CGプロダクションやゲーム会社に新人が入ると、仕事に必要な知識や技術を教える必要がある。自習できるように、教え漏れがないように、何度でも復習できるようにといった理由で、新人教育用マニュアルを用意している会社もある。本記事では、そんな会社のひとつであるケイカの代表取締役 由水 桂氏がつくった全9章、約40ページのマニュアルの中から、ライティングとマテリアルの基礎知識を紹介する。

記事の目次

    ※本記事は、『CGWORLD Entry』vol.4(2013年6月発行号)掲載の「一度覚えれば、一生役立つ基礎知識を身につける」を再編集したものです。

    由水 桂氏 株式会社ケイカ(代表取締役/ディレクター/CGアーティスト)

    ナムコ(現:バンダイナムコスタジオ)でゲーム開発に携わった後、フリーランスのCGアーティストを経て、2002年にケイカを設立。以後、ゲームムービーやCG映像制作に従事しつつ、専門学校などで後進の育成にも携わっている。

    株式会社ケイカ

    表情豊かなキャラクターと透明感のある映像づくりを得意とするCGプロダクション。最新作は、第67回NHK紅白歌合戦、星野 源『恋』、嵐『ふるさと』、AKB48『君はメロディー』のステージ映像。PlayStation4/PlayStation Vita対応ゲーム『ワールド オブ ファイナルファンタジー』のカットシーン(プロローグ、エンディングなど主要25シーン/750カット)。TVアニメ『がんばれ!ルルロロ』第3シーズン(オープニングおよび、一部の話数)など。 
    keica.jp

    ソフトが変わっても、常に立ち返れる原点だけをまとめた

    同社のマニュアルは、由水氏が仕事の合間をぬって2009年に制作した。完成までに約3ヶ月を費やした本マニュアルは、過去に社内で行った勉強会用のレジュメがベースとなっており、文章や図版は全て新規につくり直したと由水氏は語る。「映像制作のながれや3DCGの基礎知識について、できるだけ簡潔にまとめるよう心がけました」。一度覚えれば一生役立つことに絞ったつもりだが、完成してから5年以上が経っているため、一部は古くなりつつあるという。とはいえ、大半は今の新人が読んでも充分に役立つ内容となっている。

    同社ではMaya、3ds Max、LightWave、ZBrush、MODO、MotionBuilderなど、様々な3Dソフトを使っているが、本マニュアルではソフトの具体的な操作手順ではなく、どのソフトを使うときにもベースとなり得る基礎知識や考え方が解説されている。「当社にやってくるインターンや新人は、美術大学出身者もいれば、3DCGの専門学校出身者もいます。そういった出身校を問わず、彼らの多くは、学校でソフトの操作手順を覚えることだけに終始していたようなのです」。例えば『レンダリングするときには、このボタンを押す』といった覚え方をしてしまうと、ソフトやメニューが変わっただけで、同じ画づくりを再現できなくなる。そのため本マニュアルには、ソフトやメニューが変わっても役立ち続ける内容を厳選して掲載したという。

    「どんなことも、詳しく解説しようとすればキリがありません。その一方で、重要な本質は意外とシンプルな場合も多いのです。マニュアルでは、ソフトが変わっても、常に立ち返れる原点だけをまとめてあります。これを足がかりに、より広範囲な知識、最新の情報を自主的に吸収できる人になってほしいと願っています」。

    ▲東京都港区にあるケイカの社内。手前は打合せスペース、奥は作業スペースとなっている

    以降の記事では、同社のマニュアルを構成する以下の9章の中から、『8章 ライティングとマテリアル』にスポットを当てて紹介する。

    1章 ものづくりの仕事
    2章 映像制作ワークフロー
    3章 企画・プレゼンテーション
    4章 デジタル画像処理
    5章 カメラ・レンズの理解
    6章 パース理論・実装
    7章 モデリング基礎
    8章 ライティングとマテリアル
    9章 アニメーションの基礎

    Point01:光と影

    3DCGは光と影の芸術だ。3DCGの世界は、ライトがひとつもなければ、ただの闇でしかない。太陽のない宇宙空間に暗闇が広がっているのと同じだ。たとえそこにオブジェクトがあったとしても、見えはせず、黒色(R,G,B=0,0,0)の画面になってしまう。そこに光を当てると、ようやくオブジェクトの色や形が見えてくる。ただし、立体感はまだ感じられない。さらに陰影を加えると、オブジェクトの立体感や表面の質感も明らかになってくる。これらの現象から、光と影こそが3DCGの最も大切な要素であることがわかる。

    Point02:レイトレーシング法

    実際の3DCGはどのようにレンダリング(描画)されているのだろうか?

    代表的なレンダリング方法のひとつに、レイトレーシング法(光線追跡法)がある。レイトレーシング法では、レンダリング画像を構成するピクセル(画素)ごとに、カメラから見て奥行き方向に何があるかを調べる。何もなければ黒色、ポリゴンがあれば光源から入射する光と法線(※1)の角度を元に、ポリゴンの明るさを算定して色を決める。光源の側からも光の通り道を調べ、ポリゴンがあれば、その向こう側は影とする。

    ※1 法線ベクトルのこと。面や頂点から垂直に伸びる直線で、ポリゴン面の表裏の判別や、レンダリング時の計算などに用いられる。

    Point03:グローバルイルミネーション

    レイトレーシング法では、光源から入射する光と法線の角度だけを元にポリゴンの色を決定する。しかし、この方法には問題がある。例えば真っ暗な部屋の中に、窓から西日が差し込んでいるシーンをレイトレーシング法でレンダリングするとしよう。窓の反対側にある壁は明るく照らされるが、その他の部分は影になるため、真っ暗なままとなる。現実空間で、こんなことがありえるだろうか?

    この問題を解決できるのが、グローバルイルミネーション(GI)(※2)とよばれるレンダリング方法だ。GIでは、ポリゴン面に当たって反射した光が、別のポリゴン面を照らした結果まで計算する。そのため、窓から差し込む光に直接照らされた壁だけでなく、壁にぶつかり散乱した光によってやわらかく照らされた部屋全体も表現できるのだ。

    ※2 GIはGlobal Illuminationの略。大域照明ともよぶ。

    GIによって、3DCGのライティングは写真のライティングに大きく近付いた。すなわち写真のライティングは、CGアーティストにとっても不可欠の知識となった。裏を返せば、写真のライティングの知識が、3DCG制作にもそのまま応用できるということだ。

    なお、環境光(Ambient Light)を使うことで、GIのような効果を簡易的に表現することもできる。環境光はオブジェクト全体を一定量の明るさにする効果があるため、真っ暗な部分をなくすことができる。ただし全体が一律の明るさになるので、平面的な印象の画となる。

    Point04:ライティングの役割

    ライティングの役割とは何だろうか?Point01で述べたように、1つは立体感の表現だ。2つ目はリアリティの表現だ。優れたライティングは、オブジェクトを本物のように表現してくれる。3つ目は美しさの表現だろう。写真のライティングでは、とりわけトーンの美しさが重視される。このように、作品の演出において、ライティングは非常に重要な役割をもっている。

    Point05:ライティングの基本

    ライティングは『一灯』、つまり、ひとつのライトで照らすことが基本だ。人が最も自然に感じる光源は太陽で、その数はひとつであることが、『一灯』を基本とする 由来だ。ライティングでは、最初にメインのライトをひとつ設定する。このライトはキーライトとよばれ、立体感を表現しやすいという理由により、対象を斜め上から照らす位置に設定されることが多い。

    ただし、キーライトのみではコントラストがきつく、陰の部分が暗くなりすぎてしまい、立体感を表現しきれない場合がある。そのようなときには、フィルライトとよばれるキーライトより光量の弱いライトや、レフ板とよばれる光を反射させる道具を使い、光を補ってやるといい。例えばキーライトを対象の右斜め上に設定した場合、陰は左斜め下にできるため、この部分を照らすようにフィルライトやレフ板を設定する。そうすれば、陰の部分がベタっと暗くつぶれることを防ぎ、立体感を表現できる。

    暗い背景の前に立つ黒髪の人物を撮影すると、髪の黒色が背景に溶け込んでしまい、人物の輪郭がはっきりしない場合がある。そのようなときには、リムライト(※3)とよばれる対象を背後から照らすライトを当てることで、人物の輪郭を際だたせ、背景と分離させることができる。

    ※3 バックライトともよぶ。

    Point06:色温度

    蛍光灯の売り場に行くと、昼光色・昼白色・電球色など、色ちがいの商品が並んでいることがある。一般的に、リビングには暖かみのある色、仕事場には青白い色を使うことが多い。一方で、曇りの日の屋外で写真を撮ると、実際よりも青っぽく写ることがある。蛍光灯に照らされた室内を撮ると、実際よりも緑っぽく写ることもある。人が意識する以上に光源には様々な色があり、色が変われば見え方も変わり、人の感じ方も変わる。

    光源の色は、K(ケルビン)という単位の色温度で表す。3Dソフトの中には、色温度を直接入力できるものもある。色温度が低ければ赤味が増し、高ければ青味が増す。5,500K前後が白色に近いとされているが、周囲の環境によっても見え方が変わることも覚えておこう。

    Point07:光源の種類とトーン

    ▲【左】平行光源/【中央】点光源/【右】スポットライト

    平行光源(Direction Light)(※4)は、太陽光をシミュレートしたものだ。太陽は非常に遠くにあるため、位置によって光線の角度や光量が変わることはない。そのため3DCG空間内での平行光源の位置情報は無視され、ほぼ平行に照射する光によって、シーン全体が一定の光量で照らされる。その特質ゆえ、オブジェクトの表面にトーンをつくり出すことは難しいが、一部の3Dソフトでは影をぼかすパラメーターが設定されている。

    ※4 方向性光源、方向性ライトともよぶ。

    点光源(Point Light)は、電球をシミュレートしたものと言える。点光源には方向性がないため、角度情報は無視される。点光源からオブジェクトまでの距離に応じて光を減衰させることで、オブジェクトの表面にトーンをつくり出せる。光源を点ではなく球体にすることで、影をぼかすことができる3Dソフトもある。

    スポットライト(Spot Light)は、点光源に方向性をもたせたものだ。光が進む範囲は、光源を頂点とする円錐(コーン)内に限定される。円錐の中心部分から円周部分にかけて、影をぼかすことができる。シャドウマップとよばれるテクスチャを使うと、擬似的にぼかした影を高速に生成できる。光の照射範囲に、大気中を舞うチリや霧を模した効果を配置することで、光の軌跡を表現できるボリュームライトとよばれる機能もある。

    ▲【左】面光源/【右】スカイライト

    線光源/面光源(Area Light)は、棒状、あるいは面状に光源を敷き詰めたものと考えればいいだろう。これらの光源は、写真撮影時に使われるボックスライト(※5)をシミュレートしたものだ。光源が面積をもっているため、自ずとぼけた影をつくり出せる。光源からオブジェクトまでの距離に応じて光を減衰させることもできる。

    ※5 ライトバンクともよぶ。光源と、光源からの光を拡散させるディフューザーがセットになっており、やわらかい拡散光をつくり出せる。

    スカイライト(Sky Light)は、シーンを取り囲む半球の内側に空や周囲の景色を写したテクスチャをマッピングし、それを光源として使う。あらゆる方向から、少しずつ色や光量のちがう光を当てることで、微妙なトーンや空気感を生み出せる。テクスチャにHDRI(※6)を使うと、現実世界に近い様々な光の影響を再現できる。

    ※6 高輝度の光があふれる様子から、暗部の細かな陰影まで、現実世界に近いレンジの明るさを表現できる画像フォーマット。RGB各16bitの浮動小数値で明るさを表現するため、従来の8bit整数値よりも格段にレンジ幅が広い。

    Point08:色や質感とは何か

    ポリゴンの表面には、色や質感を設定できる。そもそも、色や質感とは何だろうか?

    可視光線には、あらゆる色の光が含まれている。赤色の物体は、可視光線の中から赤色の光のみを反射する。青色の物体は、青色の光のみを反射する。つまり、物体の色や質感は、物体の反射の仕方によって決まると言えないだろうか?このように考えると、色や質感の設定は、物体が光をどのように反射するかを定義することだとわかる。

    一方で、見る角度によってハイライトの出る位置が変化したり、端の方ほど色や質感が変化する物体もある。こういう物体の場合は、光に加え、カメラの角度によっても色や質感が変化すると考えられる。

    これらのことから、色や質感の設定は、ライティングやカメラの角度と密接に関係しているとわかるだろう。

    Point09:ディフューズ(拡散反射光)

    Point02で、『光源から入射する光と法線の角度を元に、ポリゴンの明るさを算定して色を決める』と解説した。この『明るさ』に相当する成分がディフューズ(拡散反射光)で、光線と法線が平行なとき(一番明るいとき)、ポリゴンがどの程度の明るさになるかを設定する。ディフューズの値を低く設定すれば、光を当ててもポリゴンは暗いままだ。一方で値を高く設定すれば、光を当てたポリゴンは明るくなる。つまりディフューズとは、ポリゴンの明度のことだとも言える。実際にディフューズを設定する際には、明るさに加え、色も設定する。なおディフューズで設定した明るさや色は、カメラの角度が変わっても常に一定だ。

    Point10:スペキュラ(鏡面反射光)・反射

    自動車のボディ表面のハイライトを観察すると、見る角度によって刻一刻と位置が変わっていくことがわかる。ハイライトは、光の入射角と反射角が等しい部分で最も強く反射する。そのため、光源と自動車の位置が同じでも、視点の位置が変わればハイライトの位置も変化する。このハイライトの成分をスペキュラ(鏡面反射光)とよぶ。多くの場合、スペキュラには光源の色を設定する。ただし金属素材では、その素材自体の色がハイライトとなって現れることもある。

    鏡や金属などのように、オブジェクトの表面に周囲の環境を写り込ませたい場合には、反射の計算が必要になる。写り込みの程度は反射率によって設定する。反射率が高いほど、写り込みの度合いが強くなる。

    Point11:ラフネス

    ツルツルに磨き上げられた銀色のボールを観察すると、表面のハイライトは、エッジが鋭く、サイズが小さい。加えて周囲の環境が、ほぼそのままの形で写り込んでいる。一方で、ザラザラした梨地仕上げのアルミのボールを観察すると、表面のハイライトは、エッジがぼけており、サイズが大きい。周囲の環境は、ぼんやりと写り込んでいる。このようなザラザラ感の程度は、ラフネスという要素によって設定する。ラフネスの値を低く設定すれば、ハイライトのエッジが鋭くなり、写り込みはぼけない。ラフネスの値を高く設定すれば、ハイライトのエッジがぼけ、写り込みもぼける。ただし写り込みをぼかす処理は計算負荷が大きいため、省略されることもある。なお、ラフネスで設定した値はスペキュラにも影響を与える。

    Point12:透過と屈折

    透明な物体は、物体表面で光が反射するだけでなく、物体内部にも光が浸透する。この現象を透過とよぶ。透過の程度は素材によって様々で、透過率によって設定する。加えて、物体内部に浸透した光は、その進行方向が変化する。この現象を屈折とよぶ。屈折の程度も素材によって様々で、屈折率によって設定する。

    透明な物体を光が透過すると、物体自身のもつ色が、影にもつくことがある。あるいは、液体の入ったグラスを光が透過すると、影の中に独特の模様ができることがある。この現象をコースティクス(集光現象)とよぶ。これらは、GIによって表現できる。

    人間の耳たぶや牛乳のような物体は、完全な透明ではないが、光の一部が内部に浸透・拡散し、ぼんやりと発光する。このような半透明の状態をトランスルーセントとよび、サブサーフェススキャタリング(SSS)(※7)とよばれるレンダリングアルゴリズムで表現できる。

    ※7 Subsurface Scatteringを略して、SSSとよぶこともある。

    Point13:フレネル反射

    光沢のある紙を正面から見ると、反射はあまり感じられない。しかし、角度をつけて側面から見るとどうだろう?真横に近い角度から見ると、鏡のように反射率が高くなり、周囲の環境が写り込んでいることがわかるはずだ。この現象をフレネル反射とよぶ。一見すると反射とは無関係に思える紙であっても、実は若干の反射特性をもっている。紙や水面のような光を透過する平らな対象は、視点が真横に近いほど、つまり法線と視線の角度が大きいほど、反射率が高く、透過率が低くなる。一方で、視点が正面に近いほど、つまり法線と視線の角度が小さいほど、反射率が低く、透過率が高くなる。

    Point14:アニソトロピック

    高級オーディオのボリュームノブなどで、中心から放射状に伸びるハイライトを見たことがないだろうか。表面を触っても特に凹凸は感じられないが、ヘアラインとよばれる微小な傷がついており、特徴的なハイライトとなって現れる。このような方向性をもった反射をアニソトロピック(異方性反射)とよび、3DCGで表現する場合にはUV座標などを使って反射の方向を指定する。

    Point15:自己発光

    3Dソフトには、オブジェクト自体を発光させる機能も備わっている。自己発光するオブジェクトは、光源として使用できる。つまり、充分な光量で自己発光するポリゴン面を設定することは、面光源をつくることにほかならない。

    Point16:法線

    隣り合ったポリゴンどうしの法線を補間し、どの程度滑らかに見せるかは、マテリアルで指定することが多い。このような法線の補間をスムーズシェーディングとよぶ。マテリアルに設定したテクスチャによってオブジェクトの法線を変化させ、凹凸を表現することもできる。代表的な手法として、バンプマッピング、ディスプレイスメントマッピング、ノーマルマッピングなどがある。

    EDIT_CGWORLD編集部
    PHOTO_大沼洋平