近年、札幌市はゲーム・アニメなどのクリエイティブ業界に従事するCGクリエイターやプログラマーなどの人材育成に積極的に取り組んでいる。取り組みに至った経緯やこれまでの活動内容を紹介するとともに、札幌市で活躍するクリエイティブ企業と教育機関の担当者に札幌市という地域の特性や、クリエイターが働く場合の魅力などを伺った。

記事の目次

    札幌のクリエイティブ産業の現況と課題

    札幌市のCG関連企業数は、89社(2021年時点)と人口上位10位までの政令市の中で2番目に多く、3DCG関連で働くための就職先が市内に多く集積している。ゲーム関連企業についても、企画や開発を事業とする企業が約70社存在。昨今は道外のゲーム・アニメ会社の開発・制作拠点の札幌への進出が増加中で、それに伴ってより多くのクリエイティブ人材が求められており、近年のゲームやアニメで欠かせない3DCGについても需要が増加している。

    一方、教育分野に目を向けると市内のCG関連の教育機関の数は16校(2020年時点)、CG関連の学生総数は1,280人(2020年時点)と国内の各地域と比較しても上位に入る地域だ。ただ、道外就職の割合が高いことや、クリエイティブ企業が増え続けていることで高まる人材需要に応えきれていないという課題も存在する。

    そういった状況に対して、近年の札幌市の取り組みとしては、ゲーム・アニメ分野の人材育成を見すえて、ゲーム開発体験やプロのトークセッションが開催される「Sapporo Game Camp」の運営協力や、CGクリエイターやプログラマーを目指す学生を対象としたインターンシップ事業の運営、小・中学生を対象としたCG体験イベント「~作って 動いて 楽しく体験~3DCGの世界にとびこもう!」の主催などがある。

    2月3日~2月4日に開催された「~作って 動いて 楽しく体験~3DCGの世界にとびこもう!」の様子

    札幌のクリエイティブ産業の変遷

    ここからは、札幌市で活躍する企業や教育機関の視点での、札幌でのクリエイティブ業界の変遷や、札幌市の産業振興の取り組みの現状を紹介する。クリエイティブ企業として、札幌で30年以上にわたって活躍を続けるハ・ン・ド、札幌に魅力を感じて2022年に設立されたカヤックポラリスの2社に、そしてクリエイティブ人材を輩出する吉田学園情報ビジネス専門学校に話を伺った。

    ゲーム業界からの視点

    CGWORLD(以下、CGW):札幌のゲーム業界の変遷を教えていただけますか?

    三上 哲氏

    株式会社ハ・ン・ド
    取締役 執行役員 札幌スタジオ管掌

    株式会社 ハ・ン・ド

    札幌の本社から始まり、東京と名古屋にも開発スタジオを置く設立30周年を迎えたゲーム開発会社。社内にプログラマー、CGデザイナーだけでなく、ディレクター、プランナーも在籍し、企画段階からチーム体制でゲームを開発することができ、さまざまなクライアントと組むことで幅広いジャンルのゲームが世界中に向けて商品化されている。

    >> ハ・ン・ド 会社HP

    三上哲氏(以下、三上):古くは、北海道大学の教授や学生、あるいは新しい機械工作などが好きな若者が集まる場がいくつかできていく中で、今で言うパソコンがマイコンと呼ばれている時代に、ハドソン、デービーソフトなどの限られた数社が、ゲームソフトを開発・販売する会社(ソフトハウス)として立ち上がり、つくられたゲームを全国で販売し大成功していました。


    以降、多数のソフトハウスも増えていく中で、任天堂のファミリーコンピュータなどのゲーム専用機向けのゲームソフトを開発する会社も増えていき、ゲーム機のハードウェアの進化に合わせて、CG制作技術も重要になり、いくつかのCG専門会社が立ち上がったり、専門学校や大学の専科も増えることで、道外の企業がスキルの高い人材を求めて札幌に開発スタジオを増設したりもしています。

    CGW:札幌のゲーム関連企業の傾向や特徴を教えてください。

    三上:いくつかあった大きなソフトハウスもやがて分散していき、その出身者が起業したゲーム開発会社などが多くなりました。私の在籍しているハ・ン・ドに関しては、その流れとは別で代表の的場が独自にゼロから立ち上げた会社ではありますが、私のようにソフトハウス系企業から転職した人も増えたことで、現在の札幌のゲーム開発各社は、以前同僚であったり、過去に同じゲームをつくっていた仲間がいることも多いという環境の企業も多数あります。

    いつでも気軽に声をかけて助け合いながら技術交流もし、よりよいゲームやCGを制作できるスキルアップになっています。仕事の相談がない時でもよく集まって、過去話だけでなく今後の業界の話などで盛り上がったり、ゲーム大会なども行なわれているようです。

    アニメ・CG業界からの視点

    伊藤 暢啓氏

    株式会社カヤックポラリス
    代表取締役

    株式会社カヤックポラリス

    カヤックポラリスは面白法人グループと相互にシナジーを図ることで、次世代のエンターテイメント領域に挑戦するスタジオです。特にどのプラットフォームでも必要とされるキャラクターモデル開発に注力し、当分野でのオンリーワンを目指します。ゲーム開発から、XRCGアニメ、Webtoonと事業範囲を拡大しているカヤックアキバスタジオとの連携により、リアルタイムレンダリングなど最新技術の活用が可能です。

    >>カヤックポラリス 会社HP

    CGW:なぜ札幌で新たに会社を立ち上げられたのでしょうか?

    伊藤暢啓氏(以下、伊藤):以前代表を務めていたグラフィニカ時代の2013年に札幌にスタジオを開設し、8年間直接経営に関わった経験から、札幌がクリエイターを育成する環境として優れていると感じていました。そして面白法人グループの「つくる人を増やす」活動に加わり、3DCGを作る人を増やす活動の拠点として札幌市を選びました。

    弊社が入居した「札幌市産業振興センター Sapporo Business VILLAGE」に入居させていただき事業をスタートしていますが、非常に環境も良くスピーディーに業務を開始することができ、お陰様で初年度から収益を計上できました。移住スタッフも徒歩で通勤できる理想的な生活環境に喜んでおり、積極的に移住クリエイターの採用ができます。

    CGW:札幌のアニメ・CG関連企業の傾向や特徴を教えてください。

    伊藤:多くのスタジオは東京や関西圏からの受託で成り立っているので、市内で同業者と一緒に仕事をする機会は少ないと感じています。当社も協力会社は東京関西圏が主力です。スタジオの制作体制も各々のクライアントに合わせた体制なので一緒に仕事がし難い原因だと感じます。札幌発信のコンテンツを生むためには、企画から資金調達までリードできる企業が育ってくる事が必要だと思います。

    教育機関からの視点

    橋本 直樹氏

    専門学校北海道サイバークリエイターズ大学校
    校長

    専門学校北海道サイバークリエイターズ大学校

    産学連携を軸とした実践教育を行なっている学校です。ゲームCG業界への就職率は全国でもトップクラスであり、多くの卒業生が札幌をはじめ首都圏、関西圏、九州などで活躍しています。CGに興味を持った皆さんに安心して学べる教育環境を提供いたします。

    ※2025年校名変更予定 現校名:吉田学園情報ビジネス専門学校

    >>吉田学園情報ビジネス専門学校 学校HP

    CGW:3DCGクリエイターを目指す学生の志願状況や、その後の就職状況に関して教えてください。

    橋本直樹氏(以下、橋本):CG学科について、現在はまだ出願受付期間中なのですが、昨年度は早期に定員を満たした学科でした。3年間という教育期間で、モデリング、アニメーションなどの基礎から、高難易度のキャラクターアニメーションが制作できるカリキュラムを用意しています。それらを学んだ本校卒業生は約50%が道外のゲームCG企業へ就職し、残りの約50%は地元北海道で採用されゲーム企業やCGアニメ企業に就職をしています。

    札幌のゲーム会社はデベロッパーが多いことに起因して、ビックタイトルに携わっている企業も多く、「この作品も道内企業が関わっていたのだな」という作品も多いので、おのずと本校卒業生の名前をエンドクレジット等で見る機会が多くなっています。

    CGW:クリエイティブ関連企業と連携して取り組まれている活動はありますか?

    橋本:道内の専門学校10校で「G-Dream」という組織を立ち上げ、ゲームCG業界の合同企業説明会を開催しており、本校もその一員として運営協力をさせていただいています。本校独自のものとしては、現役クリエイターから作品評価と特別講義、学内での採用試験の実施を推進しており、企業と学生が接触できる機会を年40回超えで実施しています。

    海外企業で活躍するクリエイターから直接指導する機会も創出し、インターナショナルな活躍をするための動機付けも意識的に取り組んでいます。今後は海外学校との教育連携を推進していく計画もあります。

    札幌市の産業振興の取り組みに関して

    CGW:札幌市のクリエイティブ産業振興の取り組みをどのようにとらえていらっしゃいますか?また、市の取り組みに対してさらに期待されていらっしゃることはありますか?

    三上:昔はこの広すぎる北海道の中で、離れた地方の学生がゲームやCGを作る仕事をしてみたいと思っても、両親どころか高校の先生に相談しても、どんなところで何を学べばよいかわからずに、「そういう仕事をしたければ、東京の学校に行かなければいけないのでは…」となっていました。


    今では、札幌近辺に大学だけでなく専門学校もあり、学べる環境が増えている事も知られてきておりますが、それでも、「ではその中でさらにどういう選択肢があったり、自分にはどこが向いているのか」を判断する材料が乏しいのが現実かと思っております。


    ですので、札幌だけとは言わず、北海道の中において、これらの業界で働くためには高校生の頃からそれらの選択肢をどう選べばよいのか、を知る機会を増やしていきたいと思っています。どのような学校で学んだ先輩が、いまはどのようなクリエイティブ活動をして活躍しているかをより具体的に知ることができる学校や企業を集めての紹介イベントを、夏休みの時期に札幌ドームで開催してほしいと思っています(笑)。

    伊藤:グラフィニカ時代、そして今回の札幌の進出に関して、一貫した手厚いご支援を頂いて大変感謝しています。今後の期待としては教育機関の充実です。AIなどの技術革新によって、よりクリエイティブな素養が求められるので、アート系教育機関の充実が必要だと感じます。

    橋本:「札幌映像活用推進プラン(第2期)」を改定する委員会に参画させていただき、提言させていただきましたが、成長産業であるゲーム産業、そしてそこで勤務するCGクリエイターやプログラマーの人口が多いので、そこにフォーカスした行政支援があるべきと思っていました。

    このプラン以前には本校が主管して、文部科学省委託授業である「北海道におけるデジタルエンタテインメント関連人材育成協議会」を立ち上げ、地場の企業の皆さん、行政の関係各所の皆さんと当該分野の人材育成に寄与してきましたので、昨今の札幌市さんの取り組みは、地場のCG産業を押し上げる本当に素晴らしいものと捉えています。本校も何かお手伝いできることはないかと常に考えてはいます。

    札幌で働く魅力とは?

    CGW:最後に、札幌市ではたらく魅力についてお伺いできますでしょうか?

    三上:以前は私も、某社がハワイなどに開発拠点を構えているのを「うらやましいなぁ、そういう場所で開発してみたいな」などと思うこともありました。実際には日常の言語や家族を連れて移住できるのかという問題に直面しますが(笑)。しかし、そういった拠点で働いていた人の話を聞くと、私がイメージしていたよりのんびりと開発していて、世の中の技術向上からも隔離されてしまっている印象で、実際にそれらの開発スタジオはどんどん閉じてしまっていると思います。


    そんな時にふと考えてみると、この札幌や北海道は、東京を中心とした日本のゲーム業界の中でも遜色なく世界中に向けた最新のゲーム開発に関わりながら、プライベートな時間では食べ物の美味しさや自然など、とても充実した時間を過ごすこともでき、とてもバランスのとれた環境であると気づきました。もちろん、常に最先端のイベントが実施されている東京の魅力や勉強になるところも多々ありますが、飛行機で日帰りも可能ですし、自分の中では最高にバランスの取れた生活を満喫できています。


    年代や趣味嗜好などにもより、プライベート時間に望むものは人それぞれかと思いますが、適している人には、四季の中でとても充実した生活を過ごしながら、時代の最先端なクリエイティブ活動が目指せるのではないでしょうか。

    伊藤:とにかく生活環境が魅力です。街全体が余裕をもって作られているのでストレスが無く生活が遅れます。地下鉄沿線で活動している範囲では冬の生活も苦労することは少ないです。特に6〜9月は東京での生活と比較すれば天国のようです。気温が低い上に湿度も低く快適な環境です。オフィスも移住スタッフの住居環境を考慮して選ぶ事ができます。新幹線の開通も計画され、より他県からのアクセスも便利になると思います。


    カヤックポラリスも沢山の魅力的な作品に関わっていますので、興味を持っていただけたら幸いです。札幌にご興味があるクリエイターの方は是非お気軽にお声がけください。

    TEXT & EDIT_小倉理生 / Riki Ogura(shushu-kikaku