世界のアーティストたちによる 神話や伝説のモンスター・クリーチャーのデザイン&描き方『世界のモンスター・幻獣を描く』(ボーンデジタル)。
本記事では、その中から鳥のフォームをした風の悪魔「ハーピー」の描き方をご紹介します。

  • 書籍情報

    世界のモンスター・幻獣を描く
    説得力のあるコンセプトのつくり方

    制作:3dtotal.com
    発行・発売:株式会社 ボーンデジタル
    ISBN:978-4-86246-407-1
    サイズ:210 x 279 x 29 mm (A4変形)
    総ページ数:320頁(カラー)
    価格:5,184 円(税込)
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ハーピーとは

  • ハーピーは、鳥のフォームをした風の悪魔で、女性の顔と体を持っています。ゼウスの手下としても知られ、いつもお腹を空かしています。かつて、トラキアの王ピネウスが神々の秘密を漏らしたとき、処罰するために遣わされました。そして、ピネウスが何か食べようとするたびにハーピーが急襲し、食べ物を奪い去ったそうです。また、裁かれる悪人を地下世界に運ぶとも言われています。イタリアの詩人ダンテによると、ハーピーは地獄第7圏に住み、自ら生命を絶った人々を苦しめます。狡猾なだけでなく、非常に邪悪かつ残酷で、捕らえた者を拷問することもあります。強烈な突風を伴い、奇妙な金切り声を上げながらその姿を現します。主に地中海やその周辺に生息しますが、ヨーロッパ全土のひと気のない場所でも目撃されています。

制作者:TOMEK LAREK(イラストレーター、コンセプトアーティスト、2 Dゲームアーティスト
tomeklarek.artstation.com

フィールドノート

猛禽類の顔の特徴

ギリシャ神話のハーピーは、一般的に女性の顔を持つ鳥として描かれるので、まずワシを研究しましょう。猛禽類の特徴は、この翼の生えた悪魔にどう猛さを与えます。曲がったくちばしの形状・彫りの深い目・その周りの羽の特徴は、挑戦しがいのある要素です。骨格は人間とまったく異なるため、2つの要素を結び付ける方法を考える必要がありそうです。

冠羽

羽毛はハーピーの重要なパーツなので、オウギワシを観察しましょう(英語名はAmericanharpy eagleで、ハーピーから名付けられました)。頭部にある羽の形状と位置は、とても面白いです。特に目を引く「冠羽」は警戒したときに逆立ち、顔を縁取る小さな羽は聴力を高めます。これらの羽をハーピーのデザインに適用してみましょう。

かぎ爪

オウギワシのかぎ爪を間近で観察します。これは現代に生きるワシの中でも最大で、ハーピーに個性を与え、その悪魔的・攻撃的な性質を強調してくれるでしょう(デザインの手と足に使います)。この猛禽類のかぎ爪は、獲物を捕らえ、押さえるのに最適です。長さは13cmに達することもあり、グリズリーの爪よりも長いです。足はうろこの皮膚で覆われ、爬虫類によく似ています。これをハーピーに取り入れると、人間の要素をさらに弱めることができそうです。

ヴェネツィア・カーニバルの仮面

ヴェネツィア・カーニバルの仮面が、鳥と人間の特徴をリアルに結び付ける糸口になりそうなので、探ってみます。この仮面は、鳥のくちばしと女性頭部の丸い形状を1つにまとめるのに役立ちそうです。そこで、この用途に合った適切なサンプルを探します。羽の位置(並び)を、できるだけオウギワシの冠羽に対応させましょう。

人間の頭部

人間の頭部をゼロから描くときは、まず頭蓋骨から始め、ベースを作成します。特に女性の顔では、顎の形状を正しく作ることが重要です。しかし、今回はハーピーのデザインを際立たせ、獣の力とどう猛さを強調するため、女性の顎のラインを弱めたほうが良さそうです。線を引いて、顔の中心と目・鼻・口を定義し、顔の向きは耳で示しましょう。顔が上向きなら耳はやや低く、顔が下向きなら耳はやや高くなります。

次は、目・鼻・口・耳と頭蓋骨全体の形状を決定します。ハーピーは女性ですが、引き続き、顎と頭蓋骨の形状は男性のような力強さを維持してください。前のステップで開始点として引いた線をガイドに、目・鼻・口の形状を描いていきます。ここまで、頭蓋骨の形状を男性的にしてきましたが、顔の造作は女性的で、魅力的なものにしましょう。目は大きく開かれ、鼻は小さく、唇はふくよかです。

それでは、ディテールを微調整し、影を定義して、個性と立体感を強めましょう。また、光の方向を決定し、それに従ってシェーディングを加えます。たとえば、ハーピーが左側から照らされている場合、顔は2 つのゾーンに分かれ、左側は明るく、右側は暗くなります。私はシェーディングで、目と彫りの深さを定義しました。最後は口です。特定の部分が突き出し、より多くの光が当たると覚えておきましょう。図では下唇が突き出しているので、より明るく照らし出されます。

ワシの頭部

ワシの頭部を描くときは、人間の頭部と同じプロセスで進めましょう。まず輪郭を描き、目・くちばし・顔の中心を縦に走る線をマークします。次に目を描き、三角形でくちばしのプロポーションを正しく表します。目の高さとくちばしのサイズの比率に注目すると、鳥の特徴を人間の顔を結び付けるのに役立ちます。

遠近法で描くときは、プロポーションを正しく取って立体感を作り出し、オブジェクトの印象を伝えます。ここでは、一般的な人間の鼻の代わりに、鳥のくちばしを鑑賞者に向けて描く必要があります。目の上部はくちばしの上部と同じ高さです。額はくちばしの上部に見える線から顔の外側に向かってカーブしています。

人間の顔と同様に、鳥の顔の凹凸部分やくちばしの弓なりの形状を正しくライティングすることが重要です。羽の方向と光が当たる領域に集中し、的確に捉えましょう。そして、くちばし及び頭部の下から広がる羽毛の向き・形状をはっきりさせてください。ワシの頭部は重なり合った羽毛のせいで、人間のような滑らかなエッジになりません。少しラフに輪郭を描きましょう。

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デザインプロセス

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デザインプロセス〜最終デザイン

サムネイル

サムネイルでは、体のプロポーション・ポーズ・シルエットを探求します。さまざまな種類の翼を試し、ハーピーの性質とシルエットに最も合うものを見つけましょう。コウモリの翼はハーピーの悪魔めいた性質に合いますが、ハーピーの一部は鳥なので、羽毛の翼のほうが理にかなっています。

羽毛の翼に決めたら、次は天使の翼のように独立させるか、鳥の翼のように腕の一部にするかを検討します。ここでは、肩甲骨の間に生えた天使の翼のほうが、個性とシルエットを強調し、腕も自由になるので機能的だと判断しました。

他に取り組んだのは、ポーズと体のプロポーションです。女性らしいポーズ・マンガのようなポーズを試した後、どう猛さを表すため、男性に寄せた手足のプロポーションも試しました。続けて、人間の特徴の一部を弱め、野生動物に近づけてギリシャ神話により忠実にしてみました。最初のサムネイルは、しゃがんだポーズをスケッチし、ハーピーが潜んでいる様子を表しています。
飛行するハーピーも描いていますが、天使に酷似するので諦めました。木の枝などの要素を付け加えると、より自然で動物的なポーズになります。

もっと掘り下げる

人間と鳥を組み合わせたプロポーションが気に入ったので、森に関連したコンセプトを突き詰めることにします。正面図では、手足に付いたかぎ爪(枝に止まったり、獲物をつかんだりする)が見えます。魅力的な女性らしいルックを避けたかったので、手足のかぎ爪を人間のプロポーションより大きくしました。この視点では、体に対する頭部と羽のプロポーションも確認できます。そして、局部は羽とシェーディングで部分的に覆われています。

背面図では、尻尾が生えている場所と、尻尾から背中・頭部・翼に沿って生える羽毛のテクスチャパターンが分かります。頭部周りに生えている巨大な羽(冠羽)は、求愛行動や、敵を威嚇する防御手段として使われるものです。この視点だと、羽の模様や、頭蓋骨の後ろで放射状に生えている冠羽のリズムも見て取れます。ハーピーはまた、サルのような長い尻尾でバランスを取ったり、森の天蓋の間を巧みに進んだりできます。

側面図では、飛行をサポートする補助翼のような羽が、肩と脚から生えています。また、額のプロポーションと形状、それらが顔と頭部に調和をもたらしているの分かります。この視点では、頭部の冠羽の位置が体全体とどのように関わり、肩に下りているのかを示しています。翼の奥行きもより明確になり、その秘められた力が伝わってくるようです。

ポーズ

森に住むハーピーを選択したので、枝に止まる悪魔のようなクリーチャーを描いていきましょう。最初のスケッチでは、木の枝でしゃがんでいます。長い腕をぶら下げて、鳥にもサルにも見えます。このポーズで休憩を取っている、あるいは、さまよえる魂や遊んでくれる子どもを待っているのかもしれません。この待機する姿勢はとても魅力的に感じます。遠近法や短縮法によって、立体感を力強く表現できるでしょう。

次のポーズは鳥というよりも、木につかまった猿に見えます。これは獲物を見つめている場面です。長時間、全体重を片手で支えるのは難しいことから、ハーピーの腕の力を暗に示しています。しかし、体のリアルなプロポーションを捉えきれていないため、全体の形状はあまり好みではありません。サルに似すぎている気もします。

亜種

岩のハーピー

岩のハーピーは、森のハーピーのような人間と鳥の特徴だけでなく、割れたひづめや大きな角など、シロイワヤギに似た特徴も持っています。他のハーピーほど攻撃性はなく、鋭いかぎ爪もありません。住みかの山では、手を使って岩を登ったり、つかんだりします。飛行能力の有無は定かではありませんが、手から羽が直接生えているため、飛行に適していないのかもしれません。おそらくこの羽は、岩上でバランスを取るのに役立つのでしょう。

海のハーピー

歴史を通じて、海のハーピーはよくセイレーンと混同されてきました。外見は似ていますが、どちらも独立したクリーチャーです。この亜種は魚と人間のハイブリッドで、頭部などに鳥のような羽が少しあるだけです。深海を住みかにする傾向がありますが、陸地や人里にも近づくと言われています。よく船舶と衝突し、岸に打ち上げられているという報告もあります。翼の代わりに、腕と胴体の間に、伸び縮みするトビウオのような膜を持ちます。空は飛べませんが、遠くまで波の上を優雅に滑ることができます。

最終デザイン



最終デザインのハーピーは、木の枝に止まり、頭を少し右に傾けた動物のようなルックです。これには、頭を傾ける鳥の動作を参考にしました(鳥には対象を片目で見て、意識を集中する種がいます)。また、その特徴的な頭部構造も影響しているのでしょう。このポーズから、攻撃後か、次の攻撃に備え、脚を休めて力をためていると分かります。 悪魔のようなクリーチャーの上で、翼がドームを形作っています。つまり、この姿勢は、いつでも飛び立てることを示唆しています。左に見える曲がった尻尾はネコのようで、不安やずる賢さの象徴と言えるでしょう。下部にあるかぎ爪は、そのどう猛さを伝えています。あえて瞳は描かず、完全に空白のまま残すことで、魔法的/印象的な個性を強めました。全体として、今にも頭上から襲い掛かり、地獄へ連れ去りそうな、優雅で情け容赦ないルックです。

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    世界のモンスター・幻獣を描く
    説得力のあるコンセプトのつくり方

    制作:3dtotal.com
    発行・発売:株式会社 ボーンデジタル
    ISBN:978-4-86246-407-1
    サイズ:210 x 279 x 29 mm (A4変形)
    総ページ数:320頁(カラー)
    価格:5,184 円(税込)
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