90年代前半にデジタル・ドメインのインハウスツールとして開発され、日本では2010年頃から導入するCGプロダクションが増加し始めたNUKE。映画やCMはもちろん、最近ではアニメCGのコンポジットに活用されるケースも出てきている。本記事では、ドロイズの4案件におけるNUKE活用事例を紹介しよう。
※本記事は月刊『CGWORLD + digital video』vol. 241(2018年9月号)掲載の「より軽快なコンポジットを追求 ドロイズにおけるNUKE活用術」を再編集したものです。
TEXT_尾形美幸 / Miyuki Ogata(CGWORLD)
取材協力_畠山智早(ボーンデジタル)
PHOTO_弘田 充 / Mitsuru Hirota
1年間に手がける案件の約70%でNUKEを活用
ドロイズは2008年設立のCGプロダクションで、最近はCM、企業VP、イベント映像などを手がけることが多い。従業員20名のうち14名をアート関連職が占めており、VFX・CGスーパーバイザー5名と、アーティスト9名からなる。「得意不得意はありますが、基本的に全員がゼネラリストで、CG制作からコンポジットまで一貫して対応できます」とVFXスーパーバイザーの竹内亮祐氏は語る。主な使用ツールは3ds Max、NUKE、After Effects(以降、AE)で、Mayaも一部で使用している。
▲左から、平田貢一氏(CGスーパーバイザー)、辰口智樹氏(CGスーパーバイザー)、中村昌樹氏(リードデジタルアーティスト)、田代直弥氏(デジタルアーティスト)、竹内亮祐氏(VFXスーパーバイザー)
同社では2010年代前半にNUKEを導入し、現在はNUKEと、より多くの機能を備えたNUKEXを併用。さらにレンダーライセンスも複数保有しており、1年間に手がける案件の約70%でNUKEを活用している。NUKE使用暦が約4年になるリードデジタルアーティストの中村昌樹氏は、「繊細なカラーコレクションやグレーディングができる、3D素材を活用しやすいといったメリットがあるので、『AE独自のエフェクト機能を使いたい』『NUKEのライセンス数が足りない』といった特別な理由がない限り、ジャンルを問わずコンポジットにはNUKEを使いたいです」と語る。実際、同社では映画やCMのVFXはもちろん、フルCG映像やアニメCGの案件でもNUKEを活用する場合があるという。
「アニメCGならではのコマ抜きはAEの方がやりやすいですし、外部のアニメの撮影会社とやり取りする場合はAEを使用するケースが大半です。そんな中、珍しくNUKEを使えるアニメCG案件があったので使ってみました。その案件はキャラクター数が多かったので、あるカットのキャラクターのカラーコレクション設定を、別カットのキャラクターにもスムーズに適用できるNUKEの強みが活かせました」とCGスーパーバイザーの辰口智樹氏は解説する。以降では、同社が手がけた4案件におけるNUKE活用事例を紹介していく。
複数カット間でノードを流用し、作業を効率化
最初に紹介するのは、2016年に制作したトヨタ自動車のカローラのプロモーション映像だ。本作では、まずダミー自動車の走行映像を撮影し、その映像内のダミー自動車に対してトラッキングを行なった後、商品自動車のCG映像を3ds Maxで制作し、ダミー自動車(実車映像)と商品自動車(CG映像)をNUKE上で差し替えている。
▲【左】NUKEの作業画面。左上のウィンドウ内の自動車は、黒色の左側がダミー自動車(実写)で、赤色の右側がCADデータを基に制作された商品自動車(CG)/【右】ノードの全体像を表示したNUKEの作業画面。左上のウィンドウ内には、差し替え後の商品自動車が表示されている
© 1995-2018 Toyota Motor Corporation. All Rights Reserved.
「NUKEの場合、3ds Maxで制作した各種素材データをOpenEXRのマルチチャンネルとして一括で扱えます。例えばタイヤの色味だけを変えたい場合は、マルチチャンネルの中からタイヤのマスクを選択し、そこにカラーコレクションのノードを適用します。OpenEXRのデータを別カットのものに差し替えれば、カラーコレクションの設定は別カットにも引き継がれるので、とてもスムーズなコンポジットが可能です」とCGスーパーバイザーの平田貢一氏は語る。本作はカット数が50近くあり、商品自動車のカラーリングも複数あったため、ノードを簡単に流用できるNUKEの機能に助けられたという。「最終工程ではカット単位で実写とCGを馴染ませる微調整を行なっていますが、基本的な処理のノードは流用することで、効率化を実現できました」(竹内氏)。NUKEはノードグラフを見れば処理内容や計算式が把握できるため、ブラックボックスが少なく、流用や加工がやりやすい点も気に入っていると中村氏は補足する。
▲3ds Maxで制作し、OpenEXRのマルチチャンネルとしてNUKEに読み込まれた各種素材
© 1995-2018 Toyota Motor Corporation. All Rights Reserved.
▲【左】商品自動車の左前輪のホイールやタイヤに適用されたカラーコレクションのノード/【右】前述のノードを無効にした場合
© 1995-2018 Toyota Motor Corporation. All Rights Reserved.
どこまでを3Dデータで扱うか? その見極めがポイント
2番めに紹介するのは、2017年に制作した野村不動産マスターファンド投資法人のブランディング映像だ。完成映像はこちらで公開されている。本作に登場する白色の鹿はZBrushでモデリングし、3ds Maxで質感付けとレンダリングを行なっている。その連番画像をNUKEに読み込み、周囲に舞い飛ぶ細かな粉塵をNUKE上で合成した。「3ds Max上に粉塵を配置してレンダリングするよりも、NUKEの3D空間に粉塵を配置してコンポジットする方が短時間で意図した画をつくれると判断しました」(竹内氏)。
▲ノードの全体像を表示したNUKEの作業画面。ドロイズではノードグラフの組み方に関する細かいルールは定めていないため「その形には個性が出る」と中村氏は語る。「整然と縦に並べる人もいれば、横に広げる人もいます。好きなようにノードを並べられる自由度の高さがNUKEの長所であり、短所でもあると言えます。人それぞれの個性があっていいと思いますが、自分なりのルールを定め、引き継いだ人が理解できるようにすることは不可欠です」(中村氏)
© Nomura Real Estate Master Fund. Inc. All Rights Reserved.
なお、鹿まで3Dデータのままインポートするとシーンデータがかなり重くなってしまうため、鹿はあらかじめレンダリングしておき、カメラデータだけを3ds Maxからインポートしたという。どこまでを3Dデータで扱うかの見極めが、NUKEを効果的に使う上でのポイントと言えそうだ。本作においても、基本的なカラーコレクションのノードは複数カット間で流用している。また本作では、全カットの映像を並べた後の全体的なカラーグレーディングの際にはAEも使用している。「映像全体を通して見て、色味の微調整をする際にはAEを使うことが多いです」と竹内氏は語る。
▲NUKEの3D空間に鹿の連番画像とカメラデータをインポートし、連番画像の前後に粉塵のテクスチャ画像を貼った板ポリゴンを配置している。さらにノイズマップを深度情報のチャンネルに入れることで、擬似的な奥行きを表現している
© Nomura Real Estate Master Fund. Inc. All Rights Reserved.
「立体的なマスク」でレンダリング負荷を軽減
3番めに紹介するのは、2018年に制作したブライトパス・バイオのブランディング映像だ。本作では、同社が新たに開発中のがん治療薬の働きをビビットな配色のフルCG映像で表現している。
▲『ネオアンチゲンを標的とした完全個別化がんワクチン療法』。ブライトパス・バイオが新たに開発中のがん治療薬の働きを紹介している
© 2017 BrightPath Biotherapeutics Co., Ltd. All rights reserved.
「本作の映像は数多くの素材を重ね合わせる必要があったのに加え、フルHDサイズでつくることが決まっていました。そのためNUKEの強みを活かした画づくりをした方が、より軽快なコンポジットやレンダリングができると判断しました」(竹内氏)。NUKEのマスクのRGBチャンネルは、ワールド座標系のXYZ値を格納することもできる。本作ではこの機能をフル活用しており、3ds Maxで制作された3Dモデルの頂点情報だけをNUKEにインポートし、「立体的なマスク」として再構築している。これにより、平面的なマスクでは実現できない複雑な表現を可能にする一方で、レンダリング負荷の軽減も実現したというわけだ。「NUKEの3D空間は、原点を中心にプラス値からマイナス値まで幅広いレンジの情報を扱えます。そのため表現の選択肢が広いですし、後々の修正にも柔軟に対応できます」とデジタルアーティストの田代直弥氏は語る。
▲ノードの全体像を表示したNUKEの作業画面。映像中央の赤色部分は「肺がんの患部」という設定だ
© 2017 BrightPath Biotherapeutics Co., Ltd. All rights reserved.
▲【左】「肺がんの患部」のマスク/【右】前述のマスクのGチャンネルのみを表示した状態。本作では「肺がんの患部」のXYZ値だけをNUKEにインポートし、マスクのRGBチャンネルに格納している。マスクの輪郭線を見れば、数多くのポリゴンで形成されたレンダリング負荷の高い3Dモデルだとわかるが、XYZ値だけをインポートすることで負荷を軽減している。なお、3ds Maxの3D空間はZアップのため、YアップのNUKEにデータをインポートする際には、XYZ軸の設定を変換する必要がある
© 2017 BrightPath Biotherapeutics Co., Ltd. All rights reserved.
▲本作では画面を縦に3分割し、症状の異なる三者三様の「肺がんの患部」を表現している。これらをレンダリングする際には、NUKEのSwitchノードが重宝したという。「Switch1_C_L」ノードを有効にすると、共通する設定はそのままで、3Dモデルの頂点情報などの差分だけが画面左側の患者のものに切り替わる。同じく「Switch2_C_R」ノードを有効にすると、差分だけが画面右側の患者のものに切り替わる。Switchノードを切り替えていけば、ひとつのシーンデータから3種類の映像を順番にレンダリングできるというわけだ。「このノードを上手く使うと、素材管理が容易になります」(中村氏)
© 2017 BrightPath Biotherapeutics Co., Ltd. All rights reserved.
▲前述の3種類の映像を組み合わせた完成映像
© 2017 BrightPath Biotherapeutics Co., Ltd. All rights reserved.
NUKEの3D空間で投影テストを行い、ワークフローを効率化
4番めに紹介するのは、2017年に制作したパナソニックの展示会映像だ。この展示は、3Dプリンタで出力した都市空間の模型を展示会場に設置し、その模型に対して天候やライティングの異なる様々な映像をプロジェクションマッピングするという試みだった。
▲本作の展示の様子。3Dプリンタで出力した都市空間の模型に対して、天候やライティングの異なる様々な映像をプロジェクションマッピングしている
© Panasonic Corporation
「元の映像はAEでコンポジットしていますが、その映像の投影テストと、各展示会場の環境に合わせた微調整はNUKEで行なっています」(平田氏)。本作の模型はどの会場でも同じものが使われたが、映像を投影するプロジェクタの位置は会場ごとにちがったため、会場が変わるたびに投影テストを行い、映像を微調整し、レンダリングをやり直す必要があった。そこでNUKEの3D空間に、3ds Maxで制作された模型の3Dデータをインポートし、投影テスト、微調整、再レンダリングまでを一括で行なったというわけだ。「本作では微調整と再レンダリングを何度も行う必要があったので、3ds MaxとAE間でデータをやり取りするよりも、NUKEだけで完結するワークフローを組んでおいた方が効率的だと判断しました」(竹内氏)。本作のワークフローは、3D空間を表示できるというNUKEの強みを活かした、NUKEならではのものと言えるだろう。
▲ノードの全体像を表示したNUKEの作業画面。左下には3ds Maxからインポートした模型の3Dデータを表示している
© Panasonic Corporation
▲ノードグラフの中にメモを貼り付けられるのも、NUKEの利点のひとつだ。1番上の緑色のメモには「BigSight版でのみ使用」と書かれている。その左隣のノードを有効にすると、シーン内のライティングが変化して映像に影が追加され、レンダリング結果が【左】から【右】へと変わる。本作では各展示会場の環境に合わせて、このような微調整がくり返された
© Panasonic Corporation
After Effectsの使用事例
以上のようにNUKEを多用する同社だが、AEだけで完結する案件もあるという。「各ソフトに精通し、適材適所の使い分けができることが大切だと思います」(竹内氏)。
▲横浜・八景島シーパラダイスのナイトショー映像は全カットがシームレスにつながっていたため、一貫してAEによるカラーコレクションを行なった方がいいと判断された
© Yokohama Hakkeijima Seaparadise All rights reserved.
▲モバイルソーシャルアプリ『ぷちぐるラブライブ!』のプロモーション映像のカラーコレクションでもAEが使われたが、こちらはNUKEの方が適していたという。「NUKEのライセンス数が足りずAEを使いましたが、キャラクター数が多く、比例して素材数も多いプロジェクトだったので、NUKEの方が相性がよかっただろうと思います」(辰口氏)
© 2013 PL! © 2017 PL!S © Pokelabo,Inc.