学生が企画・制作した手づくりインタラクティブ作品のコンテスト「国際学生対抗バーチャルリアリティコンテスト(IVRC)2018」決勝大会が千葉・幕張メッセで2018年11月14日(水)から16日(金)まで開催され、頭から木が生える感覚を表現した「ブレインツリー」(明治大学)が総合優勝に輝いた。ブースはデジタルコンテンツEXPOとInter BEEで賑わう第5ホール入口近くに設置され、例年にも増して多くの来場者の注目を集めていた。

TEXT&PHOTO_小野憲史 / Kenji Ono
EDIT_小村仁美 / Hitomi Komura(CGWORLD)

VR HMDとゲームエンジンが作品の底上げに貢献

IVRCはバーチャルリアリティの普及・啓蒙や次世代の人材育成などを目的に1993年から開催されており、今年で26回目を数える。2003年にフランスのLaval Virtual、2010年には米カーネギーメロン大学のEntertainment Technology Centerと国際協定を結び、優秀作品の招待展示をはじめ、日仏米学生の国際的な交流も進めてきた。2012年からは大学2年次以下などを対象としたユース部門を設置。2014年には国際ビデオ部門も設置されるなど、年々拡大を進めている。

特に近年はVR HMDとゲームエンジンの普及によりVRコンテンツ開発のハードルが大きく下がったことを受け、出展作品のクオリティが急速に上昇した。2018年はフランスからの招待作品1点を含む全15作品が展示(うち一般学生部門10作品、ユース部門4作品)され、そのうち13作品でVR HMDとゲームエンジンのUnityが併用されていたほどだ。その上で、多くの作品で視覚や聴覚だけでなく、触覚や嗅覚の再現が盛り込まれるなど、統合感覚の再現が追求されていた点が印象的だった。それでは出展作品を以下に紹介する。

●1:ブレインツリー(総合優勝・観客大賞)

明治大学 総合数理学部 先端メディアサイエンス学科 橋本研究室
チーム名:にんにんラボ

頭の中で植物の種が生長する感覚を仮想体験できる作品。植木鉢を模したヘッドギアの内部に、歯車によって上下する頭皮マッサージ器状のデバイスが設置されている。これを被るとデバイスが頭を包み込み、適度な刺激を与えることで、独特な感覚が得られる。他にヘッドギアにはスピーカーと、冷水を通すパイプも張り巡らされている。これにより、じょうろで水をかけるような動作をしたり、コップで実際に水を飲んだりすると、コポコポと音が聞こえたり、頭が冷やされたりして、根が水を吸い上げるような感覚も味わえる。

●2:L'Allumeur de Réverbères(日本VR学会賞)

パリ第8大学ATI

仏Laval Virtualからの招待作品で、小説「星の王子さま」に登場する「点灯夫」(自転周期が1分間の惑星で、1分ごとにガス灯に明かりを灯さなければいけない)をモチーフとしたVR作品。プロジェクタで表示される映像の前でブロックを積み上げ、左から右へと点灯夫を導いていく。デプスカメラのRealSense D435をプロジェクタの前に設置し、C++で書かれたコードによって深度情報からブロックの位置や高さを計測。その情報をUnity側に提供することで、点灯夫の動きを制御するしくみだ。

●3:孤独をFoot Bath(川上記念特別賞)

電気通信大学 情報理工学部 総合情報学科 梶本小泉研究室
チーム名:足湯同好会

1人で足湯につかる孤独感を解消するため、VR空間上で浴衣を着た少女と一緒に足湯につかる感覚を再現した作品。バスタブに張られたお湯を水かきで動かし、少女の移動とともに波を起こしたり、ホースで水を足にかけたりして、少女と足湯で戯れる体験が再現されている。装置だけでなく、少女のモデリングにも力が入っており、見学者から「あらゆる意味で電通大っぽい」と称されていた点が印象的。

●4:出血体験(審査員特別賞・ソリッドレイ賞)

東京工業大学 工学院情報通信系 長谷川晶一研究室
チーム名:出血研究会

サーマルグリル錯覚を用いて体験者に対し、擬似的な出血と痛みの感覚を提示する作品。サーマルグリル錯覚は温刺激と冷刺激を交互かつ同時に提示すると、あたかも火傷を負ったかのような痛みや灼熱感、不快感が生じるという現象で、本作品ではアルミ箔を張り、それぞれ38度と19度に設定したペルチェ素子を交互に4個並べ、映像に合わせてパタンと腕に倒すことでその感覚を表現している。これにLeapMotion付きVR HMDと振動ユニットを組み合わせ、椅子に縛り付けられたまま狼に腕を噛まれる映像を表示することで、痛みの感覚を補強している。

●5:鼻腕(審査員特別賞)

岐阜大学 工学部 木島研究室
チーム名:KZMproductions

鼻が第三の手だったら、どんなに便利だろう」という仮定の下、VR空間上で鼻を伸ばし、本を片付けたり、果物を動かしたりといった仮想体験ができる作品。VR HMDに顎の動きを捉えるセンサと、鼻息を検知するセンサを設置し、顎の動きで鼻を前後に動かしたり、鼻息で物を掴んだり、放したりできる。頭部には頭の向きで動く重りがあり、鼻を前後左右に動かす体験を補完している。

●6:ARCO-Avoid the Risks of CO-(ユース部門金賞・GREE賞・メルカリ賞)

立教池袋高校 数理研究部
チーム名:カツゾー避難する

ビル火災の避難訓練シミュレータとして開発された作品。磁気センサをつけたスリッパを装着し、すり鉢型の台座上を歩くことで、VR空間内における360度の移動を可能にしている。VR HMDには体験者の二酸化炭素排出量を呼吸で測るセンサも取り付け、避難中に煙(一酸化炭素)をどれくらい吸い込んだか計測できるようにもした。これにより脱出時に生存率が表示されるしくみだ。

●7:なんでもじゃらし(ユース部門銀賞・明和電機賞)

神奈川工科大学 KaitVR
チーム名:独りぼっち党

自作の「しなり提示デバイス」を用いて、普段静止している家具とコミュニケーションが取れる作品。VR HMDにはHTC Viveが使用されており、デバイスに装着された位置マーカーをセンサが読み取ることで、VR空間内での位置や動きが決定される。これにより特定の家具がアニメーションするしくみだ。デバイスには棒や可動式の重りが存在し、振ると実際にしなり感覚も得られる。

●8:打ち上げ花火、下から見るか?指から打つか?(ユース部門銀賞)

会津大学 コンピューター理工学部 VR部
チーム名:Firefloworks

ファントムセンセーションとVR HMDを活用し、自分の腕を花火の煙火筒にして、花火玉を指先から発射させられる作品。ファントムセンセーションは皮膚のある2点を刺激したとき、中間点が刺激されているように錯覚してしまう現象のこと。本作ではこれを活用し、ガスバーナー型デバイスを用いてVR空間上で左腕の導火線に火を点けると、花火玉が腕の中を通って指先に移動していく感覚が得られる。そのまま腕を上空に挙げると、任意の方向に花火を打ち上げられるしくみだ。

●9:ピノーズ(Laval Virtual Award in IVRC2018)

慶應義塾大学大学院メディアデザイン研究科
チーム名:しゅわっと

童話「ピノキオ」をモチーフとし、嘘をつくと「鼻が伸びる」感覚を疑似体験できる作品。体験者はVR HMDを装着する際に、鼻の頭を紙のクリップでつままれる。クリップは糸でつながっており、VR空間の映像にあわせて、鼻を引っ張られるしくみだ。頭を左右に振ると、VR空間内で伸びた鼻を左右に動かし、物を動かせる。また、食べ物の近くに鼻を寄せると、コーヒー・紅茶・リンゴの香りを体験することも可能。

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●10:TeleSight - HMDによるVR体験者の視点を介した傍観者とのインタラクション -

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●10:TeleSight - HMDによるVR体験者の視点を介した傍観者とのインタラクション -(Laval Virtual Award in IVRC2018)

慶應義塾大学大学院 メディアデザイン研究科 Embodied Media Project
チーム名:マネキンヘッズ

VR HMDの装着者と非装着者におけるコミュニケーションをテーマとした作品。VR HMD装着者はVR空間内で手元のコントローラを使用し、シューティングゲーム体験が楽しめる。これに対してVR HMD非体験者はマネキン型現実拡張デバイスの目を覆うことで、モンスターの攻撃を防御できる。マネキン型現実拡張デバイスは、VR HMD体験者の頭部の動きに伴い、向きや角度がリアルタイムに変化する。

●11:Be Bait! ~求めよ,さらば食べられん~(Unity賞・ドスパラ賞)

東北大学大学院 情報科学研究科システム情報科学専攻 北村研究室
チーム名:Fishers

ルアーになって水中を引きずられ、大型肉食魚に補食される感覚を疑似体験できる作品。体験者はハンモックに横たわり、体を左右にくねらせることで大型肉食魚の注意を引き寄せられる。無事補食されると上方からカバーで包まれる一方、口から食道、そして胃の中に進める。VR体験だけでなく、たくさんの魚が回遊するなど、水中のビジュアルも高いクオリティで表現されている。

●12:天獄渡り(チームラボ賞)

筑波大学 システム情報工学研究科 知能機能システム専攻
チーム名:暗黒メガコーポ 極

人間は恐怖感を覚えると膝が痙攣する。この現象を逆手に取り、外部から膝に振動を与えて、擬似的に痙攣させることでユーザーに恐怖感を覚えさせることを目的とした作品。VR空間の中では、セグウェイを操って、高所に架けられた橋を渡るコンテンツを体験できる。前後左右に傾く台や、セグウェイを模した持ち手など、総合的なデバイス体験で恐怖感を演出している。

●13:無限滑り台(ヘキサゴンジャパン賞)

甲南大学 知能情報学部 知能情報学科 田村研究室
チーム名:ウロボロ戦隊スベンジャー

VR空間内でループ構造の滑り台を「無限に」滑り落ちることができる作品。椅子にはベルト状のローラーが組み込まれており、Arduinoで回転数が制御される。これに送風機での風力制御と、滑り落ちる速度に合わせたVR空間内での風景の動きを組み合わせ、Unity上で総合的な制御を行うしくみだ。方向転換や急な加減速がないため酔いにくく、様々なシチュエーションの滑り台が体験できた。

●14:蹴球インパクト

慶應義塾大学大学院 メディアデザイン研究科 Embodied Media Project
チーム名:Team南葛

漫画やアニメなどでお馴染みの、サッカーの必殺シュートをVR世界でくり出せる作品。センサが搭載されているスリッパを履き、VR HMDを装着すれば準備OK。あとは実際に足を蹴り、相手チームとのPK戦に挑戦していく。利き足側のスリッパは背後の装置に紐で繋がっており、足の動きがいったん紐で制限されたのちに、紐がリリースされる。これにより足がボールに当たったときの衝撃が表現されている。

●15:Suspense Creeping Bomb

長野県松本工業高等学校 電子工業科 電子工学部
チーム名:アルカディア Ⅶ

いわゆる「脱出ゲーム」をVR的に解釈・発展させた作品で、アミューズメントパークに設置された時限爆弾を、通風口を這い進んで見つけ出し、時間内に撤去するのが目的。通風口はルートがツリー状になっており、壁に描かれた図案などを手がかりに進んで、正しい色のリード線を切断すればミッション成功になる。アミューズメントパークという設定を活かして、様々なバリエーションの通路が用意されている。

狭義のバーチャルリアリティを超えて

バーチャルリアリティの「バーチャル」とは、現物・実物(オリジナル)ではないが、機能としての本質は同じであるような環境を、ユーザーの五感を含む感覚を刺激することにより、理工学的に創り出す技術およびその体系とされる(Wikipediaより引用)。答えは常に自然の側にあり、研究者は自然に学べというわけだ。そのため、きちんとエビデンスを取り、作品制作に活かすことが重要になる。

しかし、IVRCでは総合優勝に輝いた「ブレインツリー」を筆頭に、現実には体験できない感覚を提供する作品も多く見られる。IVRCは「バーチャルリアリティ」と謳っているが、実際にはロボットやインタラクティブ技術を含めた、より広義な作品を対象としているからだ。これまでも自分自身とハグできる「Sense-Roid」(2010)など、既存概念に囚われない、多彩な作品が登場してきた。

こうした姿勢が学生ならではのユニークな発想力や、最新デバイスから段ボール・ガムテープまで、ありとあらゆる素材を活用して力技で創り出す手づくり感と相まって、他のコンテストには見られないユニークな作品を世に送り出してきた。IVRC作品の上位入賞作品がSIGGRAPHのEmerging Technologiesに採択される例も多く、世界中の参加者から高く注目されるという。

また技術だけでなく、"インスタ映え"を意識した作品やブース展示の美的センス、テーマパークのアトラクション体験にも似たストーリーづくりなど、様々な要素が絡み合う奥の深さも特徴だ。IVRCを経てゲームやエンターテインメント業界に進む学生も多く、人材育成の機会としてもユニークな存在として知られている。来年度にどのような作品が登場してくるか、今から楽しみだ。