株式会社スタジオコロリドによる初の長編アニメ映画で、現在絶賛上映中の映画『ペンギン・ハイウェイ』。8月29日(水)秋葉原 UDX Theaterにて、同作の制作陣によるメイキングセミナー 「ボーンデジタル主催『ペンギン・ハイウェイ』メイキングセミナー」が開催されたので、その様子をお伝えする。


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PHOTO_弘田 充 / Mitsuru Hirota


© 2018 森見登美彦・KADOKAWA/「ペンギン・ハイウェイ」製作委員会



スタジオコロリド流アニメ制作テクニック

デジタル作画フローや撮影テクニックを紹介する本セミナーに登壇したのは、同作で監督を務めた石田祐康氏、デジタル作画を担当した栗崎健太朗氏、そしてオフライン編集を担当した増田惇人氏ら株式会社スタジオコロリド(以下、コロリド)のクリエイター3名。After Effectsを使用した撮影テクニックやPhotoshopを活用したデジタル作画の作業工程など、『ペンギン・ハイウェイ』の実際のカットを使ったスタジオコロリド流のアニメーション制作テクニックが紹介された。

セミナーを開始するにあたり石田氏は、「本当は各セクションの監督に解説してもらえれば良かったのですが、今日は自分が代わり、拙いなりに監督として各セクションと関わった際に使用した地道な技術をご紹介します。『ペンギン・ハイウェイ』という作品を皆さんに楽しんでもらうためにはこの絵が必要なんだ!という思いがどのカットにも詰まっています。その一端をどうぞご覧ください」と満員となった会場に向けて笑顔で語りかけた。一言ひとことに心を込めて話す石田氏の言葉の端々から、作品に対する真剣な思いと感謝の気持ちが伝わってくるようであった。

左から、石田祐康氏(監督)、栗崎健太朗氏(デジタル作画)、増田惇人氏(オフライン編集)



<1>デジタル作画を導入し、スムーズなワークフローを構築

まずはじめに、デジタル作画を担当した栗崎氏が同作における制作全体のワークフローを紹介した。同作では紙(作画;2D)のアニメーターも多数活躍しているとのことで、ラフ原画を描いた後に石田氏ら演出チームにチェックを出し、再び原画に戻して動画検査を行うという流れで進められている(仕上げのみ外注)。基本的には伝統的な "紙" のアニメーション制作と同じではあるが、「コロリドでは、より円滑なワークフローの構築に向け、そしてCGとのスムーズな連携やデジタルならではの映像表現を実現するために、デジタル作画を推進しています」と栗崎氏。必然的に、監督をはじめ演出チームはデジタルを駆使しつつ2D作画を扱うこととなる。

デジタル作画のワークフローは、色指定をPhotoshopで行いAfter Effectsで撮影、そしてPremiere Proで編集されており、随所でAdobe製品が活躍しているとのこと。コロリド公式HPにデジタル作画のテクニックを紹介する「デジタル作画って?」が公開されているので、こちらもチェックしてほしい。

アニメーション制作のワークフロー

次に、作品の終盤で同作の主人公・アオヤマ君とヒロインであるお姉さんが、ペンギンの大群の背中に乗って猛スピードで街を駆け抜けていく、同作の山場とも言えるシーンである通称:「ペンギン・パレード」におけるデジタル作画のテクニックが披露された。天地が入り乱れた不思議な世界を演出する難しさに加え、このシーンをCGでいかに表現するか。また、ペンギンの大群に乗って不思議な世界を猛スピードで駆け抜けていく二人の動きにカメラを追従させるなど、何かと "ややこしい"ことが多いシーンだったと石田氏は語る。

「背景制作では要求される物量がとにかく膨大だったため、描く必要のあるところとないところをはじめ、スタッフに伝えるべきことは全て文字にしてわかりやすく明確に伝えることが重要でした」(石田氏)。作画、CG、背景を担当するスタッフ全員が迷わず作業ができるように、TVPaintを使用してタイミングを含め、正確に伝達できるよう文字と図で全てメモに残していったそうだ。


ペンギンパレードのイメージボード

シーンのコンテと原画を担当したのは若手のデジタルアニメーター川野達郎



作画、CG、背景を担当するスタッフ全員が迷わず作業ができるよう途中経過のムービーに川野氏(赤字)と石田氏(青字)でダイレクトに指示を記入している。コマを操作したタイミング作画の指示も同時に行われている。こうして誤解なく相互に連携をとりクオリティを高めていく



<2>カメラマップとUnityを使用したレイアウト

続いて、オフライン編集を担当した増田氏がレイアウト作業について解説した。「美術チームに原図をお渡しする際には、どこを描いてどこを描かなくていいかなど、原図がいかに分かりやすいかが重要です。ペンギンパレードでは1カットで50枚以上を描いていただくこともありました。そういった場合では、特に原図の分かりやすさ・シンプルさが効率を左右します」と増田氏。CGガイド用に室内のCGモデルを作り、コンテの段階で使用し、それをそのままレイアウトとして使用した。これは物量の多さに比して安定したクオリティを維持するためでもあり、また、アニメーターが動きをつけることに集中できるよう配慮したためだという。

また、美術チームに原図を渡すデータはUnityで書き出したモデルを使用したとのこと。パース感がわかりやすく光と陰の情報が直接扱える上、テクスチャを貼ったモデルをレタッチするだけで済む点がとても好評だったそうだ。とはいえ、Unityはゲームエンジンであるため映像制作でそのまま使用するには難しい点もあり、スクリプトを書いて単体でも書き出せるようカスタマイズしたと増田氏は語った。さらに石田氏は「日常会話が中心となる作品であり、また映画の質を高めるため、大変ではあるけれど先に全て決めてしまおうという意図もあり、Unityを使用してコンテを描いていきました」と補足した。

教室のシーンでは、椅子と机だけをUnityで書き出しておくことで、美術チームの作業はレタッチのみで済ませることができ非常に効率的だった

Unityを使用したシーンの絵コンテ

大量のPSDデータはAdobe Bridgeで管理した


<3>石田監督の挑戦。Photoshopを使用した「質感のあるカット」

次に、以前から石田氏が「色による流れと感情」の演出方法として挑戦している、Photoshopを活用した「カラースクリプト」について解説した。「カラースクリプトは海外のCG作品では比較的よくある手法ではありますが、『ペンギン・ハイウェイ』でもこの手法を取り入れたシーンがあります」と石田氏。まず、脚本に沿って非常に小さなミニコンテを全カット分描き(コンテを描くより前の段階)、そのミニコンテから代表的な40カットほどを選び出してコンテを描き、テストカットを作成した。「そこでカラースクリプトです。作品全体の感情の変化を色で表現していきます。それに加えて、1カット内での色の変化にも挑戦しました」(石田氏)。

「カラースクリプト」に挑戦するにあたり、ミニコンテを作成して作品全体の色の流れを確認しておく必要があった

主人公・アオヤマ君が悪夢を見るシーンは、Photoshopを使用した「カラースクリプト」で演出。トンコハウスで経験のある橋爪陽平氏が担当しているとのこと。アオヤマ君が見ている「悪夢」の中を描いたこのシーンのみ質感を変えた演出をすることで、他のシーンとは異なった世界であることを表現した


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<4>「木漏れ日マスク」でアオヤマ君とお姉さんとの暖かい関係を演出

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<4>「木漏れ日マスク」でアオヤマ君とお姉さんとの暖かい関係を演出

同作では、アオヤマ君とお姉さんの関係性も印象的であり、二人の関係の温かさを表現するために「木漏れ日」による視覚効果を取り入れたと石田氏は語る。同作でも特に重要なこのシーンは、木漏れ日の当たり方や動きを細かく調整したという。実際、単純にマスクを乗せただけでは美しい表現にはならず、影あり/全影の素材に、所々穴の空いたマスクを変形させたりサイズを縮小させたり、あるいは直接ブラシ調整をしたりと工夫されている。作業はある程度自動化させているものの、最終的には1カットずつ人の手による調整が行われ、その後、Photoshopのレイヤー構造をそのままAfter Effectsに読み込ませて撮影した。

また、CGの色指定に関して増田氏は「CGから出した素材は、色指定しやすいようパーツごとに分けて色彩設計さんにお渡しして、1カットごとに色指定をしていただきました。また、通常ではあまりしないことですが、色指定の段階でパラを落として(グラデーションに見えるよう色指定すること)いただいたりもしていました」と話し、効率的に作業を進めることができたと付け加えた。

木漏れ日のマスク

影あり

全影(マスク適用)

重ねて完成

細かなマスク修正と、顔や衣装、髪にかかる木漏れ日に撮影で動きを足している。修正前と修正後



<5>Photoshopを使用して、明確かつ効率的に指示を伝える

今回、初の長編作品を監督することとなった石田氏は、「これまでよりも多くのスタッフが携わっているため、自分にとっていかにイメージを的確に伝えるかを学ぶ機会でもありました」と語る。ラッシュチェック時に口頭で伝えるだけでは十分ではないと判断した石田氏は、ひたすらキャプチャをとりメモを書き込み、ビジュアルに残して伝えるという手法を駆使してより具体的な指示を出すように努めた。この手法によって、タイミングや映像の質感など言葉では伝えきれない感覚的な指示も非常に分かりやすく、かつ的確に伝えることができたという。

「例えば、夜空を描いてもらうとして、イメージする星の見え方に近いサンプル画像をなるべく添えたり、実際にパラメーターを調整したPSDデータをそのまま撮影さんや色彩設計さんに渡してAfter Effectsに読み込んでもらって、色調補正したレイヤーをそのまま渡しました。Photoshop上でも撮影する感覚です」(石田氏)。PhotoshopとAfter Effectsの連携度の高さを活かし、PSDデータを通して的確で効率的な伝達が行われたようだ。

PSDデータのレイヤーに直接メモを書き込んだり、実際に数値を調整したりして具体的に指示を出した。撮影チームではそのデータをAfter Effectsに読み込み、メモを表示しながら撮影した



<6>After Effectsでダイレクトにアニメーションを修正する

また同作では、随所でAfter Effectsが活用されている。「歯科医院の待合室」でアオヤマくんがスズキくんを脅かすカットでは、一連のラッシュ映像が上がってきた際にブルブルと震えるスズキくんの動きが単調に感じたため、After Effectsを使用して自身の手で修正したと石田氏は話す。「期日が迫っていたこともあり、修正を作画に戻すのではなくAfter Effectsを使用してプレビューしながら所々コマ調整をして単調さを緩和し、動きにおかしみを出しました。個人制作をやっていた人間として、作画だけでなく撮影も同じように自分の手足として使い、調整をしていきました」(石田氏)。ぎこちなくカクカクと振り向く作画は表現するのが難しい上に時間もかかるため、After Effects上でランダムに位置をずらすことで対処しているという。

修正前のラッシュ映像

After Effectsでのコマ調整後の映像

<7>Photoshopの「ディテール保持」で4Kの劇場サイズに

After Effectsに加え、Photoshopにも追加された機能「ディテール保持」。同作では、解像度を劇場サイズに引き延ばす際に、この「ディテール保持」が活用されている。「マシンパワーの問題もあり、4Kという解像度にはとても対応できないだろうと思っていました。劇場スクリーンに映すために適切な解像度が欲しいと悩んでいたところ、「ディテール保持」という機能があることを教えてもらい、おかげでかなり助けられました」(石田氏)。同作はフルHD以下の解像度で制作されていたのだが、劇場サイズに引き延ばす際に「ディテール保持」を使うことで、細部の輪郭を保持したまま再現することができ、石田氏としてもおすすめの機能だそうだ。

「トランスフォーム」(画像・左)による通常のアップスケールと「ディテール保持」(画像・右)によるアップスケール。「ディテール保持」では細部の輪郭を保持したままアップスケールすることができた

最後の挨拶として石田氏は「今日は地味なテクニックから作品にとって重要な演出となったテクニックまでお伝えしました。そのどれもが『ペンギン・ハイウェイ』という作品の持つ魅力、原作を読んだときに感じた素敵に思うこと、また、それらを映像として丁寧に描き、観てくださる皆さんにも同じように感じてもらうために必要な工程でした。このように地道な作業の積み重ねではありますが、みなさんに作品を観ていただき、またセミナーにまで来ていただいたことに感謝しています」と述べてセミナーは終了した。