2016年8月20日(土)から21日(日)の2日間にわたり、ROCKTOWN(大阪市阿倍野区)でデジタルアートバトルをメインに据えた「LIMITS Art Festival "Summer" 2016」(以下、LIMITS)が開催された。今回は、「大阪初のアートとVRの融合体験」をテーマに、ゲームやアートの無料体験コーナーが設けられ、常に盛り上がりをみせていた。そんな本イベントをふりかえる。
TEXT & PHOTO_山田佳樹 / Yoshiki Yamada
EDIT_沼倉有人 / Arihito Numakura(CGWORLD)
<1>LIMITSは、単なるタイムアタックドローイングではない
LIMITSは、「世界で大活躍するアーティストを誕生させる」をテーマに、2015年から開催されているアートバトルイベントであり、今回が3回目となる。バトルはトーナメント形式であり、2名のアーティストがその場で与えられたテーマに則って、20分の制限時間内に作品を描き上げる。その後、20秒のプレゼンテーションを行い、勝敗は審査員と会場のオーディエンス、そして生放送視聴者による投票で決まるというもの。
(左)「LIMITS Digital Art Festival "Summer" 2016」のフライヤー/(右)今回参戦したアーティスト12名の一覧(プロフィール等の詳細は公式サイトを参照)
筆者は当初アートバトルについて、いかに早く描き上げ、制限時間内にクオリティを高められるかを競う「タイムアタックドローイングイベント」だと考えていたが、その予想は大きく裏切られることとなった。この模様を数試合ピックアップしてご紹介したい。
2日目に行われた第7試合(準々決勝の3試合目)は、ひらたいら氏 vs リタ・ジェイ氏。リタ氏は前回優勝によりシード出場という強豪である。対する、ひらたいら氏は「クリエイティブ業界から引退し、介護施設にてパートのおばちゃんとして絶賛勤務中」(公式サイトのプロフィール文より)とのことで、LIMITSを期にイラストの世界へ戻ってきた、という面白い対戦カードであった。
このように描く過程でオーディエンスの期待を良い意味で裏切り、楽しませることも出場者に求められる技量であり、このライブ性が非常に大きな魅力と言えよう。ひらたいら氏はその後準決勝で jbstyle.氏と対戦し敗退。しかし、3位決定戦に勝利し、3位を勝ち取った
抽選されたバトルのテーマは「サイバー×夏休み」。最初の5分は両名とも「麦わら帽子をかぶったロボット」を描き、テーマの解釈が被るという波乱の滑り出しとなった。LIMITS の最も楽しく、そして恐ろしい点は、テーマが決定した直後から淀みなく描き進めなければならない点だろう。テーマが決定された瞬間の閃きが鍵となる。
そして筆者が心を鷲づかみにされたのは最後の5分、ひらたいら氏のキャンバスであった。氏のイラストは「2体の麦わら帽子をかぶったロボットがセミを捕まえようとしている」というものであり、一見おもちゃのロボットがセミを追いかけているだけかのように見えた。それがラスト5分のタイミングで、背景が黒く塗りつぶされたかと思うと、中心に小さな地球が描かれたのだ。
蝉取りをしていたのはおもちゃのロボットなどではなく、宇宙スケールで巨大ロボットがセミを追いかけている、というシチュエーションであることが判明し、世界感が大きく広がり、物語が生まれた。当然会場も大きく沸いた。
【LIMITS SUMMER 2016】09 DAY 2 Round8 3 ひらたいら vs リタ・ジェイ
<2>王者、jbstyle.の戦略
結論からお伝えすると、今回の優勝者は jbstyle.氏。Adobe Illustrator の鉛筆ツールのみを使い、恐ろしいスピードでハイクオリティな作品を描き出す様が圧巻であった。氏の戦略で興味深いのは、「事前に描くものを決めておき、これにテーマを絡めていく」というものである。
第8試合(準々決勝の4試合目)のバトルカードはイチノミヤモトヒロ氏×jbstyle.氏。テーマは「エクストリーム/商売」。イチノミヤ氏は「ワゴンセール争奪戦」を、jbstyle.氏は「戦国武将によるダイナミック郵便配達」をそれぞれ描き上げ、jbstyle.氏が勝ちあがった。
第8試合の様子
勝利後のインタビューでは、「事前に馬を描くと決めていた。ここにテーマを絡め、膨らませていった」とのことであり、戦略性の高さが伺えた。
同様に準決勝では「エンブレム」、決勝では「車」と自分の中でさらにテーマを決めており、結果一線を画した物語性を獲得している点が興味深かった。
【LIMITS SUMMER 2016】10 DAY 2 Round8 4 イチノミヤモトヒロ vs jbstyle
決勝は、GODTAIL 氏 vs jbstyle氏。テーマは「伝統/アスリート」であり、対する GODTAIL 氏は初出場で決勝進出と力を見せつけていた。
決勝戦のテーマを決めるルーレットの様子。こうした演出がイベントの盛り上げに寄与していた
最終の投票も非常に僅差であり、ギリギリまで完成を予想させない=オーディエンスに想像する楽しみを提供し、さらにその予想を超えていったjbstyle.氏に軍配が上がったと言えよう。こと決勝戦においては、最初の10分でトラックのみを描いており、テーマ「伝統/アスリート」をどこからも連想できないという展開であり、後半畳みかけるように要素を投入。最終的に高い物語性が生まれたのは膝を打つものであった。
【LIMITS SUMMER 2016】14 DAY 2 Final GODTAIL vs jbstyle
決勝戦終了後に行われた参加アーティストたちによるトークショーの様子
<3>VRとアートバトルの融合
LIMITS はトーナメント形式で行われているが、試合のインターバルにはVRによるアートパフォーマンスが催された。Googleが開発するVR空間上に描くことのできるアプリ「Tilt Brush」のデモンストレーションが披露されたのだ。対戦カードは書家の 上田 普(うえた ひろし)氏と、「KYOTO VR」共同創設者を務めるなどVRアート分野で幅広く活動しているシムズ・アティカス/Atticus Paul Sims氏。
このデモンストレーションも LIMITS のルールに則し、ルーレットでテーマが決められた。お題は「魔法×花火」。なんとも VR アートにおあつらえなテーマである。上田氏は書家の強みを生かし、白色のブラシでVR空間上に「書」を描き(?)始めた。対するシムズ氏は色とりどりのブラシを使い分け、不思議な花火を描いていく。
Tilt Brush における VRアート作品は、描かれる線が動的(点滅・拍動など)であり、なによりVR空間上に存在するコンテンツであるため、文字で魅力を伝えることは非常に難しい。機会があるならばぜひ、ご自身で描き、鑑賞し、体験していただきたい
さらに様々なVRコンテンツを体験できる展示スペースも設けられていた。展示の中でも一際目を引いたのが、VR 特化型ライドマシン「SIMVR」(シンバ)だ。
「SIMVR」デモの様子
SIMVRは、約90万円という低価格でライド体験が可能な恐ろしいマシンである。2016年4月15日(金)から株式会社しのびや.com より発売され、徐々に導入実績も増えつつある。その実力は折り紙付きで、いくつかタイトルをプレイしてみたが、非常高い没入感を得られた。ゲーム中の加速動作で実際に風を感じた(と錯覚した)ほど強い現実感を得られたため、今後も同マシンを用いたタイトルに注目していきたい。
今後の展望としては、アミューズメント施設はもちろんのことながら、ネットカフェなどに設置したいということであった。課題としては、VR 体験にはゴーグルやマスクの付け外しを補助する人材が必要であるといった点だろうか。
<4>LIMITSが目指すもの
また、本企画において筆者が注目したのは運営体制である。以前、とあるゲームイベントに足を運んだ際は、体験ブースによっては長蛇の列2時間待ちだったり、MAPを見ても展示場所がわかりづらかったり、といったストレスを感じてしまったのだが、本イベントは非常に気持ちよくブースを回ることができた。これについて、気づいた点をまとめてみたい。
【1】 完全予約制でかつ、1つのブースしか予約できない。1つの体験が終わった後に再度受付で申込を行う。予約時間は10分間隔
【2】 1つのVR体験が5分ほどで終わるよう、出展者に徹底する。これにより回転率が非常に良かった
【3】 全てのブースにアイマスク(VRゴーグルが直接肌に触れないようにするためのマスク)を用意
【4】ブース位置はわかりやすいよう、番号を振って大きな看板を立てる
【5】 セパレータを使い、動線を確保する
【6】 各所にスタッフを配置し、極めて柔軟な対応を可能にする
......特に、【1】、【2】が非常に強力であり、待機列が発生しないことにより、動線を阻害する要因が大きく減じられたと思う。
VR展示会場の様子
LIMITS実行委員会に名を連ねる大山友郎プロデューサー(P.A.I.N.T. Inc. 代表取締役)は、「LIMITSがイラストレーター共通の世界指標となることを目指しています。テニス世界ランク2位、のような感じで、LIMITS世界ランク1位といったランキングが、イラストレーターのレジュメとなれるようにしたいですね。そして、LIMITSで繰り広げられたアートバトルを通して、出演アーティストたちのファンになってもらえると本望です」と、語ってくれた。
今回優勝した jbstyle.氏にも話を伺った。
「アートイベントでは洗練されたイベントが少ないが、LIMITSがこれを昇華してくれました。仕事の性質上、家に籠りがちなイラストレーターが自身のブランディングをする非常に大きなチャンスだと思います」。
LIMITSは、来年2月4日(土)・5日(日)の2日間にわたり大阪アメリカ村BIGCATにて、初のワールドグランプリとなる「LIMITS Digital Art Battle World Grand Prix」を開催予定だ。11月に行われる予定の地方予選大会からの8人や海外アーティストなど計16人が出場する。現在は国内予選のエントリーを受付中である。