人間社会の問題や生活と密接に関わっているということが、お話を聞いて自分の中で明確になりました。

    僕も普段は運転をする人間ですが、クルマというものは実際には乗っている時間よりも駐車している時間の方が長いわけで、そう考えると人間の都合に振り回されている道具であるという見方もできます。そう思うと、モルカーへの見方がまた変わってきますし、加えて生き物としての要素があるので感情も乗ってしまう。モルカーというものは、そのバランス感が面白く、また唯一無二だなと思いました。

    羊毛フェルトでつくられたモルカーのイメージをCGに変換させるには?

    CGW:モルカーのモデリングやアニメーション付けについてはどのように進めていかれましたか?

    まんきゅう:モンスターエッグさんはこの映画の前に『PUI PUI モルカー もぐもぐパーキング』(2021)というスマートフォン向けのゲームを制作されていて、そのときにキャラクターモデルやアニメーションの動きを3ds Maxでつくられていたので、それを利用させていただき、このアニメーション用に調整を加えていきました。その点では演出の部分に集中することができました。

    CGW:羊毛フェルトでつくられていたモルカーの柔らかさを、見事にCGで再現されていることにも目を見張りました。

    まんきゅう:最初のルック開発のときにいろいろとテストを重ねました。アウトラインのエッジを立てることで、ジャキジャキしたフェルトの感じを出しています。ラインが載る前は本当にカクカクしたローポリなのですが、ラインを載せて撮影の処理が加わることで上手く柔らかさを表現することができました。

    CGW:モルカーたちの動きについてはいかがでしょうか?

    まんきゅう:特に注意したのは左右対称にならないようにしたことです。CGはどうしても左右対称につくりがちなのですが、TVシリーズにあったフェルトのアナログ感がそこで損なわれてしまいますので、アシンメトリーにするようにお願いをしました。

    ほかにも信号待ちをするときに、普通のCGのクルマであれば綺麗に垂直に止まるのですが、モルカーたちはちょっと傾かせて生き物感を出したりしています。これは見里さんから伺ったのですが、コマ撮りをしていると湿気や重みでフェルトがだんだんと沈み込んで、動きが硬くなってしまうそうなんです。そのあたりもCGで再現できるよう、ルックの開発にはこだわりました。

    CGW:逆にAIモルカーたちはややメカっぽく仕上げていますね。

    まんきゅう:そうですね。あえてツルッとした感じで、動きも含めて普通のクルマに近いです。ただ、カノンはプロトタイプのAIモルカーなので、もうちょっとアナログにして、モルカーとAIモルカーの中間にしていますし、動きも特殊なかたちになっています。

    CGW:モルカーが驚いたときの表情であったり、人間キャラクターの動きも人形コマ撮りのような動きをシリーズ同様に表現されていて、違和感なく見ることができました。

    まんきゅう:そのあたりはこの作品で副監督を務めている小林丸さんのなせる技ですね。制作スタートのときに、CGのモルカーが『トランスフォーマー/ビースト覚醒』(2023)とコラボした映像がつくられたのですが、僕はあれを見た瞬間に「勝った!」と思いました。本当に素晴らしいセンスでした。

    この映画でもドッジのドライバーがゾンビに追いかけられているシーンで、両足でタカタカ走っていて、それはそれでとても良かったのですが、小林丸さんは片足で引っかかるような動きになるよう、セルフリテイクしてつくってくださいました。僕もレイアウトアニメーションなどのチェックはしているのですが、もう自分以上にコマ撮りアニメの動きを作品の中に込めてくださって、感謝しかありませんね。

    CGW:モルカーたちはフォルムやパーツも限られているなかで、どのように芝居付けやそれぞれのキャラクターの個性を表現していきましたか?

    まんきゅう:これもベースは小林丸さんが全てつくってくれたのですが、さらにそれぞれのカットでのアニメーション芝居で表現しています。例えばポテトの特徴は優しさですから、カノンを気にかける仕草で表現をしています。こうした動きを入れたのはポテトだけです。

    テディは食いしん坊なところを立たせたかったので、ペレットを入れていた箱まで食べてしまったりしています。チョコはオシャレな子なので、花柄のサングラスを身に着けています。シロモは相変わらずの不幸体質なので、全編通じてピンチになる機会が多かったり、アビーは『魔法天使もるみ』を見て変身するとか、従来のTVシリーズにあったそれぞれのモルカーたちが個性的に見えるようなエッセンスを、この劇場版でもそこかしこに込めています。

    あとは今回の特徴として、リムライトを使っています。モルカーたちが何を考えているかがわかりづらいので、その感情を色で表現することで、観客の方に感じてもらえるように工夫をしています。これは初期段階から考えていたことで、上手く機能してくれたと思います。

    CGW:背景美術の方はいかがでしょうか?

    まんきゅう:コマ撮りのアニメでは背景の建物も実物をつくるわけですが、そこに手づくりならではの多少の歪みが生じます。それが良い感じのゆるさや味、温かみになっていると感じました。今回の美術に関しても、あえて建物を水平につくらないようにオーダーをして、手づくりの感じを2Dアートで再現していただきました。美術ボードの塗りに関しても、手で塗ったような感じがほしかったので、汚しのようなタッチを入れていただき、その結果、独特のルックに仕上がりました。リアル調ともセルアニメ調とも異なる、コマ撮りアニメをCGで再現した新しくも面白い画づくりができたと思います。

    積み上げられ研ぎ澄まされたアイデアを限界まで組み込む制作スタイル

    CGW:本作の制作現場ならではの特徴としてはどのようなことが挙げられますでしょうか?

    まんきゅう:モンスターズエッグさんの現場では、できるだけライトにつくることを重視されていました。これはもちろん手を抜くという意味ではなく、何か問題点や改善すべき点が発生したときに、きちんと後戻りをしてつくり直せる体制であるという意味です。制作のスピードも非常に早く、後から追加したカットもあったのですが、朝に追加の絵コンテを送ると夜にはレイアウトが上がってくるくらいのスピード感でした。

    CGW:非常に柔軟な対応ができる制作体制だったのですね。

    まんきゅう:そうですね。その結果としてシーン自体の取捨選択も柔軟にできましたし、さらに見里さんからのアイデアをどのように入れ込むか検討する時間もきちんとることができました。せっかくの面白いアイデアなのに、工数的に無理となってしまってはもったいないですからね。箱や筒などのモデルは、ほかのアニメではレイアウトモデルとされるくらいのローポリです。けれど、だからこそ追加カットなどにも対応していただくことができました。

    CGW:作品づくりのためのコミュニケーションが密に取れている現場だったのが伝わってきます。

    まんきゅう:みんなが思ったことをすぐ言えるような風通しの良い現場でしたね。見里さんからイメージを出していただいたりもしましたし、それをプロデューサーを含めた現場のみんなで相談しながらひとつずつ決めていきました。

    脚本の柿原(優子)さんにはそれらを上手くまとめていただいて、見里さんに監修していただいてフィードバックが戻ってくると、またみんなでアイデアを揉む。そうしたキャッチボールを繰り返して研ぎ澄まされていく現場でした。ゼロからの作品づくりだったので、全部のシーンにたくさんのアイデアが詰め込まれています。

    CGW:そんな制作現場ならではのエピソードがありましたら、教えてください。

    まんきゅう:脚本をフィックスしてコンテもほぼ出来上がってから、またお話の部分をつくり直すことがあったりして、「この作品は本当に完成するのだろうか……?」と思ったこともありました(笑)。それでも面白いものをつくろうとする現場の熱気がありました。

    モンスターズエッグのプロデューサーである奈良岡(智哉)さんも、普通のプロデューサーだったら怒るようなことでも「もっと面白くしましょう!」とおっしゃってくれました。僕自身ポジティブな性格なのですが、それに輪をかけてハッピーな性格なんですよ(笑)。一方で、副監督の小林丸さんは冷静に、「面白くなるならやりましょう」というタイプ。終盤のとある見せ場のシーンなのですが、見覚えのない映像があったんです。そうしたら小林丸さんがサラッと「つくっておきました」って、僕がそれを観たのはアフレコ現場ですよ!?(笑)。

    CGW:ギリギリのタイミングに新しい映像が……?!

    まんきゅう:またそのシーンがバッチリ決まっていて格好良いんですよ(笑)。おそらくモンスターエッグさんの中でディスカッションがあって、方向性が決まったけど、僕や里見さんを待っていたら時間がないから強行したのではないかと(笑)。

    奈良岡氏:(※取材に同席していた奈良岡氏より、フォロー)あのシーンは僕が相談を受けました。僕からも「さすがにこのタイミングで新規設定をつくるのは厳しいのでは」と言ったのですが、小林丸さんは「これはまんきゅう監督も見里さんも絶対に首を縦に振ります。これがモルカーなんです」と、ねじ込んできて、実際その通り初見でOKとなりました。

    まんきゅう:厳密に言うと「表情をもうちょっと気合を入れた目にしてほしい」と言ったら、小林丸さんが「それはすでにリテイク予定です」と。もう、さすがとしか言えません。CGアニメーションは特に最初のセッティングが大事なので、まず設定からしっかりつくり込んで、そこからクオリティを上げていくのが一般的なのですが、あのタイミングで新規に設定をつくるとは、震えましたね。

    アニメーション制作は苦労を吹き飛ばす面白さがあるからやめられない

    CGW:見里さんから引き継ぐ部分もありつつ、世界観も含めて本作を制作した経験を監督としてどうふり返りますか?

    まんきゅう:僕は原作があればその良さをどうやったら引き出すことができるかを考える方で、あまり自分の色を載せたいと思うタイプではないと考えています。その意味で制作期間中、思い切り「モルカー」と向き合えたと思っています。

    モルモットがいる動物園にも通って、そこで実際に触れ合ったりすると、飼育員さんがそれぞれのモルモットの名前や性格、生態を教えてくれたりもしました。そうした経験を重ねると鳴き方のちがいがわかってきたり、知識も増えたりしてモルモットやモルカーの要素が身体に入ってきて、とても楽しい時間を過ごさせていただいたという気持ちでいっぱいです。

    CGW:CGWORLDの読者であるクリエイターや学生に向けてメッセージをお願いします。

    まんきゅう:では学生さんに向けてお話します。アニメづくりというものは、95%ぐらいは大変なことしかありません。でも、残りの5%がめっちゃ楽しいんですよ(笑)。企画がスタートしてプリプロに入って、1年後くらいに現場の作業がスタートして、美術やキャラクターモデルが出来上がって、アニメーションが付いて物語として動き出した瞬間、それまでの苦労を吹っ飛ばすような感動が湧き上がります。僕も20年近くアニメーションをつくっていますが、未だにそれがあり続けます。

    学生さんたちはこれからさまざまな作品をつくっていくと思いますが、ものづくりというものは『何でこんなつらいことをやっているんだろう』と思いながらも、いつになっても感動的で、刺激的で、最後の最後でやっぱり楽しいと思ってやめられない。そういう仕事ですので、ぜひつくり続けてほしいなと思います。

    CGW:激励しつつも温かいメッセージをありがとうございます。

    TEXT _日詰明嘉/Akiyoshi Hizume
    PHOTO_弘田 充 / Mitsuru Hirota
    EDIT_海老原朱里/Akari Ebihara(CGWORLD)、山田桃子/Momoko Yamada