6月22日、福岡市美術館にて「富野由悠季の世界」展が開幕した。本稿では開催初日にミュージアムホールにて開催されたオープニング記念トークイベント「富野由悠季とは何者なのか?」から、一部を抜粋して紹介する。
TEXT & PHOTO_真狩祐志 / Yushi Makari
EDIT_山田桃子 / Momoko Yamada
「ガンダムは好男子だから、メカというよりキャラ」
福岡市美術館。リニューアルで今春より大濠公園からの入館も可能に
同展は富野由悠季氏が監督した作品だけでなく、富野氏の少年時代や旧虫プロダクション在籍時の活動なども含めて振り返る企画展。福岡市美術館を皮切りに、2020年まで兵庫県立美術館、島根県立石見美術館、青森県立美術館、富山県美術館、静岡県立美術館と、6都市の美術館を巡回する。
トークイベントのはじまりに壇上の幕が開くと、中央に鎮座する富野由悠季氏が登場した。富野氏が迎えられるのではなく、各美術館の担当者が迎えられるという「演出」で、来場者の意表を突いた。
落語でも始まりそうな雰囲気の中、イベントがはじまった
「演出という概念の展示は可能なのか?」という問いに挑んでいることでも注目を集めている同展。開催まで富野氏は各館の担当者と散々議論を尽くしてきたそうだ。その上で富野氏は「本人がやりたいと言っても、公立の美術館なんて借りられるもんじゃない」と恐縮しつつ、「美術館という空間にスタジオでしか見てなかったものが並べられて、なおかつ他の作品と比較するようなかたちで展示されたおかげで、作品を単発でしか見てなかったときには気がつかなかったことに気づかされた。大変大きな発見があった」と感謝の気持ちを言葉にした。また、「気づかされたこと」として「作品には良い時期や絶頂期、それに衰退期のようなものがある。そういう今までに気づかなかったことが、展示された瞬間に本人にもわかってしまう。とても過酷な空気が外にあることを知るという、貴重な体験ができた」と富野氏は語った。
トーク中、『機動戦士Zガンダム(以下、Zガンダム)』、『機動戦士ガンダムZZ』の展示を担当した島根県立石見美術館の川西由里氏から印象的な質問があった。「ガンダムMk-II」に関する富野氏のメモ書きにあった「ガンダムは好男子」という言葉の意味について訊ねたものだ。
展示から『機動戦士Zガンダム』のコーナーにて
富野氏によると、メカが好きなデザイナーはメカニカルな線のことしか考えていないため、モビルスーツのデザインが「悪相」になってしまうという。「モビルスーツやガンダムがもっている概念は、まさに好男子。今回、自分のメモを見せられて驚いたのは、このことを忘れてたなということ。メカが好きなデザイナーは、作品に登場するメカはキャラクタライズされているものという意識をもつ必要がある。本物のメカをつくるということではなくて、キャラクターをつくっているんだという意識を揺さぶっておかないといけない。ということで、ああいうメモを書いたんじゃないかな」と述懐した。
メカのデザインに関しては、トークの後半にも言及する場面があった。『伝説巨神イデオン(以下イデオン)』、『戦闘メカ ザブングル』、『聖戦士ダンバイン』、『ガンダム Gのレコンギスタ(以下、Gレコ)』の展示を担当した青森県立美術館の工藤健志氏が、「(富野氏は)絵が描けないとおっしゃるが、ラフスケッチに描かれているメカのフォルムは立体を把握してないと描けないものだった。どのように思いつくのか」と質問した際のことだ。これに関連して富野氏は「(デザイナーは)基本的に宇宙のことを知らない。宇宙には夢があると勝手に思ってるだけ。デザイナーがメカデザインの嗜好性をもった瞬間に何が起こるかというと、他のことを考えないようになる。宇宙のことは考えないで、宇宙を飛んでるメカのことだけを考える。メカのことを考えるのはいいんだけど、その動力源のことやエネルギーのことを考えたことがない。ガソリンを入れるなどと想像してないわけ。自分の描いたものがいつまでも宇宙を飛び回ってるだろうと思っちゃう」と、自身の発想とメカ好きデザイナーとの相違点について触れた。
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<2>高畑 勲氏が遺した『赤毛のアン』の絵コンテ、『Gレコ』で気づいたこと
<2>高畑 勲氏が遺した『赤毛のアン』の絵コンテ、『Gレコ』で気づいたこと
左から福岡市美術館の山口洋三氏、富野由悠季氏、兵庫県立美術館の小林 公氏、島根県立石見美術館の川西由里氏、兵庫県立美術館の岡本弘毅氏、青森県立美術館の工藤健志氏、静岡県立美術館の村上 敬氏
工藤氏が、『Gレコ』で一部、富野氏がPhotoshopでデジタル彩色を試していることについて質問した。すると富野氏は「色鉛筆や水彩よりもPhotoshopの方が早いだろうと思ったので彩色だけはしてみせようと考えたが、あまりに手間がかかるのでやっぱりやめた。とりあえず線画を取り込んで色を付けることができるようにはなったけれど、それ以上のことに興味がなくなった」と答えた。その理由としては「CGスタッフにまかせればいい」、「余命が残されていないので、監督業に専念すると割り切り自分で作画するのはやめる」と述べられた。
展示から『赤毛のアン』の絵コンテコーナーにて
さらにトークでは、絵コンテについての話題も上がった。富野氏が「コンテなんて丸チョンでいいんだよ」と言う一方、『機動戦士ガンダム 逆襲のシャア』ではコンテに修正液を入れて上から線を描き直していたことについて「なぜか」と工藤氏が訊ねると、富野氏はそのことを「覚えていない」と返答。展示されていた『赤毛のアン』の絵コンテを例に挙げ、「高畑(勲)監督が直した僕のコンテを、昨日、はじめて見た。僕が5コマ描いたコンテを高畑監督が上の2コマと下の2コマを消して直している。あれでコンテになってるわけ。その直し方を見て息を飲んだ、あんな線に目玉チョンチョンって。高畑監督のこういう絵でもコンテの展開がわかるわけだから、ああやっぱりこうだよね」と語った。
壇上の富野氏
また川西氏は、展示にもある『Zガンダム』のコロニーレーザーの中で百式とジ・Oとキュベレイが三つ巴で戦うシーンを例に、TV版と劇場版の絵コンテのちがいについて訊ねていた。
これに富野氏は「『イデオン』でもそうだったが、1話完結の作品を映画化する場合、作品全体を通して見るため見え方が変わってくる。なのでTV作品を映画にする改変作業では、作画も行うし、見えないところでハサミも入れ直すので、TV版と比べると1コマ2コマの単位でほとんどちがっている」と話した。
それから「アニメはそういう改変作業ができるおかげで、5年たっても10年たっても再編集してつくり直せるとても便利な媒体」と言い、「20年たっても元の形に近いままでつくり直しができる。一番はじめの物語のつくり始めを安易に考えないで、用心深くつくっていただきたい」と希望した。
展示から『ガンダム Gのレコンギスタ』のコーナーにて
なお、先日フランスで開催されたJapan Expoで世界初上映され話題を集めた『Gレコ』劇場版は公開前のため、現在のところ展示には含まれていない。しかしこの劇場版『Gレコ』について富野氏はトーク終盤で「『Gレコ』は20年・30年後に認識される作品になるだろうという目論見でやっているので、今の好みだけでつくってはいない」と触れた。
そして「(TV版では)宇宙エレベーターのナット(駅のような設備)を全て同じデザイン、同じ色にしてしまったせいで、どこにいるのかわかりづらくなっていた。劇場版ではその部分を大改訂した。たかが2~3カットの改変だが圧倒的にちがう。そこを見て欲しい」と、新作の見どころについても語った。
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「富野由悠季の世界」展
2019~2020年全国6会場を巡回
www.tomino-exhibition.com