2026年7月よりTV放送、およびNetflixにて世界独占配信が開始されたアニメ『二十世紀電氣目録-ユーレカ・エヴリカ-』。現実とは異なる進化を遂げた20世紀初頭の京都を舞台に、蒸気機関のみが発達した世界で、電氣の時代を夢見た少年少女の冒険奇譚が描かれている。
そんな本作の特徴は、印象派絵画を思わせる挑戦的な美術背景だ。今回はこの美術背景について、京都アニメーションの制作スタッフを取材した。「新しいものを届けたい」という制作スタッフたちの想いはいかにして表現されたのか。数回にわたり解説する。
Information
2026年7月5日よりABCテレビ、TOKYO MX、テレビ愛知、BS11にて放送中。Netflixにて世界独占配信中。
denkimokuroku.jp
©結城弘・京都アニメーション/明滋電氣商工会
Staff
監督・太田 稔氏(京都アニメーション)、美術監督・高山真緒氏(京都アニメーション)
「楽しい地獄にしよう」、京都アニメーションが挑んだ新しい画づくり
7月より放送が開始された『二十世紀電氣目録-ユーレカ・エヴリカ-』は、表現力豊かなアニメーションや美しい画づくりで知られる京都アニメーションの最新作だ。挑戦的な試みが随所に見られ、例えば、現在までに放送された第1話から第5話までのオープニング映像が毎話数異なっている点からも力の入れようが伝わってくるようだ。
監督を務める太田 稔氏にとっては、本作が初監督作品となる。太田氏の最近の実績としては『CITY THE ANIMATION』第5話の演出を担当するなどし、その自由すぎる映像表現が視聴者に大きなインパクトを残してきた(未見の方はぜひご覧いただきたい!)。
city-the-animation.com
©️あらゐけいいち・講談社/CITY THE ANIMATION 製作委員会
「この企画が動き出したときに、『必ず何か新しいものを、どんなに小さくても視聴者に届けよう』という目標を掲げました。その目標の下で、予想のつかない物語であったりとか、印象派絵画風の美術であったりとか、そういった挑戦がどんどん生まれてきた作品です」と語る太田氏は、キャラクターづくりや画づくりなど様々な面で“既視感のあるアイデアはなるべく排除する”という姿勢で本作に取り組んできたという。
「新しい映像体験をつくる」というモチベーションのもと、最初に思いつくアイデアや手法を採用するのを良しとせず、2案・3案と踏み込み続けるという、非常に根気が求められる取り組みを続けた。「“これまで通り”でできることがかなり少ない作品で、苦しくなるのは当たり前だろうと覚悟を決め、本制作が始まる際の打ち合わせでは『楽しい地獄にしよう』と宣言しました。本当にクタクタになりましたね(笑)」(太田監督)。
そうした本作の数ある斬新な取り組みのひとつが、“印象派絵画を思わせる”美術背景だ。作中に漂う閉塞感や陰湿さといった空気と、それによって引き立つキャラクターたちの活力。さらに、暗い中にも世界の美しさを表現する、という難題を言語化する中で、ぱっと思いついたのが“印象派絵画風”というキーワードだったという。ちなみにこのキーワードは作品世界を表現するために用いられたもので、実際の印象派絵画をゴールとしたわけではない、という点は補足しておきたい。
「こういうタッチにしよう、という方向性は比較的早く掴めたのですが、キャラクターを乗せた上での調整など、アニメーション作品として成立するまでには、かなり様々な試行錯誤がありました」と美術監督・高山真緒氏は語る。特に重要視されたのは「絵画的な筆のタッチを残す」ことと、「絵の具で描いたような複雑な色の重なり」を意識することだった。
あえて筆の跡を残し画面に躍動感を出していくのがねらいだったが、荒いタッチの美術にキャラクターを乗せると背景の情報量が多くなり、キャラクターよりも目立ってしまうことも。そのバランスを取るため、時間を要したという。
「風や光の方向を意識してタッチのスピード感を変え、それこそ印象派の一瞬を捉えたようなイメージをつくれたらと。観てくださる方にも面白い・楽しいと思ってもらえるような、期待を裏切らない作品にするというのを第一に考えながら、その上でTVアニメーションとしての限界まで突き詰める挑戦を続けました。後半になるにつれて描かれる場所も増え、美術背景もかなり見応えがあると思います」(高山氏)。
「第1話は、映像が完成した後にさらに調整をかけたりと、かなり時間がかかってしまいました。画づくりとして完成するまでにトータル半年以上はかけています。『この作品は美術背景がビジュアルのキモだ!』と考え、ペイントや撮影など、他のセクションも含めて背景セクションを中心に振り回すかたちになってしまいました。しかし、その甲斐あって、非常に力のある映像になったと思います。3DCGを併用したアクションシーンも終盤にかけて増えていきますし、最終話は全力をふり絞ってつくりました。観てくださった方に少しでも新しいものを届けられたらと、あらゆる面でチャレンジした作品になっているので、ぜひご視聴ください」(太田監督)
それでは、『二十世紀電氣目録-ユーレカ・エヴリカ-』の映像がどのような挑戦でつくられているのか、具体的に見ていこう。
太田監督によるイメージスケッチ
美術背景としての絵画的な方向性とは別に、ヒントになったという監督のスケッチ。これらに加えて「蠢く」「不気味」「奇妙」「奇譚」といったキーワードが提示されたという。
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▲街には蒸気を通すためのインフラとなるパイプが張り巡らされている。このパイプに京都らしさを出すため「朱色にしてはどうか?」という案が検討された -
▲街の様子。「和紙を貼ったパイプ」、足元の悪さに対応するための「竹すのこ」、「陶器ボイラー」とメモが書かれている。また、通りの上には色鮮やかな織物が渡されている
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▲見おろした街並み。遠景に多数の煙突があり、そこから吐き出される煤煙が空を覆っている。現実の世界では電柱・電線にあたる存在としてパイプが張り巡らされている -
▲まさにスチームパンク的なモチーフと、唸るような漫符が描かれた漫画風のスケッチ。「もともと趣味で漫画を描いていたんですが、なんとなく漫画風にした方が、一枚絵でも前後に何か物語があると想像してもらえるのではないかと思いました。私は監督を務めるのが初めてなので、どう伝えるのが有効なのか掴めず、なんでもかんでもやってみようとの試みで描いてみました」(太田監督)
美術によるボケ味
ボケ味など、レンズの挙動をシミュレートして空間感を演出する画づくりは、アニメでよく行われている。通常であればキャラクター・背景などはボケのない状態で制作され、撮影工程でボケ味を加える。
しかし、本作ではこのフローを採用せず、美術背景自体をボケ風に仕上げることで空間感を演出している。「撮影によるボケ処理ではなく、背景の描き込みの荒さでボケ風の絵をつくっています。これによって“印象派らしい”絵を引き出せたかなと思います」(高山氏)。
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▲試作された美術で、ボケ風の仕上げにする前の状態。荒い描き込みではあるものの、ここにキャラクターを乗せてもやはりボケには見えず、キャラクターよりも背景の主張が強い。「通常通り撮影処理でボカす手法も試しましたが、綺麗ではあるものの、新鮮かと言われるとそうではない。見慣れた画面になってしまうので真っ先にやめ、背景セクションにお願いすることにしました」(太田監督) -
▲前述の試作された美術から絵的に荒くしていくことで、二段階の「ボケた背景」が用意された。こちらは「ボケ大」
なお、制作が進む中で、撮影セクションで油彩風ボケ処理が開発され、背景セクションの描画によるボケと併用するかたちになっていったとのこと。この辺りの処理を含む3DCG・撮影パートについては、インタビュー後半をお待ちいただきたい
色味とタッチの模索
本作の美術背景は
・絵画的なタッチを残す
・絵の具で描いたような複雑な色の重なり
の2点を大きく意識してつくり上げられた。アニメーションの美術背景は(特にデジタルで作業する場合に顕著だが)画面の端までクリアに描き、撮影工程でボカす、といった描き方になるのが一般的だ。
それに対して本作では、必要な部分だけをしっかり描く(描かない部分は描かない)、デジタル的なシャープな印象ではなく絵画的な荒れたタッチも積極的に入れるという方針を採用した。「普段なら綺麗にグラデーションを付けて描くかなという場所も、本作ではタッチを入れて荒く描く、という点を大事にしています」(高山氏)。
画像左上が最初のパターンで、右下がいったんOKとなったもの。ここからさらに時間帯変化にも対応していった。試行錯誤の中では、青みを強めたり、逆に茶色方向に振るなどして怖い印象を深めるといった検討が行われた
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▲蓬莱仏具店外観の美術ボードで、スタッフが制作したもの -
▲前述のスタッフ制作の美術ボードを美術監督が修正し、仕上げたもの。「どこまで荒くしていくのかという点が難しく、短いタッチが浮いてしまったりと、手探りの調整が必要でした。キャラクターが乗る場所から遠い部分はかなり荒いタッチを入れていますが、監督に見せたところ“さらに荒く”と指示が返ってきたり、“荒いタッチ”といってもよく考えて描かないといけない、ということがわかりました」(高山氏)
作画キャラクターを乗せる際の配慮
絵画風美術背景の試作を重ねる上で、最も難しかったのが「キャラクターとの描き込みのバランス」だ。荒めの描き込みで仕上げた背景にキャラクターを乗せると浮いてしまうなど、バランスが崩れてしまうことがあったという。
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▲修正前の例。いわゆる絵画的なタッチで、やわらかい印象に仕上げられている。この状態で輪郭線がはっきりしたキャラクターが乗ると、美術はそれより後ろの印象となり、空間的にちぐはぐになってしまった -
▲修正後。戸に輪郭線が引かれるなど、修正前と比べて前面に位置することを意識した描き込みになっている
以下は逆に、荒さを増す調整が入った例。
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▲左右の柱に荒いタッチを加えるなど直線的な印象を抑え、色も足すなどして荒めに調整 -
▲キャラクターを重ねた状態。2人のキャラクターを中心とした奥行方向に印象がまとめられた。「テストとして取り組んだ先行作業の段階で、描き込むべき場合の判断基準が見えてきたので、本制作に入ってからのこうしたリテイクは数カット程度に抑えられました」(高山氏)
夜の表現
昼と夜とでは、同じ絵画風の仕上げでも描き方が変えられている。「夜の場合は、描き方をあまり荒くし過ぎてしまうと、本当に視認しづらくなってしまうという課題がありました」(高山氏)。
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▲夜の描き方の試作として、監督がコンテにペイントしたイラスト。照明に対して影側や手前のキャラクターのシルエットなど、光が当たっていない側は完全に暗くつぶすという指示があった -
▲美術監督、色彩設計による明るさの試作。暗部はつぶす=描かないことにより、下手側のキャラクターがどこに立っているのかわからず、浮いた印象になってしまった
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▲明るさを調整し、光の当たらない側もある程度描いた。このとき、影側は光源の色味を乗せない描き方になっている。また、画面奥の暗部は引き続き塗りつぶすなど、そのカットで描かれるべきものの関係性によりコントラストが付けられている -
▲試作を経た美術ボード。画面を占めるブラックの割合があまりに多くなってしまうと、視聴者には映り込みが目につきやすくなる点にも気を使い、照明の配置なども調整した。「暗闇であってもキャラクターの色自体は多少明るめに見せたり、暗くてもうっすらとは物の形がわかるよう、高山さんと試作を繰り返してバランスを探りました」(太田監督)
青空の表現
和製スチームパンクでもある本作の街並みは蒸気や煤煙に覆われており、青空が描かれることはほとんどない。空が描かれる場合も緑方向に寄せた青となっているなど、空の色が慎重に選ばれた。
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▲第3話の回想に登場する青空。植物の描き分けや遠景に向けた大胆な省略など見どころが多い -
▲同じく回想の一場面から。作中で“ここをマックスの青空にしたい”という箇所を決めてあり、そこから逆算するかたちで空の青色が選ばれている。「この回想は“輝かしく明るい思い出”というコンセプトを監督から伺っていて、ここで初めて青空らしい青、かすかに紫に寄せた青を使っています」(高山氏)
絵の具で描かれたアナログの美術
本作の美術は基本的にはデジタルで描かれているが(ツールはPhotoshop)、一部には絵の具も使われている。京都アニメーション背景セクションでは、技術向上の一環として入社歴の浅いスタッフは絵の具で描くという取り組みが行われており、本作でも映像として違和感が生じないカットについては絵の具で作業したという。その際、本作は一般的なアニメの美術背景とは異なる仕上がりを目指していたため、かなり厚塗りでしっかり描いてもらったとのことだ。
タッチの再現性やスピードから基本はデジタルでの作業となり、絵の具による美術は全体の一割強とのこと。各シーン、デジタルで仕上げられた美術が先行し、アナログで描く場合はその仕上がりを再現するかたちで取り組まれた。「室内やボケ風の絵も、絵の具で雰囲気良く仕上げてもらっています。ただ、“絵の具で描きました”感が出てほかの美術と違和感があるようではいけないので、デジタル上で加筆するなどして仕上げています」(高山氏)。
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▲第1話に登場する街中の美術背景。絵の具で描かれたもの。なお、完成カットには中央に汽車と、お使いに出る稲子ほか乗客が乗っている -
▲同じく第1話から、百川家の通り庭。中央の釜戸付近が画面として使われたが、画面外に筆を整えた跡があるのはアナログ作業ならでは。「アナログでの表現をかなり模索した形跡がありますね」(高山氏)
3DCGによる背景
仏具店の廊下を進んでいく視点の3D美術。3D空間で絵画調の背景をどう表現していくかが課題となったが、その試作として取り組まれたのがこの6秒ほどのカットだ。太田監督からは“せせこましい感じを大事にしたい”という点と、“綺麗にしたい”“埃っぽい感じ”の両立が求められた。「描いてもらった美術をそのまま活かすのが一番効果的と考え、モデリングは最小限にしています。複雑になる部分にはカメラマップも併用し、カメラが動いたときに背景の絵が自然で立体的に映るようにこだわっています」(3D背景・篠原睦雄氏)。
完成カットでは中央にキャラクターが配置される。3Dカメラ視点によって仏壇が視界に隙間なく迫り“通るのにコツがいるほど狭い”様子が表現されている
以下は同じ蓬莱仏具店内の、一階の蔵のカット。手法的には同一ながら、カメラアングルの変化が大きい。キャラクターと美術を常に一致させるために、事前に当たりを出し、作画・美術と連携して進められた。カメラがキャラクターの横顔から正面へと回り込み、表情をフォーカスする重要なカットだが、3D的なカメラワークの中、どのフレームも絵画的な美術として違和感なく成立させている。
「大切なシーンだったので、背景とキャラクターの齟齬を極力なくすためにつくり込んでもらいました。その甲斐あってとても自然な画面になっています」(太田監督)。「最終的に3Dらしさが目立たない、ねらい通りの仕上がりにすることができました」(篠原氏) 。
以下は、第2話のハイライトとなるシーンのひとつ、凧での飛翔シーン。本作は背景セクションのうち2名が3D背景制作を担当。ボリュームの大きかったこのシーンに2人がかりで取り組んだ。さらに、カメラワークでは3Dセクションの協力も得たという。「昔の京都の地図を参考にして、カメラに映る方角の建物や田んぼの広さをしっかり調整してもらっています」(高山氏)。
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▲蔵の奥の背景ができ始めた状態。前述の「蔵ができた状態」の段階で見られた仮の街並みではなく、設定に沿って川・田んぼなどが描かれている。遠景や煤煙などは平面ポリゴンにテクスチャを貼りマスクを抜く手法で表現 -
▲蔵以外の建物や、キャラクターなど必要な要素が揃った状態
No.2に続く。
INTERVIEW & TEXT_岸本ひろゆき/ Hiroyuki Kishimoto
EDIT_海老原 朱里 / Akari Ebihara、山田桃子 / Momoko Yamada