日本屈指のエフェクトアーティストとして知られるStealthWorksの米岡 馨氏に、様々な情報に手軽にアクセスできる現代だからこそ見直したい、エフェクトアーティストとしての心がまえについて語ってもらった。
※本記事は月刊「CGWORLD + digital video」vol. 256(2019年12月号)からの転載となります。
TEXT_米岡 馨(StealthWorks)
EDIT_沼倉有人 / Arihito Numakura(CGWORLD)、山田桃子 / Momoko Yamada(CGWORLD)
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2002〜2011年にかけて、アニマ(旧笹原組)、アニマロイド、デジタル・メディア・ラボ、オムニバス・ジャパン、OXYBOTなど、複数の国内プロダクションでCG制作に携わる。2011年、エフェクトアーティストとして、PIXOMONDOベルリンスタジオへ移籍。2012年、Scanline VFXバンクーバースタジオへ移籍。両社で学んだハリウッドクオリティのエフェクト制作を日本で実現するため、2014年に帰国。2015年、エフェクト専門プロダクション「StealthWorks」を設立。『evangelion : Another Impact(Confidential)』、『シン・ゴジラ』、『KINGSGLAIVE FINAL FANTASY XV』、『鋼の錬金術師』など多くの著名タイトルのヒーローショットを担当。2017年中目黒オフィスを起ち上げ事業拡大中
www.stealthworks.jp
<1>最初はもっとシンプルに始めできるだけ結果を出そう
自分が学生の頃に比べて近年のエフェクト学習を取り巻く環境は大きく変化した。最大のトピックは、非商用であれば無償で利用できるHoudini Apprenticeの登場だろう。Houdiniは国内でも導入がかなり進みハリウッドのスタジオではメインツールになっていることから、将来を見据えたキャリアパスの延長線上にあるのも大きい。Houdini自体は、求められる知識が難解なものが多いことでも知られるが、近年の学習環境はブログやSNSを通じた第一線で活躍するアーティストたちの発信や、北川茂臣氏の著書『Houdini ビジュアルエフェクトの教科書』(エムディエヌコーポレーション)、杉村昌哉氏が不定期で開催している「Houdiniワークショップ」等をはじめ、優良かつ日本語で習得できるリソースがあらかじめ存在しており、幅広いニーズに対応できる良い時代になったと言える。
では、こうした環境の変化で何が顕著になったか。私見になるが、それはエフェクトをはじめとするCG全般が複雑化、高難易度化しているため、学生のうちから分業化の傾向が高まり、特定のソフトウェアに限定したエフェクトの学習を行う人が増えた。その一方では、ゼネラリストを目指す人が減る傾向にあるということだ。また昨今はHoudiniや3ds Maxプラグインとして知られるthinkingParticlesのようなプロシージャルなアプローチがエフェクト制作の主体に変わってきたことで「できるだけプロシージャルに」という指向性が増してきた。その結果、例えば「爆発は手付けでスフィアにノイズをかけたものを動かしてエミッタにしてサクッとつくる」みたいな軽いノリで簡単に何かをつくることからはじめずに、複雑なセッティングに最初から取り組もうとしてしまう。学生や経験が浅いうちはフルプロシージャルは初手が遅く、結果を得られるまでに時間を要してしまうため、モチベーションが高まらずに挫折しがちではないだろうか。こうした傾向から、ひと通り目を通せば達成感を得られるチュートリアルの閲覧に力を入れがちになっている。これではエフェクトの学習というよりもソフトの習得に心血を注ぐことにリソースを割いてしまい肝心のアウトプットを質、量共に疎かにしてしまう傾向にあるように感じるのだ。もちろん、プロシージャルなアプローチは近年の高品質化、大規模化するVFXには欠かせないアプローチであることは言うまでもない。例えば爆発であれば、丁寧に手付けメインでつくり込んだものの品質は高いが、絨毯爆撃のような何十発と連続で爆発が起きるようなシチュエーションでは短時間での対応はかなり厳しく、最終的なクオリティはむしろ落ちてしまう。この場合は、爆弾が落ちた場所から自動でエミッターを発生させるようなしくみをつくっておけば爆発のタイミングや数が変わったとしても即座に結果が反映される。つまりプロシージャルなエフェクトは起きる事象のスケーリングが効くのである。
以前に筆者が作成した破壊エフェクトのR&Dより
<2>エフェクトは、"動く背景"である。
エフェクトの表現は多岐にわたり、ひとくくりにはできない。StealthWorksでは、例えば『アルキメデスの大戦』(2019)における救助艇カタリナの航跡、『シン・ゴジラ』(2017)のビル破壊、『鋼の錬金術師』(2017)の書斎の嵐や石畳を突き破って出てくる石獣、『ドラゴンクエスト ユア・ストーリー』(2019)の魔界の門の巨大な渦等々、背景と密接に関わるエフェクトが多くを占めている。つまりエフェクトとは、"動く背景"なのだ。この認識を抱いているかどうかで、限られた学生生活で得るインプットの質と量に圧倒的な差がつくと考えている。この点においてはゼネラリスト的観点を抱きづらい昨今の学習環境が大きく影響しているように思われる。
映画『アルキメデスの大戦』
原作:三田紀房『アルキメデスの大戦』(講談社『ヤングマガジン』連載)/監督・脚本・VFX:山崎 貴
archimedes-movie.jp
© 2019「アルキメデスの大戦」製作委員会 © 三田紀房/講談社
映画『鋼の錬金術師』
Blu-ray&DVD発売中
原作:「鋼の錬金術師」荒川弘(「ガンガンコミックス」スクウェア・エニックス刊)/監督:曽利文彦
hagarenmovie.jp
© 2017 荒川弘/SQUARE ENIX © 2017 映画「鋼の錬金術師」製作委員会
ゼネラリスト的視点をもたずに学生時代を過ごすとどうなるか? それはすなわち「"画づくり"を追求する経験、視点が不足している」ということである。画づくりは仕事をはじめたときに誰もが求められる「クライアントの意向に沿ったイメージをつくり出す作業」であるが、なかなか体系的に教わることがないため、要領を会得するまでは苦労するものだ。ゼネラリスト的視点とは次のようなものである。
例えば、爆発シーンをつくる場合は
「どう背景に馴染む爆発をレンダリングするか?」→ライティング
「どうすればメリハリのある気持ち良い挙動にできるか?」→アニメーション
「シーンのどこに置けば収まりの良い画になるか?」→レイアウト
「爆発で生じたデブリや破片はどういう形状をしているべきか?」→モデリング
......といった要素が挙げられる。これらの要素は言い換えるとエフェクトのエレメントも含めた周りの背景に隠された「物の本質」を見極めることであり、良い結果を得るために必要な「画づくり」に大きく関わっている。学生時代の数年間にこれらの「物の本質」に注意し過ごした人とそうではなかった人の差は大きい。このような背景にまつわる着眼点を得られるのは学校の授業の場だけとは限らない。例えば日常生活において、様々な物理現象を意識しているだろうか?
日常生活は素晴らしいリファレンスにあふれている。何の気なしに見るのではなく、観察を心がけることで画づくりのセンスとスキルは着実に向上するはずだ
よく自分は学生に「デモリールに黒バックでエフェクト単体を置いたものを入れずに、写真1枚の静止画でいいので実写の背景を入れよう」とアドバイスしている。そうしないと、「物の本質」に目を向けることがおろそかになるからだ
言うまでもなく最初のうちは全てをパーフェクトにするのは難しい。自分もそうであったが、学生のうちはソフトの習得だけでも相当な時間をとられてしまう。なので興味を抱いたものに重点を置くというのもひとつの手である。画づくりの手法も業界に入ってから諸先輩からある程度は学べる。
とは言え、ひとまず興味の対象を広げて学生のうちに、若手のうちに知見の「点」をなるべく多く打ってほしい。理解度はそこそこでもかまわない。後に経験を積んでくれば当時はわからなかったことが徐々にわかるようになっていき、ほかの要素と結びつき始めて「線」になる。そうすると「先輩が言っていたことはこうだったのか」とか「今回の案件の手法は以前見たあのチュートリアルが参考になる」など、勉強、仕事の効率が加速度的に増していくはずである。
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<3>1年目の若手アーティストたちがふり返る学生時代にやっておくべきこと
<3>1年目の若手アーティストたちがふり返る学生時代にやっておくべきこと
ここまでは筆者の意見を述べてきたが、実際に今年新卒で採用したStealthWorksスタッフの宮下知己、上田涼平、中邨(なかむら)晃良の3名に「学生のときにやっていなくて今大変なこと」と「学生のうちにやっていたから今役に立ってるもの」の2つにフォーカスしてアンケートをとってみた。彼らは学生時代の記憶も新鮮で働きはじめてからのギャップをより強く認識しているため、特に現役の学生や新人諸氏に響くはずだ。
左から、宮下知己氏、上田涼平氏、中邨晃良氏
■学生時代にやっていなくて、苦労していること
[中邨]
・画づくりを意識したものづくり。とことん追求した作品をつくっておけばよかった
→仕事(商業レベル)で求められるクオリティ(ディテールへのこだわり等)とのギャップに苦戦中
・誰が見てもわかりやすい名前付け
→チームで共同制作を行う際の引き継ぎ、データ受け渡しの際に混乱が起きてしまう
[宮下]
・ヒーロショット以外の基本的なエフェクト
→作業負荷の軽いエフェクトをつくるときに意外と苦労している
・画づくり
→エフェクトひとつひとつのディテールやライティングはもちろん、どこにどのようなエフェクトを入れれば格好良くなるかのバランス感覚の重要性を痛感
・様々なシチュエーションに応じたエフェクトの作成
→学生時代は自分の好きなスケール感でやりやすい方法でつくっていた。キャラとのインタラクションのあるエフェクト制作も練習しておけば良かった
[上田]
・自分がやりたいデパートメントの前後工程に関する作業経験
→スムーズな連携がとれずに苦労している
・様々な表現の作品を観ておく
→観る作品が偏っていると表現手法の幅も狭まってしまう
・CGをリファレンスにし過ぎない
→実写など、現実世界の現象を参考にした上で、CGで+αの表現を加えるという意識の大切さを実感。実写を大元の参考にしないと、動きが嘘っぽくなりがち
■学生のうちにやっていたから、役立っていること
[中邨]
・スクリプト(プログラミング言語)
→自分の使いやすいツールをつくれた
・チュートリアル学習
→複雑なセッティングを理解する力が養えた
[宮下]
・Houdini
→CGソフト内部の考え方をある程度理解することができていたので、どのように組み立てていけば目的の効果が得られるかを、ロジカルに考えられるようになった
・Maya
→基本的なDCCツールの使い方をひととおり学べた。並行してHoudiniも学習していたのでCGについて柔軟に考えられるようになった
[上田]
・何かしらのプログラミング言語
→ソースコード見て、少しでも動き(原理)がわかると何かと便利
■学生時代にやり過ぎたため、今大変なこと
[中邨]
・チュートリアル学習
→画を見ず、数値だけを追ってしまう悪いクセが......。画で良し悪しの判断ができず、数値は合ってるから正しいはずといった先入観にとらわれてしまう危険性
[3名共通]
・就活へのあせり
→ソフトウェア自体の学習に偏りがちに
・VFXのエフェクトをリファレンスにしすぎてしまった
→リアリティに対する審美眼をもっと養っておけばよかった
......いかがだろうか? 学習の際、どうバランスを取るべきかの参考になれば幸いだ。またリアリティに対する目を養うためにも実写FXを多用した『パール・ハーバー』(2001)、『インデペンデンス・デイ』(1996)など、2000年頃の映画を観ておくことをオススメしたい。
<総括>まずは、"原点"に立ち返ろう
エフェクトを勉強しようとしている人に向けて筆者の思いを綴ってみた。日々のインプット、アウトプットは十分だろうか? また、偏りはないだろうか? 傑作と言われる映画やゲーム等の良質なコンテンツに接しているだろうか? たまにはPC、スマホでググることから離れ、デジカメを手に自分の足で本物のリファレンスを収集しているだろうか? 今一度、エフェクトアーティストを志そうと思った衝動に立ち返って本当につくりたかったものに向き合ってほしい。それはハリウッド映画のヒーローショットだろうか? その場合も、まずは大風呂敷を広げず小さなエフェクトを丁寧につくることからはじめて、達成感と経験を積み上げていってほしい。そして、"ゼネラリスト的視点"をもち、エフェクトは"動く背景"であるという思考によって日々の単調な情景が実はリファレンスの宝庫だと認識できれば、自ずと道は拓けることだろう。
info.
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月刊CGWORLD + digital video vol.256(2019年12月号)
第1特集:今気になる、男性アイドル
第2特集:CGエフェクト再考
定価:1,540円(税込)
判型:A4ワイド
総ページ数:144
発売日:2019年11月9日