NHKエンタープライズNHKメディアテクノロジーが中心となり展開中である「8K:VR」シリーズの第2弾。「8K+半球状ワイドスクリーン+5.1chサラウンド」がもたらす高い没入感、さらに電動6軸モーションベースを組み合わせることで、類を見ない8KモーションライドVRを実現させた。

※本記事は月刊「CGWORLD + digital video」vol. 228(2017年8月号)からの転載となります

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TEXT_村上 浩(夢幻PICTURES
EDIT_沼倉有人 / Arihito Numakura(CGWORLD)、山田桃子 / Momoko Yamada
PHOTO_弘田 充 / Hirota Mitsuru

先端のハイエンド技術を活用し8K×VRの可能性を追求する

8K×S3D×22.2ch立体音響による、圧倒的なリアリティを実現させた『Aoi -碧- サカナクション』(以下、Aoi)。昨年3月の「SXSW(サウス・バイ・サウスウェスト)2016」における上映では、「8K:VR Theater」という新たなコンセプトを掲げ、HMD(ヘッドマウントディスプレイ)を使わずに強い没入感が得られるVRコンテンツとして高い評価を得たという。「われわれの予想を超える反響をいただき、大いに刺激を受けました。そこで『SXSW2017』にも継続して参加し、新たな技術を用いて誰も体験したことのないVRコンテンツを出品したいと考えるようになりました」と、NHKエンタープライズ(以下、NEP)の田邊浩介氏はふり返る。

右から、高橋和也CGIプロデューサー、田邊浩介氏(演出・プロデューサー)、藤木秀作CGIデザイナー、池本壮志CGIデザイナー、松本 学氏(CGI協力)、佐々木 透氏(CGI協力)、近藤貴弓氏(オンライン編集&グレーディング)、平嶋将成VFXスーパーバイザー

そんな田邊氏の想いが具体的に動き出したのは2016年末のこと。「8K:VR」プロジェクトの技術部門を担当するNHKメディアテクノロジー(以下、MT)と、半球状スクリーンをベースにした独自の映像システム「Sphere5.2」を開発するWONDER VISION TECHNOLABORATORY(以下、WVTL)の技術提携をきっかけに「8K:VRライド」というアイデアが誕生。その後、「バーチャル東京トラベル」という構想へと発展し、新たな音楽体験コンテンツとして関心を抱いたレコチョク・ラボが参加、サザンオールスターズが所属するビクターエンターテインメントの協力により『東京VICTORY』(2014)の使用許諾を受け、「8K:VR Ride featuring "Tokyo Victory"」としてプロジェクトが始動したのであった。

今年3月中旬に開催された「SXSW2017」の展示では、全4日間の会期中(Trade Show)、のべ500名が体験したという。「国籍や年齢を問わず、数多くの方に体験してもらいましたが、親子で体験する方も多く、子どもたちの笑顔が印象的でした。今後も『8K:VR』のさらなる可能性を追求していきたいですね」(田邊氏)。高精細な8K映像と「Sphere 5.2」の融合によって、VRの新たな魅力を引き出した本作。現在、10月27日(金)〜29日(日)に行われる「DIGITAL CONTENT EXPO 2017」で一般公開を予定している。

information
『8K:VR Ride featuring" Tokyo Victory"』
8KVR.net/ride/jp
音楽:サザンオールスターズ「東京VICTORY」
サウンドデザイナー:國本 怜/アートディレクター:木村浩康(Rhizomatiks Design)/Sphere 5.2 開発者・ディレクター:田村吾郎(RamAir.LLC)/制作:河村剛志、平山鉄兵(レコチョク・ラボ)、中平 誠(WONDER VISION TECHNO LABORATORY)
【NHKメディアテクノロジー】TD:伊藤 勇、斉藤 晶、VE:村上篤史、撮影:笠井 剛、オーディオ:青山真之、オンライン編集&グレーディング:近藤貴弓、制作:和田浩二、関 正俊、渡辺琴美
【デジタル・ガーデン】CGIプロデューサー:高橋和也、VFXスーパーバイザー:平嶋将成、CGIデザイナー:藤木秀作、池本壮志
CGI協力(©REAL 3DMAP TOKYO):松本 学、佐々木 透(CAD CENTER)
【NHKエンタープライズ】演出:田邊浩介、制作進行:北川晋司、プロデューサー:福原哲哉

Topic 1 プリプロダクション

Sphere 5.2の特性を活かした動きとは

「8K:VRライド」は、WVTLが開発した半球状ワイドスクリーン「Sphere 5.2」(幅5.2m、高さ3.4m、奥行き2.6m)に8Kプロジェクターと電動6軸モーションベースを組み合わせた世界初の8Kモーションライドだ。HMDを使わずにVR体験ができるため、13歳未満の子どもでも楽しめる。半球状スクリーンは、平面スクリーンよりも視野角が広いだけでなく、空は体験者の頭上に見え、地面は体験者の足下に見える。そして、何かとすれちがうシーンでは、体験者の脇を擦り抜けていくように感じるため、2D映像であっても没入感やリアリティが増す。さらに映像とシンクロした座席遊動や送風などを加え、五感を刺激することによってよりいっそうの臨場感を得られるのが特長だ。

具体的な映像表現について。『東京VICTORY』の歌詞にインスパイアを受け、1964年の東京オリンピックから現代、そして2020年まで時空を超えて東京の名所を巡る「バーチャル東京トラベル」という演出プランを田邊氏が考案した。そんな本作の大きな見せ場となるのが、東京上空の遊覧シーン。当初はヘリによる8K空撮を考えていたそうだが、CAD CENTERが3D都市データ「REAL 3DMAP TOKYO」(後述)をリリースしたことを田邊氏が知り、フォトリアルな8KCGアニメーションとして制作することになった。一連のCG・VFX制作は、『Aoi』にも参加したデジタル・ガーデン(以下、DGI)が担当。「企画の正式決定から完パケまで3ヶ月弱という非常にタイトなスケジュールだったのですが、『Aoi』で得たノウハウを活用することでなんとか納期に間に合わせることができました」(DGI・高橋和也CGIプロデューサー)。

まずは、田邊氏の描いた絵コンテをベースにプリビズを作成。特に空撮シーンの検証に時間を費やしたという。「手始めに東京の地図をベースにした簡易3Dシーンを使ってカメラワークの検証を行いました。半球状のスクリーンに映像を投影した際に最も適した見え方になるレンズを検証するため、10〜30mmと異なるレンズで複数パターンのプリビズを作成。最終的に15mmを採用しました」(DGI・平嶋将成VFXスーパーバイザー)。制作当初は「ライド」ということで激しいカメラワークを付けていたが、半球状クリーンでは平面スクリーンに比べ水平方向のカメラ移動やロールの動きが激しく感じられるため、カメラワークもテイクを重ねVR酔いを起こさないよう移動スピードの緩急も含め細かな調整が重ねたそうだ。

「Sphere 5.2」の優位性

「Sphere 5.2」の技術的な優位性を示した解説図

Sphere 5.2の水平視野角は180度、垂直視野角は120度。それに対して、同幅の平面スクリーンでの水平視野角は75度、垂直視野角は60度となる。人間の水平視野角は180〜200度、垂直視野角は125度と言われており、Sphere 5.2では人間の周辺視野ほぼ全てをカバーする。そのため、2D映像でも没入感を感じやすく、立体的な映像体験となる


ドライビングショットで左車線のクルマを追い越した場合、平面スクリーンでは、クルマのイメージは画面中央からスクリーン面に沿って左下に移動する。実際にはクルマは近づいているはずだが、スクリーン上のイメージは自分から遠ざかっている。一方、Sphere 5.2では、クルマのイメージは画面奥から自分の左側に迫ってくる。つまり、自分が自動車に乗車したときの身体記憶と極めて近い映像体験となり、リアリティが増大するという

絵コンテ


演出コンテ。東京の名所をCGアニメーションとREDのHELIUM 8K S35センサ搭載カメラによる実写とタイムラプスで描くことが決まった

SXSW2017展示の様子


「8K:VRライド」筐体全体。本作では、ライド型で構築されているが、「Sphere 5.2」は、固定座席を用いたシアター型やフロアのみの自由鑑賞型など、様々な仕様に対応可能となっている


会期中の様子。のべ500名が体験したそうだが、行列が絶えることはなかったという

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Topic 2 3DCG&ポストプロダクション

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Topic 2 3DCG&ポストプロダクション

目指す表現とデータ仕様に応じたDCCツールの使い分け

東京上空・遊覧シーンの制作にあたってはCAD CENTERの協力により、同社が開発する3D都市データ「REAL 3DMAP TOKYO」(以下、R3DMT)全域のデータが提供された。「R3DMTは、東京23区全ての建物を3次元化し、外観のテクスチャや窓ガラスの反射など全ての建造物にマテリアルをアサイン、3ds MaxV-Rayの組み合わせに最適化させています」とは、R3DMTプロジェクトをリードするCAD CENTERの松本 学TD。都市データはテクスチャを含め30GB程度と大容量だが、区画ごとに作成されているため扱いやすく、広範囲なデータでもVRayEnvironmentFogを用いることでレンダリングコストも抑えることができたという。「社内のメモリ環境では23区全体を一度にレンダリングすることができなかったので、カメラの距離に応じてシーンファイルを分けて近景と遠景で分割してレンダリングを行い、最終的にデプス素材を使って合成することにしました」(平嶋氏)。8Kのレンダリングには1フレームあたり平均1時間半、アップショットでは最大6時間ほど要したという。ライティングにはVRaySun、空はVRaySkyを使用。さらにMayaから出力した雲素材を合成することで空に表情を生み出している。また、冒頭の首都高トンネルシーンは、1964年(東京オリンピック開催の年)から70年代、80年代、90年代、2000年代へとタイムワープするという演出になっており、映像もモノクロのHDから8Kへと高解像度化しながら現在の首都高トンネル(実写パート)へと切り替わっている。「当初は車載カメラで撮影した実写プレートに対して各年代のクルマのCGアニメーションを合成するかたちで考えていたのですが、8Kのトラッキングに手間がかかりすぎること、さらにタイムラプス処理を加えたいという意向から、実写素材をリファレンスに首都高トンネルのモデリングを行いました」(DGI・池本壮志CGIデザイナー)。

オンライン編集にはFlame 2017 Extension1を採用。本バージョンでHELIUM 8K(RED RAWデータ)の読み込みに対応したことが大きかったという。4Kプロキシデータで作業を行い、作業終了後に8Kコンバートするといった手法が採られた。オンライン編集で最も苦労したのがグレーディングの作業だったとか。「半球状スクリーンには反対側の側面に映像が内部反射してしまうという特性があったため、最終的なグレーディングで輝度やコントラストなど微妙なバランス調整が必要でした」(MT・近藤貴弓氏)。

首都高のタイムワープ

冒頭の首都高トンネル内のシーンは、東京オリンピックが開催された1964年から始まり、現代へと徐々にタイムワープするという演出が施されている。「年代のカウントアップに伴い、画の解像度も徐々に上がっていくようなエフェクトを加えました。同じくレンダリング解像度もHD、4K、そして8Kと現代に近づくにつれて解像度を上げています」(平嶋氏)



  • Mayaシーンファイル



  • 左の画像と同一フレームのV-Ray RTプレビュー。フルCGであることがわかる



  • トンネルのモデル。高速移動のため自ずと長さが求められたが、実写のリファレンス動画を基にしっかりとモデリング、ライティングが施された



  • クルマのモデル。「各年代ごとに特徴的な形状の車種を数種類用意しました」(池本氏)

完成した映像



  • 1965年



  • 1975年



  • 1985年



  • 1995年



  • 2005年



  • 2009年(このあたりから実写の主観映像へと切り替わっていく)

フルCGによる東京上空遊覧シーン

東京上空遊覧シーンのプリビズ。1月18日(水)の「Sphere 5.2」実機テスト向けに作成された最初のプリビズ


レンズ10mm



  • 同20mm



  • 同30mm。その後、1月24日(火)に2回目のプリビズを作成し、最終的に15mmが採用された



  • 3ds Maxシーンファイル。CAD CENTERから提供されたR3DMTデータは、シーンを開くときとレンダリング時は相応に高負荷だったそうだが、プリビズやその後のカメラワーク調整時は、シェーディング表示でもスムーズに動かせたという



  • R3DMTデータは、区画ごとに綺麗に分かれているので扱いやすかったそうだ


後述する、ロゴアニメーション用に背景シーンから書き出したHDRI



  • 「東京VICTORY」ロゴの元データ。これを3DCGモデル化させた上でアニメーションを作成する



  • ロゴのアニメーションはMayaで作成された。「ツールの使い分けは単純に担当デザイナーが使い慣れていることに起因します。ただし、馴染みが悪くならないようレンダラはV-Rayで統一しました」(平嶋氏)


完成形。「ロゴを3Dモデル化する上では、カメラストロークの中で見せ尺を決めておき、そのタイミングで綺麗に見えるよう、なおかつ手前でアナモルフィック演出がネタバレしないように意識しました」(DGI・藤木秀作CGIデザイナー)

花火のVFX

クライマックスの花火エフェクトの作業データ



  • 3ds Maxで作成したプリビズ。パスコンストレインでカメラをパスアニメーションで作成、球体オブジェクトは花火のアタリである



  • 花火はParticularで10種類ほど作成。「カメラはOpen Compositor Linkを使い、3ds Maxから読み込んでいます」(藤木氏)


花火とロゴを別素材で書き出し、コンポジット。花火の素材をブラーでぼかし、加算で数枚重ねることでグローを表現(単純にグローエフェクトをかけるよりも仕上がりが綺麗になるとのこと)

Flame 2017によるオンライン編集


Autodesk Flame 2017全体の8Kタイムライン編集UI


同Batch作業UI。タイムラプス撮影した渋谷街頭の実写素材に対して、バレ消し、看板合成、画面合成、グレーディング処理などが施された



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