VR元年と呼ばれた2016年から二年を経て、いよいよ本格的な普及期に入ろうとしているVR市場。2018年にはPCを必要としないスタンドアロン型のVRデバイスが登場すると予想され、その勢いはますます加速していきそうだ。そんな中で、VRコンテンツの開発にはどのようなノウハウが必要となってくるのだろうか。VRゲーム専門開発会社よむネコの新 清士氏に、2018年のVR動向について解説してもらった。

TEXT_新 清士(よむネコ)
EDIT_山田桃子 / Momoko Yamada

<1>拡大が進むVR市場に、本命の一体型が登場する2018年

2017年を終えて、着実に世界で市場を形成しつつあるVR。その理由としては、VRヘッドセットの代表格のOculus Riftが、昨年の10月にそれまでのおよそ半額となる5万円に値下げされ、同じような価格帯でマイクロソフトがWindows Mixed Realityヘッドセットの展開を開始するなど、ハードウェアの低価格化が加速していることや、ソフトウェアタイトルの充実が進んできていることが大きい。

gumiの調べによると、16年末に主要VRヘッドセット(Oculus Rift、HTC VIVEPlayStation VR)の普及台数は160万台だったものが、年末商戦を迎える直前の2017年10月末には400万台に達し、1年経たずに2倍以上にまで増加している。また、1億円以上の売上を達成したゲームタイトルの数も、2016年末では8本だったものが、2017年10月末には38本と大きく数を増やした。11~12月の統計はまだまとまっていないが、この勢いから見てもかなり増えているのではないかと予測される。

2018年はこのながれが、さらに加速すると考えられている。その大きな要因が、今年登場すると言われているPCを必要としないスタンドアロン型VRデバイスの存在だ。

VRヘッドセットはGoogle Daydream Viewに代表されるスマートフォンが中心のモバイルVRと、PCに接続して高度な画像を表示するOculus RiftといったハイエンドVRに大きく別れている。モバイルVRは手軽な360度映像の動画視聴などには向いており、安価な上に、ケーブルやセンサー類などの用意が不要であるために、簡単に実現できるというメリットがある。しかし一方で、VR空間の中を歩き回るといったことは基本的にはできない。また、コントローラーなどを使ったバーチャルな手で、VR空間内のオブジェクトを触るといったことも実現できないため、VR体験の深さを経験するには性能的に限界がある。そのため、モバイルVRのような簡易さを持ちながら、ハイエンドVRのような深いVR体験が実現できる安価なハードの登場が期待されているのだ。それが各社から今年登場する。

例えばOculusは、一体型の新型VRヘッドセットSanta Cruzの発売を予告している。正確な発売時期は発表されていないが、年内には開発者向けのハードのリリースが始まると思われる。内部に独自のCPUを搭載しているため、別個にPCが必要なく、外部空間を認識するセンサー類が内蔵されているため外部センサーを設置する必要もない。単に頭につければそれだけで、リッチなVRは体験ができるというわけだ。バーチャルな両手を実現するコントローラーも2個付属するという。


Oculusが発表した一体型VRヘッドセットSantaCluz

今年以降、VRヘッドセットはこの一体型に集約されていくと予想されている。既存のVRヘッドセットの売上も伸びている一方で、さらにPCに詳しくない一般の人にも、簡単にVRを扱える普及期に入り始めているのだ。

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<2>生まれつつあるVR独自のノウハウ

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<2>生まれつつあるVR独自のノウハウ

VR市場の拡大にともない、世界中から多くの企業がVRコンテンツの開発に参入しつつある中、VR特有の開発方法の発展が迫られている。VRコンテンツの開発には既存の家庭用ゲーム機の開発方法論が応用できる部分もあるが、そのまま持ち込んだだけではVRならではの「没入感」や「実在感」をうまく表現できない場合も少なくない。

著者が代表を務めるVRゲーム専門開発会社よむネコでは、VR専用のマルチプレイヤーRPG『Project BK(仮称)』を開発中だ。2018年内の発売を予定しており、まず、10数分の体験時間のデモ版を3月上旬にリリースする予定である。現在のよむネコの開発スタッフは、家庭用ゲームとスマートフォンの開発経験者が混在しており、VRの開発は初めてというスタッフも少なくないが、今回のデモ版の開発でも、VRコンテンツ専用に新しく様々なノウハウを蓄積していくことの重要性が明らかになった。


VRRPG『Project BK(仮称)』デモ版のゲーム画面

そもそも、VRは一般的なゲームの描画に比べ、表示されていない部分もユーザーの首の動きによってすぐに表示させる必要があり描画範囲が広いため、ユーザーに見えていない範囲も描画しておく必要がある。さらに、VRでの快適な体験を維持するために、90fpsと高フレームレートで固定することが求められるため、既存のモニターに比べ6~7倍のレンダリングコストがかかると言われている。軽量化を行う技術が次々に開発されているものの、どの程度の情報量を画面内に表示すると適正なのかを見極めることは、容易ではない。


よむネコでのOculus Riftを使ったプレイテストの様子

VRの場合、映像が豪華になるほど、体験がリッチになるのかというと必ずしもそうではない。シンプルなポリゴンとテクスチャで構成されているオブジェクトでも、VRの体験では迫力が出ることは少なくない。

よむネコの開発チームでは、背景アセットの制作にHoudiniを積極的に導入している。背景デザインのコンセプトを20世紀以降の近代建築と定義した上でアセットをつくり込んでいるのだが、基本的な背景の構成をUnreal Engine 4上でシンプルなオブジェクトで構成したホワイトボックスで作成し、それを装飾する上で、Houdiniのプロシージャルを使ったモデルに置き換えて、リッチに感じられるように変えていく。全体をリッチにするのではなく、ポイントを絞ってリッチにすることで、負荷を大きくすることなく、VRの体験を豪華に感じられることが確認できている。

また、エフェクトの重要性は、VRの体験を生み出すためにさらに重要になりそうだ。しかしVR用に考慮してつくり直す必要がある。既存のゲームで使われる一般的な2Dのアニメーションエフェクトでは、VR空間では当然のことながら板状に見えてしまうために、不自然に感じられてしまう。一方で、GPUを使った3Dパーティクルは計算が重い傾向があるため、フレームレートを落としてしまう要因になりがちだ。そのため、プレイヤーとエフェクトが表示される距離に応じて同じようなエフェクトでもちがうルールで表示することで、立体であるかのように感じさせるエフェクトの開発を進めている。


『Project BK(仮称)』デモ版に登場するVR向けのパーティクル、Houdiniを使ったモデル(台座部分)、IKinema Orionのアニメーションを合成したカットシーンのスクリーンショット

VRによって登場した技術で、コンテンツ制作を省力化できる可能性のある技術も登場している。英IKinema社がIKinema Orionという、HTC VIVEとモーショントラッカーを利用して、簡易モーションキャプチャを撮影することのできる技術を2017年より販売している。『Project BK(仮称)』のデモ版では、試験的にボス登場のカットシーンの制作に導入しているが、ボスの巨大感の演出には大きく成功できており、今後、ゲーム中の様々なカットシーンに活用できると思われる。腕や指の動きなどは別につくらなければならないという制約はあるが、ハードとソフトを全て揃えても、簡易モーションキャプチャのシステムを15万円あまりで確立できるため、特に中小の開発スタジオにとっては有望な技術となりそうだ。

  • IKinema Orionでモーションを撮影中の筆者

先にも述べたように、現在、VR市場は本格的な普及期に入ろうとしており、市場規模の拡大が進んでいる。一方で、より優れたVRコンテンツを開発するために求められる新しいノウハウも次々に登場してきており、何を独自技術として使うのかという見極めが、ますます必要になっている。VRに参入するのにいつが適正かという意見を聞くことが多いが、適切にキャッチアップできる状態を維持するためには、今こそがもっとも重要なタイミングではないだろうか。