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    今回はサンフランシスコで働くデジタル・アーティストを紹介しよう。バークレーにあるアニメーションスタジオ「トンコハウス」は、元ピクサーの堤 大介氏とロバート・コンドウ氏の2人が中心となって立ち上げたユニークなアニメーション・スタジオ。このスタジオで、アニメーターとして活躍するのが中村俊博氏だ。日本でプロとして経験を積んだ後アメリカに留学し、「海外で働く」という夢を叶えた中村氏の横顔に迫った。

    TEXT_鍋 潤太郎 / Jyuntaro Nabe
    ハリウッドを拠点とするVFX専門の映像ジャーナリスト。
    著書に『海外で働く日本人クリエイター』(ボーンデジタル刊)、『ハリウッドVFX業界就職の手引き』などがある。
    公式ブログ「鍋潤太郎☆映像トピックス」


    EDIT_山田桃子 / Momoko Yamada

    Artist's Profile

    中村俊博/Toshihiro Nakamura(Tonko House:Animator )
    福岡県出身。2003年に福岡コミュニケーションアート専門学校(現・福岡デザインコミュニケーション専門学校)を卒業後上京し、CGジェネラリストとしてTVコマーシャル、PVなどの分野でキャリアをスタート。その後フリーランスに転身、東映アニメーションで映画制作に携わったほか、NHKのCG・VFX部門にて『NHKスペシャルドラマ 坂の上の雲』の制作を2年間担当。2010年に渡米しサンフランシスコの美大、アカデミー・オブ・アート大学に入学。在学中の2013年、短編アニメーション映画『ダム・キーパー』にAfter Effectsアーティストとして参加。卒業後はSony Computer Entertainment America(現・Sony Interactive Entertainment America)でのアニメーション・インターンを経て、アニメーターとしてトンコハウスに就職し現在にいたる。

    <1>福岡の専門学校を卒業後、上京して様々な会社で経験を積む

    ーーまず、学生時代の話を聞かせください。

    中村俊博氏(以下、中村):幼少時代から絵を描くのが好きな子供でした。高校生の頃、日本では3DCGが流行りだしていたので、卒業後は漠然とCGアーティストになりたいと思い、福岡コミュニケーションアート専門学校に入学して3DCGを勉強しました。当時は3ds Maxを学んでいて、卒業する頃に福岡のゲーム会社レベルファイブにインターンとして採用されました。

    ーー日本ではどのようなお仕事をされていたのでしょうか。

    中村:レベルファイブでのインターンが終わった後、すぐに上京してCM制作会社に就職し、4年間働きました。とても小さな会社だったので、打ち合わせや撮影の立ち会いから、TVCM・PVの3DCGなどあらゆる仕事に携わっていて、とても忙しかったですね。常に2~3本の案件を抱えていたので、スケジュール管理や作業スピードを上げる方法などは、ここで鍛えられたと思います。その後「海外で働きたい」と思いフリーランスに転身し、東映アニメーションで3本の劇場映画の制作を担当した後、NHKでドラマのVFXを手がけるかたわら、帰宅後は朝までフリーランスの業務をこなすという、なかなかハードな2年間を過ごしました。「眠りの中村」というあだ名をくださった上、海外への後押しをしてくれたNHKの松永孝治さんには、今でも頭が上がりません。

    ーー留学されたときのお話を聞かせください。

    書籍『海外で働く映像クリエーター』に先輩デジタル・アーティスト達が多く通っていると書かれていたサンフランシスコのアカデミー・オブ・アート大学 Animation & Visual Effects科に入学しました。そこにはピクサー・クラスという現役のピクサー・アニメーターが教えているクラスがあります。このクラスでは基礎固めとしてバウンシングボール(はずむ球体)、ウォークサイクル(歩く動作)の制作から始まり、レベルが上がるにつれパントマイムやダイアログのテストアニメーションを学びました。例えば好きな映画の俳優や女優を選び、どういう要素がそのキャラクターをスペシャルにしているかを分析した後、自分でオリジナルのストーリーをつくり、キャラクターに適用してアニメーションさせる課題がありました。完成したアニメーションを先生やクラスメイトに見せて、そのキャラクターが誰をリファレンスにしたかを当ててもらうというもので面白かったですね。とても深くキャラクターについて考えないと、アニメーションは人に伝わらないという事を学びました。このようにアニメーションの技術よりも、「なぜこのキャラクターがいるのか」とキャラクターの背景から考えることを重視したクラスでした。毎年ピクサー・クラスから1、2人ピクサーのインターンに受かっているので、ちょっとした登竜門にもなっていましたね。授業ではポートフォリオの提出が義務づけられていて、評価が3段階あり、自分は卒業するまでに最高評価のレベル3を3回も取っていたので、先生に「いつまで学校にいるんだ」と怒られました(笑)。大学のスプリング・ショーという年に一度のコンペティションで賞を受賞し、アニメーションに対する精神やスキルをしっかり学ぶことができましたね。そのほかにも大学時代は様々なことに興味があり、3DCGはもちろん、油絵、粘土、パースの授業にカラーや解剖学の授業も受講していました。2Dアニメーションの授業も楽しかったですし、ドローイングのワークショップが無料で行われていたので、授業が終るとよく顔を出していました。

    ーーどのような経緯でトンコハウスで働くことになったのでしょうか。

    アカデミー在学中に『ダム・キーパー』という短編作品に関わったことが、大きなきっかけです。当時まだピクサーに在籍されていた堤 大介さんがコンポジターを募集していたので、日本で制作したデモリールを送ってみると即採用され、8ヶ月ほど制作に参加させていただきました。卒業後はトンコハウスのロバート氏からの紹介で、Circle square creativeからTwitterやGoogleの仕事をいただきながら、何社かにデモリールを送っていました。LAIKAでは映画『Kubo and the Two Strings』の制作採用ということで電話面接までいったのですが、残念ながら不採用でした。「なかなか、うまくいかないものだ」と思っていたら『ダム・キーパー』時代の同僚でSony Computer Entertainment(現・Sony Interactive Entertainment)のアニメーターから連絡がありアニメーターのインターンを紹介されました。その後、3ヶ月間はアニメーション・インターンとしてゲーム内モーションをつくっていました。その頃から堤さんと連絡を取り合い、インターン終了後、トンコハウスから就職のオファーをいただきました。

    映画『ダム・キーパー』公式トレーラー
    thedamkeeper.jimdo.com

    <2>トンコハウス、そしてサンフランシスコで働くこと


    トンコハウスの同僚と

    ーートンコハウスは、どんな会社でしょうか。

    トンコハウスは「ハウス」というだけあってとてもアットホームな会社です。社員同士の距離が近くスタジオの内装も自分たちで手づくりしていて、暖かな雰囲気があります。会議室がないので上層部の会議が丸聞こえで、トンコハウスでは秘密などいっさいありません(笑)。スタートアップでまだ小さい会社ですが、日本と共同で短編アニメーション映画(『MOOM/ムーム』)をつくったり『ダム・キーパー』のグラフィックノベルをつくったりと、幅広く活動しています。現在進行中の作品は、Hulu向けに『ダム・キーパー』のTVシリーズを制作中です。元ピクサーのエリック・オー監督による2Dアニメーションで、自分の2Dアニメーターとしてのデビュー作品となります。さらにこれから『ダム・キーパー』の長編映画も制作予定なので、ぜひご期待ください。

    映画『MOOM/ムーム』ティザー映像
    twitter.com/moomthemovie

    ーー現在の仕事の面白いところは、どんな点でしょうか。

    3Dアニメーションだけではなく2Dアニメーションも制作したり、コンポジションやエディット、グラフィックノベルの絵に色を塗ったりと、様々な仕事に携わることができる点です。

    ーー仕事ではどのようなツールを使用されていますか?

    3Dアニメーションの制作ではMayaを使用しており、2Dアニメーションの制作ではTVPaintを使っています。レンダリングはアニマさんのお力を借りV-Rayで、コンポジットでは主にAfter Effectsを使用しています。3DアニメーションはトンコハウスのYoutubeチャンネルで見ることができますのでぜひご覧ください。

    ーー海外で働くにあたり、英会話のスキルはどのように習得されましたか?

    日本ではPodcastを聞いたりNHKの教育番組を見たりと独学で勉強していました。アメリカに渡ってからは大学に入る前に3ヶ月間、語学学校に通い友達をつくりながら勉強していった感じです。海外にいるとリスニングは何もしなくても伸びますが、話す力はやはり人と実際に話さないと伸びないのだと感じました。英語の勉強は教科書だけではなく、海外の人と話すことに慣れるのが近道だと思います。現在も、ネイティブがよく使う単語をメモに取り自分でも使ってみるなど、勉強は続けています。

    ーーサンフランシスコの生活はいかですか?

    自分がアメリカに来てから約7年の間にサンフランシスコの家賃が高騰(約1.5倍)して一人暮らしは難しくなりましたが、シェアハウスや友達と暮らすことも楽しいですし、治安もそこまで悪くありません。こちらで働きたい人は、ぜひ一度遊びに来てください。


    仕事中の中村氏

    ーー将来、海外で働きたい人へのアドバイスをお願いします。

    海外に行くことを悩んでいる人は、とりあえず飛び込んでみてはどうでしょうか。実際に行ってみて海外が合わないこともあるでしょうし、逆に海外の方が働きやすいと思うこともあると思います。行ってみないとわからないことがたくさんあるので、一度「海外に触れる」という意味でも、まずは飛び込んでみることが大事かもしれません。それと同時に、自分のレジュメやポートフォリオは常に更新して、いつでもアピールできるよう準備しておくことが仕事を勝ち取るために重要かと思います。今は日本からもWebで求人情報を閲覧できますし、恐れることなくどんどん応募したほうが良いと思います。チャンスは誰にでも平等にやってくるので、それを逃さないようにすることが大切ですね。

    【ビザ取得のキーワード】

    1.福岡デザインコミュニケーション専門学校を卒業
    2.国内CGスタジオで経験を積む
    3.アカデミー・オブ・アート大学で4年間アニメーションを学ぶ
    4.トンコハウスに就職、就労ビザH-1Bを取得

    info.

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