2016年7月24日(日)から7月28日(木)までの5日間にわたり、アナハイムで「SIGGRAPH 2016」が開催された。SIGGRAPHの数ある講演の中でも、VFX制作者にとって非常に興味深いのがProduction Sessionだろう。ここではハリウッド映画の最先端VFXメイキングが、VFXスーパーバイザーをはじめとする中核スタッフたちによって惜しげもなく披露される。今年は6作品の講演が行われたが、本稿では"Deadpool" + Colossus Our Favorite (Anti) Superheroesの模様をお届けする。
TEXT_鍋 潤太郎 / Jyuntaro Nabe
EDIT_沼倉有人 / Arihito Numakura(CGWORLD)
<1>クリスマス&ニューイヤー休暇返上のプロジェクト
7月27日(水)に行われたProduction Session「"Deadpool" + Colossus Our Favorite (Anti) Superheroes」では、VFXワークをリードしたDigital Domain 3.0ならびにBllur StudioのCGスーパーバイザーたちが登壇した。このセッションは、「アンチ・ヒーロー映画」のメイキングという側面に加え、両スタジオのフランクな社風があふれる、終始くだけた楽しい雰囲気で進められた。そこで、筆者による意訳もそれに準じるかたちで記述させていただいたことをお断りしておく。
フォトセッションの様子。中央の4人の男性が講演者たち。向かって左から、セバスチャン・"ジブ"・ショルト/Sebastien "Zeb" Chort(CG Supervisor)、フランク・バルソン/Franck Balson(Previsualization Supervisor)、以上Blur Studio。ジャン・フィリップ・クレイマー/Jan Philip Cramer(Animation Director)、スコット・エデルシュタイン/Scott Edelstein(CG Supervisor)、以上Digital Domain 3.0
『デッドプール』の総製作費は5,800万米ドル(約64億円)と、ハリウッド映画にしては少なめだが、劇場興収はワールドワイドで7億5,000万米ドル(約850億円)を稼ぎ出した。しかもレーティングはR指定という逆境にもかかわらず北米では公開第1週をランキング1位、米大手映画批評サイト「Rotten Tomatoes」においても支持率84%という高評価を得ている。
映画『デッドプール』日本版本予告(90秒)
そんな本作のプロジェクトが始動したのは2015年4月だったという。それに対する納期が2016年の1月。準備や開発期間を除くと実プロダクション期間は半年程度。しかも、年明け早々に納品という悲しい現実もあり、クリスマス&ニューイヤー休暇返上という、制作スタッフにとっては非常にシビアなプロジェクトの幕開けとなったそうだ。
<2>Digital Domain 3.0のVFXワーク
リードVFXスタジオである、Digital Domain 3.0が手がけたのは248ショット(※1)。総勢164人のデジタルアーティストが参加したという。
※1:本作では、両社に加えAtomic Fiction、Digiscope、Image Engine、Luma Pictures、Rodeo FX、Weta DigitalがVFX制作に参加。そのうち、Atomic Fictionは冒頭のカーチェイスとその直後の派手なガンファイトの2シーン(250ショット)を手がけている
(参考)
Digital Domain 3.0が主に担当したのは、デッドプール、コロッサス、そしてクライマックスの舞台となるヘリキャリアのシークエンスとのこと。VFXワークを進めるにあたり、一連のアセットはBlur Studioと共有された。同社は、過去に映画『X-MEN』プロジェクトにて似たデザインのヘリキャリアを制作したそうだが、本作では「アンチ・ヒーローの映画」という作風に合わせて、あえて粗野なつくりに仕上げたという。
主人公デッドプール(ライアン・レイノルズ)のデジタル・ダブルについて。最初に、テクスチャ・アーティスト向けに、俳優が実際に身に付けるコスチュームを写真撮影。細部のディテールを得るべく、様々なポーズやライティング環境から大量に撮影したという。ルックデヴは2015年夏から開始。それと並行してアクションシーン用のモーションキャプチャ収録が行われた。この時期はサンディエゴのコミコン用トレーラーも準備しなければならず、多忙を極めたそうだ。
デッドプールは不死身であるがゆえに、手が折れたり、千切れたりと、痛そうな描写が沢山登場するのだが、コミカルに見せるにあたってはアニメーションもチャレンジの連続だったという。手が折れてブラブラするだけのショットでも、何度も何度もテストを繰り返し、最終的にやっとOKが出たのはバージョン276だったということもあったとか。
「(腕部分のアセットの画像をスライドで見せながら)。このように、リアルでグロい。腕が切れて、筋肉や血管が剥き出しになっている各種イメージを、朝からみんなでコーヒーを飲みながらチェックしていたわけです(笑)」(スコット・エデルシュタインCGスープ)。
実写のステージにおけるプレート撮影では、グリーンバックの素材も数多く撮影された。
「(実際のプレートを上映しながら)デッドプールが飛行機の翼ごと空中に吹き飛ばされるシーン用のプレートでは、翼のプラップの揺れは、現場スタッフが一生懸命手で揺らしていました(笑)。この状態では滑稽ですが、本番用の環境や爆炎エフェクトなど、様々な要素を加えると、カッコ良いファイナルに仕上がるんです」(エデルシュタイン氏)。
Deadpool | 2 Girls 1 Punch | 20th Century FOX
続いては、コロッサス。全身を金属で覆うことができるX-MENということで全編フルCGで作成された本キャラが登場するのはトータル36ショット。コロッサスのキャラクターアニメーションを作成するにあたっては、1.モーションキャプチャのアクター、2.主要実写プレートにおける長身のアクター(スタンドイン)、3.ボイスアクター、4.顔面モデルのアクター、5.Digital Domain 3.0独自のファイシャルキャプチャシステム「Mova」専用アクターという、異なる5人が要素ごとに演じたそうだ。
コロッサスは、全身が金属質のCGキャラ。やや年配で、ロシア語なまりの英語を話すという設定である。V-Rayを用いたルックデヴからスタートし、筋肉の形状や動きはボディ・ビルダーをスタジオに招き、彼に様々なポーズをとってもらい、筋肉の動きのリファレンスにしたという。
It Took 5 Actors to Create "Deadpool's" Colossus
Digital Domain 3.0では、フェイシャルキャプチャデータをどのような形状のターゲットにも適用できるパイプラインが構築されている。しかも、データはリアルタイムでコロッサスのモデルに適用できるのだとか。また、上にリンクを載せた動画の中には、巨体の俳優が頭上にグレーの球を付けて、のしのし歩くという実写プレートも出てくるが、撮影時のハイライトの見え方のリファレンスとして重宝したそうだ。
コロッサスとエンジェル・ダスト(ジーナ・カラーノ)との格闘シークエンスの作業にも苦労させられたという。ここでは、女優ジーナ・カラーノの腕まわりと、コロッサスのボディのインタラクションが上手くいかない箇所があったため、ジーナの腕だけをデジタルで差し替え、整合性をとるといったテクニックも用いられた。
会場に展示されていた、デッドプールのマスク。実際の撮影に用いられたものだという
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<2>Blur StudioのVFXワーク
<2>Blur StudioのVFXワーク
続いては、Blur Studio。同社は、『デッドプール』の監督を務めたティム・ミラーが共同創業者に名を連ねるスタジオだ。3ds Maxを駆使して主にゲームのシネマティックをはじめとするCGアニメーションで知られているが、映画VFXもコンスタントに手がけており、過去には映画『アバター』の一部を担当した実績もある。
Animation/FX Reel from Blur Studio on Vimeo.
本作では、オープニング・シークエンスに加え、複数のアクション・シークエンス向けのプリビズを担当したほか、2つのキー・シークエンスで36ショットのVFX、そしてエンドクレジットも手がけたという。
プリビズについては「モーションキャプチャ収録→MotionBuilderによるアニメーション→3ds Maxによるショットワーク」というながれで制作。これらは主にカーチェイスや、フリーウェイでのバトル・シーンで使用された(VFX本制作はAtomic Fictionが担当)。一連のプリビズは各シーンのながれをステージングし、事前に最適な演出を決定するために重要な役割を果たした。
主要タスクのひとつとして、Digital Domain 3.0が作成したコロッサスのクリーンモデルに適合する「ダメージモデル」の開発が挙げられる。制作に際しては「クリーンモデル」への互換性、整合性を保ちつつ、ボディや頭部の随所に熱や擦り傷、損傷などのダメージ表現を施す必要があったとのこと。
冒頭で爆笑&話題をさらった、オープニング・シークエンス(タイトルバック)もBlur Studioが担当したものだ。まずはプリビズでカメラワークや展開を決定。それから各アクターのデジタルダブルが作成された。画面に登場するキャラクターは全てデジタルダブルだが、このシークエンスは基本的にタイム・スライスとして描かれるため、キャラクター自体のアニメーション作業が不要という嬉しい利点があったとか。
本シークエンスは「交通事故の真っ最中」という設定。画面上では様々なジョークが展開し、カメラは車の中を動き回る。各エレメントの前後関係も複雑だ。そこで、Blur Studioでは初めてDeep Compositingを採用された。空間が深く、アセットが入り組んだシークエンスでは、大きな効果を発揮したという。
画面に登場するバックグランド・ジョーク用の小道具アセットも数多く用意することに。空中を舞う雑誌(わざわざライアン・レイノルズが表紙のものを採用)、コーヒー、すけべポーズのカップルをあしらった爆笑キーホルダーなど。財布に入ったカードに印刷されている謎のヒーローについては、『グリーンランタン』(※2)にあまりにも酷似していたため、少々手を加えて、公開後にクレームがつかないように配慮したというエピソードも披露された。
※2:劇中でもジョークとして登場する、DCコミックのスーパーヒーロー「グリーンランタン」の実写化作品『グリーン・ランタン』(2011)。『デッドプール』と同じくライアン・レイノルズが主演を務めたが、興行成績は不振に終わった
オープニングシークエンスのメイキング記事( Art of the Title)。実際の動画も視聴可能だ
このオープニング・シークエンスは、
・制作期間:3ヶ月
・参加デジタルアーティスト:27名
・尺:2,570コマ
・レンダーファーム:110台
・レンダリング時間:約3〜4日
・総データ容量:1.2テラバイト
......といった統計データからも非常に困難な作業であったことが伝わってきた。
「Blur Studioでは、ゲームのシネマティックを手がけることが多いので本プロジェクトは新鮮でした。ハリウッド映画では、制作途中で一般の方々に対して仮編版のテスト試写が行われるのですが、観客がどこで笑うのか、ちょっとしたカットやシーンのテンポの変更によってリアクションが大きく変化するのだといったことを身をもって実感できたので興味深かったです」(セバスチャン・"ジブ"・ショルトCGスープ)。
info.
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映画『デッドプール』
監督:ティム・ミラー
脚本:レットリース&ポール・ワーニック
製作:サイモン・キングバーグ, p.g.a./ライアン・レイノルズ, p.g.a./ローレン・シュラー・ドナー
製作総指揮:スタン・リー
撮影監督:ケン・セング
VFXスーパーバイザー:ジョナサン・ロスバート
VFX制作:Digital Domain/Atomic Fiction/Blur Studio/Digiscope/Image Engine/Lma Pictures/Rodeo FX/Weta Digital
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SIGGRAPH 2016
会期:2016年7月24日(日)〜7月28日(木)
場所:Anaheim Convention Center
主催:ACM SIGGRAPH
s2016.siggraph.org