スペースシャワーTVで放送中の『イナズマデリバリー』『ウサビッチ』『やんやんマチコ』で知られるカナバングラフィックスの新作だ。定評ある独創的なアニメーションを、より多くの人が楽しめるエンターテインメントに仕上げるべく、スタッフの意識改革にも取り組んだという意欲作の舞台裏にせまる。

※本記事は月刊「CGWORLD + digital video」vol. 224(2017年4月号)からの一部転載(前半4ページ分)となります

TEXT_村上 浩(夢幻PICTURES
EDIT_沼倉有人 / Arihito Numakura(CGWORLD)、山田桃子 / Momoko Yamada

information
『イナズマデリバリー』
スペースシャワーTV音楽情報番組『チュートリアルの徳ダネ福キタル♪』内にて隔週放送中。
監督・脚本:富岡 聡/キャラクターデザイン・アートディレクション:宮崎あぐり/ビジュアルデザイン:関 厚人/モデリングリード:古部満敬/リギング:宮田眞規/アニメーションリード:阿部圭造/コンポジットリード:太田洋康/アニメーション制作:カナバングラフィックス/製作:イナズマデリバリー製作委員会
www.inazma-delivery.com
©INAZMA Project

カナバングラフィックス流のエンターテインメントとは何か?

『イナズマデリバリー』(以下、IDL)は、何でも届ける運送屋「イナズマデリバリー」で働くブタのヘミングウェイの下に、サメの着ぐるみを被った迷子の宇宙人バイザウェイが、自分を惑星に届けてほしいと訪れるところから始まる物語だ。カナバングラフィックス(以下、カナバン)では、2015年頃から複数のオリジナルの企画書を作成し、出資者やビジネスパートナーを探し始めていたという。『IDL』は、製作委員会形式となっており、ブシロード、KADOKAWA、イオンエンターテイメント、レッグス、スペースシャワーネットワーク、そしてカナバンが名を連ねる。「一般的に企画の可否が決まるまでにもかなりの時間を要するものですが、いち早く稟議を通してくださったブシロードさん、そして賛同してご参加いただけた製作委員会の各社さんにはとても感謝しています。『ウサビッチ』のシーズン1が放送されたのは2006年、もう10年以上前のことです。社会的にも様々な変化が起きていますし、本作ではより多くの方に観てもらおうと、『ウサビッチ』とは異なる切り口で、共感を得やすい内容にすることを心がけています」と、富岡 聡監督(カナバン代表)は語る。

  • 左から、占部満敬リードモデラー、宮田眞規リギングアーティスト、宮崎あぐりアートディレクター、阿部圭造デジタルアーティスト、関 厚人ビジュアルアーティスト。以上、カナバングラフィックス
    wwww.kanaban.com

本作は、ヘミングウェイがバイザウェイを母星に送り届けようと悪戦苦闘する様を1話2分の短編シリーズとして描く。「荷物を届ける」という目的が明確な職業が共感を得やすいストーリーテリングにもつながっているのだ。

アニメーション制作自体においては、スタッフの意識改革を行なったという。「社長トーク」と呼ばれる講義を定期的に実施。コストパフォーマンスだけでなく"お客様"(クライアントやコンテンツ消費者)を今まで以上に意識した制作を目指しているそうだ。「CGはとてもコストがかかります。しかし、コストをかけたからといってその作品の売上が増えるわけではありません。その作品を観てくれるお客様はどういう人たちで何を求めているのかを考えた上で、力を入れて表現するところはどこなのか、省くべきところはどこなのかをみんなで議論を重ねながら制作しています」(富岡監督)。

Topic 1 プリプロダクション

カワイイと不気味のベストバランスを追求

本プロジェクトが正式にスタートしたのは2015年のはじめ。当初、富岡監督が描いたスケッチ(下図)にはブタとクマがメインキャラクターとして描かれていたが、アートディレクターの宮崎あぐり氏は両キャラとも地味な色合いで暗い印象があったため、着ぐるみというコンセプトは残しつつバイザウェイのデザインをイチから描き起こすことにしたという。「最初のブタとクマでは、両方とも土っぽく暗いイメージだったので、主人公のヘミングウェイが黒いブタに対して、水系のサメのキャラクターをもってきました。ほかにもカエルやニワトリなど、ちがう動物でも描いてみたのですが、インパクトの強かったサメとブタのコンビに決まりました」(宮崎氏)。サメのバイザウェイは、富岡監督の想定を超える秀逸なデザインだったことからラフデザインがそのまま決定稿として採用された。

一方、ヘミングウェイのデザインでは衣装のバリエーション以外にも瞳のハイライトの有無や、カナバンでは初めて縦長の目に挑戦するなど試行錯誤がくり返された。瞳にハイライトが入ることでかわいさは増すが、かわいいだけでは飽きられやすいためあえて可愛さと不気味さが混在するデザインにするのがカナバン流なのだという。「キャラクターデザインをチェックする際にいつも意識しているのはアート・トイになりすぎないこと。情報量の多いデザインは見映えはしますが飽きも早い、かといってシンプルすぎてもカナバンらしさが失われてしまう。宮崎はこの絶妙なバランスを理解してキャラクターを提案してくれるんです」(富岡監督)。1stシーズンに登場するサブキャラクターのカトリーヌは地球外生命体を追う謎の組織のメンバーでバイザウェイを狙っているという設定で、富岡監督の『メン・イン・ブラック』のようなイメージというオーダーを受け、サングラスにスーツ姿のイヌやアライグマなど複数案が描かれた後、フクロウ版が採用された。「1話2分ということで、毎話新しい発見ができるよう細部にまでこだわってデザインしているので、何度も観直して楽しんでもらえると嬉しいです」(宮崎氏)。

初期スケッチ


富岡監督が最初に描いた企画書用のスケッチ。バイザウェイがクマの着ぐるみになっていることがわかる



  • ヘミングウェイのアイデアスケッチ(2015年6月19日付)。傾向として、より洗練されたシルエットへとブラッシュアップされていったことが窺える



  • 同時期に描かれたバイザウェイのアイデアスケッチ。通常のクマの色(茶や灰色)では、ヘミングウェイと並んだときにどちらも黒っぽい色合いのため、より華やかな色味を模索しつつ、他の動物デザインも検討されていったが、この時点でサメのデザインはかぎりなく完成されていたことがわかる(それだけ富岡監督の心を射止めたわけだ)

キャラクター決定稿

ヘミングウェイのデザイン決定稿。通常時の瞳は縦長の楕円だが、実はカナバンのキャラクターでは初めてのデザインだという(従来は正円で描かれるのが常だった)

バイザウェイのデザイン決定稿。書き添えられた「三面図は参考程度」という宮崎氏のコメントが興味深い


バイザウェイを追う謎の組織のメンバー「カトリーヌ」の決定稿。最終的にフクロウに決定したが、途中段階ではリスや犬、アライグマ等も試された

マット画を見据えたコンセプトアート

初期に描かれた背景美術のアート。「スケジュール的にモデリングやレイアウト用のデザイン画(指示書)がすぐに必要となってたため、いわゆるコンセプトアートは描いていません。デザイン設定であると同時に本番用の背景美術としても使えるように描いていきました」(宮崎氏)



  • 最初期に世界観を考えはじめていた頃の途中絵。デイシーンとして描いていたが、費用対効果を考慮して全編ナイトシーンとして制作することが決定した



  • ハイウェイ(屋外)シーンの途中絵

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Topic 2 キャラクターアセット

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Topic 2 キャラクターアセット

クオリティの追求だけでなくコスト管理も徹底する

モデル制作はスケジュールがタイトなため宮崎氏が描いた各キャラのラフイメージをリファレンスにモデルの作成が進められ、制作途中で最終的なデザイン画と刷り合わせるというフローが採られた。なかでもバイザウェイはラフデザインが決定稿になったため立体的な整合性が取れておらず、リードモデラーの古部満敬氏が宮崎氏のデザインに調整を加えながらモデリングが行われた。「以前はデ ザイン時に三面図も描いてもらっていましたが、ラフデザインの方がモデラー側から提案する余地が残されているのでやりやすいですし、ポーズや表情からキャラクターの特徴を把握することもできるというメリットもあるんです。例えばデザイン画ではヘミングウェイのマフラーは歪みを帯びているのですが、工数を減らすためモデラー側から歪みを抑えるといった提案をしました」(古部氏)。

『ウサビッチ』の制作時にはグレーシェードの形状チェックを丁寧に行なっていたが、2Dルックのシェーダとテクスチャをアサインすると、モデルの立体感の印象に誤差が生じてしまうことが問題視されていたという。そこで本作では、おおまかな形状が完成した段階でUVを展開し、テクスチャを貼り込んだ状態でシルエットを意識しながら細部のつくり込みを行なっている。「本作のキャラクターはシーンライトの影響を受けない仕様になっているため、細かく凹凸をつくり込んでも無駄になってしまうんです。早い段階でテクスチャを貼ってしまった方が無駄なつくり込みを削減できるので、作業も楽になります」(古部氏)。ベースとなるテクスチャは古部氏自ら描いているのだが、宮崎氏のタッチを再現するにはモデル以上に多くの時間が必要となるため、デザインの段階で服のシワや影などのタッチを極力抑えてもらうようモデラー側から要望したという。古部氏が作成したテクスチャは最終的に宮崎氏によって調整が加えられ、テクスチャが完成する。

フェイシャルは絵コンテから必要な表情を洗い出し、工数と照らし合わせながらターゲットの作成が行われた。「おおまかなモデルが完成した時点でセットアップの作業に取りかかり、不都合があればモデラーに戻してメッシュの追加や修正などのやり取りを行いながら作業を進めていきました。特に足の関節位置をどこに置くのかが重要になるのですが、デザイン画には膝の動きは描かれていないため何度も検証を重ねました」と、宮田眞規リギングアーティストは語る。カナバンでは独自開発したセットアップツールを用いてリグを構築しているが、バイザウェイの腕など対応できないものもあり、改良を加える必要もあったそうだ。

キャラクターモデル


ヘミングウェイの完成モデル(各アングルからのレンダリングイメージ)。キャラクターのルックはライティングの影響を受けないかたちでまとめられている(テクスチャリングで質感付け)ため、デザイン設定が忠実に再現されている


パースビューのワイヤーフレーム表示

ヘミングウェイのモデル変遷を図示したもの



  • 1stテイク。当初からデザイン画に近い雰囲気が再現されているが、さらなる調整がくり返されていった



  • 1stテイクに対する修正指示。宮崎氏がペイントオーバーで頭部の上下幅や手や腕の太さのバランスなど細かく手を入れている


細かな調整をくり返し、出来上がった完成モデル最終的に14テイクに達した。背景美術に合わせて色調整も施されている


バイザウェイの完成モデル(各アングルからのレンダリングイメージ)


パースビューのワイヤーフレーム表示

ボディリグ

カナバングラフィックスが独自開発したリグシステム



  • ベースリグ生成ツール。まずはガイドを任意の位置に設置する。耳や尻尾等のセカンダリは、ガイドを適宜追加することで対応可能



  • 腕のデフォルト角度や、リバースフットのピボットの調整後に全身のリグを生成できる。このベースリグから各キャラクターごとの個別処理を追加していく


ベースリグや規定の仕様であれば、カナバンのスナップツールにも対応するという

ヘミングウェイの完成ボディリグ



  • 全身のコントローラを表示した状態



  • 胴体全体と頭部にかかるスクワッシュリグの操作例。「アニメーターから好評だったので、ほかのキャラクターにも共有し、『IDL』では定着しています」(宮田氏)

バイザウェイの完成ボディリグ



  • 全身のコントローラを表示した状態



  • ぬいぐるみのように縫い付けられた腕の根本と、湾曲する腕の組み合わせを表現するためのリグ。特殊な構造のため、新規に開発された

フェイシャルリグ

ヘミングウェイのフェイシャルリグ



  • フェイシャルコントローラ。アニメーションの幅をもたせるために、anger (怒り)とbig(目の拡大)は初期設定よりもリミット値を大きくとっている



  • 汗の表示パターンは数種類用意されているが、すぐに切り替えが行える仕様となっている(アニメーションディレクターがカットごとにパターンを指定)


ヘミングウェイのフェイシャルパターン(レンダリングイメージ)


バイザウェイのフェイシャルリグ。「実は口が開くだけと、非常にシンプルです。口から道具を取り出す際は、めり込みそうな箇所にアニメーターがオフセットをかけて対応しています」(宮田氏)


バイザウェイのフェイシャルパターン(レンダリングイメージ)



  • 月刊CGWORLD + digital video vol.224(2017年4月号)
    第1特集:最新レンダラ徹底比較
    第2特集:デジタル作画 最新動向

    定価:1,512円(税込)
    判型:A4ワイド
    総ページ数:144
    発売日:2017年3月10日
    ASIN:B01MSB5L7Y