スマートフォンアプリのひっぱりハンティングRPG『モンスターストライク』(以下、『モンスト』)のキャラクター「アルビレオ」が、AIアイドルエージェント『あるびぃ』としてリリースする初のオリジナル楽曲MV『とらえら』。2DのキャラクターをUnreal Engineを用いて3Dで見事に再現した本作について、MIXIイアリンジャパンGlitz Visualsの3社の中核メンバーに話を聞いた。

記事の目次

    ※本記事は月刊「CGWORLD + digital video」vol. 314(2024年10月号)からの転載となります。

    ゲームのキャラクターをより楽しんでもらうために

    あるびぃを『モンスト』というゲームを超えて配信やミュージックビデオでの活躍をプロデュースする理由を、MIXIの作品統括・森本周平氏に伺った。

    とらえら / あるびぃ(official)【モンスト公式】
    楽曲制作:TWOFIVE
    アーティスト:あるびぃ
    作曲/編曲:Sanaas
    作詞:Mitsu(TRYTONELABO)
    Recording&Mixing Enginner:太田 将義(TWOFIVE)
    Special Thanks:丑山 智一(TWOFIVE)、居川 純平(TWOFIVE)
    Recording Studio:TWOFIVE Studio
    ©MIXI

    「ゲームのキャラクターは、ゲームを起ち上げているときにしか会えないわけですが、ゲームの外でキャラクターとコミュニケーションできたらもっと楽しんでもらえるのではないかと考えたのが、このプロジェクトの始まりです。そこで、あるびぃことアルビレオというキャラクターに『モンスト』を飛び出して配信をしてもらうプロジェクトを昨年7月に起ち上げました。最初は1ヶ月限定で配信をスタートさせたのですが、非常に好評だったことを受けて配信を続ける中で、もっとあるびぃの魅力を届けたいという想いからキャラクターソングのミュージックビデオを制作して公開することにしました。キャラクターの見せ方についても、最大限に魅力を伝えたいということで3Dキャラクターによる表現を採用しています」(森本氏)。

    左から、テクニカルディレクター・江口拓夢氏(Glitz Visuals)、背景モデラー・竹内孝紀氏(Glitz Visuals)、作品統括・森本周平氏(MIXI)、プロデューサー・池田高志氏(Glitz Visuals)、コンセプト設計/制作・鈴木勇人氏(MIXI)、プロデューサー・渡邊竜実氏(イアリンジャパン)

    本作はMIXIプロデュースの下に、CG映像制作のメインプロダクションをGlitz Visualsが担当し、演出などをイアリンジャパンが担当している。プロジェクトの座組は、MIXIのデザイン部内にあるUEを使った配信やキャプチャを担当するチームからGlitz Visualsのテクニカルディレクター江口拓夢氏を紹介され、UEを使った映像制作に長けているということで参加が決まったという。

    • CGディレクター・タナカリョウ氏(イアリンジャパン)
    • キャラクターモデラー・杉山潤也氏(Glitz Visuals)

    「プロジェクトへの参画が決まったところで、当時当社では3Dキャラクターを使った映像制作に不慣れだったため、バーチャルキャラクターのミュージックビデオなどの経験が豊富なイアリンジャパンさんにディレクションをお願いしました」と江口氏は話す。

    制作に使用されているツールは、モデリングにMaya、モーション作成にMotionBuilder、ビジュアライゼーションにUE、コンポジットにはAfter Effectsが使用されている。それでは本作のメイキングを紹介していこう。

    <1>作品コンセプトと映像演出

    Y2Kを意識したレトロポップと実写演出を基にした映像演出

    本作の特徴的なポイントは、MVの背景にポップな色遣いやスケルトン素材を多用したいわゆる「Y2K」と呼ばれるデザイントレンドを取り入れた作品コンセプトだ。あるびぃのポップで元気なキャラクター性に非常にマッチしたデザインになっており、MVとしての方向性が明確に表されている。

    イアリンジャパンのCGディレクター タナカリョウ氏は本作のコンセプトについて「制作が始まった頃に、MVのコンセプトとしてY2Kというワードが提示されました。当時Y2Kについてあまり知らなかったのですが、2000年代のファッションデザインということでこれをどのように作品に落とし込んでいこうか、とても悩んだのを覚えています。Y2Kについて調べていくうちに、いろいろなところにスケルトンのデザインがとても多く使われていたというのに気がついたのですが、スケルトンデザイン自体は今ほとんど使われていないので、スケルトンデザインがY2K特有のデザインなのだと決め打ちして、それを背景デザインに落とし込んでいくという方向性を決めていきました。方向性が決まったところで、リファレンスの画像などを添付したデザイン資料を作成してGlitz Visualsさんへお渡しし、3Dモデルを作成してもらいました。非常に無茶振りな内容だったのですが、Glitz Visualsのモデラー・竹内孝紀氏が0から1を担ってくれたので、世界観が上手く構築できました」と話す。

    本作では音楽番組のようなカメラワークも作品の世界観構築にひと役買っている。カメラワークの演出もタナカ氏によるものだ。

    「制作スケジュール的に背景自体を動かすことができないということが当初からわかっていたので、カメラワークやカット割りを工夫することで飽きがこない見せ方を追求していきました。本作があるびぃの3Dバージョンの初お披露目ということだったので、いろんな角度から撮影して衣装や表情を捉えられるようなカメラワークになるように心がけています。カット割りも以前手がけた実写のMVでの知見からカットを細かく割って見せることで、狭いステージでも飽きのこない映像を作成することができるとわかっていたため、レールドリーや手持ちのカメラなど、実写のカメラワークと大胆なカット割りを活かした映像演出になっています」(タナカ氏)。

    Y2K感というコンセプト

    2000年代に流行ったデザイントレンドが取り入れられた背景デザインの例。iMacやゲームボーイ、携帯電話など2000年代に多用されたスケルトンデザインをステージのアセットとして取り入れている。

    • ▲ステージに配置されたモニターやスピーカーは2000年代のプロダクトデザインに多い丸みを帯びたデザインになっている
    • ▲キャラクターの後ろに流れる音符のアセットもスケルトンになっている

    3Dキャラのお披露目

    あるびぃは、このMVではじめて3Dキャラクターとして登場するため、3Dキャラクターとしての魅力を十分に伝えられるようなカメラワークに工夫されている。

    • ▲あるびぃを中心にカメラを回り込ませて様々角度で見せることで……
    • ▲3Dキャラクターならではの魅力が表現されている
    • ▲また、カメラを引いて全身を見せたり、特徴的な部分をアップにしてフォーカスさせるなど……
    • ▲立体造形の利点を活かした表現が多用されている

    現実のカメラワークを再現

    本作のカメラワークは、細かいカット割りやズームの多用、ダンスの動きに合わせてカメラを動かすなど、実際の音楽番組のスタジオ収録を感じさせるようなカメラワークになっている。特にK-POPアイドルのスタジオ収録映像を意識しており、キャラクターの可愛さを極力強調できるようなカメラワークが施されている。

    <2>UEによる3Dキャラクター表現

    2DキャラクターのデザインをUnreal Engineで忠実に3D化

    これまでの配信に登場していたあるびぃは2Dキャラクターであったので、本作で初めて3Dキャラクターとしての披露となった。あるびぃの3Dキャラクター化を担当したのは、Glitz Visualsのキャラクターモデラー・杉山潤也氏だ。

    「2Dキャラクターのデザインを3Dキャラクターとして正確に再現するということに注力して進めていました。UE上でこういったキャラクターを表現するのは初めてでしたので、ライトの調整などに時間を要しました。本作ではキャラクターのルックを表現するために、VRM4U(開発:@はるべえ)というVRMファイルに設定されたMToonシェーダのルックをUE上で再現するプラグインを使用しています。VRM4UはPBRに基づいたライトを乗せたりルックの調整に融通が利く便利なプラグインなので、UEでのアニメ調のキャラクターを表現する上で非常に役に立ちました」(杉山氏)。

    キャラクターのアウトラインの出し方は、オーソドックスな背面法が採用されている。「カラーのモデルと法線を逆転させた黒色のモデルを重ねて表現しています。髪の毛のラインなどを全てUE上でアウトラインを表現するためには想定より時間を要することがわかったため、一部のラインはテクスチャに直接描き込んで表現しました。ラインの入り抜きのような表現も作成したシェーダで調整できるようにしていましたが、今回のキャラクターデザインはアウトラインがほぼ一定幅のため、使用場面はごく一部となっています。また、キャラクターの外周部分以外のアウトラインは、UVを調整してラインが出ないようにしています。また口の中や目の周りは白黒のマスクを作成してラインの出方を調整しています」(杉山氏)。

    このキャラクターのアウトライン生成は非常に苦戦したポイントだったようで、「アウトラインの処理は、映像提出の3日前ぐらいにやっとできました。アウトラインの処理はとても技術的なコストが上がるので、当初はアウトラインなしで進めたかったのですが、アウトラインがある状態とない状態ではまったくルックのクオリティがちがっていたので、がんばって仕上げていきました」と江口氏は話す。

    原作絵の忠実な再現

    あるびぃ初の3Dキャラクター化ということで、ラインなどのルックを含め忠実に2Dのデザインが杉山氏によって3Dモデルとして再現されている。

    • ▲あるびぃの2Dデザインによる三面図
    • ▲完成した3Dモデルの全身像と顔のアップ。キャラクターの顔の再現はもちろんのこと、フーディのふんわりとしたシルエットやシワの入り方からタイツの質感までが忠実に再現されている

    UEによるセル調ルックの構築

    採用されたVRM4Uは、VRMのセル調表現に使用されるMToonシェーダをUE上で再現できる。PBRに基づいているためライトの影響も受けることができ、細かいルック表現が可能だ。

    • ▲VRM4UのMToonLitの設定をOFFにした状態
    • ▲MToonLitをONにしてライトの影響を加えた状態
    ▲MToonLitのパラメータ一覧。セル調表現のベースとなる質感設定のほか、リムライト表現の設定なども行える

    『モンスト』らしいアウトラインの実装

    UEでのアウトライン生成手法には、法線を反転させたメッシュを複製して重ねて配置することでアウトラインを生成する背面法を採用。ライン描画をコントロールしやすくするため、専用のシェーダが組まれている。

    • ▲アウトラインを非表示にした状態。画としては綺麗だが『モンスト』らしいキャラクター表現になっていない
    • ▲アウトライン用に法線を反転させて黒いマテリアルを設定したメッシュ
    ▲アウトラインの処理をして完成したルック。『モンスト』キャラクターらしいルックに仕上がった
    • ▲アウトラインの出方を調整するフェイス用のマスク素材。黒い部分でラインの出方が抑制される
    • ▲アウトライン描画用のマテリアルノード例
    • ▲マスク適用前の状態。口や目に不要なラインが表示されている
    • ▲マスクを適用して不要なラインを消した状態

    Kawaii Physics による揺れもの設定

    揺れものは基本的にKawaii Physicsプラグインを使っているが、上手く対応できない部分はMayaで修正してベイクしているという。

    • ▲髪の毛のフィジックス設定
    • ▲服のフィジックス設定
    • ▲髪の毛のボーンは不要な方向に曲がらないように、必要な軸だけ回転するように設定されている
    • ▲アクセサリ的なオブジェクトにもボーンが設定され、自然な揺れが表現されている
    ▲スカートのように外側に広がるタイプの揺れは、ボーンが正面(Z軸)方向にだけ回転するようにバインドされている

    <3>華やかなステージ制作とコンポジット

    Y2K感が表現されたステージ表現とコンポジット

    あるびぃが歌うステージは、タナカ氏のデザインコンセプトを基にスケルトンデザインを多用したY2K感あふれる華やかなステージになっている。ただ、Y2KをコンセプトにしたことでUEによる表現が非常に難しかったと江口氏は言う。「スケルトンデザインが多いため、アセットが半透明に設定されていることが多いのですが、UEではトランスルーセントの値をONにするとフォーカスが効かなくなってしまうんです。そのため半透明具合のクオリティを落とさないといけなくなってしまい、それだけがちょっと残念でしたね。」(江口氏)。

    華やかなステージを彩っているライティングも苦労したポイントだという。「キャラクターがアニメ調の表現なので、キャラクターには少しエミッシブがかかっており、ライティングを逆光にすると顔のルックが破綻するなど、ライティングの調整は難しかったですね。ただ、音楽に合わせてライトを点滅させたりといったライティング演出はとても上手くいきました。特にキャラクターが暗転して逆光になるショットは綺麗に表現できたと思います。背景のアーチ部分にエミッシブを入れ、マテリアルインスタンスにアニメーションを入れてグルーブ感を出すなど、自分の中でも気に入っているショットです」(江口氏)。

    UE上で作成したカットは、カットごとにレンダリングされてタナカ氏によってコンポジットされる。コンポジット作業は色味の基準になるシーンをまず作成し、そのシーンを基に色の調整が行われている。UEからレンダリングされた画像は十分綺麗だったが、ライティングや色味の調整を行うために本作ではAfter Effectsによるコンポジットを行なっている。

    当初はコンポジットの作業を行わない予定だったが、画の馴染みなどを調整したいということでコンポジット作業を実施することになり、2日間で全カットのコンポジットを完了させたという。コンポジット用にUEから出力されたパスはほぼビューティ素材だが、必要な部分はマスク素材も出力されている。コンポジット作業では、色彩調整や馴染みの調整のほか、Optical Flaresの追加や被写界深度の調整などが行われている。ブラー系の表現はUE側だとクオリティが出しにくいため、モーションブラーもコンポジット側で加えられているという。

    キャラ性とコンセプトに合わせたステージ設計

    Y2Kというデザインコンセプトを基に制作されたステージ背景の例。スケルトンデザインや丸みを帯びたシルエットのアセットなど、タナカ氏がデザイン資料を作成して設計したアイデアを、竹内氏が実際のモデルに落とし込みながら作成されている。

    • ▲タナカ氏によって作成された背景イメージ案
    • ▲初期に作成されたステージアセット
    ▲完成したステージ

    ライブを彩るライティング

    キャラクターのライティングは、ライトチャンネルをキャラクター専用にもたせることで、背景への影響をなくしてセル調のルックに仕上げている。

    • ▲ライトチャンネルOFF
    • ▲ライトチャンネルON
    ▲マテリアルパラメータコレクションをシーケンサーに追加し、その値を曲調に合わせてエミッシブを制御することで擬似的にステージ全体を明るくしている
    ▲グレーディングは簡易的にUE側で付け、ポストプロセスボリュームをシーケンサーにSpawnableで配置

    Datasmithを活用した文字弾幕

    文字弾幕のようなモーショングラフィックスはCinema 4Dで作成し、Datasmithを使ってUEに読み込んでいる。

    ▲完成カット
    • ▲Cinema 4Dによる文字弾幕の作業画面。Datasmithを使うと直接C4DファイルをUEに送信可能
    • ▲Datasmithを使用する際は、Epic Gamesから提供されているDatasmithglTF Importerを有効にしておく
    • ▲UEに読み込まれたCinema 4Dの文字弾幕
    • ▲アニメーションデータも正確にシーケンサーに読み込まれる

    コンポジットの基本処理

    ほとんどのカットにわたって行うコンポジットの基本的な処理を紹介する。

    • ▲UEから出力された素材を素組みした状態
    • ▲グレーディング処理を行なった状態。背景とキャラクターの色を馴染ませつつ、トーンを調整している
    • ▲背景の沈んでいた部分のトーンを持ち上げて、キャラクターにリムライトを追加して立体感を強調
    • ▲さらにコンポジット側で画面上部に明るい部分を追加してライティングを追加し、最終的な色彩の調整を施して完成となる。以上の工程をUE側から上がってきた素材からカットごとにくり返し行い、2日間でコンポジット作業を終了させた

    逆光シーンのブレイクダウン

    特別な処理が施されている逆光シーンを紹介する。

    • ▲UEから出力された素材を単純にAfter Effectsで組んだ素組みの状態。UE側でキャラクターが逆光の状態に設定されている
    • ▲グレーディングの作業を施した状態。全体的にトーンを馴染ませ、キャラクターにはリムライト処理を施して背景と馴染ませている。また画の周辺域にビネットを施し、明暗のバランスを調整した
    • ▲ライトの部分にOptical Flaresプラグインを使ってライトを追加して、逆光感を強調
    • ▲最終的に全体のトーンを調整して完成した状態

    CGWORLD 2024年10月号 vol.314

    特集:3Dビジュアライゼーションの最前線
    判型:A4ワイド
    総ページ数:112
    発売日:2024年9月10日
    価格:1,540 円(税込)

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    TEXT_大河原浩一(ビットプランクス)
    EDIT_藤井紀明 / Noriaki Fujii(CGWORLD)、山田桃子 / Momoko Yamada