CGクリエイターmoz氏が主催する「Tokyo ArchViz Camp」が2月8日に東京・市ヶ谷で開催された。同イベントは「ビジュアライゼーション」をキーワードに様々な業界の知見の共有を行う。第2回となる今回は建築を紹介する商業誌で建築写真の撮影を行うY氏と、映像制作プロダクション「SOARZROCK」のCGディレクター・デザイナーの寺村太一氏が登壇した。
TEXT & PHOTO_FUKUKOZY
EDIT_山田桃子 / Momoko Yamada
<1>空間を切り取るビジュアライゼーション
建築業界では建物を紹介するための写真を「建築写真」と呼ぶ。明確な定義が存在しているわけではないが、「建築写真」には人物や風景とは異なる建物を正確に写すための様々なテクニックが存在する。登壇したY氏は建築を紹介する商業誌に属するカメラマン。今回は建築写真では一般的な「竣工写真」と「雑誌写真」のちがいに触れながら、そのテクニックを語った。
まずY氏は「竣工写真」と「雑誌写真」のちがいについて下図のように説明した。
この中でY氏が手がけるのは「雑誌写真」。Y氏は「雑誌写真」を撮影するにあたってのポイントを3つに分けて紹介した。
ポイント1 本になることを想定して撮らなければならない
アウトプットがすでに決まっている「雑誌写真」では、そのアウトプットをイメージしながら撮影をしなければならないとY氏は語る。たとえば、本には「ノド」と呼ばれるページとページの間の谷になる部分がある。それゆえ、見開きで写真を配置すると必然的に写真の中心は「ノド」に吸い込まれてしまう。すると、本来その写真で伝えたかったことの情報量が減ってしまう。そのため、「雑誌写真」では中心をずらすことで「ノド」を避け情報量を保持できる写真を撮影しなければならない。
このように物理的なフォーマットにアウトプットされる「雑誌写真」は物理的な制約を考慮して撮影を行う必要があるとY氏は説明する。
ポイント2 写しすぎてはいけない
次に語られたのは、1枚の写真に何を収めるかについて。1つの建物に対して限られた枚数で紹介しなければならない「雑誌写真」では、それぞれの写真でどのように建物の意図を伝えるかを考えて撮影することが重要である。そこでY氏は「広く撮影しすぎない」ことの必要性を語った。「広く撮影しすぎない」ことは、つまり「風景を切り取る」こと。それによって写真に強弱がつき、誌面にメリハリが生まれるという。また、切り取られた以外の部分を想像できるような余地を残すことで、読者に想像を促すこともできるという。
ポイント3 生活感を残して撮らなければならない
続いてY氏は「雑誌写真」で重要なのは「人が居る空間」を撮り、そこでどのように生活して居るかを切り取っていくことが重要だと語る。そのためには撮影の対象となる空間がどう使われているかを読み解くことが必要だ。たとえば、住宅であれば住民の人柄が特にキッチンに表れるという。誰もいない、何もない空間を撮影する「竣工写真」は記録という意味では重要だが、一方で、コンセプチュアルな空間が施主の生活によって変容する。しかし、そんな姿も建物のありようだとY氏は話す。また、置かれている家具や小物、本などから時代を切り取ることができるのも「雑誌写真」の特徴だという。そのため「竣工写真」に比べ「雑誌写真」は、建物を演出して撮影できることが最大の魅力だとY氏は語った。
レクチャー後、Y氏は実際のレタッチ作業を実演。使用するソフトはBridgeとPhotoshop。写真の編集と言えば、Lightroomが思い浮かぶが、Y氏はデータの受け渡しが容易なBridgeを使用しているとのこと。1つの建物に対し、1,000カット程度の撮影を行うという。また、1つのアングルに対しそれぞれ明るさのちがう写真を4〜8枚ほど撮影し、それらを合成、より明暗差を細かく表現できるHDR画像とする。アングルが少しでも異なると、合成の際にエラーが発生してしまうため、三脚は必須だという。加えて、水平垂直の保持が求められる建築写真ではシフトレンズも必須だと話す。
1枚にかけるレタッチの時間は30〜60秒ほど。「雑誌写真」はスピード勝負なため、独学で自分のやりやすい方法を見つけていくのが通例だと話した。
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<2>広告・PV制作におけるビジュアル制作ワークフロー
<2>広告・PV制作におけるビジュアル制作ワークフロー
次に登壇したのは、広告映像メインの映像制作プロダクションである「SOARZROCK」に在籍するCGディレクター・デザイナーの寺村太一氏。広告PV制作におけるワークフローについて語った。
広告用CGは、ゲームやアニメと異なり、CG制作に関わる人数が少ない場合が多い。そのためモデラーやアニメーター、エフェクトなど様々な職種に分かれるCGに関連する他の業界と異なり、全ての工程に携わるジェネラリストが多いという。また、モーショングラフィックス作業やAfterEffectsなどによるコンポジット作業を少人数のクリエイターが行う広告系のCG制作では、多機能でAfterEffectsとの連携性に優れるCinema 4Dの利用者が増えているとのこと。
次に寺村氏は広告CM制作のながれについて説明。広告CM制作は複数の広告代理店に声がかかり、コンペを行なって制作会社を決定する。制作会社の外部にカメラマンやCGを担当する会社がいる場合が多いが、SOARZROCKは社内にCG部をもつのが強みだという。さらに工程を下図のように紹介した。
特にこの中で重要なのは「プリプロダクション」だと語る。企画準備段階で行うプリプロダクションは絵コンテの制作、スタッフやキャスト選定、予算確認、スケジュール確認など多岐に渡るが、よい広告CMができるかどうかはこの工程にかかっていると説明する。
GPUレンダラの登場が変えた広告映像制作のフロー
次に2つの広告CM制作事例を交えながら、具体的な制作フローについて解説した。これまで納期に余裕のある案件でしかできなかったフルCGCMがOctane RenderやRedshiftのようなGPUレンダラの登場により、ワークフローが変わり、比較的短納期や低予算のCMでも制作できるようになったのが近年の大きな変化だと語った。具体的には、GPUレンダラの登場でリアルタイムで映像を確認しながら制作できるようになったことにより制作スピードが向上し、クライアントの要望に応えるスピードが向上したという。
制作事例の1つとして紹介された「アムール・デュ・ショコラ〜ショコラ大好き〜」(ジェイアール名古屋タカシマヤ/2020年1月17日(金)〜2月14日(金))」のCMでは、実写とCGを合成する映像を制作した。
『開店20周年記念 2020 アムール・デュ・ショコラ 〜ショコラ大好き!〜』
本事例では「遊園地」というコンセプトに沿って制作された絵コンテに対し、ダミーのモデルを用いて絵コンテがアップされてから数時間で遊園地のプリビズを制作したという。
このプリビズにより撮影計画(カメラの機材やレンズの種類の選定など)、撮影のシミュレーションもCG上で行えるためイメージの共有が促進され、その後の工程のスムーズ化につながったという。これは社内にCG部がある同社だからこそ制作部(プラニングを行うチーム)とプリビズを介した検証を手軽に高頻度で行えるからだと説明した。また自身も撮影に立会い、その場で仮合成を行い、仮編集した映像をクライアントに確認したという。ここでも社内にCG部をもつ同社であれば、会社間の調整の必要がなく、素早い対応や判断が行えるというメリットがあるとのこと。
<3>限られた時間の中で制作を行う「雑誌写真」と「広告CM」
寺村氏が紹介した制作事例はどちらもCGの制作期間が2〜3週間ほどだったという。また、Y氏の携わる雑誌は月刊誌のため、基本的に撮影は一日で終え、1日でレタッチを終えなければならないスピード勝負となる。
そのため限られた時間の中でいかに素早く制作を行うのかを考えることが必要となる。GPUレンダラの登場や、編集ソフトの進化など様々な技術の進化により制作が早くなった。そのため、変化する作業フローや組織構造に対応するための投資こそ必要だとも語られた。
会場にはCGに携わる聴講者が多く見られたが、建築写真に携わるY氏に対して使う機材や具体的な作業フローについてなどの様々な質問が上がった。異なる業界でありながら、そこの裏にあるテクニックや悩みには共通する点もあるのだということが伺える機会となった。