造形スタジオ「エルドラモデル」
TEXT & 加工_潤
TEXT & 原型製作_増宮宏一
前回にひき続き、フィギュアのデジタル原型で利用頻度の高い「ProJet HD3500」(3D Systems)による出力物の表面処理について解説します。ただし今回はワークフローよりも、これまでに実際に行なってきたアナログ作業による出力パーツの修正内容の紹介に重きをおいて解説していきます。
※本記事は、月刊「CGWORLD + digital video」vol. 201(2015年5月号)からの転載記事になります。
■アナログとデジタルは一長一短であり続ける
アナログ作業だけでフィギュアを造形しているときは、ずっと現物をいじっているだけだと目が補正をかけてしまって左右対称の歪みがわからなくなり、原型完成後に商品の写真を撮ってみたら手元で見ていた印象とちがうといったことがよく起こります。そのため作業の途中途中で写真を撮り、2Dでの見え方を確かめる必要がありました。一方のデジタル原型の場合は、平面のPC画面の中だけでは歪みや立体にしないとわからないことがあるので、簡易的なものでもかまわないので立体出力して確認する必要があることがわかってきました。アナログもデジタルもどちらも似たような問題を抱えているのだなと思う次第です。
(左)作例『1/8 セーラームーン』(原型師:増宮宏一)/(右)表面処理を施したパーツ
例えば、デジタル原型の分割作業に伴うブーリアン処理は、一番時間をかけたい工程でありながら、3Dモデリングの最終工程とあって、商業フィギュアとガレージキットのどちらでもなかなか余裕をもって作業できることがありません。納期に追われながら作業を急がざるをえないため、削り忘れが生じやすく、自分だけではなかなか気づかないものです。デジタルによる「分割」というブーリアン処理自体は、アナログにおけるそれに比べて格段に効率よく行えることは事実。ですが、デジタル造形の場合は、アナログ作業における「分割」だけでなく、各パーツの厚みや干渉などの確認、修正といった調整作業も同時並行で行うことになるため、最も神経をすり減らす工程でもあります。そうした工程で、パーツを割り忘れた、ダボを削り忘れたといったミスが生じた場合、立体出力後にアナログ作業で直すことになるわけですが、素材の硬さゆえに重労働であり半日単位の作業になってしまいます。だからこそ、出力直前に「自分が実際に磨くつもりになってパーツをひとつひとつチェックできる第三者」を置けるかどうかが、すごく重要です。周りにそうした第三者がいないデジタル原型師の方々は、データを収める前に一拍おいてから冷静な目で全てのパーツを確認することを心がけましょう。
■Topic 01:デジタル出力物に対する表面処理のながれ
3D Systems「ProJet HD3500」で立体出力(3Dプリント)したパーツの表面加工のワークフローは下表の通り。3Dプリンタや材質によって、作業内容や手順が変わってきますが、基本的なながれは共通です。ご覧の通り、磨き、洗浄、サフがけ、パーツ修正といった作業を丁寧にくり返すことで完成させていくわけです。
■Topic 02:最終的な表面の仕上げ
最終仕上げ(上の表のSTEP 5~8)といっても、アナログ作業なのでそこに用いる道具や手法は前工程(STEP 1~4)におけるそれと、大きなちがいはありません。ただ、より細心の注意をもって丁寧に作業を進めていくだけです。
パーツを乾燥させた後、細かい傷があればプラパテで傷を埋め、表面に断層が残っているようであれば、スポンジヤスリや紙ヤスリの1000番で断層を整えます。下地にある断層が消えない、もしくは埋まらない限り、いくらサフを吹いても断層は浮き上がってきます(右図)。パテで修正する場合も同様で、パテやパーツの境目に吹きかけたサフをいっそう磨くような感じで磨かないと、いつまでも修正の境目は消えません。
<A>最終的な磨き込みの例/<B>筆者愛用の田宮製プラパテ。細かい傷を埋める際に重宝するのだが、逆に大きい傷を埋めるには不適だ/<C>1000番で磨いたときに下地が見えてしまったら、薄くサフで染めて仕上げる
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Topic 03:アナログ作業によるパーツ修正
■Topic 03:アナログ作業によるパーツ修正
エルドラモデルでは、映像系の3DCG制作から立体に入ってきたデジタル原型師さんたちが手がけているフィギュア原型の、立体出力物の表面加工処理を100体以上手がけてきました。デジタル原型として、PC画面上での監修が通っていた場合も、いざ3Dプリントしてみたら画面上で見ていたイメージとちがっていた......なんてことはデジタル造形をどんなに手間暇をかけて行なってもよく起こることです。それにしたがい、そうした問題をアナログ作業で修正するといったことも日常的に行なっています。そこで、ここからは実際に経験したことがあるアナログ作業によるパーツ修正について紹介していこうと思います。デジタル原型を行なっている方々が日頃抱えている悩みを解決する糸口になれば幸いです。
この手の過ちはアナログ作業で長年やっていた自分たちならそうそうやらかさないハズ!と当初は思っていましたが、実際にデジタル原型を続けていると、どうしても「平面な画面の中」で作業する上では解決できない問題もいろいろあるのだということを、この1~2年、様々な実戦の中で思い知らされてきました。「Case 01~05」などはデジタルなら一瞬で終わる作業ではありますが、修正ポイントをデータ制作者本人に伝え、ブーリアン作業前のデータから遡って修正作業~再度ブーリアン作業~再出力依 頼~宅配便到着~磨き仕上げの時間(数日)とそれにかかるコストを比較した場合、わかっている人間が現物に手を加えてしまった方が手っ取り早いということがよくあります。
また「まとめ」(P67)で取り上げた形状の修正については、画面上で部分的にいくらでも拡大して細部をとことんつくり込められるのは、アナログでパテや粘土を相手にしていたときにはない新鮮な感覚です。ですが、例えば女性の腰部の場合、太もも×2、お尻の膨らみ×2、恥丘という少なくとも5つの膨らみが交差し、これにパンツのゴムやニーソックスなどによる締め付けが加わると制御すべきなだらかな曲面の膨らみの数は倍になります。この曲面の塊の複雑な集合体は(お尻の谷間や股間周り、太ももから股間に繋がるラインなど)個別に部分的にこだわりぬいても、それらがなだらかで自然な曲面で繋がっていなくてはならず、それら全てを「立体にしたときの個別のパーツ状態」で見たときに不自然ではなく見えるような「自分が100%納得できるラインに収める作業」というのは、想像するよりはるかに大変な作業になるので、商業原型かガレージキットであるかを問わず、予算やスケジュールとの帳尻合わせが欠かせません。
・CASE 01:顔が大き過ぎた
図のようにノコギリで切り刻んで、再接着しながら成形しました。
<A>顔のサイズが大きい/<B>ノコギリでモールドの少ない部分でカットして幅詰め/<C>幅詰めした箇所はヤスリ等でならす
・CASE 02:目、鼻、口の位置がずれている
デザインナイフで削って、正しい位置に彫り込み直しました。デジタル原型は元が左右対称になっているので、完全アナログよりもいくぶんか楽に修正できます。
<A>両目と口のラインを修正/<B>デザインナイフで彫り込む/<C>修正後
・CASE 03:顔と前髪の位置関係がずれている
前髪の断面や内側を削り込んでから嵌合を調整しました。図のようなおでこと前髪の距離はPC画面上ではさほど気にならないのですが、立体物になったときに違和感を感じることがよくあります。
<A>ポリパテ等で嵌合を調整/<B>裏側の干渉部分をデザインナイフや彫刻刀などで削り込む/<C>おでこと前髪の距離感(黄色の矢印)は立体物で確認しないと見落としがち
・CASE 04:アゴの形状や顔の輪郭
デザインナイフで削って修正しました。 アゴのラインも出力されてみると違和感を感じることが多い部分です。
<A>アゴ周りの輪郭が気になる/<B>デザインナイフで削り込み、ヤスリで仕上げる
・CASE 05:手首が左右で大きさが 違って見える
素体モデルは同じ大きさであっても、手のポーズが異なるとボリュームがちがって見えることに起因するのですが、片方の手首を全体的に削り込みました。立体出力の際に、手首だけサイズちがいで出力しておくというのも有効です(感覚を掴むには相応に出力の経験が求められますが)。
<A>手を広げていると、サイズ自体が大きく見えてしまいがち/<B>指全体をひとまわり小さく削り込む
・CASE 06:嵌合の調整
パーツとパーツの間に隙間が生じてしまった 場合は、パテを用いて隙間を埋めます。パテが硬化した後の形状の調整も欠かせません。
片方のパーツにグリスを塗り、もう片方のパーツにパテを盛って合わせる。パテが硬化したら、はみ出たパテを ヤスリがけで調整
・CASE 07:分割のし忘れ
両足を分割しておくべきところを、片足だけ ブーリアンし忘れてしまった。そのような場合は、ノコギリでカットしつつ、ダボを作って断面を成形します。
<A>右足をブーリアンで分割し忘れてしまった/<B>分割したいラインでノコギリを使ってばっさりカット/<C>凹面は彫刻刀などで彫り込む。凸面はパテを盛って成形/<D>凸面にグリスを塗り、ポリパテ等で嵌合を調整
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CASE 08:パーツが薄過ぎて、金型で生産できない
・CASE 08:パーツが薄過ぎて、金型で生産できない
デジタル造形が増えてきたのに伴って増加中の不具合ですね。この問題に対しては裏側にパテを盛って成形して対処します。商業フィギュアの場合は、原型が完成した後にその金型を用いて量産するため、複製コストを考慮しておく必要があります。
<A>肉厚が薄すぎる/<B>裏側にポリパテやエポキシパテを盛る
・CASE 09:細くて折れやすいパーツ
折れないように真鍮線で補強します。この問題もデジタル造形の広がりによって増えてきました。HD3500による出力物は硬くはあるのですが、ちょっとしたひねりや衝撃に弱く、折れやすいので注意が必要です。
<A>細い軸/<B>特にHD3500 による出力物は、こうした形状だと折れやすい/<C>ピンバイスで穴を空けて真鍮線で補強
・CASE 10:逆テーパーな形状
金型で抜ける形状へと削り込みます。図のような髪の毛のパーツなど、有機的な形状に生じがちな問題ですね。
・CASE 11:Form 1で出力した大きめの円筒パーツが歪んでいた
コストパフォーマンスの高さから大きな注目を集めた「Form 1」。エルドラモデルで表面加工を担当させていただいた中にもForm 1による出力物があったのですが、円筒パーツを大きめのサイズで出力すると図のように歪んでいるものが散見されました(現行の「Form 1+」では解消されているのかもしれませんが)。アナログ作業のあれこれを駆使して矯正。円柱状のパーツは無理して出力物を仕上げるより、旋盤加工や市販の円柱パーツの組み合わせで作った方が楽な場合もあります。
回転させつつ削りながら成形。中心位置を定めてからパテを盛る
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まとめ:美少女フィギュアは見た目以上に難易度が高い
■まとめ:美少女フィギュアは見た目以上に難易度が高い
メカなら図面を基に造形を進めれば良いわけですが、女の子の体表の脂肪によるなだらかな曲面の膨らみの複数の交差というのはそういう意味においてはとてもやっかいなもので、メカのように平面とエッジがないので凹凸の基準にできる「ものさし」がありません。女性キャラの造形が比較的簡単そうに見えて意外に難しいと言われる所以であります。ポーズを付けた後、スカートで見えない部分のつくり込みであっち引っ張ってこっち押し込んでと、局所的な食い込み表現にこだわればこだわるほど全体の形状が歪んでいき、中心軸もずれていきます。
作業のながれとしては、全体の形がいったんできた時点で(分割作業前に)仮出力といきたいところですが、一体化された状態でパッと見が良くても、製品化する際の分割後のパーツ単位で見たとき、不自然な歪みが生じている箇所が必ずみえてきます。もともと手作業でフィギュアを造っていたわれわれは、こうしたディテールのつくり込みに関しては画面上でアレコレ悩むのは諦めて、早い・確実・余計 なコストがかからない、ということで直接出力物にパテを盛って削って調整しています。最終が立体物という手に取れる物なので、直接立体物を加工するというアプローチが一番の近道だと考えています。もちろん「時間」と「コスト」さえ見合うならば、パーツを分割した状態でFDM(熱溶 解積層法)3Dプリンタなどで仮出力をして、パーツの歪み、厚み、ブーリアンのミスなどを確認してから、判明した修正点をデータに反映させるのが一番スマートな方法です。とは言え、ただでさえアナログに比べると依然として割高なデジタル原型においてはなかなかハードルが高いですよね(特にガレージキット原型での立体出力は、見込んだ利益が全て出力代にもっていかれかねないので......)。
<A>前述の通り、女性キャラのお尻まわりには複数の膨らみ(曲面)の集合体となっている(図では7箇所)。ここへパンツの食い込み表現などが加わるとさらに作業が難しくなる/<B>このようにエッジや平面があると図面にもしやすく、曲面の集合体よりも造形しやすい
自分たちで原型を担当させていただくときは、アナログ作業でお尻周りの形状修正をよく行なっています。
<A>大雑把にポリパテを盛りつけ、デザインナイフで削る/<B>デジタル出力物には付着しにくいため、境目にさらさらタイプ(低粘度)の瞬間接着剤を流し込む/<C>粗めの紙やすりとスポンジペーパーで表面を整えていく/<D>サーフェイサーを吹きつけ、細かい傷にプラパテを刷り込んだ上でさらに磨き込む
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造形スタジオ「エルドラモデル」
【Profile】
潤(エルドラモデル)
1年前から造形スタジオ「エルドラモデル」として活動を開始。エルドラモデルの全体的なとりまとめを担当。本業のかたわら、他社さんのデジタル原型師補佐(出力品磨き等、原型のブラシュアップ)なども行なっています。
増宮宏一
東京在住のなんでも原型師。今年4月から潤と共に「基礎から学ぶフィギュア原型のためのアナログ作業講座」を開始予定。デジタルデータは作れるけど、アナログ作業経験がなくて、仕上げに困っている生徒さん募集中です!
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