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興行収入760億円の大ヒット!映画『流転の地球』を制作した中国VFX業界の最新動向/No.1 VFX制作の舞台裏

興行収入760億円の大ヒット!映画『流転の地球』を制作した中国VFX業界の最新動向/No.1 VFX制作の舞台裏

最近ネットなどで大きな話題となっている映画がある。中国産のSF映画『流転の地球』(原題『流浪地球/The Wandering Earth』)だ。今年の春節に合わせて公開され爆発的ヒットとなり、全世界での興行収入は760億円に達した。日本での劇場公開はなかったものの、現在はNetflixで配信されているので、ご覧になった方も多いのではないだろうか。本作で特に注目を集めているのが、非常にクオリティの高いVFXである。最近のアジアにおける映像制作技術の向上は目覚しいものがあるとはいえ、これほど高いクオリティを実現したことは驚愕である。

そんな本作のVFX制作を牽引したBase FXのNeil Xie氏(副社長)によるセミナーが、6月6日、東京都千代田区のワテラスコモンホールにてVFX-JAPANの主催で開催された。10年前には「50セントの価値しかない」と評されていた中国VFXが、どうして今日のような飛躍を遂げることになったのか? その背景が語られたセミナーの模様を「No.1 VFX制作の舞台裏」と「No.2 Base FXの歩み」の2回に分けてお伝えする。

TEXT_山口 聡 / Satoshi Yamaguchi(ACW-Deep
EDIT_尾形美幸 / Miyuki Ogata(CGWORLD)
PHOTO_弘田 充 / Mitsuru Hirota

▲『流転の地球』オフィシャルトレーラー | Netflix


17億円を「低予算」と言ってしまう、中国VFX業界

Base FXは、中国国内の映画だけでなく、『スター・ウォーズ』シリーズや『トランスフォーマー』シリーズなどのハリウッド映画のVFXも担当し、中国のVFX技術の向上を牽引しているリーディングカンパニーである。副社長のXie氏は、そもそもアーティストではなく、エンターテインメント業界向けの投資に携わっていた人であり、その経験からVFX業界に参入した。2006年にクリストファー・ブレンブル(Christopher Bremble)氏と共にBase FXを設立した後、国際的な映画やTVのプロジェクトに取り組み、今の地位を確立した。

▲【左】『流転の地球』ポスター/【右】Neil Xie氏


Xie氏は中国VFX業界の発展にも尽力しており、Previs Society Asia(PSA)や、China Postproduction Alliance(CPPA)の設立・運営にも携わってきた。特にCPPAでは副代表の立場で精力的に活動しており、そのネットワークは業界内外に広がり、中国VFX業界になくてはならない存在となっている。

筆者はPSAの活動を通してXie氏と知り合い、様々な情報交換を続けてきた。Xie氏の優れた洞察力や行動力は、今後のアジアにおけるVFX業界の発展に大いに役立つと確信している。以降で紹介するXie氏のセミナーの模様も、日本のCG映像業界の方々にとって非常に有益であろうと考えている。

『流転の地球』は、2019年に中国で上映された映画の中で最も人気を集めた作品だ。アメリカ、オーストラリア、ニュージーランド、韓国でも上映され、760億円の興行収入を得た。これは中国の映画史上2位の興行成績であり、世界的なヒット作となった映画『アベンジャーズ/エンドゲーム』の中国における興行収入を抑えている。北京国際映画祭のBest Visual Effectsなど、すでに国内の多くの映画賞を獲得しており、今後も多くの賞を受賞していくだろうと予想される。

本作の舞台は2075年の地球で、太陽は急速に死滅に向かっており、太陽系に崩壊の危機が迫っていた。人々は地球の表面に1万基もの巨大なスラスターエンジンを建設し、地球ごとほかの太陽系に移住する計画を立案、決行した。しかし木星に近づくにつれ、木星の巨大な引力によってスラスターエンジンが停止、あわや木星へ衝突という危機に直面する。人々はこの危機から逃れることができるのか......というストーリーの壮大なディザスター映画となっている。

従来のディザスター映画では「ヒーローが現れ、命をかけて人々を地球から脱出させる」というのが常套手段だったが、本作は「人々が力を合わせて地球ごと逃げ出す」という突拍子もないアイデアが基点となっている。これは中国人の文化的背景に基づいており、故郷から離れられない、家族が一緒にいなければならない、すなわち「家を大事にする精神」が注ぎ込まれているとXie氏は語った。本作が中国において大成功した大きな要因は、シナリオでも、監督でも、俳優の演技でもなく、原作者であるLiu Cixin氏の素晴らしいアイデアと、そのアイデアを映像化したVFXスタッフの努力にほかならないと続けた。

本作の制作総予算は約52億円。そのうちの半分がVFX予算のはずだったが、結局は1/3程度だったように思うとXie氏は語った。「この低予算で、この作品が完成したのは奇跡だ」とも語っていたが、日本人の私たちから見れば、1/3にしても17億円あるわけで、日本の大作映画が数本つくれる破格の予算ではある。これを低予算と言ってしまうところに、中国VFX業界のすごさを感じた。

プリプロからポスプロまでの全工程を、中国VFXスタジオが主導

本作の制作は、コンセプト開発からスタートした。俳優が着るスーツ、乗り物、環境など、全てのコンセプトデザインがつくられ、それを基にプリビズも制作された。中国では今まで本作のようなスケールの映画はつくられてこなかったし、ハリウッド映画のVFXを担う場合はクライアントからデザインが支給されるので、一連のプリプロダクション作業はBase FXにとって初めての経験となった。この作業を入念に行なったことが、作品の成功に結びついたとXie氏は考えているそうだ。

▲Base FXのコンセプトチームの集合写真


例えば俳優が着るスーツは、極寒の地表に出るための宇宙服のようなスーツと、装着者の筋力を補助するパワードスーツのような外郭スーツがつくられた。これらは単なる想像上のものではなく、実際に稼働することを前提にデザインされており、デザインを基に撮影用の実物を製造する作業はニュージーランドのWeta Digitalに依頼された。

作中に登場する巨大なトラックの運転席の場合は、ボールのような形のハンドルがデザインされた。前述のスーツと同様、ここでも単に見栄えのいいものにするだけではなく、運転装置として正しく機能するデザインを考えたそうだ。

作中の環境も、自然物から機械などの人工物まで全てデザインした。中でも地球を動かすためのスラスターエンジンは、最も重要なデザインだったという。ハリウッド映画で使われるデザインは綺麗で洗練されたものが多いが、今回はあえて昔のソビエト連邦でつくられたような、重々しいものにした。中国の一般の人々は、ハリウッド映画の洗練されたデザインより、古いタイプのデザインを好む傾向にあるので、前述のような選択をしたそうだ。

宇宙ステーションの場合は、実際の宇宙ステーションの内部がどのような構造なのかが調査され、リアリティのある精巧なデザインがなされた。人々が生活する地下の家や部屋などは、地表が非常に寒くなっていることを前提に、地下に移住してからの年月なども考慮したデザインがなされた。ほかにも、スラスターエンジンによる気温上昇と環境変化、交通や生活環境への影響、木星の重力による影響など、様々な科学的調査を行い、リアリティのある描写を心がけたという。

▲Base FXによるコンセプトアート


前述のコンセプトデザインは、映画全体のルックを決めることに通じるため、2次元画像を描くだけでなく、ミニチュアをつくったり、Mayaで3DCGモデルをつくったりもして、統一感のあるデザインになるよう心がけたそうだ。加えて、後に続くVFX制作が可能かどうかの検証を行う上でも、立体化は有効だったという。

プリビズの完成後、プロデューサーとVFXの予算について話し合った結果、当初予定していた金額の倍はかかることがわかった。それだけの予算はないということで、本作はVFX制作に入る前に暗礁に乗り上げてしまった。打開策が見えないまま、2018年5月にBase FXは本作における役割を終了し、ほかの4社のVFXスタジオが制作を引き継ぐことになった。引き継いだのは、中国のMORE VFX、韓国のDEXTERの中国支社、中国のOrange VFX、ドイツのPIXOMONDOの中国支社だった。

この状況を本作に出演している有名俳優のWu Jing氏が知り、ポケットマネーから約11億円を投資してくれたおかげで、制作は再スタートした。コンセプトデザインやプリビズが完成していたためスムーズに引き継ぎが行われたのに加え、撮影時のオンセットビズ、撮影素材に対するポストビズにBase FXも参加したことで、VFX制作は非常に順調に進んだそうだ。VFX制作は全て中国国内で行われ、そのうちの75%は中国人アーティストが担当した。結局、VFX制作にかかった金額は当初Base FXが提示した金額とほぼ同額だった。これはプリビズによる予算の算出が正確になされていたことの証明と言えるだろう。なお、VFX制作にBase FXはクレジットされていない。この難しい状況の中で素晴らしいVFXを制作してくれた4社に心から敬意を表したいからだそうだ。

▲『流転の地球』の試写会時に撮影された、プリビズチームの集合写真


本作は、プリプロダクションからポストプロダクションまでの全工程を中国のVFXスタジオが主導した、中国初のモデルケースとなった。ほんの10年前、中国のVFXは非常に質が悪いと評されており、「50セント」といわれていた。それくらい安い価値しかなかったということである。

  • しかし「本作を通して、中国でもやり方次第で世界に通用する高いクオリティの映像をつくり出せることを証明できた。これは本当に素晴らしいことだと考えている」とXie氏は語った。Base FXをはじめ、中国のVFXスタジオの技術力は、目覚ましいスピードで進歩している。ハリウッド映画に匹敵するクオリティの映像をつくり出すことも、そう遠い未来ではないだろう。



「No.1 VFX制作の舞台裏」は以上です。「No.2 Base FXの歩み」はこちらで公開しています。

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