12月5日(土)に京都精華大学黎明館で行われた「KCCデジタル作画セミナー&セルアニメ新時代研究部会」は、デジタル作画フローの普及を見据え、産学官が連携して企画されたイベントだ。実に約20年にも渡って取り組まれてきたアニメ制作フローのデジタル化だが、「撮影」「仕上げ」に続き「作画」のデジタル化が最後の砦となっていた。
スタジオコロリドによるデジタル作画セミナー
イベント前半は「スタジオコロリドによるデジタル作画セミナー」と題して、『台風のノルダ』で文化庁メディア芸術祭優秀賞受賞も記憶に新しい新井陽次郎監督と、スタジオコロリド作画監督の栗崎健太朗氏による講演が行われた。
「コロリドに参加して3年ほどになりますが、それぞれの作品ごとに線の質が変わっていたりして、思い返すと面白いですね」とコロリドの作品集リールを上映しながら振り返る栗崎氏。登壇した2名はともにアナログ作画からキャリアをスタートし、現在はRETAS STUDIO STYLOS(以下スタイロ。すでに開発終了。)とClip Studioで作画作業を行なっているそうだ。
現在は天王洲アイルに拠点をおくスタジオコロリド、平均年齢は26歳と若い。制作工程のデジタル化を積極的に行い、作品によってはフルデジタルを実現しているというコロリドには、様々な会社が見学にも訪れるという。二氏の考えるデジタル作画のメリットとはなんだろうか?
「紙が不要になるのが第一だと思います。大判のカットは大きな紙にタップで穴を開けて......といったコストも発生しません。ソフトによってはカメラワークもつけられるため、アクションシーンで能率をあげてくれます(栗崎氏)」
「さまざまな捉え方がありますが、『紙の作画を捨てる』というよりは『映像を作る』という部分によりフォーカスできる感覚があります。映像作品を作っているんだという意識の中で作画に注力できるというのはメリットだと思います(新井氏)」
またすべてマシン内に収まっているために作画とプレビューの往復を行ないやすいのも重宝しているとのこと。
新井氏は『ポレットの椅子』の1カットを取り上げ、ラフから原画までのフローを実演。レイヤー構成を活用して"指パラ"のような確認を画面内で擬似的に行う様子も見られた。
▲新井氏のデジタル作画作業実演。
デジタル作画を取り巻く現状の最大の問題は、まだ連携できるスタジオが少ないこと。スタンダードとなるツールが確立されていないことも要因の一つである。
「スタイロスはデジタル作画フローに大事な機能がそろったツールだと思っていて、32bitでメモリも2GBまでなのですが、作画作業には概ね支障ありません。ただ開発は止まっているので、スタンダードになるとは言えないのですが......(栗崎氏)」
「アニメーション機能を備えた多くのツールは、タイムラインが横方向になっています。日本の商業アニメで普及しているタイムシートは流れが縦方向なので、そういうフォーマットの違いがそのまま垣根となってしまっています。(新井)」
▲RETAS STUDIO STYLOSの作業画面の一部。
ノルダでは紙のシートを用いず、必要であればデジタルのものを印刷して、撮影に回すというフローになっていた。これを受け取る撮影側としては「規格外」のシートとなってしまい、混乱の元になったという。
現状は、紙のタイムシートで全てが回っていると言っても過言ではないアニメ業界のフロー。シートには仕上げへの指示等さまざまな情報が、文字だけでなく必要であれば図でも描き込まれる。いま現在のデジタルのツールでは実現できていないシートの自由度の高さが、実は作画のデジタル化そのものに匹敵する大きな課題となっている。
栗崎氏にとっては、ノルダで思い知った連携の難しさが、ワークフローに横たわる様々な問題を考えるきっかけにもなったという。
「やはりデジタルの強みを最大限活かすには、フロー内でアナログとデジタルが行き来する部分は作らないほうがいい。デジタルでやると決めたらある程度時間をとって、じっくりと進めていく必要があります。最適化が進めば、コスト的には下がるし、クリエイティブな部分に集中できる(栗崎)」
「クリスタのアニメーション機能はまだ進化の途上ではあるものの、主線と分けて管理できる部分などはスタイロスに近いと思います。非常に期待しています。あとは素材管理という部分で、スタイロスの優秀さが引き継がれると嬉しいですね。(新井)」
ゆくゆくはデジタル作画フローを長編アニメ制作にも用いたいとの意気込みが語られ、講演は締めくくられた。
京都発信、セルアニメ新時代!
イベントの後半は「京都発信、セルアニメ新時代!」と題された公開研究部会。ジャーナリスト真狩祐志氏の司会のもと、産学さまざまな立場からアニメ制作に携わる7名の登壇者がめいめいの意見を交換した。
トピックとしては、アニメ制作の現状や2000年代以降の変化、労働環境の厳しさ、人材育成などがあげられるが、中でも印象深かったのは、デジタル化のデメリット、弊害についての話題。
前半での講演のとおり『外部との連携面』が喫緊の課題として挙がったが、加えて『初期投資の高さ』『データ管理』『人材育成』もデメリットとして挙げられた。
- 「アニメ業界は非常に多くのフリーランスによって回っている面があります。スタジオに属していればデジタルツールを学ぶ機会も作れますが、フリーランスの場合各自で習得することになります。ソフトだけでなくタブレットも買ってもらって、設備を整えてもらわないと仕事を出せません(ライデンフィルム・坂本氏)」
また、そうした制作実務で用いる機材以外にも、ストレージやネットワークなどのインフラ、システムスタッフを立ててセキュリティや情報漏洩についての保守を行うなどの課題も無視できない。
- 「いままでは言ってみれば"タップ一本渡り鳥"で成り立ちましたが、今後はシステム面に予算を立てることも必須になります。経営側がそのあたりにも責任を持ってあたるべきで、それに合わせて経営体制も変革していくことになるでしょう(コロリド・宇田氏)」
データ管理については、これまで『紙の管理』を行っていた部分がファイルベースに置き換わることになる。全く新規のパートというわけではないが、スキルセットが異なるものであり、感覚の置き換えには十分な時間を要するだろう。
そしてこれら二つとも密接に関わってくるのが、育成の部分だ。どこでどのように習得するのか以外にも、作画ソフトのスタンダードが定まっていない現状、どれを学ぶかという判断は容易にはつかない。ただ、一側面としてツールが定まるのを多勢が『待ち』とした結果、デジタル移行が長引いている向きも決して皆無ではないだろう。また、画材が紙からデジタルへ移行するという点そのものは、「アナログがうまい人はデジタルでも当然うまい。また、若い方ほど画材に対してデジタルかアナログかは問わない印象がある(セルシス・野崎氏)」「作業分担が集約され、表現にこだわれるように拡張される(ワコム・轟木氏)」と必ずしもデメリットにはあたらないようであった。
すでにデジタル作画フローの実践を進めるコロリド宇田氏からは、経営的な目線として「作業の集約」がメリットして挙げられた。デジタルなツールを用いることで、これまでは作画のみに携わっていたスタッフが着彩や撮影にもタッチでき、結果的にスタッフ一人一人の収入増に繋げられるというものだ。「多様な業務をこなすことになりますが、その分一人当たりの報酬はあげられます。業務時間については、アニメ業界一般よりは短くできていると思います。また、今後のツールの進化や環境整備によっては、さらに効率化を図れるでしょう」
このイベントは今後も年一回程度のペースで開催され、継続して成果を確認することが構想されているとのこと。
- 「フローのデジタル化に伴いワークフローが激変し、業界の流れが変わるのではという機運を感じます。大きく動いていくなかで、様々な側面を視野に入れて多角的な意見を言い合う場にできたらと思います(ジャーナリスト・真狩氏)」
まだまだ強固な東京一極集中傾向を持つアニメ業界だが、近年は地方にもスタジオを設ける制作会社が相次いでいる。京都のスタジオ、大学、行政が連携しての本イベントは、継続して開催されるなかでより意義を増していくことだろう。今後に強い期待を寄せたい。
TEXT & PHOTO_岸本ひろゆき
-
デジタル作画セミナー&セルアニメ新時代研究部会
日時:2015年12月5日(土)
主催:京都精華大学アニメーション学科、京都クロスメディア・クリエイティブセンター(KCC)、京都府、京都市
協力:株式会社スタジオコロリド、株式会社ワコム、株式会社セルシス、株式会社ボーンデジタル、CGWORLD、文部科学省事業「アニメ・マンガ人材養成産官学連携コンソーシアム」
後援:一般財団法人 デジタルコンテンツ協会