スクウェア・エニックスが最新技術を結集し、開発した『FINAL FANTASY XV(以下、FFXV)』(2016)。本作の特徴のひとつに、独自の進化を遂げたAIがある。そのAIの技術をはじめ、キャラクターとゲームをインタラクティブに作る技術を余すことなく解説した書籍「FINAL FANTASY XV の人工知能- ゲームAIから見える未来 -」が5月下旬に発売されることを受け、書籍からAIスタッフの座談会を3回にわたって転載する。第1回は、『FFXV』のAIを組み上げたプログラマーが集まり、プログラマーとしての立場から『FFXV』とゲームAIを振り返っていく。

TEXT_安田俊亮 / Shunsuke Yasuda
EDIT_小村仁美 / Hitomi Komura(CGWORLD)、高木 了 / Satoru Takagi
PHOTO_弘田 充 / Mitsuru Hirota

※本記事は、「FINAL FANTASY XV の人工知能- ゲームAIから見える未来 -」の一部記事をWeb用に再編集したものです。

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  • FINAL FANTASY XV の人工知能- ゲームAIから見える未来 -.
  • FINAL FANTASY XV の人工知能
    - ゲームAIから見える未来 -



    著者:株式会社スクウェア・エニックス『FFXV』AIチーム
    定価:3,200円+税
    発行・発売:株式会社 ボーンデジタル
    サイズ:B5判/4色
    総ページ数:248
    発売日:2019年5月下旬
    ISBN:978-4-86246-446-0
    © 2016-2019 SQUARE ENIX CO., LTD. All Rights Reserved. MAIN CHARACTER DESIGN:TETSUYA NOMURA

『FINAL FANTASY XV』 2 Year Anniversary 記念映像

「戦争のリアリティ」に対する反省

並木幸介氏(以下、並木):まず、この座談会の前提として『FFXV』のまとめから話していければと思います。『FFXV』って、料理でいえばいろいろなジャンルが入っているんです。中華、フレンチ、イタリアンもあれば、懐石料理も入っている。いろいろ楽しめるのが特徴である一方で、こんなものはゲームではないという人もいる。山岡士郎は美味しいと言うけど、海原雄山は違うと言っている、みたいな(笑)。

でもこれってとても不思議なことで、例えば『FINAL FANTASY VII』(1997)では問題にならなかったんですよ。メテオが降ってきて世界が終わってしまうかもしれないときに、クラウドがゴールドソーサーでひたすらスノーボードをしていても別によかった。世界の終わりにゲーセンで遊ぶクラウドが僕は好きだったんです。ところが、ノクティスだとすごく叩かれるんですね。

やっていることは変わらないのに、これって何だろうと考えたら、その理由の1つにグラフィックスがリアルになったことがあると思うんです。見た目がリアルになったことで、ストーリーにもよりリアリティが求められるようになったのではないかと。


  • 並木幸介/Kosuke Namiki
    スクウェア・エニックス テクノロジー推進部 シニアAIエンジニア

    AIエンジニア。『FFXV』では主にモンスターのAIを担当した。大学では知能システム工学を専攻。2008年よりゲーム業界に入り、以来様々な大型ゲームのAIシステムを開発している

並木:もう1つは、最初に映画版(『KINGSGLAIVE FINAL FANTASY XV』)で戦争を描いてしまったことです。戦争中に、ドライブや釣りをして遊ぶ人ってあまりいないですよね。開発としては「中華」も出したいし、「懐石」も出したい。そうやってコンテンツを埋めていきましたが、そこに違和感があったのかなと。「父親が大変な目にあっているのになんで?」みたいな声は現場にも届いていました。

『キングスグレイブ FFXV』 冒頭12分特別公開(英語ボイス/日本語字幕)

ゲームの例を出すと、シリアの青年が作った『Path Out』というインディーズゲームがあります。作りはシンプルなんですが、戦争の臨場感がものすごいんですよ。それまで仲の良かった隣のお姉さんが、戦争になった途端に「あなたは大統領のために戦わなければならない」とか言い出す。周りには、よくわからない武装組織がたくさんいたりして、理不尽でシビアな戦争の怖さが描かれています。

『FFXV』には、そういう戦争のリアリティに対するアプローチが少し足りなかったのかなと。確かに『FFXV』は1つのマイルストーンとなりましたが、これからのスクウェア・エニックスにとって、ここがスタート地点になるでしょう。次は個別のクオリティで平均を超えながら、いかにゲームとしてまとまったものにしていくか。これが課題になる気がします。

「歩く」ことから研究をはじめた

並木:ここからは個別に聞きたいのですが、『FFXV』でやったことの中で大きいのは、仲間AIを上手く作ったことだと思うんです。「FF」が今までリアルタイムのゲームを作れなかった理由として、仲間を上手く動かせなかったことが少なからずある。画面内に4人を収めて、それぞれが自律的に動くゲームは珍しいし、なかなかないと思います。

上段達弘氏(以下、上段):今までは、コマンドタイプが多かったですからね。


  • 上段達弘/Tatsuhiro Joudan
    Luminous Productions プログラマー

    『FFXV』ではプログラマーとして開発に従事。主に仲間キャラクターのAIや仲間を統括する「メタAI」、AIによるスナップショット撮影機能の実装を担当

下川和也氏(以下、下川):フィールドで移動するときは後ろについてきたり、そもそも映さないような表現が多かったですね。


  • 下川和也/Kazuya Shimokawa
    Luminous Productions プログラマー

    『FFXV』ではプログラマーとして開発に従事。主に意思決定ツールの開発、仲間キャラクターのバトルを担当

並木:いても1人。4人が横並びで歩いているゲームは今までにほぼない。それくらい技術的に難易度の高いことをやっています。

© 2016-2019 SQUARE ENIX CO., LTD. All Rights Reserved. MAIN CHARACTER DESIGN:TETSUYA NOMURA

上段:私たちが「フォーメーション」と呼んでいる仲間の動きは、仲間班として、最初から最も力を入れていたところです。仲間が後ろについてくるのではなくて、横か前に2対2で分かれて走るという画作りから入りました。

高橋光佑氏(以下、高橋):地味に思われがちですけど「プレイヤーが操作している主人公の前に仲間が歩いている」って、すごいですよね。行動を予測していないと、できないようなところもありますし。


  • 高橋光佑/Kosuke Takahashi
    Luminous Productions プログラマー

    『FFXV』ではプログラマーとして開発に従事。主にキャラクターAIの汎用制御システム「AI Mode」の設計、開発、運用を担当。オープンワールドにおけるゲームレベルの実装に貢献

上段:4人でランチに行ったときは、4人がどういう風に歩くか見ていました。「歩いていると、初めは4人でもやっぱり2対2に分かれるよね」みたいな発見をして。そうやってとにかくリアルな動きを追求していきました。ただ、困ったのが4人で走るケースってめったになくて(笑)。

並木:モンゴルとかに行かないとみんなで走らないよね(笑)。

高橋:リアルな動きは、頭で考えるだけでは限界があり、アイデアを生むためにも観察・実体験は大事、ということですか。

並木:今振り返っても、相当コストをかけていますよね。「歩く」って、ゲーム作りで普通はコストをかけないところです。「歩けばいい」というのが今までだったから。そこを1回リセットして、ゼロから再構築したのは非常に大きいと思います。

高橋:もう、歩きのAIだけでも相当話せそうですね。

上段:実体験という意味では、モンスター班もロケハンに行ってましたね。並木さんも行きました?

並木:チームでも個人でも上野動物園などにはよく行っていましたよ。ライオンがどんな動きをしているとか、サイがどういう寝方をしているとか。あとは自分の中で「向こうであくびをして寝ているライオンが、突然襲い掛かってきたらどう戦うか」みたいなことをシミュレーションしたりして。

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「実際に見て、どこまでリアルに近い体験ができるのか」は開発にとってはすごく重要で。もちろん体験は体験でしかないから、それを実装させるための努力は必要です。でも、そもそも知らないと雰囲気だけの理解になるため、動きのレシピが出てこない。だから、まず知ることですよね。

下川:我々はプログラマーですが、体験がプログラミングに影響を与えることってありますか? アニメーションだと動きに影響があるってわかりやすいんですが。

並木:今、そこがちょうど境界線なんですよね。今まではアニメーターや企画がその辺りのクオリティを担保していればよかったけど、AIで動くキャラクターを作るとなると、誰がどういう風に責任を持つのかと。これはホットな話題になっていますね。

高橋:「モーション」という観点でも、もう少し手前の「意思決定」の部分でも、例えば「ライオンだったら、ライオンらしい生々しさが再現されていないといけない」ということですよね。AIプログラマー自身が観察して、体験して、実装しないといけなくなる。

並木:そのとおりだね。理想的には、例えば剣豪のAI を作るなら、下川さんが剣術道場に入門して、剣術をマスターして、それからAIをニューラルネットワークで学習させて。そうやってAIを作るとクオリティ的には最強なものができる。ただ、これだと10年か20年かかってしまうんだけど(笑)。

上段:手間を省くための学習なのに(笑)。

並木:それくらい、知らないと作れないということだよね。

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メタAIはおばあちゃん

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メタAIはおばあちゃん

並木:『FFXV』での新たなキーワードとして、「メタAI」というものもありました。今回メタAIを作ってみてどうでしたか?

上段:仲間班で作っていたメタAIは、言い換えるなら「チームAI」だと思っています。プレイヤーが操作するノクティス(以下、ノクト)を除いた仲間3人のコントロールですよね。ノクトがピンチになったら誰が助けにいくか、みたいな。AIの1つ上の立場から状況を俯瞰して、誰を動かすかを決めていく。広いオープンワールドだと何が起こるかわからないので、そのような存在は必要になってくるんだと思います。

高橋:上段さんが言うところの「集団の知性」というやつですね。

上段「メタAIは集団の知性を作る力もある」というような話ですね。ただ、メタAIって定義があやふやで。さっきも「僕らが作ったメタAIはチームAIです」と言い直したくらいで。

例えば『Left 4 Dead』(2008)のように、どこで敵をスポーンさせるかを決めるAIディレクターというものがあったり、『ゼビウス』(1983)のように操作に応じて難易度を変えるものもあったりと。そういう動的なレベルコントロールもメタAIって言いますよね。だから言葉の意味が広いなと。

並木:ポイントは、なんでAIという言葉を使ったかですね。『Left 4 Dead』の例で言えば、「生理学的にどういう状況だと人が緊張するのか」というテストを重ねてでき上がったAIです。だからモンスターの量を出すことが目的じゃなく、プレイヤーの状態をコントロールすることが目的になっている。簡単に言うと、「おもてなし」なんだと思います。

高橋:それを動かすための根拠が知性だから、AIと呼ぶと。

並木:単なるゲームロジックの場合「すでにできているものをプレイヤーが遊ぶ」というニュアンスを感じます。でもそこに知性が出てくると、知性の方からプレイヤーに働きかけるような、逆のフィードバックが発生する。『Left 4 Dead』はそういうものを目指したかったのかなと。

並木: これからはもっと、同じようなものが増えると思います。音声入力もそうだし、モーション入力もそうだし、プレイヤーのインプットの幅が広がってくると、それに対してゲーム側がどう働きかけるかも複雑になってきます。だからスクリプト書いておしまい、みたいなものは減っていくんじゃないでしょうか。

高橋:少し話がずれるかもしれませんが、「メタAIって何?」と聞かれたときに思い出したことがあって。サンさん(サン・パサートウィットヤーカーン・パサート氏。現Luminous Productionsシニアゲームデザイナー)からメタAIの説明を受けたとき、サンさんはいきなり「メタAIはおばあちゃんなんです」って言い始めて。要は、実際には姿を見せないけど、困ったときに調整したり助けたりするような、見守ってくれている存在なんだと言うんです。

上段:当時、サンさんの中で「おばあちゃん」でたとえることが流行ってただけだと思うけど(笑)。一般的には神様にたとえられますよね。

高橋:僕としては、神様と言わないところにこだわりを感じました。俯瞰はしているけど、あくまで親しい存在なんだと。そう考えると、対象がプレイヤーじゃなくても、姿が見えない俯瞰したAIであれば、全部メタAIと呼んでいいように思いました。

並木:うーん、これは、分野の再定義が必要かもしれないよね。

上段:三宅さん(三宅 陽一郎氏。スクウェア・エニックス リードAIリサーチャー)に定義してほしいですよね。「メタAIはこれだ」って。

高橋:最後は投げてしまえと(笑)。

並木:キャラクターAI、非キャラクターAIだと、これからは後者の方が分野は広くなるから、収拾がつかなくなるかもしれない。ただ、カオスから色々生まれてくるので、そうしたらまた改めて再定義すればいいんじゃないかな。だから、まだ、ふんわりとした枠のメタAIでいいと思う。

上段:本当に、今はまだ発展途上ですね。

自社でAIツールを作る意義

並木:下川さんに聞きたいのですが、今回、新しく[AIグラフエディター]というAIシステムを作りましたよね。例えば、Unreal Engine 4でもビヘイビアツリーは作れますが、あえて自社で作る意義はどこにありましたか?

下川:柔軟性は高かったように思います。[AIグラフエディター]の制作者がそばにいて、好きなようにアレンジできるのはメリットだったのかなと。

高橋:それと、非エンジニアが使えるエディターだったと思います。GUIになっていたので、プランナーにも使ってもらえていたのではないでしょうか。

  • FFXVの[AI グラフエディター]では、「ビヘイビアツリー」と「ステートマシン」を共存させることが可能
    © 2016-2019 SQUARE ENIX CO., LTD. All Rights Reserved.

並木:柔軟性という点で、『FFXV』だと特に要望が多いじゃないですか。チームごとにこだわりがあって、仲間班、モンスター班、ニフル兵班とAIの責任者によって求めるものがぜんぜん違っていて。

高橋:その辺り、すべて下川さんが吸収してくれたんですよね。

下川:はい。ただ、忙しくなってくると対応しきれないので、それぞれのチームにどこか妥協してもらっていました。

並木:社内の意見としては色々あったけど、なんだかんだ言って検索ウィンドウからアイテムを全部検索できるのは、実はすごいことだと思います。生半可なツールではできないですよ。

高橋:色々なチームの様々な視点からの要望を聞いて、[AIグラフエディター]を調整していたようですが、それができたのも自前のエディターだったからなんだなと、今なら思いますね。

並木:普通なら諦めるところもサポートできましたからね。これからの課題としては、「高いスタディコストをいかに下げていけるか」「いかにツールの機能性を上げてよりよいものにしていくか」。僕の理想としては、公開してしまうのが1番スマートな解決策かなと思っています。

公開して、Unreal Engineのプラグインみたいな感じで使えるようにすると「実はこっちの方がいいんじゃない?」ってなる人がいるかもしれない。使ってくれた人は、スクウェア・エニックスの次のプロジェクトに入っていただいてもいいと思う。

高橋:公開すると、Web上で使い方とかを書いたり、調べたりするようになるので、Web上に知見が溜まっていきますよね。そこで生まれてくるものを考えると、ポジティブな話だと思います。

機械学習とゲームAIは相容れない?

並木:[AIグラフエディター]にもつながる話ですが、次は機械学習の話に移ります。『FFXV』ではモンスターの攻撃判定などがそうなのですが、開発にもAIが入ってくるようになりました。今までプランナーが一つひとつがんばっていた部分を、いかにスマートにしていくのかは今後の課題ですよね。それがAIとは限らないとは思いますが、もう一段階、インテリジェントな仕組みになってもいいのかなと。

高橋:部分的に機械学習を導入していくだろうと予感しています。一連の行動を作るときに、何から何まで機械学習でやるんじゃなくて、どの攻撃を出すかだけを機械学習でやるような。

上段:それがいいのかもしれないですね。今、AIを学習で作る研究をしていますが、どれだけ自動生成できたとしても、プランナーさんがそれをよしとするかは別問題なんです。プランナーさんがもっとこうしたいと言ったとき、学習で作っていると調整がきかない。微調整が難しいというのが、学習とゲームAIの相容れないところなのかなと思っています。

高橋:雰囲気を変えたいとか、パターンをもっと入れたい、みたいなときに困ってしまいますね。

上段:ただ強いだけじゃなくて、面白い動きが必要だから。

並木:それはモーションも似ているかもしれないね。今まではモーションの担当がしっかりと作り込んでいたから、そこを軽い気持ちで変えるとキレる人もいた(笑)。でも最近では、モーションをブレンドする手法が増えてきて、個々のアニメーションよりは全体で見たときの体験が重視されるようになった。大筋は意図的に作るんだけど、細かいところは柔軟にフィッティングしてくれる自動化システムみたいなものがあると、自由度が上がりそうだよね。

あとは四足キャラクターのモーションは大きな課題ですね。人間キャラクターのモーションは、モーションキャプチャが出てきたときに飛躍的にクオリティが向上したんですよね。それに対応するような技術が四足キャラクターでも出てくると変化がありそうです。

上段:四足の動物は簡単にモーションキャプチャができないってことですね。

並木:動物は意図通りに動いてくれないんだよね。犬とか馬とかを連れてきても、攻撃モーションをしてくれるわけがない(笑)。アクターさんに「熊と戦ってください!」とも言えないし(笑)。

高橋:カットシーンでも犬の登場シーンは何度も撮り直すって聞きますね。

並木:そう、コストが高いんだよね。動物の動きを物理的なパラメーターで生成して強化学習するようなことができると、クオリティが自然と上がっていくように思います。

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モーションとAIの問題

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モーションとAIの問題

並木:『FFXV』に限らない普遍的な話になりますが、AIモードの仕組みに関してはどうですか?

高橋:見た目のリアリティにこだわりを持っていたので、変な動きを許さないようなところが『FFXV』にはありました。特に「オープンワールドならでは」のものが多かったんですが、サンさんは「可能性に対する耐久性を上げるためだ」とおっしゃってました。色々な要素が詰め込まれたオープンワールドの場合、A地点からB地点まで行けと言ったときに、何が起こるかわからない中を進まないといけない。つまり、そこで起こる数々の問題に対して、AI的な判断をこなした上で行動しないといけなくなったということです。可能性に対して耐久性を上げる、とはそのような意味ですね。

並木:イベントの最中でも「ニフル兵に出会う」みたいなことが起こるようになったんですよね、最近のゲームは。イベントスクリプトで「ワイワイ語らいながら歩く」とか書いてしまうと、目の前に敵が現れたときに変なことになってしまう。AIには「できるだけ楽しく」という演技方針だけを与えておいて、ニフル兵がいたら「ここは慎重に」みたいに、状況ごとに対応させないといけない。

高橋:小さな例かもしれないのですが、[リード]AIモード、つまり道案内をしてくれるアンブラという犬型のキャラクターがいるんです。このアンブラは、道案内をしてくれているときにノクトたちから離れると、止まって待ち、振り向くはずだったんです。でも犬が座標移動せずに、その場で回転するのは無理なんです。以前なら足滑りしても回っていた部分ですが、フォトリアルになったからこその問題ですよね。そこで、次はちょっと移動しながら、こっちを向くようにしたんです。

すると今度は、離れたり近づいたりを繰り返したときに、アンブラがどんどん移動してしまった。でも、ある程度離れると、アンブラは元の場所にとことこ歩いて帰っていくんですね。これってAI的な判断なんですよ。その様子がかわいいということで、仕様でOKになりました。モーションの問題をAIが解決してくれた例の1つです。

並木:いい話だなあそれ。でも結局のところ「モーションや見た目をリアルにしていくと、知性も上がらないと自然に見えない」ということなのかもしれないね。

AIでナラティブを変えられるか?

並木:次はストーリーの分岐です。オープンワールドを作ってみて思ったのは、もう少し、マルチエンディングのような要素があってもよかったのかなと。

高橋:自由度は上がっているけど、ストーリーは一本道という話ですよね。なんでもできるけど、実のところはなんでもできる風なだけで、結果が変わらないという。

並木:今のゲームの主流は、一本道を作って、そこにサブストーリーをぶら下げて可能性がたくさんあるように見せているんだけど、実はやっぱり一本道になっている。空間に対しては自由度が上がったんだけど、時間軸やナラティブ体験に対して自由度は上がったかというと、必ずしもそうではない。

高橋:最近思うのは、クエストで結構な大事を解決しているのに、その世界に何も変化がないゲームが多くて、どこか物足りないってことなんです。AI的なアプローチで言えば、ストーリー分岐とはいかなくても、プレイヤーの行動が他の話に反映されたり、ナラティブ的な部分が変化するだけでも、ゲームがずいぶん進化するように思うんですね。

物語やクエストにならなくても、街で歩いている人たちの活気具合が変わるとか、人が街と街を行き来するようになるとか。メタAIと言えるのかもしれないですけど、街全体をコントロールするようなAIが作れないかなと考えています。

並木:レスタルムの楽しげな人たちが、みんなうつむいていたら確かに印象が違うね。

高橋:レスタルムも、占領状況が変わっているはずなんですけど、街の人の様子は変わらないんですよね。世界は滅亡に向かっているのに人は変わらない。そこを直すだけで、ストーリーが分岐しなくてもずいぶん印象が変わるのに、とは思っています。プレイヤーのがんばり次第で一人ひとりの様子が変わるようなものを、AIでやっていきたいですね。

下川:今でも物量さえあればできそうですが、コストがものすごいですよね。

並木:その開発量をいかにスマートにできるか、という話になりそうです。

高橋:あと改めて思い知ったのが、「人の配置は難しい」ということです。レスタルムの街で自動で配置されたNPCと、イベント作成者が配置したNPCって、自然さがぜんぜん違うんですよ。人が集まる場所や、人同士が会話するときの向きや距離感など、手置きの方が圧倒的に自然なんですね。ここをなんとかAIでできないかと考えています。

© 2016-2019 SQUARE ENIX CO., LTD. All Rights Reserved. MAIN CHARACTER DESIGN:TETSUYA NOMURA

高橋:これは三宅さんの紹介だったのですが、建築家で空間コンサルタントのヤン・ゲールさんが書かれた『建物のあいだのアクティビティ』(鹿島出版会)という本を最近読んだんです。この本では「どういう街づくりをすると、人は活気に溢れた行動をするか」「どういう人の活動が、活気あるように見えるか」みたいなところを論じているんです。このロジックをAIに応用できたら面白いなと思っていて。

並木:街の雰囲気を作るAIか。

高橋:モーションだけじゃなくて、NPCを正しい座標で正しい向きに置くだけでも、雰囲気はずいぶん変わるのでは、ということです。

並木:いかにも暗い街をまず作っておいて、次に普通に作るような明るい街に変えるだけでも、ガラッと変わりそうだよね。

高橋:その2ステップくらいだったら手置きでもできると思うんです。でもその間をシームレスに作っていくとなると、手置きではできません。モーションを作るとなると大変ですが、配置の話だけだったらAIを導入すればできそうですよね。正しい配置の規則性はなかなか難しいかもしれないですが、でもやりたいんですよ。

並木:人間の知性というよりは、街の知性みたいな話だよね。

高橋:実際にそうなんです。ヤン・ゲールさん的には、街が先にあって人の活動を決めていると。入口と入口の密度を上げることで、人の活動が活発になるとか、ニューヨークのブロードウェイは人だけが通れるようにして活性化させたとか。色々な話があっておもしろいんです。

並木:人間が主体的に決めたように見えて、街に支配されていると。では、その人を支配する街をさらに自動生成したいよね(笑)。

上段:人間を支配する街、さらにそれを支配する人間、みたいな(笑)。

広がった可能性をAIで解決したい

並木:それでは締めに入っていきましょう。『FFXV』の反省点としては、もう少し開発チーム間のコミュニケーションがあるとよかったのかもしれないということですね。一つひとつのクオリティは高かったけど、もっとモンスターと仲間のインタラクションがあってもよかったと思う。

高橋:それぞれが独立した動きをしていましたよね。

並木:今回は「尖る」というコンセプトだったから、例えば、街の人のクオリティそのものはかなり上がったんだけど、そもそも街の総数を上げられなかったなって。

仲間も4人いるけど、もっと出会いの機会があってもよかった。女の子も欲しいし。でもトータル8人のパーティで、7人から任意の3人を選んでパーティを作る、みたいになったら、コンビネーションが単純計算で35倍です。『FFXV』の35倍のイベント量を作らないといけないんですが、どう解決しましょうか? というのが我々の課題です。

高橋:広がった可能性をAIで解決したいってことですね。

並木:ゲームエンジンのLuminous Studioも含めていいものにはなってきたので、精度をさらに発揮させるにはどうすればよいかということですね。「海原雄山を満足させるために、もっと洗練させないといけない」と思います。

上段:海原雄山(笑)。最後は結局それなんですね(笑)。



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    著者:株式会社スクウェア・エニックス『FFXV』AIチーム
    定価:3,200円+税
    発行・発売:株式会社 ボーンデジタル
    サイズ:B5判/4色
    総ページ数:248
    発売日:2019年5月下旬
    ISBN:978-4-86246-446-0
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