近年モバイルデバイスの進化とともに、よりハイレベルな3D技術が求められてきている。サイバーエージェント ゲーム事業部の主催で7月5日(金)に開催された「CyberAgent 3D Academy vol.02」では、Sony Pictures ImageworksのアニメーターでCGWORLD.jpでの連載「エイド宿題」でもお馴染みの若杉 遼氏を招き、キャラクターアニメーションに特化したレクチャー式の講座が行われた。キャラクターの視点やポーズを作るときのアプローチ、実際にMayaを使ったデモや、オンライン講座での添削の様子も交えながら、間違えやすいところ、伝わりやすくするにはどうすれば良いか?など、すぐに使える小技などが紹介された。
TEXT&PHOTO_安藤幸央(エクサ)/ Yukio Ando(EXA CORPORATION)
EDIT_小村仁美 / Hitomi Komura(CGWORLD)
<1>小さな動きの積み重ねで作るアニメーション
若杉氏は、表情のアニメーションには2つの側面があるとし、「1,000 paper cuts」という考え方に基づき、作品制作をしているという。
2つの側面とは、どういうポーズや動きの選択をするべきか? という演技の面、どう動いたら自然か? という動かし方の面だ。これらはアクション、アクティング(キャラクターの演技・所作)とも呼ばれ、アニメーションの基礎となる部分である。
若杉 遼氏(Sony Pictures Imageworks)
2012年にサンフランシスコの美術大学Academy of Art Universityを卒業後、Pixar Animation StudiosにてCGアニメーターとしてキャリアを始める。2015年にサンフランシスコからカナダのバンクーバーに移り、現在はSony Pictures Imageworksに所属。CGアニメーターとしての仕事の傍ら、CGアニメーションに特化したオンラインスクール「AnimationAid」を創設、現在も運営のほか講師としてクラスも教えている。これまでに参加した作品は『アングリーバード』(2016)、『コウノトリ大作戦!』(2016)、『スマーフ スマーフェットと秘密の大冒険』(2017)、『絵文字の国のジーン』(2018)、『スモールフット』(2018)、『スパイダーマン:スパイダーバース』(2019)など
●若杉遼 ブログ わかすぎものがたり
ryowaks.com
●AnimationAid
animation-aid.com
「1,000 paper cuts(a thousand paper cuts)」は若杉氏が好きな言葉で、「紙をめくるとき、紙で手を切ることがある。これは痛いけれども致命傷ではない。だが、1つの傷は浅くても、1,000枚分の傷が積み重なると致命傷になる」。このことから、アニメーションの動きひとつひとつはとてもわずかな動きであるが、それらが積み重なることで豊かな動きになるという意味がある。
その積み重ねが、若杉氏がフェイシャルアニメーションを難しくまた面白いと感じる理由のひとつでもある。腕や足などの動きは大きいが、顔はひとつひとつの動きが小さい。眉は可動域が狭く、1cmから2cm動くか動かないかといった程度だ。しかし、動く幅が狭いからといって表現の幅が狭いわけではない。「笑っている人」や「怒っている人」がいて、口では「許す」と言っていても実は顔は許していないなど、顔はとても細かいニュアンスを表現できる。だからこそ、その狭い可動範囲の中で微妙なニュアンスを作りださなければならない。
眉だけ、唇だけ、ひとつひとつの動きはわずかだが、眉と唇の動きが重なると表現力は大きくなる。そういった複雑さが若杉氏にとってアニメーションの好きなところでもあり、難しいと感じているところでもあるそうだ。
<2>︎「緊張」と「緩和」
演技を考えるとき、重要になる要素として「緊張」と「緩和」がある。力が入っているか? 抜けているか? というポイントを押さえておけば、シンプルなポーズでもしっかりと意図を伝えることができる。特に緊張と緩和をわかりやすく伝えられるのは眉や肩、指のポーズだという。フェイシャルアニメーションでは顔や目線にまず目がいき、そこに力が入っているかどうか、特に眉の力の入り具合は表情の印象を大きく左右する。
眉・肩・指の力の入り方による印象のちがい
では、緊張・緩和と、感情にはどのような関係性があるのだろうか。「力が入っていると怒っているのか? 力が抜けているとリラックスしているのか? 落ち込んでいるのか? その答えは、緊張も緩和も特定の感情ではなく、その『感情の度合い』を示すものです」(若杉氏)。例えば、キャラクターが怒っている場合、どれくらい怒っているのかを示すのが緊張と緩和というわけだ。
人間の感情を8つの基本感情とその強度で表した「プルチックの感情の輪」。「怒り」の度合いはムカムカ→苛立ち→怒り→激怒という段階がある
ハリウッド作品の中には、様々な怒りがある。例えば友人に対しての怒りや、自分自身に対して怒っている苛立ちなど。こういった様々なシチュエーション、微妙なニュアンスを表現するには、怒りの度合いを適切に表現するのが重要だ。怒りの表現に最も使えるのは、眉の動きだ。左眉は力が抜けているが右眉には力が入っている、など、眉にどれくらい力が入っているかで怒りの強さを表現することができる。
怒りの感情における、緩和から緊張への推移
<3>Progression(段階)
感情には波があり、その感情の度合いのアップダウンを表現するのがProgression(プログレッション)だ。ピクサーのアニメーターの会話には「Progression」という単語がよく出てきたという。
例えば、若杉氏がピクサー在籍時に手がけた、モンスターのサリーが怒っているシーンのアニメーションでは、怒っているからといってその怒りが一定かというとそうではなく、最初はムカムカから始まり、最後に激怒に至るという流れになっている。ひとつのショットだけでも怒りの段階が表現されていることがわかる。
映画作品におけるアニメーションの役割は、ストーリーを先に進めること。「ストーリーを伝えるのが仕事なので、ショットの中で何も変化しないのであれば、そのショットは必要なくなるのです」(若杉氏)。つまり、カットの最初と最後で何らかの変化がなければならない。現場でも、意地悪なアニメーターに自身が制作したアニメーションのフィードバックを求めると、最初と最後のフレームを見比べて変化があるかないかをすぐ指摘されるのだという。
「演技は細かい感情の変化の組み合わせ。ショットの中でキャラクターがただ怒っているだけでは演技ではなく、苛立ちから激怒まで推移していくなど、段階的な変化が必要です。ただし、イライラから苛立ちへの変化など、必ずしも大きな変化でなくとも良いのです」。
<4>動きの面からみる「緊張と緩和」
一方、動きの面から考えれば、「緊張と緩和」は「筋肉」の動きの再現だと言える。筋肉はゴムに似ており、内側にいこうとする力と外側にいこうとする力が存在する。
押したら押し返される。引っ張ったら戻される
眉の動きにも、もちろん筋肉が関係している。そして、眉の動きは必ずしも内側に寄る動きだけでなく、外側にいこうとする動きでも力を表現することができる。例えば、目を見開くような眉の動きがそれにあたる。「個人的には内側、外側どちらを使っても良いと思っています。怒りの感情の後に目をつむるという動きであれば、そこでのコントラストを考えて、変化が大きくできるからこちらを選ぶとか、そういう要素も一緒に考えます」。
眉の緊張と緩和
若杉氏がその場でペンタブで描いた例。眉が内側にいこうとする動きと、外側にいこうとする動き
その他、口の緊張と緩和や表情全体のデザイン等についても解説された後、実際のフェイシャルアニメーション作業のデモ、Animation Aid受講者からの提出作品をその場で添削する様子が披露された。Animation Aidでは毎週月曜日にお題が出されているそうだ。そのお題をTwitter上で展開し、作品を募る「エイド宿題」は、CGWORLD.jpでも連載として添削の様子を紹介しているので、ぜひ一読してみてほしい。
ペンタブを駆使しながら解説する若杉氏
Animation Aidの生徒が「面白い」をテーマに制作したポーズ
ここまでの話に基づいて、肩の力、眉の流れを添削した様子。この添削の例は、CGWORLD.jp連載記事でも紹介している
参考にしてほしいもの