本場のブロードウェイミュージカルを映画館で堪能することのできる「松竹ブロードウェイシネマ」。その第3弾となるのが今回紹介する『42ndストリート』だ。これまでのCGWORLDでこのようなミュージカル映画が扱われることはなかったが、映像エンターテインメントに興味のある方には、知識と感性の幅を広げるためにもぜひ観ていただきたい作品である。トップクラスのダンサーによる多幸感あふれるダンス映像には新しい驚きと発見があるはずだ。『42ndストリート』のもつ映像エンターテインメント力を、撮影監督Austin Shaw氏のインタビューと併せて紹介する。

TEXT_石坂アツシ / Atsushi Ishizaka
EDIT_山田桃子 / Momoko Yamada

『42ndストリート』
10.18(金)から 東劇(東京)先行公開、10.25(金)より なんばパークスシネマ(大阪)、ミッドランドスクエア シネマ(名古屋)ほか 全国公開
演出/共同脚本:マーク・ブランブル、共同脚本:マイケル・スチュワート、作曲・作詞:ハリー・ウォーレン&アル・ダビン、振付:ランディ・スキナー
配給:松竹
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今回ご紹介する松竹ブロードウェイシネマ『42ndストリート』は、トニー賞を受賞した大ヒットブロードウェイミュージカル『42ndストリート』のリバイバル公演(2017~2019)を映像に収めたもので、このミュージカル自体は1933年のモノクロ映画『四十二番街』を舞台化したものだ。つまり『42ndストリート』は、映画から舞台、そしてまた映画へと進化し続けている極上のエンターテインメント作品なのだ。

■映画『四十二番街』

1933年の大ヒット映画『四十二番街』は、ブロードウェイの華やかな舞台の裏側を描いた作品で、圧巻のレビューシーンとその演出が話題となり、1934年のアカデミー賞作品賞にノミネートされた。ストーリーは、新作ミュージカル『プリティ・レディ』の公演準備を舞台に、再起を目指すかつての名演出家、大物プロデューサー、主演女優にご執心のスポンサーらの人間模様がくり広げられる中、プレミア前日に主演女優が怪我をしてしまい、突如新人のコーラスガール、ペギーに大チャンスがおとずれる。というサクセス・ストーリーだ。作品の中で特に注目されたのがバスビー・バークレイの振り付けによるレビューシーンで、円を描く群舞を真上から撮影して万華鏡のような映像をつくり出している。観客席から絶対に見ることのできないこの映像効果は「バークレイ・ショット」と呼ばれ、その後のミュージカル映画に多大な影響を与えた。

■ミュージカル『42ndストリート』

映画『四十二番街』は1980年にブロードウェイミュージカルとして舞台化された。ミュージカル『プリティ・レディ』の舞台裏をミュージカルにするという二重構造が楽しく、中盤の主役女優の怪我で公演が中断するシーンでは、実際の舞台に幕が降りて司会者が現れ、彼が『プリティ・レディ』の公演中止を告げるとそのまま『42ndストリート』もインターミッションに入る、という粋な演出がある。ダンスシーンではタップダンスが大幅に加えられ、新人ペギーのタップダンス能力を披露するランチシーンでは、飛び跳ねるような陽気なタップダンスで観客をワクワクさせる。クライマックスのダンスシーンも圧巻だ。このミュージカルはトニー賞を受賞し、8年間のロングランヒットとなった。

陽気なタップダンスが楽しめるランチシーン
©Brinkhoff/Mogenburg

■松竹ブロードウェイシネマ『42ndストリート』

ブロードウェイミュージカルを鑑賞するには当然のことながらニューヨークまで行かなければならない。そこで、手軽に本場の舞台を楽しんでもらおうと誕生したのが「松竹ブロードウェイシネマ」だ。舞台を映像化して劇場で鑑賞する、というと、日頃最先端技術にアンテナを張り巡らしているCGWORLDの読者なら、ドレスのスパンコールの一粒一粒が認識できるような高精細映像を思い浮かべるかもしれない。ところが『42ndストリート』は、4K撮影した映像をひとつの映像作品として仕上げるために映画的なルックでチューニングしている。この「映像作品としての仕上げ」演出は映像のルックだけでなく、ユニークな形で随所に現れる。

©Brinkhoff/Mogenburg

まず、観客の笑い声や拍手が入る演出。アメリカンホームコメディのいわゆる「シットコム」でおなじみの手法だが、これにより我々はブロードウェイミュージカル舞台を観ている観客と同化する。映像も、観客席からの様々な角度のショットで構成されて自然な形で舞台に没入することができるようになっている。映画『四十二番街』で登場した「バークレイ・ショット」。舞台を真上から撮影するこの効果を『42ndストリート』でどのように表現しているかというと、巨大な鏡を使ってそれまでのシーンと同様に観客席にいながら堪能することができる。なるほどと感心したが、後述の撮影監督のインタビューでそれがカメラ位置の制約によるものと知って驚いた。ピンチをチャンスに変えるとはまさにこのこと。巨大な鏡のアイデアは先に述べた「舞台を観ている観客と同化する」という意味で大正解だ。映画『四十二番街』ではダンスシーンに突如真上からの万華鏡映像がインサートされて驚いたが、同様の演出を今回の『42ndストリート』で行うと、観客の気持ちは一瞬観客席から離れてしまう。巨大な鏡を天井から斜めに吊るし、そこに下で踊るダンサーを写すことで通常目線のダンスとバークレイ・ショットの両方を見ることができる。華やかさの面でも絶大な効果の演出だ。

巨大な鏡を使って観客席からもバークレイショットを楽しむことができる
©BroadwayHD

ブロードウェイミュージカル演出の再現においても抜かりがない。前述の中盤でのインターミッションだが、この演出も作品中で使われているだけでなく、さらに「映像作品としての面白さ」が加わっている。ここまで我々は舞台を観ている観客席の客と同化しているわけだが、司会者が公演の中断を告げると、カメラがいきなり舞台最上段から舞台とその前の観客を映すのだ。今までそこにいたはずの自分がいきなり映像的な目線(上から見下ろすいわゆる「神の目線」)で舞台と客席を見ることになる。これが意図した演出かどうかは不明だが、一瞬にして現実に引き戻されるようなクラッとした感覚に見舞われ「してやられた」と微笑むことになる。そこから始まる1分強のインターミッション映像は映像作品としては必要ないわけだが、あえてそれを入れることで我々は再び観客席に戻ってくる。アメリカらしい何とも愉快な演出である。こうした「ブロードウェイミュージカルを客席で鑑賞」することと「映像作品として鑑賞」することの両方を楽しませるべく、クライマックスにも面白い演出が用意されている。これはぜひ劇場で楽しんでいただきたい。また、終盤に突入する重要な場面で1カットだけ、これまで上がることのなかった舞台にカメラが上がる。シーンの盛り上がりとペギーのキュートさが相まった遊び心満載のカットだ。

松竹ブロードウェイシネマ『42ndストリート』は、単にブロードウェイミュージカルを撮影して上映するのではなく、映像作品としての面白さも十分備えている。さらに、劇場上映のメリットは音にもある。臨場感溢れるタップダンスの音を劇場の音響システムで堪能することができるだろう。

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撮影監督・プロデューサーAustin Shaw氏インタビュー

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撮影監督・プロデューサーAustin Shaw氏インタビュー

本作の撮影に使用した何台もの高性能カメラの、メーカー名とカメラの特徴を教えてください。

Austin Shaw氏(以下、Austin):全ての撮影にソニーのF55カメラと焦点距離50~1000mmのキャノンのCN20映画制作用レンズを使用しました。この組み合わせによって、非常に質の高い、真の4K映像を撮影することができました。このレンズはもともと野生動物の写真を撮影するために開発されたため、広角撮影から至近距離のクローズアップ映像まで撮れる柔軟性があります。これは固定された位置から撮影する際に特に役に立ちます。劇場のような、観客席の中にしかカメラを設置できない場所がその1つです。

©Brinkhoff/Mogenburg

本作で使用したカメラワークで、最も力を入れられたのは、どのシーンですか?

Austin:カメラワークで最も力を入れたのは「キープ・ヤング・アンド・ビューティフル」のシーンで、傾けた鏡の中にバスビー・バークレイ風の画が映し出される場面ですね。カメラを完璧な位置に設置にしなければなりませんでしたし、ダンサーたちの振付のタイミングも完璧でなければなりませんでした。1930年代のバークレイ作品のすばらしい映像へのトリビュートとして成立させたかったのです。

本作では「舞台の客席からは観ることのできないダンスシーンの形状を、映画用に撮影した角度で」観せていますが、撮影時に工夫された点はありますか?

Austin:このシーンは全て、初演時の演出を担当したガワー・チャンピオンと彼の装置デザイナーであったダグラス・W・シュミットのおかげです。傾けた鏡を取り入れるという構想は彼が初めに思いついたもので、観客が(または少なくとも中央のいい席に座っている観客なら!)バークレイの描いた光景を楽しむことができるようにするためでした。撮影に際して私たちがしなければならなかったのは、このショットをうまくフレームに収め、ステージに横たわる女性たちのダイナミックな関係性と、鏡に映し出されたその姿を見せることだけでした。スタジオ制作されていた1930年代の映画では、バークレイはカメラを動かすことができ、舞台装置を宙に浮かせてより多くのダンスのパターンを披露することができました。私たちの場合は劇場のサイズによる制約があり、カメラを動かせる範囲も限られているため、このシーンは鏡という装置に頼らざるを得なかったのです。

完成された作品をご覧になってのご自身の感想を教えて下さい。

Austin:『42ndストリート』はすばらしい舞台ですし、今作はこれまでで最大規模のプロダクションであり、キャストの人数も過去最多です。そのため、私たちは観客のみなさんに完成した映画をできるだけ大画面で観賞してほしいので映画館で観てほしいと考えています。カメラ・ディレクターのロス・マクギボンは、自身もダンサーでしたので(※英国ロイヤル・バレエ団のプリンシパルを務めた)、映画のような2次元メディアの枠組みの中でダンスを鮮やかに捉える資質を備えています。彼のスキルと、ステージショーそのものとしての魅力が見事に映画化にされていると思いますよ。日本の観客のみなさんがロンドンのプロダクションのすばらしさを感じていただける機会が設けられて、とてもうれしく思います。この規模のショーがツアーを行う可能性はかなり低いですから。私たちも、演出を担当したマーク・ブランブルも、このショーをロンドンでの公演中に撮影できたことを、そしてこの先何年にもわたってこの作品が観賞されることになることをとても誇らしく思っています。

映画館での新しい『42ndストリート』の魅力は何ですか?

Austin:『42ndストリート』はブロードウェイでも屈指の伝説的な作品ですが、リバイバル公演が行われることはめったにありません。ブロードウェイのダンスが好きなら、この作品は必見です。まさに1930年代のブロードウェイとハリウッドのすばらしいダンスミュージカルへのトリビュートですから。今回の映画版制作では、最大かつ最高のバージョンを映像に収めています。

©Brinkhoff/Mogenburg

撮影に当たって、何を心がけていましたか?

Austin:先程もお話したとおり、私たちは常に最高品質を目指していますので、どの作品の映像化においても、常にそのショーの最高のバージョンを鑑賞できるように取り組んでいます。映像にした際、見栄えがいいように衣装を修繕したり、つくり直したりするべきか。ミキシングでは、最高の音質を確保できるようにタップダンスの音を別録りするべきか。私たちはショーのどの部門の責任者にも必要なものが調達できるように心がけて、皆が最終的な作品の映像や音に満足できるようにしています。

どのような方々にご覧になって欲しいですか?

Austin:できるだけ多くの方に完成した映画を観てほしいですね! ですが真面目な話、私たちにとって本当に大切なのは、遠く離れた場所にいる方々がこの映画を観る機会を得ることです。ニューヨークやロンドン、そして東京のような大都市で暮らしていたり働いていたりする人は、すばらしい演劇やアートを生で観る機会に恵まれています。その他の遠方の街や都市、あるいは国で暮らしている人にはそのような機会がありません。あるいは、生の公演を観に行くとなると単純に旅行の費用がかかりすぎるという場合もあります。ショーを映像化して映画館で上映することで、普段は鑑賞する機会のない若い人たちにアートプログラムをご覧いただきたいと考えています。そして願わくば、若者たちが今作をきっかけに、視聴者として、あるいはいつかは演者や製作チームの一員としてアートを愛するようになってほしい。

日本の読者にひと言、コメントをお願いします。

Austin:日本のみなさんがこのショーを、そしてそこで演じられるブロードウェイの様々な形式のダンスを楽しんでくれることを願います。この作品がみなさんにとって、他の様々な形式のダンスを楽しみ、異なるスキルや美しさを比較したり対比させたりする機会になると思います。