6月28日から30日まで東京・台場の国際展示場で開催されたコンテンツ東京2017では、国内外から登壇者を迎えて、大小様々なセミナーが開催された。ここでは初日に開催された特別講演「『日本にしか作れない』VRコンテンツとは? ~世界のVR最新動向と、日本が戦う道」の内容をレポートする。

講師はアニメ『新世紀エヴァンゲリオン』などで著名な漫画家・キャラクターデザイナーの貞本義行氏(ガイナックス)と、アニメーションプロデューサーで金沢工業大学の客員教授などもつとめる竹内宏彰氏(テイクワイ)がつとめた。特別ゲストとしてガイナックス代表取締役の山賀博之氏が登壇し、最新映像『砂の灯』のプレミア上映も行われるなど、密度の濃い内容となった。

TEXT & PHOTO_小野憲史 / Kenji Ono
EDIT_山田桃子 / Momoko Yamada

『砂の灯』プロジェクト公式サイト「tukumo project」
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<1>日本アニメには「技術」が欠けている

講演は竹内氏の「日本型VRはなぜ必要か」という、プロデューサー視点での問題提起から始まった。雑誌『WIRED』初代日本語版の寄稿編集者としてSIGGRAPH1995を取材した竹内氏は、そこでコンピュータサイエンスの研究者とアニメーターが分野の垣根を越えて交流し、CGの未来について議論を交わす様子に大きな感銘を受けたという。

その後、竹内氏はアニメーションプロデューサーとして、アニメ『アニマトリックス』や『ほしのこえ』などの製作に20年近く携わってきた。その経験をもとに竹内氏はコンテンツが大きく成功するためには「創造」、「技術」、「世界」の3要因があると指摘した。そして日本アニメには世界市場で成功する創造性はあるが、それを実現させる技術に欠けていると分析した。

聖書は活版印刷によって大衆に広まった。ポピュラー音楽はラジオやレコードによって大衆文化になった。クリエイターの新しい創造性が世界に広まるためには技術革新が必要だった

「スマートフォンはスティーブ・ジョブズの才能をベースに、iPhoneをつくり出す技術が加わって、全世界に普及しました。ゲーム業界も任天堂の宮本 茂氏をはじめ、たくさんのクリエイターの才能と、ファミコンをはじめとしたゲーム機を開発する技術が加わって、世界を席巻しています。しかし、アニメにはそうした技術との融合がほとんどありませんでした」(竹内氏)。

もっとも、いくつかの事例は存在する。そのひとつがアニメ『鉄コン筋クリート』のCGパイロット版で使用されたセルシェーダーソフトで、竹内氏がアメリカ人のエンジニアと連携する形で技術開発を主導した。また竹内氏が代表を務めたコミックス・ウェーブがアニメ『ほしのこえ』の制作・配給を行う際、当時はまだ珍しかったインターネットを用いた宣伝を中心に行われた。どちらも新しい技術が成功につながったのだ。

こうした中、竹内氏が新たな技術として注目しているのがVR・AR・MRだ。特にVRではHMDの商業展開がはじまり、今後も4K解像度化やHDR対応などが予定されている。ただし、いずれも3DCG作品が主流で、手描きアニメーション作品は見られないという。竹内氏は「ここに日本の可能性があるのではないか」と指摘した。

<2>情報量を減らして個性を高めるのが手描きアニメーション

続いてトピックは貞本氏によるクリエイター視点での提言に移った。「ピクサーやディズニーのキャラクターではなく、もっと日本の文化を生かしたCGキャラクターがあり得るのではないか」という貞本氏。こうした考えから、ジャンルを超えてさまざまな表現活動を行なってきた。近年ではメルセデス・ベンツのプロモーション映像『NEXT A-Class』でキャラクターデザインを務め、注目を集めたのも記憶に新しいところだ。

メルセデス・ベンツの次世代コンパクトカー「NEXT A-Class」のプロモーションで制作された、本格カースタントのショートムービー。アニメーション作品でメルセデスブランドを表現する世界初の試みとなった

そんな貞本氏は、マンガやアニメのキャラクターデザインのポイントは「記号化・省略化」にあるとした。記号化が進むほどに鑑賞者の想像力が刺激され、キャラクター性が高まっていくというのだ。貞本氏は私見と断ったうえで、昨今のフォトリアルな3DCGキャラクターよりも、初代『バーチャファイター』の積木のような表現の方が、よりキャラクター性が色濃く感じられたと語った。

漫画やアニメのキャラクターデザインは「記号化・省略化」がポイントだと語る貞本氏

手描きアニメーションも同様で、情報量を減らすことで、逆にシンプルな線の中に個性を出す表現手法だという。同じCGキャラクターでも手描きアニメーションをベースにすれば、そうした表現も可能になるというわけだ。実際、貞本氏がキャラクターデザインを手がけたスマホゲーム『ブラックローズサスペクツ』では、手描きイラストをそのままにアニメーションさせる技術が用いられている。

このように、最新技術に対して抵抗感をもつことなく「使ってみたい、かかわってみたい」と語る貞本氏。もともとカーデザイナー志望で、学生時代に産業デザインを学ぶところから絵の世界に飛び込んだという経歴も、そうした姿勢を物語っている。竹内氏も「最新技術を前向きに取り入れていく姿勢がすごい」と評価した。

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<3>VRは古典的な表現の場

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<3>VRは古典的な表現の場

特別ゲスト・山賀氏(右)のサプライズ登場で会場は盛り上がった。竹内氏(左)、貞本氏(中)と息の合ったトークを披露

ここで特別ゲストとしてガイナックスの山賀博之氏が登壇し、貞本氏がキャラクターデザイン、山賀氏が監督した最新映像『砂の灯』がプレミア上映された。少年と少女が石畳の街中をフラメンコのBGMにあわせて踊るという短編映像で、VR HMDでの鑑賞も視野に入れた演出となっており、カット割が最小限に抑えられるなどの工夫がなされている。冒頭に砂が舞うシーンで3DCGが使用されている他は、手描きアニメーションで制作されている。

欧州を思わせる石畳の街角で出会う少年と少女

イメージキャラクターの造形デザインには永島信也氏(Gallery花影抄)を起用した。フィギュアはCGではなく、木材の一本掘りでつくられている

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もっとも山賀氏は「映像業界は新技術に保守的な人も多いが、僕は日本の演出家としてVRに触れたとき、すごく古典的な表現の場だと思った」と語った。理由はモニターに相当する「フレームが存在しないからだ。額縁に代表されるフレームは、もともと150年前に西洋絵画から日本にもち込まれた概念で、オペラも舞台というフレームで観客席と隔絶している。これに対して日本のアートはフレーム感が薄く、最初からVR的だった」と言う。

一例を挙げると歌舞伎の花道は観客席に向かってせり出しており、観客と演者の関係性が曖昧になる仕掛けが備わっている。観客席の後ろから演者が登場し、舞台に向かって駆け上がってくるといった演出も、極めて日本的だ。絵画においても屏風絵や掛け軸には西洋絵画のような額縁がない。こういった点がVRに近しいというわけだ。

これについて貞本氏も「日本のキャラクターデザインにおける記号化は、ディズニーとは少し異なっていて、人形浄瑠璃の延長線上に位置している。そもそも10世紀に『源氏物語』を生み出した点で、日本は最先端を走っている」と補足。竹内氏も元週刊アスキー編集長 福岡俊弘氏の解釈を引用し「初音ミクは現代の人形浄瑠璃」だと引き継ぎ、日本人ならではだとした。

また同作のサウンドは11.1chのドルビーアトモス対応となっている(残念ながら会場では2chステレオで再生されたが)。その一方で映像作品にしては珍しく、BGMのみで効果音が省かれている。これについては山賀氏のねらいによるもので、「すぐ目の前でギターが鳴っているような感覚を再現したかったから、余計な音を省いた」とのこと。その上で「ドルビーアトモスは音と観客との距離を縮められる」と振り返った。

欧米圏でのVR映像におけるフレーム問題に対する取り組み(参考映像)

会場では竹内氏から欧米圏の「ノンフレームVRコンテンツ」の例も紹介された。『360 Google Spotlight Story: Pearl』ではカメラを自動車の中央に置くことで、車内全体の状況を見わたすことができ、音楽と合わせてロードムービー的な映像に仕上げている

『Kinoscope - A virtual reality journey into the world of cinema』では演劇的な演出とカメラ位置を採用している

<4>4K解像度のVRコンテンツは何をもたらすか

VR HMDでの視聴も視野に入れた世界初の手描きアニメーションによる4K映像。ドルビーアトモスによるサウンド演出も加わり、これまでにない映像体験ができるという

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そして、最大の特徴が手描きアニメーションによる4K解像度のグラフィックだ(ちなみに、こちらも会場のプロジェクターは2K解像度だった)。もっとも貞本氏は「アニメーターなら同意すると思うが」と前置きした上で、「線の粗が目立つようになるので敬遠したい」と語った。アニメ制作は集団作業なので、原画と動画ではクオリティが異なる場合がある。そのため解像度が上がると粗が目立つというわけだ。

ちなみに時間と予算がたっぷりあれば、こうした粗も修正できる。しかし実際にはどこかで妥協せざるを得ない。こうした状況をふまえて山賀氏は、「手描きアニメーション製作はダメージコントロールの文化」だと評した。砂が舞うシーンで3DCGを使用したのも、手描きでは粗が目立ちすぎるため、不本意な選択だったという。

ただし粗が目立つということは、逆に素晴らしい線のクオリティが、より前面に出てくるということでもある。山賀氏は「4K解像度になると、鉛筆で描いた線の迫力が伝わってくる」と評価した。これに対して3DCGでは、良くも悪くも映像のクオリティが一定になる点は否めない。つまり3DCGと手描きアニメーションには向き不向きがあるのだ。

4K解像度になると線の粗が出てくると語る貞本氏(左)と、生の線の迫力が出てくると語る山賀氏(右)

「手描きアニメーションはライブと同じで、絵を描いた人の超絶的なパフォーマンスに対してお客様が沸くところがある。解像度が上がることで、優れたアニメーターのパフォーマンスがより伝わるようになる。あの人の線が見られるとか、迫力が伝わってくるとか、そうした世界になっていくのではないか」(山賀氏)。

これに対して竹内氏も「画集ではなく美術館で本物の絵画を見ると、なんとも言えない重みが伝わってくるのに似ている」とコメント。貞本氏も「演劇も映像でみるより、劇場でみるほうがいい。VRも同じように、生の迫力に近づけるかもしれない」と同意した。こうした方向性に、日本ならではのVRコンテンツがあるのではないか......というわけだ。

最後に竹内氏は「冒頭でも指摘したとおり、日本のコンテンツを世界に羽ばたかせるには技術が必要で、そのためには異業種とのコラボレーションが重要」だと語った。だからこそアニメイベントではなく、コンテンツ東京でプレミア公開を行なったというのだ。本イベントのように7つの異なる展示会が一堂に会する場所は珍しく、1995年に初めて訪れたSIGGRAPHのようなイノベーションが期待されるという。

このように大きな可能性を見せた『砂の灯』だったが、会場では2K解像度のプロジェクターと2chステレオサウンドで上映され、その実力を十二分に発揮することはなかった。もっとも竹内氏いわく「IoT関連のプロモーション映像として、9月に4K解像度と11.1chサラウンドで無料配信を予定している」と言う。竹内氏はぜひ、そうした環境を揃えて視聴して欲しいとコメントし、講演を締めくくった。

『砂の灯』は9月にプロモーション映像として無料配信が予定されている。詳細が気になるところだ

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