スマートフォンが大画面化し、一方でキーボードを取り外してディスプレイだけで操作できるノートパソコンも登場し、スマートフォン、タブレット、ノートパソコンの境目は曖昧になっている。そして、手軽さのスマートフォンとメインマシンのパソコンとの狭間で、タブレットの存在意義が薄まっているように筆者は思う。
昨年発売されたiPad Proはすでに出回っていたMicrosoftのSurfaceとしばしば比較され、「本格派はSurface、iPad Proはイラストが趣味ならどうぞ」というような論評が散見された。
傾きも検知するという触れ込みのApple Pencilも「だから?」という感想を持った人が多かったのではないか。
われわれは、新製品について、メモリのサイズや処理速度、外部機器との接続などの"スペック"にばかり目がいきがちで、そうした中でタブレットは拡張性や自由度が乏しいといわれることが多い。
しかし重要なのは、ユーザーと、タブレット(必要ならばペンも)で、どのようなアクションをしてもらうかというコンセプトであり、それをストレスなく体験させるアプリが肝になる。本記事では、iPad Proの性能を発揮するアプリいくつか紹介したい。
TEXT & PHOTO_横小路祥仁(いちひ) / Yoshihito Yokokouji(ICHIHI)
<1>Zen Brush2
P SOFTHOUSEのドローイングアプリ「Zen Brush 2」はiPad ProとApple Pencilのパフォーマンスを見せるのにうってつけのアプリだ。仮想的に毛筆をつくり出しそれをApple Pencilで操るのである。Apple Pencilはペン先が細く、従来のスタイラスペンが残しがちだった実際の手先との感覚のズレがほぼない。ペン先を置いたところに"墨"がちゃんと置かれる。
毛先は画面にワイヤーモデルで表示され、圧力を検知するApple Pencilを介して、筆圧に応じた毛の曲がり具合を表すように変形する。止め、払い、跳ね、といった書道の運筆がタブレット上に再現される。
「Zen Brush 2」はシンプルなアプリだが表現の幅は広い。墨の再現にもこだわりがあり、墨の濃淡に加え、筆の濡れ具合、乾きによるかすれも表現することができる。 この表現を可能にするには1本の線がもつ情報量が増えることになるのだが、それを難なく処理できるのは高性能なiPad Proならではだろう。
水墨画では筆の毛先の側面を利用して竹を表現するが、傾きを検知するApple Pencilはこの手法をきちんと再現することができる。
使いこなすとこのような水墨画も描くことができる
<2>Auto CAD 360
CADや3DCGなどの3Dデータの利用は医療や建築をはじめ製造業から個人の趣味としても普及しつつある。3Dデータのメリットのひとつは実際に試作せずに製品の検証や修正ができるということである。製品が置かれる現場、利用シーンに立てばさらに具体的で精緻な検証ができる。そこでは取り回しが利くタブレットが威力を発揮するだろう。さらに十分な処理能力があればその場でモデリングし、編集することも可能だ。
AutodeskのAuto CAD 360はタブレットに対応したCADアプリだ。CADというとマウスで操作するもので、タブレットのCADは限定的なものというイメージがあった。しかし考えてみればマウスでカーソルを動かしてやることを直接ペンでやるだけなので、タブレットでの作図作業に問題はない。加えて、フリーハンドで書いた図が円や四角形に修正される機能などはタブレットならではだと思う。さらに机や椅子など基本的なパーツは用意されていて、自由に配置できる。
建物の外観から内部構造までスムーズにズームインできるが、iPad Proのパワーを実感させられる。さらに地図データを利用して建物の周辺、景観の兼ね合いの検証も可能だ。さらに、日照や気温のシミュレーションもできる。
データはクラウドに置かれるので他の端末とも共有でき、チャットで意見交換しながら設計、検証することができる。手書きでアイデアを書き、必要ならば現場写真も撮り、すべてを共有して、意見を出し合ううちに必要なデータができあがっていく。設計をすることはなくても、個人の部屋のレイアウトや家具の購入の際の検討にももちろん威力を発揮することだろう。
[[SplitPage]]<3>Autodesk 123D Catch/ThingMaker Design
3Dデータは専用のソフトウェアで作成するが、スキャナでものの形状をデータ化する方法もある。記念撮影のようにリアルな人物フィギュアを作成するサービスもすでにある。 「Autodesk 123D Catch」は写真データを元に3Dデータを作成するアプリだ。専用の3Dスキャナーがなくても3Dデータをつくることができる。タブレットならばカメラで撮影してデータ化し、プリンタに送れば製品ができあがる。
会場にあったオブジェ
ThingMakerは玩具メーカーのMATTELが出した3Dプリンタだが、Autodeskが提供する専用アプリの「ThingMaker Design」がある。 これはアプリに設定済みのパーツを組み合わせて自由に玩具やアクセサリーをつくりだすもので、ダイヤルを回すようにパーツや色を選ぶ画面はわかりやすい。パーツのラインナップ次第でいくらでも面白くなりそうである。
3Dプリンタに関しては依然、使える材質や表面の精度などもうひとつふたつバージョンアップが待たれるという印象だが、個人の趣味から製造業まで3Dプリンタなりレーザープロッターなりの操作端末として考えるとタブレットの期待値は大きいと思われる。
<4>iPad Proが描く世界
iPadが発売された当初、これからはタブレットの時代という見方があったが、最近は大型化したスマートフォンとノートパソコンの狭間に飲み込まれた感があった。
タブレット製品のCMでは、クリエイティブなグラフィック作業における創造性をアピールするのが定番だ。 グラフィック作業では、十分なパワーを持った本体があり、大きなモニターがあって、その前でマウスやペンタブレットで操作をする、というのが一般的なスタイルである。しかし、人が紙に絵を描く姿を思えば、これは本来、特異な作業形態だ。 タブレットはその名の通り、板切れを手に持ち、あるいは机の上に置いて、そこに直接書き込む。人類本来の作業スタイルであり、すなわち作業を直感的に行えるということだ。
ところが、タッチパネルでの描画は指先はもちろんスタイラスペンでも、微妙にもどかしい。結局、従来型のペンタブレットが欲しくなるし、本格的なグラフィック作業を行うことを考えると、タブレットだと能力的に不安が残り、ならば余裕を持ってパソコンを、という選択になる。これまでは。
しかし、タブレットはすでにそうした古い思い込みをはねのける水準まで洗練されている。 練られたアプリと、用途に応じた補助ツールが加わることで、デジタルとアナログ、バーチャルとリアルの垣根を超えた新しい創作、娯楽シーンの構想は広がっていくだろう。その幹としてタブレットの存在感は揺るがないし、あらゆる用途を下支えするものとして「画面の大きいスマートフォン」という枠を超えた性能を追求するのも必然となる。
iPad ProとApple Pencilは、世間的にはAppleの迷走のひとつとして語られがちで、筆者などもそういう世評をなんとなく受け入れていた。しかし、これは袋小路で苦し紛れに出した高性能機などではなく、次の世界を描こうという意図のある製品だったのだ、といまさらながら気づいた次第である。 そして、これからようやくタブレットの真価が発揮されるのではないかと思う。