日本でも大ヒット上映中の映画『デッドプール』。監督のティム・ミラーは、Blur Studioの共同出資者でもあり、CGやVFXの専門家としてキャリアを築き、本作で監督デビューを果たした人物だ。幕開けとなる激しいカーチェイスシーンと、その後に連なる派手な銃撃シーン。この2シーンを担当したのがAtomic Fiction。同社は250ショットを約40名のアーティストで手がけたそうだが、本作への参加が決定したときはCGチーム内でも熱狂的に受け止められたという。そんな『デッドプール』のVFX制作をリードしたCGスーパーバイザーのローラン・タイユフェール/Laurent Taillefer氏とのインタビューをお届けしよう。

TEXT_奥居晃二 / Kouji Okui
EDIT_沼倉有人 / Arihito Numakura(CGWORLD)
Special thanks to Atomic Fiction



<1>参加の経緯

デッドプールはマーベルコミックのヒーローの一人で、汚い台詞を吐くコミカルなキャラクターや、残虐な暴力をふんだんに散りばめた原作のコミックに根強いファンが多い。

以前から映画化の話は取り沙汰されていたが、なかなか進展は聞こえてこなかった。そんな中2012年に1本の映像がネットにリークされた。テストムービーと目された映像では癖のある台詞回しと容赦ない激しいアクションが描かれ、好意的に迎えられた。このため難航していた映画化の企画も前進したとの話もある。完成された本作『デッドプール』はこれまでのマーベル・ヒーロー作品とは別格の匂いをもった作品となった。

映画『デッドプール』日本版本予告(90秒)

今回のインタビューを受けてくれた、Atomic FictionチームのCGスーパバイザーを務めたローラン・タイユフェール/Laurent Taillefer氏は次のように語る。「この作品に関わることが決まったとき、みんな本当に感激していましたね!あのテストムービーはすごい人気でしたし、高い期待が寄せられていることはみんな知っていましたから。どぎついユーモアで有名な作品なので、挑戦するのが楽しみでした。チームのアーティストの何人かはもともとコミックのファンでしたしね」。

タイユフェール氏はCGスーパーバイザーとしてティム・ミラー監督と初めて組むことになった。「ミラー監督とのやりとりは本当にスムーズでした。彼はVFXにまつわる全ての手法やコストを理解しているのですから。クライアントというより共同制作者と言っていいくらいでした。常にわれわれと一緒にストーリーを伝える最善の方法を見つけようとしてくれましたし、われわれのアイデアも本当にオープンに聞いてくれました。一方で、この映画に対する強いビジョンも語ってくださいました」。

ミラー監督のVFXに対する指針についてタイユフェール氏は述べる、「監督はシーンのリアリティにこだわりました。都会の環境を作る際、実際にありえる実物大の建物を求めました。この環境の中で行われるアクションは常に説得力があります」。ミラー監督のリアル志向はフルCGシーンにおけるカメラワークにも反映されていた。実在しうるカメラリグをCG内で構築し、アニメーターはそれを操作して「撮影」している。この手法により、各ショットのカメラワークが説得力を増し、まるでカメラの重さを感じられるほどである。またこのリグのおかげで、CGカメラは実世界のカメラと同様に被写体に近づきすぎることができない。一方で、ミラー監督はアクションについては、リアルなアクションと、誇張されたアクションとが最も美しくミックスされたものを追求した。

デッドプールを演じたライアン・レイノルズに演技指導をするティム・ミラー監督

Atomic Fictionにとって制作は、上述のリークされたというテスト映像の分析からスタートしている。映像を検証し、何をどの位作る必要があるかが算出された。都会の環境のフィーリングを掴むために、デトロイトの撮影スタジオ・セットに出向き、参考用に写真、映像やフォトグラメトリー素材をたくさん撮影した。この時に撮影された写真の幾つかは、車内のショットの窓外の背景として使われた。参考映像撮影用には特製の視野180度のカメラのリグが作られ、実際の高速道路を走行して撮影した素材がほとんどのショットで使われている。

テストムービーのシーンデータをBlur Studioから提供を受け、都市環境を細かいブロックに分けてレイアウトし、再構築している。この映画の撮影のオープンロケはほとんどがバンクーバーで行われたので、ビルの造形もバンクーバーの建築物に基づいている。タイユフェール氏いわく、「このことがクリエーティブ上重要なポイントになりました。実際にある街がモデルだったため、全体の街に統一感をもたせ、画的に満足のいく形で実現できたのです」。

最初に1ヶ月半以上かけてカーチェイスシーン制作のための準備が行われた。当初より、この複雑なシーケンスのほとんどをフルCGで作ることになることは予期されていた。膨大なショット制作を円滑に進めるため、前もっていくつかのパイプライン・ツールが開発された。1つは「シーン・アセンブリー」と呼ばれる、複雑な環境の処理を簡便にし、レンダリングも簡単にするためのものである。その実体は、アセットをインスタンス化し、GPUキャッシュの機能を利用するものである。エクスポートされたシーンのデータは、KATANAやHoudiniに読み込まれ、ライティングやエフェクト作業で用いられた。

<2>完全に3Dとして環境を構築

カーチェイスシーンでは常に都市のビル群の中を移動しながら描かれるため、街並や高速道路などを全て3Dモデルで実現する必要があった。街は12のセクションに分けられ、デトロイトで撮影された写真やバンクーバーの街の3Dモデルをベースにデザインされた。タイユフェール氏はふり返る、「制作に入ってからも、この街の環境はずっと変更や進化を求められたため、その都度、見積もりを調整しなくてはいけませんでした。そこでアーティスト達が新しいアセットを加えたり、バリエーションを加えたりすることを容易にするシステムを開発しました。私達は最終的に思っていた以上に多くの時間をアセットの構築に費やすことなりましが、それでもこのシステムのおかげで円滑に進めることができました」。

ロバート・ゼメキス監督の『ザ・ウォーク』(2016)でAtomic Fictionは1970年代のニューヨークの詳細な街並みをCGで再現している。モデラーやルックデヴのアーティスト達のほとんどが参加していたので、『デッドプール』ではその時のノウハウが生かされた。また都市という巨大なシーンデータを扱うパイプラインも構築されていた。『ザ・ウォーク』では遠距離のレイヤーはマット・ペイントも使われているが、本作のカーチェイスのシーンは文字通りフル3Dのレンダリングが必要となった。

デッドプール他のキャラクターのアニメーション制作について、タイユフェール氏は説明する、「アニメーションのほとんどは伝統的なキーフレーム・アニメーションで行いました。デッドプールのフェイシャル・アニメーションは多くのスタジオによってシェアされた手法です。他のスタジオから受け取ったキャッシュデータを使ってレンダリングしています(本作では、実写のデッドプールの顔をCGに乗せ換えるショットも多いため、フェイシャル・アニメーションは3Dと2Dのハイブリッドな方法が採られている。3Dで作成した様々な表情の形状をキャッシュデータとしてNUKEに渡し、実写の顔の部分を変形しながら合成する手法が開発された)」。

クルマのクラッシュシーンではリジッド・ボディ・シミュレーションが用いられた。その後、クルマの動きに基づいて、飛び散る破片、煙などのパーティクル、変形エフェクトのシミュレーションが行われた。タイユフェール氏が説明する、「この一連の作業を容易にするために、パイプライン・ツールに「FX ANIM」という新しい機能を導入しました。リジッド・ボディ・シミュレーションのデータをアニメーター達に引き継いで、それを磨き上げることができるようにするものです。このツールのおかげでエフェクトとアニメーションのユニークなコラボレーション作業が可能になりました。通常とは異なり、シミュレーションの計算の後にアニメーターが手を加えるのです」。

"Deadpool" Visual Effects Breakdown from Atomic Fiction on Vimeo

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独自に開発したクラウドレンダリング管理システム「Conductor」
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<3>独自に開発したクラウドレンダリング管理システム「Conductor」

ルックデヴにはThe FoundryのKATANAが使用された。Atomic Fictionはライティング・パイプラインを『ザ・ウォーク』の制作時にKATANAに切り替えている。今回はKATANAを中核にしたレンダリングのためのパイプラインも構築している。担当するシーケンスはほとんどフルCGとなったため、非常に多くの数のアセットをルックデヴする必要があった。そのためルックデヴの環境を統一し、テンプレートが用意された。そしてベースのマテリアルはKATANAのマクロで記述してバンクとして利用できるようにされた。また様々な箇所に使用できるランダム化ツールも開発された。これを使うと簡単に既存のアセットにバリエーションを加えることができる。こうして膨大な量のアセットを統一してクオリティ・コントロールすることが可能になった。

本プロジェクトにおける基本的なコンポジット構成(globals)

KATANAのノードツリー

Atomic Fictionはオークランドの本社に加え、LAとモントリオールという3つの地域に拠点をかまえている。実作業は主にオークランドとモントリオールで行われているが、両拠点は地理的に離れているため双方を結びつけるマネジメントツールConductorを開発している。Conductorについて、タイユフェール氏は次のように紹介してくれた。「Conductorプロジェクトは数年前にスタートしました。2014年の『ザ・ウォーク』の制作時に使い始めました。そして今はより優位性を高めるために、APIの拡張、レンダリングジョブの起動とモニタリング方法の充実、アップロードとダウンロードのプロセスを確実なものにする作業を進めています。システムはGoogle Cloudのサーバー、ライセンス・サーバー、OS、アップロードとダウンロード、ローカルデータの収集ツールなど多くの既存ツールと結びついています」。

映画『ザ・ウォーク』制作時のConductorの利用イメージ (出典)http://www.renderconductor.com/thewalk

Atomic Fictionでは早い段階からGoogle Cloudをレンダリングに利用している。クラウド・レンダリングを制作に取り入れるためには、これまでと異なる発想が必要になったようだ。タイユフェール氏は、「クラウド・レンダリングを行うということは、レンダリング・コストを異なる方法で考えるということ。それに時間やコストを制御するために、新しい方法にチームを慣れさせる必要もあります。伝統的なレンダリング・ファームでは、問題はCPUを遊ばせないことです。しかしGoogle Cloudでレンダリングする場合は、レンダリングする回数を最小限にすることが重要です。またできる限り静止画や、半分の解像度でのレンダリングで済むように工夫します」。

車内のショットは、クルマのセットでスタジオ撮影した実写素材をベースに、窓の外をグリーンバック合成することで作られている。一方、車外のショットはフルCGで作られている。この2つの状況のライティングをマッチさせるためには以下のような方法がとられた。スタジオ内のライティングはLEDパネルに映像を上映しながら撮影された。例えば、橋の下を走るとか、壁が近づいてきて暗くなる映像が使用された。この映像はCGのライティングのガイドにもなった。車外のシーンでは街並みを撮影したHDR写真を使ってライティングしている。このシーケンスの照明条件は晴れの太陽光で非常に方向性が強いものだったので、マッチングは比較的容易であった。車外のショットの方が自由度が大きいため、基本的に車内のショットの実写のライティングに違和感がないように車外のライティングを調整している。



このインタビューを仲介してくれたコンポジット・スーパーバイザーのウェイ・リー/Woei Lee氏が補足してくれた、「車内のグリーン・スクリーンのショットはまったく異なるライティングで撮影され、まったく異なるカラー・グレーディングで処理されたので、一度ニュートラルなライティングに全てのショットを調整し、全てのCGを同じくニュートラルなライティングで照明し、レビューのときにクライアントに見せるためにカスタムなカラー・グレーディングを施しました。そのため、全てのショットで適切なカラーバランスと、CGと実写を合成する一貫したワークフローを保つことができたのです」。

タイユフェール氏はAtomic Fictionでの本作の制作をふり返る。「われわれはまるで家族みたいに機能しています。だから素早いコミュニケーションや、細かい軌道修正にも対応できます。みんな一緒に働くことを楽しんでいますが、『デッドプール』は特に楽しかったので、余計に効率も上がりましたね!」全米公開後、『デッドプール』は各方面でよい評価を聞く。VFXを手がけたタイユフェール氏も手応えを感じているようだ。「マーケティング的には本当にうまくいっていたので、映画は成功するとは思っていましたが、本当に市場の感想や興行の数字には感激しました。そのおかげでいい未来が待ってそうですしね!()」

:本作プロデューサーのひとりサイモン・キングバーグへのインタビュー(2016年6月24日付)にて、2017年の早期には続編の撮影に着手する予定であると、米COLLIDER誌が報じている

作品情報

  • 映画『デッドプール』
    監督:ティム・ミラー
    脚本:レットリース&ポール・ワーニック
    製作:サイモン・キングバーグ, p.g.a./ライアン・レイノルズ, p.g.a./ローレン・シュラー・ドナー
    製作総指揮:スタン・リー
    撮影監督:ケン・セング
    VFXスーパーバイザー:ジョナサン・ロスバート
    VFX制作:Digital Domain/Atomic Fiction/Blur Studio/Digiscope/Image Engine/Lma Pictures/Rodeo FX/Weta Digital
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