LiNDA ZOOはLiNDAのデジタル動物チームで、20種以上のフォトリアルなデジタル動物が所属している。そんな同社が、約250万人のInstagramフォロワーをもつ「柴犬まる」をBULLET RENDER FARM(以下、BRF)とAMD Radeon ProRender(以下、RPR)で再現するプロジェクトに挑んだ。
本記事では、プロジェクトの課題とその解決策を全2回に分けて紹介する。No.1では「柴犬まる」の3Dスキャンに始まり、3Dモデル作成、リグ、シミュレーション、アニメーション、ファーの設定を経て「デジまる」の映像が生み出されるまでの過程を紹介しよう。
※本記事は月刊『CGWORLD + digital video』vol. 262(2020年6月号)掲載の「BULLET RENDER FARMで「柴犬まる」を再現 デジまる/DigiMARU」に加筆したものです。
TEXT_澤田友明(コロッサス Rスタジオ)
EDIT_尾形美幸 / Miyuki Ogata(CGWORLD)
PHOTO_弘田 充 / Mitsuru Hirota
▲【事例紹介】デジまる:ファーのレンダリング
▲前列左から、プロダクションマネージャー・大城 圭氏、CGアーティスト・大羊小羊氏、CGアーティスト・荒井瑶史氏、アニメーションディレクター・橋本真作氏、CGアーティスト・朝倉未来氏。後列左から、アシスタントプロデューサー・木村淳也氏(以上、LiNDA ZOO)、ソフトウェアディベロップメントエンジニア・吉村 篤氏(日本AMD)、ディレクター・北田清延氏(LiNDA ZOO)、取締役副社長・渡慶次道隆氏(A.L.I. Technologies)、プロデューサー・桑原大介氏、システムエンジニア・中川知也氏(以上、LiNDA ZOO)
テレワークへの対応によって必要性を増すクラウドレンダリング
レンダーファームは、最先端のリアルで高品質なCG映像を生み出す上で欠かせないシステムだ。ひと昔前は、各CGプロダクションが自社専用のレンダーファームを所有することが当たり前だった。多数のコンピュータを設置できる一定のスペースを確保し、コンピュータの排熱を冷却するために専用のエアコンも設置し、常にアップデートされるソフトウェアとシステムを運用するために専任のエンジニアが配置された。
そこまで費用をかけたとしても、コンピュータを構成する主要パーツは毎年進化するため、稼働と同時に陳腐化していくことは避けられない。なによりレンダーファームのパフォーマンスを維持するにはかなりの電力が必要だが、使用できる電力はオフィスやビルごとに上限があるため、CGプロダクションにとっては頭の痛い問題となっている。
クラウドコンピューティングによるレンダーファームは、前述の課題(初期投資コスト、システム構築コスト、運用管理コスト、消費電力量)を迅速に解決できる手段だ。しかしCG映像制作に限って言えば、既存のソフトウェアはクラウドコンピューティングを前提に提供されているわけではなく、後付けで対応しているに過ぎない。所有するハード資産の償却やライセンスコストの問題もあり、クラウドコンピューティングによるレンダーファームへの切り替えがなかなか進まないのが現状だ。
それでも、ITインフラをクラウド化することは、コストを抑制し、リソースを最適化し、機会獲得の対応力を強化するための効果的な手段であることに変わりはない。テレワークをはじめとした新型コロナウイルス感染症 (COVID-19)への対応においても、クラウドを活用したデジタルトランスフォーメーションが求められている。本プロジェクトで得られた知見は、そのための一助になるだろう。
不特定の柴犬ではなく「柴犬まる」を再現
A.L.I. Technologies(以下、A.L.I.)が運営するBRFは、自律分散型アルゴリズムを用いて数千規模のGPUで高速にレンダリング処理を行うクラウドレンダリングサービスだ。大量のGPUを設置したレンダーファームという枠に留まらず、企業や個人が必要とする様々な規模のコンピュータ演算力の需要を、世界中にあるアイドリング中のコンピュータとマッチングさせるサービスの提供も視野に入れた開発が進められている。
つまりBRFは、大きなコンピューティングパワーを必要とする処理を、余剰コンピュータに分散・実行させるグリッドコンピューティングへの進化を目指しているというわけだ。そのBRFのプロモーションの一環として企画されたのが、とりわけレンダリング負荷が高いとされてきた動物の体毛(ファー)を、BRFで高速に処理するチャレンジだ。
- 「リサーチの結果、フォトリアルなデジタル動物の映像は、ファーのレンダリングに大きなコンピューティングパワーが必要だとわかりました。これをBRFで表現するにあたり、ぜひLiNDA ZOOさんとタッグを組みたいと考え、協力を依頼しました」と渡慶次道隆氏(A.L.I. 取締役副社長)は語った。制作を依頼して「後はおまかせ」にするのではなく、「一丸となってつくり上げ、プロジェクトを成功させたい」という熱い思いも伝えたところ、快諾してもらえたという。
その後「具体的には、どんなデジタル動物をつくるのか?」を検討する段階に入り、A.L.I.から提案されたのが、「日本一有名な柴犬」と称され、各国の愛犬家をフォロワーにもつ「柴犬まる」だった。かくして「柴犬まる」を3DCGで再現し、さらにBRFのプロモーション映像も制作するという、「デジまる/DigiMARU」プロジェクトがスタートした。今回は不特定の柴犬を3DCGで再現するのではなく、「柴犬まる」という特定の個体に似せることを目指しており、この点においても挑戦的な企画だったと言える。
- 「LiNDA ZOOでは、これまでにキリン、トラ、パンダ、クマ、ペンギン、フラミンゴなど、20種類以上のデジタル動物を手がけてきました。ザリガニや恐竜をつくったこともあり、3DCGの動物に命を吹き込むことを得意とする精鋭スタッフが揃っています。それでも、特定の個体の再現は容易なことではないので、アーティストたちは何度もリファレンスを確認していました」とプロデューサーの桑原大介氏は語った。
しかも、柴犬は日本人にとって馴染み深い動物なので、おかしなところがあれば、すぐに違和感をもたれてしまう。そういう点でも難しいプロジェクトだったと、アーティストの朝倉未来氏はふり返った。
フォトグラメトリーによる「柴犬まる」の3Dスキャン
▲「柴犬まる」は2007年生まれ、体重18kg、体長52cmの雄犬だ
▲3Dスキャンには、steam-studioのirisを使用。本システムはNikon一眼レフカメラ164台で構成されており、全てのカメラのシャッターと、閃光速度1/350のストロボを同期させて撮影を行なった。なお、スケールとカラーチャートも同時に撮影しており、後処理で実寸スケール調整とカラーキャリブレーションが行われている。本システムの本来の用途は人間の体の3Dスキャンで、上半身は特に高精細なデータを取得できる。今回は「柴犬まる」がおびえない程度の高さまで箱馬を積み上げ、撮影時の解像度を確保した。人間の心配をよそに、「柴犬まる」はおとなしく箱馬の上に乗り、撮影されていたという
▲フォトグラメトリーによる「柴犬まる」の3Dスキャン
▲柴犬らしいモフっとした体つきが、RAWスキャンデータでも再現されている。このデータは、1,000万ポリゴン、および300万ポリゴンの2種類の形状データと、8KテクスチャデータとしてLiNDA ZOOに納品された
© Shibainu maru
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3Dスキャンデータから、2層構造の3Dモデルを作成
3Dスキャンデータから、2層構造の3Dモデルを作成
▲ファーをもつ動物を3DCGで再現する場合、3Dスキャンによって取得したポリゴンデータをそのまま使用するわけにはいかない。ファーはほかの機能(本プロジェクトの場合はOrnatrix)で再現するため、ファーが生えていない状態の3Dモデルを作成する必要があった。ファーの先端から皮膚までの深さは3Dスキャンデータから割り出せないため、3Dスキャンの際、実際に「柴犬まる」の体に触れさせてもらい、ファーの深さを測ったという。さらに、シャワーを浴びてファーが体に貼り付いた状態の「柴犬まる」の写真も参考にしたそうだ
▲なお、先の3Dモデルは2層構造になっており、内側にはインナーモデルが入っている。アニメーション用のリグはインナーモデルに設定されていて、外側とインナーモデルの間の脂肪層の揺れはZiva VFXを用いてシミュレーションしている
▲外側のみワイヤーフレーム表示にした状態。シミュレーション時の計算に用いる脂肪層モデルは、外側とインナーモデルをブーリアン演算することで作成している。シミュレーションの詳細については後述する
「柴犬まる」の喉元の揺れや歩き方まで再現
- 「デジまる」のリグは、mGearを使って設定されている。「たくさんの選択肢の中から必要なコンポーネントを選んで組み合わせ、簡単にカスタムメイドのリグを作成できるので助かっています。プラグインのアップデートが早く、頻繁に新機能が追加される点もいいですね」とアニメーションディレクターの橋本真作氏は解説した。
前述したように、脂肪層の揺れはZiva VFXでシミュレーションしている。骨格から筋肉を作成し、脂肪層はもちろん表皮のシミュレーションまで可能なソフトウェアだが、柴犬は全身がファーに覆われているため、今回は脂肪層のみをシミュレーションした。「柴犬まる」のタプタプとした喉元の揺れまでしっかり再現されている点が目を引く。
本プロジェクトのアニメーションは全て手付けされており、「柴犬まる」の散歩の様子を撮影した映像がリファレンスとして用いられた。LiNDA ZOOのアーティストは動物のアニメーション作成に慣れていることもあり、「柴犬まる」の歩き方がそっくり再現されている。
mGearによるリグと、Ziva VFXによる脂肪のシミュレーション
▲mGearのビルド後に行う追加のセットアップはスクリプトによって自動化されており、1クリックで【上】のガイドから【下】のリグを作成できる。この自動化を怠ると、メンテナンスの難しいアセットになってしまうため注意が必要だという
▲青色部分がシミュレーション時の計算に用いる脂肪層。厚みによって結果が大きく変わるため、何度かシミュレーションをくり返し、最適な厚みを模索している
▲Ziva VFXのシミュレーション解像度を表示している。この格子を細かくするほど精度は上がるが、計算時間も増加する
© Shibainu maru
[[SplitPage]]トロット(かけあし)や歩きと、ファーの再現
▲【左】トロットのリファレンス映像/【右】歩きのリファレンス映像
▲トロットと歩きのアニメーションの比較。ピンクがトロット、青が歩き
▲歩きのリファレンスとアニメーションの比較動画
▲Ornatrixの作業画面。頭、体幹、尾など、いくつかの部位に分けてグルーミングした。細かいファーのながれは、選択ツールを使い1本1本グルーミングガイドを編集することで整えている。LiNDA ZOOでは、ファーの表現にこれまでShave and a HaircutやYetiを使用してきたが、今回はOrnatrixのMaya版を使用した。
▲3Dスキャンデータと比較しながら、ファーのボリュームを調整している
▲完成した「デジまる」。この段階では、RedshiftとLiNDA ZOOの社内にあるレンダーファームを用いてレンダリングしている
「BULLET RENDER FARMで「柴犬まる」を再現 No.1 「デジまる/DigiMARU」誕生篇」は以上です。
「BULLET RENDER FARMで「柴犬まる」を再現 No.2 クラウドレンダリング篇」では、RedshiftからAMD Radeon ProRenderへのレンダラ切り替え時の課題と、その解決策、BULLET RENDER FARMによるクラウドレンダリングについて解説しています。合わせてご覧ください。
© Shibainu maru
info.
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BULLET RENDER FARM
従来のレンダーファームとは異なり、数千枚にものぼる圧倒的なボリュームのGPUを接続させ、一気にレンダリング処理を行うクラウドレンダリングサービス。レンダリング処理速度が非常に速いことが特徴。全フレームを同数のGPUで同時に処理するため、レンダリングにかかる時間は実質1フレームを処理する時間のみ。
www.bulletrenderfarm.com/jp/
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LiNDA Zoo
LiNDAのデジタル動物チームで、20種類以上のフォトリアルなデジタル動物が所属。「デジまる」プロジェクトでは、普通の柴犬ではなく日本一有名な「柴犬まる」に似せるという難題を、その高い技術力でクリアした。
www.studiolinda.com/
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AMD Radeon ProRender
CPUやGPUを生産するハードウェアメーカーとして知られるAMDがリリースした、パストレーシングレンダラ。 CPUとGPUの両方に対応し、OSを問わず様々な3Dプラットフォームで活用でき、物理的に正確なレンダリングが可能で、商用利用であっても無償で使用できる。そのため、大規模なクラウドレンダリングを行う場合でもライセンスコストが発生しないというメリットがある。
www.amd.com/en/technologies/radeon-prorender/
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月刊CGWORLD + digital video vol.262(2020年6月号)
第1特集:コスパ最高のHDRI制作術
第2特集:オートモーティブ×ゲームエンジン
定価:1,540円(税込)
判型:A4ワイド
総ページ数:128
発売日:2020年5月9日
cgworld.jp/magazine/cgw262.html