グリーのVR研究組織GREE VR Studio Labが「VRを通したイノベーションの発掘」をテーマとして不定期に開催しているワークショップ「#VRSionUp!(ヴァージョンアップ)」。その第3回が4月12日(金)、東京・六本木ヒルズ12Fのグリー本社にて実施された。同フロア内に構築中のリアルタイムモーションキャプチャスタジオ「REALITY Studio Roppongi Hills(仮)」の見学会や、話題のVTuberドラマ『四月一日さん家の』の舞台裏トーク等の模様をレポートする。
TEXT&PHOTO_安藤幸央(エクサ)/ Yukio Ando(EXA CORPORATION)
EDIT_小村仁美 / Hitomi Komura(CGWORLD)
<1>世界初公開「REALITY Studio Roppongi Hills(仮)」
六本木ヒルズ12階に構築中のリアルタイムモーションキャプチャスタジオ「REALITY Studio Roppongi Hills(仮)」が本イベントに合わせて世界初公開された。イベント開催の数日前に居抜きの状態から始まり、機材やコンピュータの設置、接続を完了し今後も実験と評価を継続していくという。特にリアルタイムCGに比重を置いており、用途としてはVTuberやVRキャラクター制作、ゲーム用のモーション収録スタジオとして考えられているとのこと。
グリーの本社ロビーからそのまま歩いていけるエリアにあり、地代も高度も高そうではあるが都内でもアクセスの良いスタジオで、通常の収録型モーションキャプチャスタジオとしての利便性だけでなく、リアルタイムCG分野の情報発信のためのショーケースとしての価値も高い。
世界で"最も高い"モーションキャプチャ(評価中)
VICON Vero v1.3Xシリーズの赤外線カメラを上部に14台設置したスタジオで、VICON関連の技術協力はクレッセントによるもの。現在はまだ設置調整、評価中の段階とのこと。最大で250fpsの高速なキャプチャが可能であることと、キャプチャ用ソフトウェア「Shogun」の利用により、アクターが装着した光学式マーカー(1人あたり53個)が体の影になって隠れた場合や、複数人同時収録でお互いに隠れてしまった場合にも補完され、良好なキャプチャ結果が得られるという。
左:天井部に設置された小型のVICON Vero、右:アクターは全身に53個の光学式マーカーを装着
左:転がるなどのマーカーが隠れる状況でもモーションキャプチャし続けられる様子、右:手に取り付けられたマーカー
Shogunで取得したデータはUnreal Engineの連携で、リアルタイムのCGキャラクターアニメーションを実現。GREE VR Studio では Xsens のスーツ型モーションキャプチャ機材やStretchSensグローブも用意されており、スタジオ収録とスーツ型とは、状況や収録の環境によって上手く使い分けているとのこと。
デモでモーションやダンスを披露したのはソリッド・キューブ所属のアクターJakko氏。素早い動きの他に、アニメキャラクター風の決めポーズを披露していた。ソリッド・キューブでは約30名ほどのアクターが在籍し、ダンス、演技などそれぞれの得意分野と案件の内容に応じて最適なアクターをコーディネートしている。
アクターのJakko氏(photo by 阿部章仁)
モーションキャプチャ向けのアクターとして重要な点は、キャラクターを理解して動くこと、無意識に動くとモーションデータがブレてしまうため、動くところは動く、止めるところは止めると、一般的な俳優やダンサーとは異なり、CGにしたときの画をイメージしながら動けることだという。さらに熟練したモーションキャプチャ専門アクターの場合、モーションデータを流し込んだCGキャラクターの骨格が変に交差したり、めり込んだりすることがないようにという部分まで考えながら動けるというから驚きだ。
本スタジオはリアルタイムでまったく失敗なく、キャラクターの破綻もないモーション収録を目指しており、野球のフォームや柔道の受け身などアニメーション制作ではなかなかできない動きにも活用していきたいという。今後は『消滅都市」シリーズ、『アナザーエデン 時空を超える猫』などを配信する株式会社WFS(旧社名Wright Flyer Studios)のコンテンツ開発や、VTuberライブエンタテインメントを推進するWFLE(Wright Flyer Live Entertainment) のスタジオとしての活用も視野に入れている。
<2>振動フィードバック、VR時代の新デバイス「Hapbeat」
スタジオのお披露目と同時にHapbeat合同会社によるウェアラブル音響装置「Hapbeat」も体験することができた。取り付け方法はいくつかあるそうだが、ここでのデモはネックストラップで首から下げるタイプで、スマホゲームのゲーム音と連動した振動を感じることができた。
左:Hapbeat 本体、右:首からぶら下げる Hapbeatの振動部
Hapbeatでは振動用のデータ変換や振動デザインを個別に行なっているわけではなく、スピーカーから出る音と同じ振動を糸の振動として体の広範囲に伝えられるのが大きなポイント。実際に体験したところ、スマホから出て来る音はそれほど大きくなくとも、体全体で爆発などの重低音を振動と音とで感じることができるため、普段より音の感覚が強調される体験が得られた。
Hapbeat開発者の山崎勇祐氏
現在はまだ正式な製品化前のベータ版の段階だが、15,000円(個人開発者には割引あり)で販売中とのこと。「いまはまだ手作りに近い状態で、耐久性などの課題が残されているが、体験としては稀有なものなのでぜひ体験してほしい」と、開発者の山崎勇祐氏は語った。
山崎氏は東京工業大学博士課程に在籍しており、オフキャンパス実習の一環としてGREE VR Studio Labにて触覚レンダリングアルゴリズムの開発に取り組んでいる。現在Hapbeatは音の臨場感を増幅させる使い方が主な用途であるが、このアルゴリズムを用いることでより多様な情報を触覚で伝えられるようになるとのこと。
<3>Vive Trackerを活用したVTuber向けキャプチャシステム
続いて、Wright Flyer Live Entertainmentのソリューション事業部により、安価で手軽に利用できるHTC Vive TrackerとIKINEMA Orionを組み合わせたパフォーマンスキャプチャのデモが行われた。
左:全身に8台の Vive Trackerを取り付けた様子、右:Vive Trackerを取り付けた腕周り
これは、通常であれば両手に持つだけのVive Trackerをアクターの体に8台取り付けてマーカーとするしくみだ。両手、両肘、両足、頭、腰にベルトで取り付けられたVive Trackerはなんとも仰々しいが、これも安価に済ませる工夫。顔のトラッキングにはiPhoneを用い、同社が提供するVTuber視聴・配信アプリ「REALITY」と同様のソリューションによってリアルタイムに表情がキャラクターに反映される。体験者は、仰々しい機材に戸惑いながらも、VR世界のキャラクターになりきっていた。
左:Vive Trackerを取り付けた足元、右:フェイシャルキャプチャとキャラクターの表情が連動している様子
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<4>VTuberによるシチュエーションコメディドラマができるまで
<4>VTuberによるシチュエーションコメディドラマができるまで
バーチャルYouTuberドラマ【四月一日さん家の】新番組告知
特別ゲストトークとして、「バーチャルYouTuberドラマ『四月一日さん家の』誕生秘話~色々あって、ここまで来ました。」と題し、バーチャルYouTuberたちによるシチュエーションコメディ、テレビ東京 ドラマ25『四月一日さん家の』の舞台裏が紹介された。普段は実写ドラマのプロデューサーをしているテレビ東京の五箇公貴氏と、株式会社ハローにてXR領域の開発やメディアアートを手がける本作の技術プロデューサー赤津 慧氏が登壇し、GREE VR Studio Labのプロデューサー白井暁彦氏がモデレーターを務めた。
写真左から 赤津 慧氏(株式会社ハロー)、五箇公貴氏(テレビ東京)、白井暁彦氏(GREE VR Studio Lab プロデューサー )
30分12本、1クールの番組企画が最初にもち上がったのは2018年6月頃のこと。VTuberドラマなら、既存のドラマ放映枠をねらえる、アニメとも実写ドラマともちがう3Dの人間が存在すること自体がとてもエポックメイキングであると考えられた。「新しいエンターテインメントの形ができるのではないかというところからスタートしました」(五箇氏)。
そこで考えたのは「VTuberを集めて何をやるのか?」ということ。キャラクター同士が生で会話したり、その場の1つの空間を大事にした方が良いのでは?など様々な事柄を検討したという。また、CG背景を作り込みすぎてしまうとフルCGのアニメーション作品と変わらなくなってしまう。「VTuberならではのライブ感を活かせるのは何か?と考えていきついたのが"シチュエーションコメディ"でした」(五箇氏)。
30年前に放映されたTVドラマ『やっぱり猫が好き』(※)のようなシチュエーションコメディを2019年に全部バーチャルでやったら面白そう、という考えが発端となり、また制作コスト的にも合致するということから、「三姉妹がひとつの空間で物語を作る」という現在の形にまとまった。「キャラクターはオーディションをやりました。VTuberごとに個性があるので、その個性を殺さず、また個性が離れすぎていると作品として馴染まないので、一緒の空間にいて馴染む3人を選びました」(赤津氏)。
※『やっぱり猫が好き』:1988年から1991年にかけてフジテレビ系列で深夜に放送されていたコメディドラマ。マンションの一室を舞台に三姉妹と猫が出演するアドリブありのドラマ。脚本は三谷幸喜氏をはじめ錚々たる脚本家が担当
衣装は、人気スタイリストの伊賀大介氏に、数百枚単位の衣装から全部コーディネートしてもらったという。「伊賀さんは様々なアニメーション作品のスタイリングも担当しているので、今回もアクセサリも含めて全部お願いしました。そして、実は衣装を決めるところから、ドラマ的なディレクションと技術的なディレクションのすり合わせが始まりました。通常のアニメでは着せるのが難しい衣装も、今回はスタイリングできたことが面白かった」(赤津氏)。
制作期間としては約10ヶ月、撮影期間はもっと短かったという。「ドラマのスタッフと、VRのスタッフとで使う用語がちがうので、現場で言葉が通じなくて大変でした。まずUnityエンジニアと現場のカメラ、現場監督との異業種交流会から現場が始まった」(赤津氏)。制作においてはアニメ的な絵コンテは作っておらず、ドラマ的な撮影で進行。スタジオに4台カメラを設置し、画面を4つに割って収録、そこからカットを選んで編集していくというドラマにおけるマルチカメラ撮影に近い方法が採られた。実際に3D空間上のカメラを見ながらディレクションしており、全カットのカメラや家具の位置、アクターが動ける位置の限界なども図面に書き込んだ上で撮影が行われたのだという。
VTuberの場合、実写の女優に比べて表情のパターンはそう多くない。実写作品でみられるような細かい演技のニュアンスはアニメーションでは表現しにくい部分もあるが、コメディの場合笑い声が入ることである程度カバーできる。VTuberファンだけでなく、VTuberを見たことがない視聴者にも「何だろう?」と思ってもらえるような間口の広げ方をするため、スタジオ収録風のスタイルを採っているとのこと。台本はあるが、アドリブや即興、身振り手振りも含めある程度演技には幅をもたせており、現場でのディレクションで変わっていく場合もあるそうだ。
続いて、通常のドラマと本作の制作フローが簡単に紹介された。「目線なども若干ずれているのを良しとするか、再撮影するのか?そのあたりもディレクションの難しいところで、期間と予算の兼ね合いを考えながら、今回は厳しく品質基準を設けていました。最後の2〜3ヶ月は再撮影と再編集のくり返しでした」(赤津氏)。
通常のTVドラマの制作フロー(左)と、VTuberドラマの制作フロー概略(右)
苦労した点としては、映像やキャラクターはプログラムで組んでいるため、予期せぬバグが現場で出て来ることが挙げられた。「例えば、キャラクター全員が掃除機しか持てなくなった瞬間がありました」(赤津氏)。技術面のコストは通常の深夜ドラマの制作費ぐらいはかかっているとのこと。
今後はドラマやアニメという既存の枠に囚われることなく、"VTuberエンタメ"という新しい枠ができることを次のステップとして目指している。「アニメの枠として観る、ドラマの枠として観るという固定概念をとっぱらってもらうのがこれからの挑戦です」と五箇氏が語り、トークを締めくくった。
#VRSionUp!#3 特別ゲストトーク(ダイジェスト版):バーチャルYouTuberドラマ『四月一日さん家の』誕生秘話~色々あって、ここまで来ました。
GREE VR Studio LabではこのようなVRエンターテインメントの最新の話題と学生のライトニングトークなどを交えた発信イベント「VRSionUp!」をほぼ毎月開催している。次回は6月21日(金)にVRSionUp!5「kawaiiムーブ研究」、7月16日(火)にVRSionUp!6「先端ボイチェン研究」が予定されている。