米国カリフォルニア州、サンフランシスコ。『トンコハウス』は、2014年に元ピクサーの堤大介氏とロバート・コンドウ氏が立ち上げた、バークレーに拠点をもつアニメーションスタジオだ。代表作の『ダム・キーパー』はアカデミー賞にノミネートされ、続く2作品も、世界的な賞を受賞している。
中村俊博氏は、そんな技巧派のトンコハウス唯一のアニメーターだ。CGWORLDでは2021年12月、「CGWORLD Online Tutorials」にて、中村氏による「ウォークサイクルの作り方」を公開した。
27歳で渡米し、ハリウッド独自のアニメーションスタイルを会得してきた中村氏。そのこだわりと、海外スタイルのアニメーションづくりに欠かせないポイントを聞いた。
中村 俊博 氏
トンコハウス/リードアニメーター
2010年に渡米しサンフランシスコの美大アカデミーオブアート大学に入学。在学中の2013年、短編アニメーション「ダム・キーパー」に参加。 卒業後はSony Interactive Enertainment Americaでアニメーションインターンを経て、現在トンコハウスでリードアニメーターとして活躍中。
「アニメーションだけ苦手だった」ジェネラリスト時代。27歳で意を決してアメリカへ
CGW:2017年の「新・海外で働く日本人アーティスト」で取材記事を公開させていただいた以来のインタビュー記事になりますね。
活躍の場をさらに広げている中村さんですが、あらためて現在のご活動について伺えますか?
中村俊博氏(以下、中村):はい。現在は『ONI』というNetflixオリジナル作品の制作に、アニメーションリード兼アニメーションスーパーバイザーとして携わっています。『ONI』は日本の昔話をモチーフにしたアニメーションで、CGは、日本のマーザ・アニメーションプラネットさんとアニマさん、Megalis VFXさんの3社と共同制作しています。
CGW:スーパーバイザーのご経験はこれまでにも?
中村:トンコハウスは15人前後の小さな会社で、アニメーターは僕ただ一人なんです。なのでじつは、肩書きは結構あいまいで、アニメーターではあるのですが、プロジェクト単位でほかのタイトル(肩書き)を兼務することはありました。
ただ「アニメーションリード兼アニメーションスーパーバイザー」という大きな肩書きは、今回が初めてです。全体を統括するプレッシャーはありますが、かなり良い作品に仕上がっているので、僕自身も公開が楽しみです。
『ONI』以前は、2017年にHuluオリジナル2Dアニメーション『ピッグ - 丘の上のダム・キーパー』、2016年に短編映画『ムーム』の制作に参加しました。
中村:ダム・キーパーはもともと、トンコハウスが立ち上がる前の2013年に、当時ピクサーに在籍されていた堤監督とロバート監督が独自に制作されたショートフィルムなんです。僕がトンコハウスに入るきっかけになった作品でもあります。
CGW:中村さんはサンフランシスコの美大に在学中の2013年に、『ダム・キーパー』の制作に参加されたんですよね。27歳で渡米されたのはなぜですか?
中村:はい。ただ、僕はもともと福岡のCGの専門学校を出たあとにCGアーティストとして6年働いていたのですが、じつは日本では、アニメーションに一切触れてこなかったんです。
学校でも会社でも教わらなかったので当然なんですが、CG全般には自信があったのに、アニメーションにだけはアレルギーがあって(笑)。「苦手なままアーティスト人生を終えるなんて嫌だ」と思って、ほかは全部捨てて、アニメーションに特化して学べるサンフランシスコのAcademy of Art University(アカデミー・オブ・アート大学)に入ったんです。
ジェネラリスト×アニメーター。スキルの掛け合わせで、トンコハウス唯一の存在に
CGW:勇気あるご決断でしたね。実際に渡米してみていかがでしたか?
中村:CGの学び方にまつわる、新たな発見がありました。というのも、日本にはジェネラリストが多かった一方で、アメリカにはスペシャリストが多いことに気づいたんです。
スペシャリストというのは、ある一つのスキルを極めた人のことです。どちらが良い悪いではなく、単なる違いの話にはなるのですが、日本ではCGの全工程を、ひとつひとつ順番に学んでいたんですよね。だから僕の場合、アニメーションに辿り着かなかった。
こちらでは、たとえば僕の通っていたAcademy of Art Universityには「ピクサークラス」があったのですが、アニメーションに特化して、かなり深い部分まで学ぶことができました。授業の内容も、アニメーションの技術より「なぜそうなるのか」を深堀りする、哲学的なことが中心でしたね。
こんなふうに、アメリカには"1つのスキルを極める”という文化があるので、反対に日本のジェネラリストのように、ひとりですべてこなせる人が少ないんです。だから、アニメーターが作品をつくろうと思ったら、リガーやモデラーの友人を探すしかありません(笑)。
日本とアメリカでなぜこうした違いがあるのか? どちらが良いのか? は僕にもまだわかりません。ただひとつ言えるのは、日本で得たジェネラリストの知識がなかったら、僕は今アメリカで生き残れていない……ということ。日本でアニメーション以外のすべてを学んだからこそ、トンコハウスで「なんでも屋さん」のようにいろいろ任せてもらえて、それが今の信頼に繋がっている気がするんです。
CGW:つまり、日本とハリウッドのスキルを掛け合わせれば、中村さんのように世界で活躍するのも夢ではないんですね。
中村:全然夢ではありません。しかもアニメーションって、腕の"磨きがい”があるんですよ。
ジェネラリストとして働いていたとき、作品のクオリティがパソコンの性能によって変わってしまうことに、少し違和感を感じていました。安いパソコンだとレンダリングのスピードが遅かったり、数百万ポリゴンのモデルをつくれなかったり。「それって人間じゃなく、もはやコンピュータの作品では?」と。
でもアニメーションは、今でこそテクノロジーを駆使していますが、原点をたどると"紙とペン”なんですよね。パソコンの性能に頼らずとも、昔は"腕1本”あれば、誰でもアニメーションをつくれたんです。それは紛れもなく「人」の作品であり、作品のクオリティも自分の「腕次第」。そこにアニメーションの魅力を感じて、今に至ります。
ハリウッドスタイルの肝は「重さ」。表現のコツは"ちょっとした嘘”
中村:そんな僕なので、最初はアニメーションに苦労しました。そのうちのひとつが、ウォークサイクルなんです。
これまでに50以上はウォークサイクルをつくってきましたが、はじめは不自然さしかなくて……。ウォークサイクルって基本中の基本、かつ地味なアクションだけれど、じつは奥が深いんです。というのも「歩く」という動作って、すべての人が日常的に目にするじゃないですか。素人でも目が肥えているので、お客さんはほんの少しの違いでも「変だな」と感じてしまうと、肝心の物語に集中できなくなるんです。
学生がよく「戦う」や「剣を振りまわす」といった派手なアクションをつくることがありますが、こうした動きはお客さんの目をごまかせるので、実力以上に上手に見えます。その点ウォークサイクルのようなシンプルな動きは、コツを押さえないと実力がばれてしまいます。
CGW:派手なポーズより、じつは難易度が高いのですね。チュートリアルで注目して見てもらいたいポイントはありますか?
中村:「重さ」の表現方法です。
「人間をトレースしたのに、なんか違和感がある……」と感じたことあるアニメーターは多いと思います。 それはなぜかというと、実際の人間とCGのキャラクターでは、構造が若干異なるからです。
たとえば人間が歩いている姿は、側面から見ると腕や足が動いていても、正面から見ると「横の揺れ」があまりないことがわかります。
ですがCGでは、この「横の動き(顔や腰)」で体重移動を表現してあげないと、すごく"軽く”見えてしまうんです。
CGには「CGなりのリアルさ」があるので、人間を完全コピーするだけでは不自然になる。だからCGでは、敢えて「ちょっとした嘘」をつく必要があります。チュートリアルではその点を、くわしく解説しています。
ちなみに、チュートリアルを観る前には、自分で歩いている姿を撮影するのもおすすめです。そしてその動きを「点」で追ってみてください。アナログなやり方ですが、人間の体ってすべて一緒に動くわけではなくて、中心を基点にバラバラに動くんですよね。腰→上半身→頭、のように。一度その原理を頭に入れてしまえば、次はリファレンス(=動画)を撮らなくても大丈夫になります。
CGW:なるほど。チュートリアルでは中村さんもリファレンスを撮影されていますが、普段は撮らないのでしょうか?
中村:いえ、僕たちプロも7〜8割の割合で撮ります。「振り向く」のような単純な動きなら撮らないこともありますが、基本的には自分で体を動かして「あ、今ここが動いた!」と感じてみます。撮らなくても良いアニメーションができるならそれが一番ですが、おそらくそれは、どんなに経験を積んだプロでも難しい。iphoneやスマホなら手間も少ないので、ぜひやってみてほしいですね。
中村:そういえば以前、日本との違いに驚いた経験があります。
ウォークサイクルで人の体が一番沈むポイントは、地面に足がついた瞬間のコンタクトポイント(①)ではなく、その次の瞬間(④)なんですね。つまり、足が着いた瞬間はまだ体重が乗り切れておらず、膝が曲がって沈み込むときにグッと乗るイメージです。こちら(アメリカ)のアニメーションはリアルさを重視するので、この「重心の移動」を繊細に表現します。
中村:しかし日本では、①と④を混同してしまっているウォークサイクルをよく見ます。もちろんアニメーターによって大きく異なるため一概には言えませんが、アニメ文化の名残でしょうか、CGでも「すばやさ」や「爽快さ」が重視されていると感じることがあります。するとやはり、軽く見えてしまうんですよね。
CGW:そうなんですね。では、基礎はハリウッドスタイルで学び、日本のスタイルは応用的に身につけたほうがよいのでしょうか?
中村:僕は日本でアニメーションを勉強したことがないので、どうしても海外の視点にはなってしまいますが、誇張(=リアルと異なる動き)は、基礎となる土台がしっかりあってこそ上手く表現できます。その逆は、クオリティを保つのが難しいのではないでしょうか。
ウォークサイクルは、一度完璧なものをつくってしまえば、応用していろいろな動きに挑戦できるし、デモリールにも追加できます。チュートリアルではカット一切なしで、0からウォークサイクルをつくっています。ぜひ真似してつくってみてもらえたら嬉しいです。
良いアニメーションには「理由のないポーズ」がない
CGW:ありがとうございます。ちなみに、中村さんがアニメーションをつくる際に大切にされていることは何でしょうか。
中村:どんな演技にも「理由」をつけることです。たとえばウォークサイクルなら、
・歩いている人の心情(嬉しい?悲しい?)
・地面の状態(でこぼこ?平たいコンクリート?)
・気候(暑い?寒い?)
など、そこまで考えながらつくります。
僕はアニメーションエイドで講師もしているのですが、生徒の作品にありがちなのが、「何もない平面的な空間で、キャラクターがただ剣を振っている」のようなアクションです。それで「なぜこのポーズにしたの?」と聞くと、たいていは「いや、とくに理由はないです」「かっこいいと思ったから」と返ってくる。それに対して僕は、「理由がないとポーズはつけちゃ駄目だよ」と伝えています。なぜなら、アニメーションで大切なのは、見る人に何を伝えたいか?だからです。
CGW:といいますと?
中村:たとえば剣を振りまわすアニメーションなら、見ただけで「剣の重さ」や「敵は誰なのか」、「周りの環境」、「力の強さ」などの背景が伝わってくるといいですね。それはその人にしかつくれないアニメーションなので、心が動かされます。
そうした、キャラクター自身の背景が伝わるアニメーションをつくるコツは、とにかく理由のないポーズを削ぎ落とすこと。すると、ポーズがどんどん減ることに気づくと思います。それで大丈夫です。極端な話、理由があるのなら、顔だけの演技になってもかまわないんです。
CGW:とても参考になります。中村さんのような「ハリウッドスタイル」のアニメーションを学べるスクールは、日本にもあるのでしょうか?
中村:はい、オンラインでたくさんありますよ。僕自身も最近まで、ディズニーやピクサーのアニメーターの方がやっているオンラインのクラスを受講して、ポートフォリオを強化していっていました。前述のアニメーションエイドも、若杉くん(CGWORLD編集長・若杉遼氏)をはじめ、海外で活躍するアニメーターが講師を務めているのでおすすめです。
CGW:トンコハウスにもオンラインコミュニティがありますよね。月額1,500円と拝見しましたが、どんな内容なのでしょうか。
中村:トンコハウスのものは、どちらかというとアニメーションよりアート全般にはなるんですが、メンバー同士で作品を評価し合ったり、著名な監督さんやアーティストさんのインタビューでライブ質問ができたり、ペインターやイラストレーターから直接学べたりと、お得な内容だと思います。なんだか宣伝のようになってしまってすみません(笑)。
トンコハウスってちょっと特殊な会社で、とてもオープンなんです。YouTubeやSNSで技術を包み隠さずシェアしているし、メンバーが出入りしやすい雰囲気があります。たとえば僕が「ピクサーに行きたいです」と話したときも、「もちろん。勉強してまた戻っておいで」と背中を押してくれました。「トンコハウス」という会社名のとおり、まさに家のような場所です。
CGW:日本ではなかなか見ることのない社風で、素敵ですね。お仕事のない日はどんなふうに過ごされていますか?
中村:そうですね、休日はカフェでスケッチをしたり、ジェスチャードローウィングに参加したりしています。ジェスチャードローイングは、大学の一部を貸し切ってヌードのモデルさんをデッサンするクラスで、こちらではよく無料で解放されているんです。
ジェスチャードローイングの良さは、人間の体の構造を学べることです。CGって良くも悪くも「なんでもあり」なので、構造を理解していないと、人間の骨格上不可能な動きを、気づかないでつくってしまうんですね。ジェスチャードローイングで「ここはこうやって曲がるんだ」という感覚を身につければ、CGで発揮できる。日本でも探せば、美大などでやっているところがあるのではないでしょうか。
リモートでハリウッドで働ける時代。怖がらずに世界に挑戦してほしい
中村:僕は幼少の頃からピクサーに憧れて、「ピクサーがあるから」という理由でサンフランシスコに来たこともあり、じつは以前まで「日本のCGは遅れている」と思い込んでいました。
それが今回、日本のマーザさんやアニマさん、Megalisさんと『ONI』でご一緒して、考えが覆されました。彼らの技術はこちらのクリエイターを遥かに上回っていて、作品のクオリティも物凄くて。「こんなにすごい人たちがいたんだ」と、自分の認識違いに気づいたんです。と同時に、こうした実力ある方々が世界に知られていないのは、それを発揮する機会がじつは与えられていないだけなのでは?とも感じました。
CGW:なるほど。それは制作費用や需要の面で、日本はCGアーティストの活躍する場が限られている、ということですか?
中村:そう思います。なので、日本のアニメーターにもっと世界へ出てほしいですね。今はリモートを活用して、日本にいてもハリウッドで働ける時代なので。そしていつか、日本初のハリウッド作品ができたら嬉しいです。
じつはトンコハウスも今、リモートワークが主流なんです。社内の6〜7割を占めるペインターは基本的に日本オフィスからリモートですし、ヨーロッパにいる人、コロナ禍で韓国に帰国して引き続き働いている人もいます。僕もここ2年は、ほとんどリモートです。ミーティングの時間合わせは大変ですが、じつはメリットもあるんですよ。
たとえば、日本とアメリカは時間帯が真逆なので、敢えてそれを活かして、24時間フル稼働しています。アメリカで日中作った制作物を夜までに日本に送って、アメリカが寝ている間に日本にレビューしてもらい、日本から上がってきた修正をアメリカが朝に対応する。タイムロスが0になって、かなり効率がいいんです。今の世界情勢ならあらゆる企業で取り入れられると思うので、このリモートの良さをもっと活用してほしいな、と思います。
それこそ昔は、海外に行かないとハリウッドの技術を学べない時代でした。でも今は違います。多少の英語スキルさえあれば、日本にいても世界に挑むことができる。ちなみに僕はもともと口下手で、かつ日本で働いていたこともあり、口より手を動かすタイプなんです。職人肌というか。英語も、今でも勉強中です。
ただ、「作品で語る」ことはできていると思うんですね。もちろん英語は若いうちから身につけるのがおすすめですが、決して100%を目指す必要はありません。
なので怖がらずに、どんどん海外の企業にメールを送ってみてほしいですね。そうして、世界で得た知識をもって、日本のCG作品の底上げをしていただきたいです。
CGW:中村さん、ありがとうございました。
中村俊博氏のチュートリアル『ウォークサイクルの作り方』
About
本動画はウォークサイクルを0から解説を加えながら作っていきます。前半ではリファレンスを見ながら体の構造、動き方を解説し、標準のウォークサイクルの作成後には女性らしい歩き方や色々なキャラクターに合わせた歩き方のTipsも収録しています。 一度完璧なウォークサイクルを作ってしまえば、今後色々な場面で 自分の作ったサイクルを使えたり、ストックしておくことにより仕事にも役に立ちます。
【対象者】
Mayaを使える方。アニメーション機能を理解されてる方。
※Mayaの基本機能の使い方の説明はございませんので、ご注意ください。
【使用ソフトウェア】
Maya2020 英語版
TEXT&INTERVIEW_原 由希奈/Yukina Hara(@yukina_0402)
EDIT_西原 紀雅/Norimasa Nishihara