バンダイナムコエンターテインメント(以下、BNE)が展開するアイドルコンテンツ『THE IDOLM@STER』。その作中に登場する芸能事務所「765プロダクション」(以下、「765プロ」)の女性アイドル13人が、横浜市のDMM VR THEATERにて「THE IDOLM@STER MR ST@GE!! MUSIC♪GROOVE☆」(以下、「MR ST@GE!!」)というライブに出演した。
声優が出演するライブではなく、これまでゲームの世界にいたアイドルが現実世界のステージでリアルタイムに歌い踊り、来場者とインタラクティブなトークも行うライブ。彼女たちは、いかにして現実世界のステージに立ったのか? 今回は2018年10月7日に行われた「MR ST@GE!! 2nd SEASON」の「双海亜美・双海真美 主演回(第二部)」のレポートと、アイドルのパフォーマンスを陰で支えたバンダイナムコスタジオ(以下、BNS)の『THE IDOLM@STER』開発メンバーへのインタビューの模様をお送りする。
TEXT_田端秀輝 / Hideki Tabata(@hitabataba)
EDIT_尾形美幸 / Miyuki Ogata(CGWORLD)
PHOTO_弘田 充 / Mitsuru Hirota
「アイドルはすぐそこにいる」という感覚を抱かせてくれるライブ
『THE IDOLM@STER』は、アーケードゲームより始まり、今では家庭用ゲーム機やスマートフォンなど様々なハード向けのゲームがリリースされている。ゲーム内容はプレイヤーが「プロデューサー」になり、アイドルたちをプロデュースしていくというもの。多数のアイドルの中からユニットをつくり、好きな衣装と楽曲を選ぶことで、3Dモデルで描かれたアイドルによるライブシーンを楽しめるのもゲームの売りのひとつである(家庭用ゲームでは、さらにアクセサリーも自由に組み合わせることができる)。コンテンツのファンのことも、ゲームでのプレイヤーの職業をなぞらえて「プロデューサー」と呼称される。
ゲームやアニメだけでなく、作中楽曲のCDリリースやアイドルの声を演じる声優陣が出演するライブイベントなど、われわれが生きている現実世界でもアイドルを活躍させようとしているのが『THE IDOLM@STER』の大きな魅力である。そんな中、声優のライブではなく、「765プロ」のアイドル、つまり2次元の世界にいるはずのアイドルを最新技術を用いて現実世界へ呼び出し、ライブを行なったのがDMM VR THEATER(※1)で開催された「MR ST@GE!!」である。「MR ST@GE!!」の1st SEASONは2018年4月〜5月、続いて2018年9月〜10月に、よりパワーアップした2nd SEASONが開催された。
※1 DMM VR THEATER:「ホログラフィック」技術を用いて、3Dメガネなどを着用しなくてもリアルタイムの立体映像を見ることができる劇場。客席から舞台を見ると、舞台手前のスクリーン上に映った人物があたかも舞台に立っているように見える。詳しくはDMM VR THEATERの「技術紹介」を参照。
本ライブは2つのパートに分けられる。ひとつは「765プロ」の13人のアイドルがユニットに分かれて、代わる代わる人気楽曲を披露していくユニットライブパートだ。
▲楽曲「99 Nights」を歌う(写真左から)萩原雪歩、双海真美、水瀬伊織、星井美希、双海亜美。実際のライブと同様、レーザーやスモークによる演出効果でもステージを盛り上げる
▲楽曲「ToP!!!!!!!!!!!!!」を歌う(写真左から)三浦あずさ、秋月律子、如月千早、我那覇 響、双海真美
▲楽曲「虹色ミラクル」を歌う(写真左から)天海春香、菊地 真、双海亜美、高槻やよい、四条貴音。ステージ壁面のスクリーンには楽曲ごとに変わる背景が映し出されている
ゲームと同様、「MR ST@GE!!」でも様々なアイドルや衣装の組み合わせを堪能でき、「プロデューサー」を喜ばせるセットリストになっていた。
▲楽曲「my song」を歌う(写真左から)高槻やよい、秋月律子、星井美希。声優によるライブイベントでは見られなかったアイドルの組み合わせに、感涙する「プロデューサー」も少なくなかった
そしてもうひとつは、主演アイドルが楽曲を披露し、客席にいる「プロデューサー」とトークを行うパートである。このパートは事前収録されたデータではなく、BNSのインタラクティブ(双方向)なライブコンテンツ提供サービス「BanaCAST(バナキャスト)」(※2)を用い、まさに生で展開されていく。2nd SEASONでは、「765プロ」のアイドルのうち、天海春香、萩原雪歩、高槻やよい、秋月律子、三浦あずさ、菊地 真がひとりずつ日替わりで主演アイドルを担当。取材を行なった日は、いつも元気で賑やかな双子のアイドル、双海亜美と双海真美が2人で主演アイドルを務めていた。
※2 BanaCAST:BandaiNamco Character Streaming Technologyの通称。BNSが開発した、最新のモーションキャプチャ技術と、高品質なリアルタイムCG技術を組み合わせたインタラクティブなライブコンテンツ提供サービス。詳しくは「『BanaCAST(バナキャスト)』ができるまで」(前編)(後編)を参照。
▲うさぎの耳で隠れているが、向かって左側を髪留めで結わいているのが妹の双海亜美(写真左)。ねこ耳を着けている、向かって右側をサイドポニーにしているのが姉の双海真美(写真右)
▲「なんでもない JUMP!」という歌詞に合わせ大きなジャンプで始まるのは、双海真美の楽曲「放課後ジャンプ」。もともとは双海真美のソロ曲でありゲーム中でもひとりでしか歌唱はできないが、双海亜美と共演するこの日のライブでは、なんと2人によるデュオが披露された
▲「MR ST@GE!!」のライブの特徴のひとつは、アイドルが現実世界のダンサーと共演していること。ダンサーはときにはアイドルと息を合わせて同じ振りを行い、ときにはアイドルと話すように寸劇を行う。舞台の広さと奥行きが強調され、アイドルの実在感がより強化される演出である
▲双海姉妹の仲の良さはパフォーマンスにも活かされている。双海真美が歌っている間、双海亜美がジャンプで盛り上げる
客席にいる「プロデューサー」からの言葉によってアイドルが臨機応変な対応を見せるトークコーナーでは、リアルタイムに動くアイドルの実在感を特に感じることができる。内容は悩みごとの相談や、生活に役立つ(?)クイズなど、主演アイドルによって変わる。双海姉妹の主演回では、2人が得意なモノマネのリクエストや、ジェスチャークイズなど、バラエティに富んだ内容が展開された。千葉県から来たという「プロデューサー」に対し「千葉ビーム」を発射し、あっけにとられ反応が遅れた相手に「千葉ビームは届くの遅いからね」「もっと早くしたいね」と返すなど、目の前の「プロデューサー」をおもちゃにして遊ぶ一幕もあった。楽しみながらコミュニケーションをとる双海姉妹らしいトークだった。
▲客席の「プロデューサー」のリクエストに応えてモノマネをする双海亜美。この回では同僚アイドルの菊地 真が可愛いポーズをとるモノマネを披露
▲ライブ中立ちっぱなしの「プロデューサー」たちの腰を心配してくれる、心優しい双海姉妹。いや、まだそんな歳じゃないし!
そしてトークコーナーの最後には、次の楽曲で着る衣装を「プロデューサー」たちの多数決で決めるという一幕もあった。
▲2つの衣装のうち、どちらを着たら良いかを聞く2人に、コンサートライトを振って応える「プロデューサー」たち。なおこの後「2人いるんだし、2人で片方ずつ着ちゃえばいいじゃん」という結論に落ち着いた
トークコーナーの後はユニットライブパートを挟み、再び主演アイドルの双海姉妹のパートへ。約束通りリクエストで決まった衣装に着替えた2人は、客席の盛り上がりに合わせてアドリブも繰り広げつつ、ハチャメチャな亜美真美ワールドを見せてくれた。
▲【左】ライブの最後に披露されたのは、双海亜美のソロ曲「トリプルAngel」。もちろんこの曲も、双海真美とのデュオによるスペシャルバージョン。ダンサーを交えての寸劇もあった/【右】間奏中に自由に踊る双海姉妹。第三部ではアドリブでソーラン節まで繰り広げられた
ライブを振り返ってみると、いつものゲームと同じ声や姿で繰り広げられるトーク、歌唱、ダンスのおかげで、これまでモニタの中にいたはずのアイドルの実在感を強く感じることができた。ゲームの中では切り取られたシーンとしてしか見ることができなかったアイドルのステージが、「MR ST@GE!!」では連続したものとして提示された。シーンがひと続きになることで新たに見ることができた彼女たちの表情や動きも、これまでの彼女たちと違和感なく連続するものであった。この「新たな姿を見られた」ということも、アイドルが映像として「再生された」ものではなく、「生きている」ことの証になっている。
なにより、我々の応援に呼応してアイドルが舞台の上で全身を使って喜び、飛び跳ね、照れ、恥ずかしがり、拗ね、ときには叱り、そして笑う姿が、シンプルに「アイドルはすぐそこにいる」という感覚を抱かせてくれたのである。
▲普段はモニタの中にいる双海姉妹がすぐそこでパフォーマンスをしている姿に、客席の「プロデューサー」は普段のライブと同じようにコンサートライトで応える。客席の歓声が、より彼女たちに実在感を与える
アイドルがいたのは公演中のステージだけではない。劇場に入るとその日の主演アイドルと同じ髪型にした劇場スタッフが「プロデューサーさん」と呼びかけてくる。掃除を習慣としているアイドルが「今日も劇場の周りを掃除してきました」と言った後に劇場の外を見てみたら、竹ぼうきが置いてある。劇場の敷地内は、全て「765プロ」のアイドルのライブ空間であった。
▲双海姉妹は2人ともいたずら好きのアイドル。劇場入口やトイレの落書き、花束と思いきやピコピコハンマーなど、劇場中いたるところに2人のいたずらが仕込まれていた
▲【左】双海姉妹は、客席にもブーブークッションを仕掛けていた......が、事前に見つかり劇場外に撤去された模様/【右】そして翌日には、当日主演担当の高槻やよいが掃除で使った竹ぼうきと共に、ブーブークッションが捨てられていた......
©窪岡俊之 ©BANDAI NAMCO Entertainment Inc.
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『THE IDOLM@STER』開発メンバーが
「MR ST@GE!!」にも参加
『THE IDOLM@STER』開発メンバーが「MR ST@GE!!」にも参加
現実世界のアイドルがステージに立つとき、本人だけではなく、振付師、メイク、衣装、ボイストレーナーなど、多くの人々の力が合わさり、そのアイドルは輝くことができる。では、ゲームの世界にいるアイドルが現実世界のステージに立つにあたり、どのような役割の人々が尽力しているのだろうか。「765プロ」のアイドルたちに様々な動きを付け、表情を豊かにし、似合う衣装を用意した、BNSの『THE IDOLM@STER』開発チームのメンバーに話を伺った。
CGWORLD(以下、C):今回の「MR ST@GE!!」はどういったきっかけで開催されたのか、教えていただけますか?
飯島弘通氏(以下、飯島):「MR ST@GE!!」を実施する前に、2017年1月開催の「THE IDOLM@STER PRODUCER MEETING 2017 765PRO ALLSTARS -Fun to the new vision!!-」(以下「765プロミ2017」)で「アイドルにリアルタイムで出演してもらえないか」とBNEから相談されたのがそもそもの始まりですね。そのときは5分ほど、天海春香にリアルタイムで出演してもらいました。
▲「THE IDOLM@STER PRODUCER MEETING 2017 765PRO ALLSTARS -Fun to the new vision!!-」EVENT Blu-ray ダイジェスト動画。冒頭約20秒に登場する天海春香はリアルタイムで出演している
石田直秋氏(以下、石田):「765プロミ2017」はちょうどPS4向けの『アイドルマスター プラチナスターズ』(2016年7月発売。以下、『プラチナスターズ』)(※3)の発売後に開催されました。「765プロミ2017」のコンセプトが「Fun to the new vision!!」だったので、その一環として新しいことに挑戦しようという話になり、せっかくだから『プラチナスターズ』のアイドルにリアルタイムで出演してもらおうというながれになったわけです。
※3 『アイドルマスター プラチナスターズ』:本作におけるアニメーションの仕事の詳細は「PS4『アイドルマスター プラチナスターズ』常にトップを目指すアニメーターたちの仕事に迫る)」を参照。
▲【左】飯島弘通氏(アニメーション・ディレクター)/【右】石田直秋氏(モーションキャプチャ・ディレクター)
C:「プロデューサー(ファン)」としては、「765プロミ2017」の天海春香を見て、「これからは声優さんが出演するライブと並行して、アイドルがリアルタイムで出演するライブも展開していくのかなあ」と、ずっと楽しみにしていました。
飯島:そうですね。そういう感想をくださった「プロデューサー」さんが何人もいらっしゃったので、その期待に応えたいという思いもあって「MR ST@GE!!」の実現にいたったのだろうと思っています。
石田:「MR ST@GE!!」のための検証や打ち合わせは2017年の秋頃から始まり、様々な興行スタイルを検討した結果、2018年4月にDMM VR THEATERでお披露目することになりました。
C:「765プロミ2017」での挑戦が「MR ST@GE!!」に引き継がれているのだと思いますが、皆さんが「MR ST@GE!!」に関わるようになった経緯を教えてください。
遠藤暢子氏(以下、遠藤):わりとシンプルに、ゲームの『THE IDOLM@STER』開発メンバーが、そのままスライドして「MR ST@GE!!」に関わるようになりました。
飯島:「MR ST@GE!!」では、「BanaCAST」というインタラクティブなライブコンテンツ提供サービスと、家庭用ゲームの『THE IDOLM@STER』で使用している描画エンジンを併用しています。「BanaCAST」の技術開発と運営はBNSのモーション課(※4)も深く関わっており、ゲームの『THE IDOLM@STER』のモーションキャプチャを長年担当してきた石田らが参加することになりました。アニメーションまわりは、長年『THE IDOLM@STER』の描画エンジンを使ってきたアニメーターの遠藤や私と、描画エンジンの開発や拡張を担当してきたプログラマーの佐々木直哉や土井良文が受けもつことになったというながれでしたね。
※4 モーション課:モーションキャプチャを担当するチーム。詳しくは「バンダイナムコスタジオ アニメーションの流儀 BNSモーションキャプチャ シオスタジオ探訪」を参照。
C:UnityやUnreal Engine 4などの汎用ゲームエンジンではなく、内製の描画エンジンを使っているのですね。
遠藤:『THE IDOLM@STER』の開発チームはタイトル単位で集合・離散するのではなく、『THE IDOLM@STER』の様々なタイトルを担う大きなプロジェクトチームとして動いています。その一環として「MR ST@GE!!」も担うことになったので、使い慣れた描画エンジンを導入するのは自然な決定でした。
C:つまり『プラチナスターズ』に加え、PS4ゲーム『アイドルマスター ステラステージ』(2017年12月発売。以下、『ステラステージ』)や、スマートフォンアプリ『アイドルマスター ミリオンライブ! シアターデイズ』(2017年6月サービス開始。以下、『ミリシタ』)などの開発も担当しているわけですね。そういった普段のゲーム開発と「MR ST@GE!!」とでは、皆さんの役割にどんなちがいがありましたか?
遠藤:普段のわれわれはアイドルの身体のアニメーション制作やディレクションを担当していますが、「MR ST@GE!!」では表情......つまりステージに立つアイドルに「こういう表情をしてください」とリアルタイムに指示を出す役割を担いました。「MR ST@GE!!」では、飯島と私に加え、吉武敬一朗(※5)というアニメーターも参加しています。
※5 吉武敬一朗氏:BNS所属のアニメーター。吉武氏と遠藤氏が担当している『ミリシタ』のアニメーションの仕事の詳細は「どこに行けば、キャラクターをつくれますか? No.10>>バンダイナムコスタジオ(前編)(後編)」を参照。
C:お三方とも、普段のゲーム開発ではアイドルの表情は担当していないのですね?
遠藤:そうなんですよ。ゲームではスクリプターが表情を担当していて、われわれアニメーターはモーションキャプチャしたデータを基に身体のアニメーションを付けています。ただし手の指はキャプチャしていないのでゼロから付けます。それなのに飯島から「表情を一緒に担当してください」と言われたので、「うん?」って思いました(笑)。でも3人とも長年『THE IDOLM@STER』の開発に携わってきてアイドルを十分に理解しているので、かわいいアイドルが、よりかわいくなる表情を考えることはそんなに難しくなかったです。とはいえ本番はリアルタイムだったので、実際には考えている余裕などなくて、自然に手が動き、アイドルの表情に反映されていく......みたいな感覚でした。
飯島:表情に加え、「BanaCAST」のモーションアクターさんに「このアイドルは、普段こういう動きをしています」「ちゃんとカメラに映るように、こんなポーズにしてください」といった説明をしたりもしました。
遠藤:わりといろんなものを把握しているメンバーが投入されたという背景もありますね。
石田:飯島、遠藤、吉武、私は1st SEASONから参加していますが、佐々木と土井は2nd SEASONから加わりました。2人とも『ステラステージ』をはじめ『THE IDOLM@STER』の様々なタイトルに関わってきたので、白羽の矢が立ったわけです。
飯島:描画エンジンなどのシステムを熟知しているメンバーだったので話が早くて助かりました。2人には、1st SEASONで気になっていた点を短期間で改善してもらいました。
佐々木直哉氏(以下、佐々木):「2nd SEASONでは、この点をなんとかしたい」「あれも必要だ」といった要望をいくつも聞いていましたが、期間は1ヶ月ちょっとしかなかったので、優先順位をつけて上から順番に解決していきました。
土井良文氏(以下、土井):佐々木の言う通りなんですが、自分たちが「これも必要だよね」と思う機能も実装していきましたね(笑)。さらに2nd SEASONが始まってからも、ノートPCを使って現場で機能更新していました。
▲【左】佐々木直哉氏(プログラマー)/【右】土井良文氏(プログラマー)
佐々木:いざとなったら追加機能ごとカットできるようにするなど、予防策をとってはいましたが、普段のゲーム開発ならありえないことでしたね。動作確認できるのはリハーサルの数時間だけという場合もあり、めちゃくちゃ怖かったです(苦笑)。
C:「最高は塗り替えていくもの」という『THE IDOLM@STER』の伝統を地で行く努力が、1st SEASONと2nd SEASONの間はもちろん、2nd SEASONが始まってからも行われたわけですね。とはいえ普段は社内でゲーム開発をなさっている方々が、アイドルのリアルタイムのパフォーマンスを手がけるとは、すごい舞台度胸ですね。
遠藤:すっごい心臓が痛かったです。
飯島:スタッフとして、お客様のフィードバックをゼロ距離で得られる緊張感と充実感は、普段のゲーム開発では味わえない貴重な体験でした。
C:「MR ST@GE!!」の最後にながれるクレジットを見ると、「BanaCAST」と並んで「Variab-LIVE」という表記がありました。これはどういった役割を果たすシステムなのかも教えてください。
飯島:「BanaCAST」はアイドルにリアルタイムで出演してもらうためのシステムです。それに対して「Variab-LIVE」はアイドルを描画するためのシステムです。家庭用ゲーム の『THE IDOLM@STER』ではBNS独自の「ヴァリアブルトゥーン」という名前のシェーダを用いており、同じように「ヴァリアブルトゥーン」で描画されたアイドルが「MR ST@GE!!」に出演するにあたり、新しくつくった言葉です。「BanaCAST」に「Variab-LIVE」を組み合わせることで、「765プロ」のアイドルがステージに立つことができました。
C:主演アイドルのパートだけでなく、ユニットライブパートでも「Variab-LIVE」を使っているのでしょうか?
飯島:そうです。2つのパートのちがいはリアルタイムかどうかだけなので、両方とも描画には「Variab-LIVE」を使っています。
遠藤:どちらのパートも、家庭用ゲームの高精細なアイドルが、そのまま「MR ST@GE!!」に出演しているというイメージです。
C:家庭用ゲームの『THE IDOLM@STER』と「MR ST@GE!!」とで、何か変わった部分はありますか?
飯島:解像度はちがいますね。家庭用ゲームはフルHDだったので、試しにDMM VR THEATERのステージに等身大のアイドルに立ってもらって検証したところ、解像度の粗さが気になりました。「ゲーム画面を引き延ばしただけ」という印象になってしまうことがわかったので、4Kにして、より綺麗なアイドルの姿を見ていただけるようにしました。
石田:ちなみに「765プロミ2017」の時点ではフルHDのままで、4Kになったのは「MR ST@GE!!」からですね。
遠藤:DMM VR THEATERでは、「プロデューサー」の皆さんにより近い場所からアイドルの姿を見ていただけるので、解像度を上げることにしました。
佐々木:解像度を上げるにあたり、それに耐えられるようPCの処理速度も上げました。もともとモデル自体はリッチにつくってあったので、そのまま使っています。
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「MR ST@GE!!」では
手の指までリアルタイムキャプチャ
「MR ST@GE!!」では手の指までリアルタイムキャプチャ
C:「BanaCAST」に関しては、「MR ST@GE!!」ならではの挑戦はありましたか?
石田:手の指のリアルタイムキャプチャは初の試みでした。キャプチャデータの欠損をいかにして防ぐか、もし欠損したとしても、いかに自然に振る舞えるようにするかという2方面での工夫をしています。
C:そもそも、普段のゲーム開発では指をキャプチャしていないんですよね?
遠藤:そうです。指までキャプチャすると扱う情報量が多くなりすぎるので、現実的ではありません。普段は手のキャプチャまでに留め、指はアニメーターが後から手付けしています。でも「MR ST@GE!!」ではアイドルにリアルタイムで出演してもらいたかったので、どうしても指までキャプチャする必要がありました。
石田:指を問題なくキャプチャできたとしても、踊っている最中に手で胸のマーカーを隠してしまったら、胸のキャプチャデータが欠損してしまうんですよ。普段のゲーム開発用のキャプチャでは、そういうデータの欠損は後からモーション課のわれわれが修正し、綺麗なデータにしてからアニメーターに渡しています。ところがリアルタイムの場合は修正している時間がないので、「キャプチャデータの欠損をいかにして防ぐか」が特に重要でした。
C:具体的には、どういった対策をとったのでしょうか?
石田:「MR ST@GE!!」の狭いキャプチャエリアに合わせ、広角のカメラを22台用意し、上と下の両方向からキャプチャできるようにしました。指のマーカーは親指、人差し指、小指の外側に付けており、ボディのマーカーよりサイズは小さいため、手のひらを上に向けたり、指を曲げたりした場合、上方向からのカメラでは撮影できません。だから下方向から撮るカメラも用意しました。その結果、指以外も安定してキャプチャできるようになりました。
遠藤:キャプチャ用のソフトウェア自体も随時バージョンアップされているので、2nd SEASONでは1st SEASON以上にマーカーを追跡しやすくなりました。
石田:加えてキャプチャ時には、「胸の前に手を置くときは、マーカーが隠れないように胸から少し手を浮かせる」「指をグーにするときは完全な握りこぶしをつくらず、少し指を浮かせる」など、気を付けて動いてもらうようモーションアクターさんにお願いしました。アナログな対策ですが、かなり結果を左右します。撮影しやすい位置にマーカーを付けるといった工夫もしましたね。ベストの位置は個人差があるので、本番前に何度もグーパーをやってもらい調整していました。
C:主演アイドルに合わせて日々調整していく......生き物のように変化するライブだったのですね。
土井:それでもキャプチャデータが欠損した場合は、キャプチャデータを無視してボタンひとつで自然な指の形になる仕組みもつくりました。
C:まさに「こんなこともあろうかと」を地で行く入念な対策ですね。
飯島:「765プロミ2017」の段階で、腕の動きに連動して指が自然に動く仕組みをつくってもらったんです。何かあったときのために、その仕組みは2nd SEASONでも残しておきました。
▲前述の取り組みにより、手を口にあてる、両手の指を組む、天を指さすといった多彩な指の動きをリアルタイムに表現できた。その結果、アイドルたちはとても豊かな仕草を「プロデューサー」に見せてくれた
飯島:キャプチャの精度が上がったことは、指の動きだけでなく、全身を使ったダイナミックな動きを表現する上でもメリットがありました。当初、「MR ST@GE!!」ではそこまで激しいダンスはしないだろうと思っていたんです。「リアルタイムだからJUNGOさん(※6)も手加減してくれるだろう」と期待していたんですが、全然そんなことはなくて、ゲームの倍くらいの運動量になっていました(笑)。後でJUNGOさんと話したら「ゲームを超える勢いでつくりたい」と言っていたので、精度を上げておいて本当によかったです。
※6 JUNGO氏:マイノオト所属の演出家。近年の声優が出演する『THE IDOLM@STER』ライブイベントの多くを演出しており、「MR ST@GE!!」でも演出を担当した。
C:ダンスの振り付けは普段のゲームから変わっているのでしょうか?
飯島:変わっています。ゲームで使われている振り付けもありましたが、意図的にゲームから変えているものもあり、われわれアニメーターにとっても新鮮でした。
遠藤:ゲームのダンスの尺は2分前後ですが、「MR ST@GE!!」の尺は5分前後です。フル尺のダンスとはあまり縁がなかったので、新しい経験ができました。
▲後を向いたり、舞台上を動き回ったり、思いっきり高く飛び跳ねたりと、ゲームよりさらにパワフルになったダンス
C:そんな風に、ひとりの指をキャプチャするだけでも大変なのに、よくぞ「双海亜美、双海真美の共演」という『THE IDOLM@STER』史上初の偉業に挑戦しましたね。
遠藤:「最高は塗り替えていくもの」というのが『THE IDOLM@STER』の伝統ですから、より最高を目指してみました(笑)。
C:........................(汗)。
前編は以上です。後編では「双海亜美、双海真美の共演」という歴史的偉業に挑戦した経緯や、アイドルをより輝かせるためのこだわりに迫ります。ぜひお付き合いください。
・後編はこちらでご覧いただけます。
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