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ルーベンスやミュシャのスケッチ、ボッティチェリの「ヴィーナスの誕生」、フェルメールの「ディアナとニンフたち」などの名作に学びゲーム開発に生かすことを目的として書かれた「ゲームアート 古典に学ぶキャラクターと世界の描き方」。
著者のクリス・ソラースキはデジタルアートの基本を学びSony Computer Entertainmentで3Dアーティストとして職を得て、環境とキャラクターを制作していたが、コンセプトアーティストたちが、まるで生きているかのようなキャラクターを想像から生み出すことを目の当たりにし、自分には伝統的なアートの訓練が足りないと思い古典的な基本技法を学びました。
本記事では、「ゲームアート 古典に学ぶキャラクターと世界の描き方 LEVEL03 人体」より『重力と動き』について一部抜粋し掲載します。
重力と動き
個々の人間を識別可能にしている特徴の大部分は、体重の支え方で表すことができます。人体を研究するときにアーティストが留意すべきことは、人体が絶えず抗おうとする、重力の見えざる力です。このセクションでは、重力という下向きの力に抗い、身体が倒れないよう支えている生体構造のメカニズム、すなわち、骨格と筋肉の構造を探っていきます。この2つが連携することで、人間を直立させる力が生み出されています。
▲チームフォートレス 2:ヘビー(Heavy Weapons Guy)の骨格構造(作品提供:Valve Corporation)
人間の骨格構造は、建物の構造フレームのようなものです。すべての建築物は、まずしっかりとした骨組みを築くことからはじまり、壁面や屋根はその上に構築していきます。骨組みが支えていないと、建物は崩壊してしまいます。人体を支える骨組みは骨格構造です。そしてまた、骨格も筋肉や腱なしには直立することは不可能で、崩れ落ちて骨の山になってしまいます。
人間が直立できるのは、抗重力筋群と呼ばれる一連の筋肉を人体が発達させてきたからです。抗重力筋は金属のバネのように機能し、身体の各部位間の張力を維持しています。踵(かかと)を起点に身体全体に作用し、反対方向に湾曲したカーブによって支える場所を前面、背面と交互に入れ替えながら、人体が崩れ落ちないよう、下方向にかかる重力に抗う力を作り出しています。
交互に向き合うように湾曲したカーブは、対になるカーブで補完され、直線状の力になります。実際には人体に直線は存在しませんが、アーティストは、人体を1つにつなぎ止めている骨格構造を表現するのに、直線や比較的直線に近い線を用います。ほぼ直線状の太腿や下腿(かたい)の骨が良い例です。これとは対照的に、筋肉は丸みを帯びる傾向にあるため、人体全体の筋肉の流れを表現し、動きや生命感の錯覚を作り出すには、交互に向き合うカーブした曲線がよく用いられます。この直線と曲線の働きが、説得力のある人体を作る基本です。
下腿の抗重力筋は、下腿三頭筋と呼ばれ、踵から膝の裏側の上にある点をつなぐ筋肉群を指します。太腿の同様の筋肉構成は、大腿四頭筋と呼ばれます。膝頭のすぐ下にある点から骨盤までが筋肉でつながっています。
この筋肉群の接合点が膝全体を縦断していることで、両脚は、立っているときには直立の位置、歩行時には体重を支える位置に、それぞれ固定されます。これらの筋肉群が膝で重なり合っていなければ、重力の力で脚全体が前に倒れてしまうでしょう。
交互に向かい合ったカーブのコンセプトは、人体の動きには特に重要です。抗重力筋群が交互に配置されていなければ、歩行の動作は不可能です。
脚から順に上へと目を向け、マッスが上へいくほど徐々に大きくなっている点と、重量が両脚から両足へと伝達されている点に注目してください。身体の中で体積が最も大きく、それゆえ重量も一番大きなマッスは、胸郭です。胸郭が前方に移動すると、全身のバランスは崩れて爪先のほうへと体重が流れ、身体は自然と前のめりになります。幸いにも、前に倒れるタイミングは抗重力筋によって制御できます。歩行動作では、両脚の抗重力筋が、重力による下向きの力および身体のバランスの崩れをうまく利用して前方向の動きを作り出しています。
バランスを取り戻すために胸郭が後傾と、今度はそのバランスの崩れを相殺するために骨盤が前傾することになります。
人体の歩行を前方から観察すると、向かい合わせのカーブと身体の非対称性が見てとれます。体重が乗っている脚に応じて、1歩ごとに骨盤が左右に傾斜します。体重を支えるほうの脚は支持脚、前方へ振り出す脚は遊脚と呼ばれています。このイラストで強調している線を見ると分かるように、片方の脚で使われている筋肉と反対側の脚で使われている筋肉とは、ちょうど反対です。
1歩踏み出すごとに骨盤が左右に傾くため、骨盤の傾斜と逆向きに両肩を傾けることでバランスの崩れを相殺し、身体が横に倒れないようにする必要があります。古典の巨匠たちは、バランスの崩れを相殺するこの仕組みのことを、「コントラポスト」と呼んでいました。上半身の左右いずれかが伸びると、反対側が収縮します。脚が遠くに振られすぎないように筋肉を収縮させて止める必要があることから、エネルギーの大部分は伸びた側に集約されます。
▲チームフォートレス 2:ヘビー
人体をまっすぐ垂直に描くのは、よくある間違いです。人体には、頭頂から爪先へと走る、反対方向へカーブした曲線が作り出すリズムがあります。この曲線はエネルギーや重量を伝えるために用いることができます。曲線が力強いほど、エネルギーが大きいことが伝わります。
ヘビーに重量のあるオブジェクトを持たせると、下向きの重力に抗って作用する左右非対称の張力も大きくなり、曲線がより強調されます。
直線によって見た目の対比を作り出し、しっかりとした支持を表現することもできます。たとえば、武器の重量を支えているヘビーの左腕がまっすぐに伸びている点に注目してください。
エネルギーを身体のどの部位に配分するかは人それぞれです。著名なコンセプトアーティスト、イアン・マッケイグ(Iain McCaig)は、身体のどの部位が一番前に出ているかに基づいて、フィジカルシアター(身体の動きを中心としたパフォーマンス)のストックキャラクターをさまざまなタイプに分類しています。
(上図)左から順に:
・ 頭が先導する思考派
・ 胸を張ったヒーロータイプ
・ 骨盤の突き出た怠け者タイプ
・ 膝の突き出た臆病者タイプ
キャラクターをデザインするときは必ず、線でエネルギーを表現することを考慮に入れます。ギリシャのドーリア式円柱の両側面が湾曲していることで下向きの力が伝わってくるのと同じように、線の湾曲度を操作したり、接地面積を大きくしたりすることでキャラクターの重量感を表現できます。反対に直線によって、力みのないエネルギーや強さを伝えられます。
この他にも、比率や重量感を変えてさまざまな効果を試すことができます。たとえば、接地面が小さい人は、たとえシルエットが丸みを帯びていても、軽い印象を与えます。
丸みを帯びたシルエットを細い線に置き換えると(一番右)、まるで重さなど感じさせない、近代的な美人ができあがります。アーティストのアルバート・ロザノ(Albert Lozano)は、ピクサーの「カールじいさんの空飛ぶ家」(原題:Up)に登場する若い頃のエリーを創造したときにこの概念を用いました。ラゾノはエリーの容姿のことを、「ひと言で表現するとびっくりマーク。両足に体重がかかっておらず、空に浮かんでいくような感じ」と述べています。
重みはデジタル空間では実質的に存在しません。したがって、重みが存在する錯覚を作り出すには、このようなビジュアルの仕掛けを用いる必要があります。
▲ポータル 2 のグラドス(GLaDOS、左)とウィートリー(Wheatley、右)
線によってエネルギーを伝える効果は、「ポータル 2」に登場するグラドスとウィートリーのデザインに、興味深い方法で適用されています。
グラドスが頭部と胴体をぐいと伸ばした状態は、一連の向かい合わせのカーブで構成されています。線(A)はこの角度から見ると直線に見え、エネルギーと重力に逆らう力がしっかりと伝わってきます。ウィートリーがグラドスの身体を乗っ取ったときに緊張を生み、強烈な威圧感を与えるうえで、ケーブル類が非常に重要な役割を果たしていることが分かります。ウィートリーがグラドスと入れ替わると、ケーブルが取り外されて緊張がなくなり、物理的にも軽くなり、威圧感もなくなったウィートリーがぶら下がっています。
■書籍情報
■著者について
クリス・ソラースキ(CHRIS SOLARSKI)は、コンピュータアニメーション専攻で大学を卒業後、ロンドンのSony Computer Entertainmentで3Dキャラクターおよび環境を担当するアーティストとしての職を得ました。その後、ワルシャワ芸術アカデミー(Warsaw Academy of Fine Arts)で美術を学びました。そのときに古典芸術とゲームデザインのつながりを発見した彼は、本書を著し、現在はSolarski Studioを立ち上げてゲーム制作をしています。スイスの新進のソーシャルゲーム関連企業Gbangaのクリエイティブディレクターを務め、SAEインスティテュート、チューリッヒ校で講義を行っています。
WEB:http://solarskistudio.com/